艦魂年代史外伝 雷の女神PDFで表示縦書き表示RDF


 艦魂年代史外伝シリーズ第五弾は短編オリジナルキャラが登場する短編作品です。
 世界を敵に回していた頃の日本人が起こした奇跡の物語を描いた今回の作品は感動とギャグを組み合わせた作品です。
 自分でも結構お気に入りの作品ですので、楽しんでいただけると嬉しく思います。
艦魂年代史外伝 雷の女神
作:黒鉄大和


 一九四一年〜一九四二年、真珠湾攻撃とマレー沖海戦で大勝利し、米海軍と英海軍を壊滅させた日本軍は各所で連戦連勝を続けていた。すでに太平洋と南方地帯は日本軍の勢力下になり、戦いの炎は鎮まる事を知らずに燃え広がった。
 そんな日本軍が大進撃をしている一九四二年二月、ジャワ海で一つの感動的な物語が繰り広げられた。
 これは、誇り高き武士道を持つある艦長と一人の少女が起こした、奇跡の物語である。

 一九四二年二月二七日、ジャワ海スラバヤ沖で、後年スラバヤ沖海戦と呼ばれる日本艦隊と米英蘭豪連合艦隊との間で戦いが起こった。

「撃ち方始めッ!」
 特三型(暁型)駆逐艦三番艦・駆逐艦『いかづち』艦長工藤俊作少佐の命令で、艦内に漂っていた嵐の前の静かなる沈黙は破られた。
『砲撃始めッ!』
 ドガアアアアアァァァァァンッ!
『雷』の十二cm単装砲四基が唸りを上げ、空気を切り裂いて鉄の砲弾が滑空する。そして、
 ドドドオオオォォォンッ! ドオンッ! ドドンッ!
 敵艦の周りで多くの水柱が上がり、敵艦を包囲する。
「魚雷発射管、一番から五番まで発射!」
 工藤は新たな攻撃命令を出す。
 魚雷発射管二基六門が敵艦を捉え、六門中五門から魚雷が発射されて海中に飛び込み、海の中を切り裂いて進む。そして、
 ドゴオオオォォォンッ!
『敵巡洋艦に魚雷二本命中!』
『敵駆逐艦に魚雷一本命中!』
 発射された魚雷は見事に敵艦の鉄の装甲を爆砕した。その爆炎を見て、艦橋の中は歓喜の声で満ちる。
 そんな中、未だに攻撃命令を出し続ける工藤の横で一人の水兵服を着た少女が真剣な表情で窓から見える戦況を睨んでいた。その時、
『左三〇度方向から魚雷二本接近!』
 敵艦から発射された魚雷が迫っていた。
「取舵いっぱぁぁぁいっ!」
『取舵いっぱぁぁぁいっ!』
 工藤は艦の相対面積を小さくする為に『雷』急旋回した。戦艦などとは違い、駆逐艦は小回りが利く。艦が大きく左に傾き、遠心力が体中に掛かる。窓の外の景色が右に流れ、次の瞬