殺戮の口火
まず、俺がしたことは現状の把握だ。敵がどんな存在か、何人いるのか、フィールドにはなんかしらのギミックが用意されているのか、武器の入手はどうやって行うのか、知らなければいけないことは山ほどある。実際にこのゲームで命を落とすかどうかはわからないが、可能性は充分にあり得るのだ。リアルな世界を望んだとはいえ死んでしまっては元も子もない。
俺は不用意に動かず、まずは身を守ることにし、建物の中に入った。格闘戦になるのか銃撃戦になるのかはわからないが、どちらにせよ敵に見つかりやすい場所にボケっと突っ立っているのは得策じゃない。
ドアも無く、入り口がポカンと口を開けている手近な白いビルに入り、周囲を見渡す。ビルの中も無機質な白で統一されていた。椅子や机といった調度品はなにもない二十メートル四方程の空間が広がっている。部屋はあるがドアはなく、窓枠はあるが窓そのものははまっていない。他に目に付くのは柱と、二階に上がる階段程度。つまりは構造の骨組みだけという造りだ。
敵が部屋の中や柱の陰から飛び出してくるかもしれないと注意しながら、建物の中を探っていく。すると一階の入り口から一番遠い部屋の中で奇妙なものを見つけた。
それは手のひら大の、これまた白で構成された箱だ。唯一変わった点と言えば上の部分に赤く光る半球状の水晶体のようなものが有ることだろうか。
なにかゲームに関連するアイテムのようなものだろうか、それとも何かの罠だろうか?脳裏を逡巡がよぎる。
その時、建物の外で物音が響いた。乾いた破裂音だ。以前他のゲームでも聞いたことのある音。
現代のテクノロジーに準拠したゲームで頻繁に登場する原子構造体に干渉する武器でもなく、密度を高めた重力素をぶつける類の武器でもない。それは火薬によって金属の弾を飛ばすという原始的な原理で働き、前世紀まで主力とされた武器の音、銃声だった。
俺の知らない所でもうゲームは始まっているのだ。一気に緊張感が高まる。そして、その緊張感は恐怖へと繋がる。もう敵には武器を持っている奴が居るのだ。俺は丸腰だと言うのに。
何か武器を手にしたいという恐怖が、目の前の箱が罠かもしれないという恐怖に勝った。
白い箱を両手で持ち上げる。この時点では何も起こらない。すぐに爆発するような罠ではなさそうだ。中身を取り出すことがもしできるなら、それはどうやるのだろうか、といろいろいじっていると、赤かった半球の水晶体の光が緑に変化した。どうやら半球体にかざした手に反応したらしい。
緑の光を放ちながら箱が崩れていく。そしてバラバラに崩れていくと思いきや、その崩れた欠片が再び手のひらの上で集まっていく。色も形も変わりながら最終的にそれは銃となって手に残った。こうして俺は鈍い光沢を放つ黒い銃を手に入れた。
グリップを強く握ると、その大きさはしっかりと俺の手にフィットした。グリップを両手で包み込み、ひじを伸ばして脇を締め、照準を合わせる様にして眼前に構えてみる。試しに一発撃ってみたい衝動に駆られるが、残弾一発の有無が命取りになる場面もあるかもしれないと思いとどまり、部屋を出ることにした。
部屋を出た瞬間、俺を待っていたのは黒い敵だった。柱の脇に立つその敵は黒子のように頭から爪先まで黒尽くめで顔を確かめる事ができない。
その異様な姿に虚を突かれたが、俺は瞬時に銃を構える。幸運にも敵はどうやら先ほどまでの俺と同様丸腰のようで、俺が構えた銃に身構えるがどうする事もできず立ち尽くしている。
俺はその黒い胴体の中心に照準を構えると引き金を引こうと指に力を込めた。しかし引き金は固く動かない。刹那黒い敵が動いた。一息に俺との距離を詰めようと迫ってくる。慌てた俺は何度も引き金を引こうとするが依然として固く動かず弾丸は出ない。そうこうしている内に黒い敵は俺に肉迫していた。
猛然と突進してきたそいつはその勢いで俺の銃を持つ腕に組み付き、そのまま俺を押し倒す。倒れた拍子で手から銃がこぼれ落ちた。
マウントポジションを取った黒い敵は俺を殴りつけてきた。頬骨を、顎を、目許を、鼻を、顔中を拳で打ちけられ、産まれて始めて感じるその痛みと衝撃に意識が朦朧とする。必至に腕で顔を庇い、敵を押し返そうとするが、しっかりと体重をかけられてきていて、ビクともしない。腕を掻い潜った黒い拳が鼻を潰す。巧く息が出来ず、口と鼻に血が溢れているのだと知った。
このままでは不味い。遠くなる意識を必至で繋ぎとめ、下半身に力を入れた。相手が前に体重を掛けているのを利用。腰を一気に跳ね上げ、相手を前のめりに倒す。敵の拘束に隙が出来たのを見逃さず、脇から抜けると、そのわき腹に思い切り拳を打ち込む。
「うぁああぁっ!!」
体をくの字に曲げて転げる敵を逃さずに急いで立ち上がると、今度は思いっきり顔を蹴る。声も表情も無いままに痛がり、顔を抑える黒い敵を今度は俺が組み敷いた。
「はぁ、はぁ、くそったれぇぇ!!」
口にたまった血を吐き出し、先ほど自分がされたことを黒い敵に返す。自分がしたのと同じように転ばされぬよう前のめりになり過ぎないように気をつけ、一発一発渾身の力で拳を打ち下ろす。
暴れる敵の振るった腕が口元にぶつかり、俺の八重歯が飛ぶ。思わず走った激痛に悲鳴が漏れるが、怯む訳にはいかない。
続けて、黒い敵は自由になる手で俺の太ももを掴むと渾身の力で爪を付きたてる。窮鼠の牙が、俺の皮膚を裂き、肉をえぐってきた。
「ぐぁぁぁぁああぁぁあ!!」
余りの痛みに、視界が明滅し、自分の意思とは別に喉の奥から絶叫が漏れるが、敵の顔を打ち据える手は休めない。
両の足が鮮血で真っ赤に染まり、痛みで頭がどうにかなりそうになったところで、下に組み敷いた敵から力が抜けた。意識を失ったようだ。
俺は荒い息をつきながら、意識を失った敵の脇に横たわった。鋭い足の痛みで今まで気付かなかったが、両手に鈍い痛みが走っっていることに気付き、目をやめると皮がめくれ血がにじんでいた。何度も殴られた顔は熱を持って腫れ上がり、真っ赤に染まっているのは両の手足。これだけあっても飽和することなく断続的に響く痛みが俺の意識を苛む。
「なんだ、これ、マジ痛ぇよ。くそったれ」
産まれてこの方こんな痛みなど感じたことは無い。それどころか人を殴ったのも殴られたのも、ゲーム以外では初めてだ。殴り合いとはこんなにもえげつなく血みどろのものなのかと驚愕を覚える。
いま倒した黒い敵の正体はCPUだったのか。それとも俺と同じように何かを求めてこのゲームにアクセスをしていた、どこかの誰かだったのか。
もしかしたら、今、俺は人を殺したのかもしれない。
ふと、隣から甲高い音が響いた。まだ敵に意識があったのかと慌てるが、どうやらそうではない様だ。頭から流したおびただしい血で塗れた黒い体が、先ほどの箱と同様バラバラに崩れていく。ほんの数秒で分解された黒い敵は、真っ赤な血だまりだけをその場に残して消滅した。
それを見た俺はすぐさま自分の馬鹿な考えに気付く。
「これも、ゲームじゃないか」
そのことを思い知らされると、傷の痛みと熱に反して、頭はすっかり冷静になった。
人を殺したかもしれないという恐怖を誤魔化すためだったか。それとも急激な非現実に思考回路がおかしくなったか。そのどちらかは判らないが俺は嗤った。
死ぬかもしれない殴り合いの興奮自体は醒めていないが、その興奮を客観的に見ている自分がいた。
「痛みに苛まれ、死ぬかもしれない恐怖と隣り合わせ。これがあいつの言ってたリアルってことか!」
そうだ。こんな感覚、極上のゲームであるRoBをプレイしているときにすら感じなかった感覚だ。それを与えてくれるこのゲームこそ、俺の望んでいたものじゃないのか。
血に濡れ、遠くに転がった、俺の八重歯が見えた。
血を失い若干ふらつく頭を振るって、飛ばされた銃を拾いにいく。肝心なときに役立たずだったにび色の銃の引き金は相変わらず固いままだ。
熱を持った両腿の傷と対照的に、思考が冷えて研ぎ澄まされていくのを感じた。手に握った銃を見つめ直し、リアルと向き合う決意を新たに固める。
「死んでたまるか」
痛む足を引きずり立ち上がった俺は、初めて経験した死地を後にした。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。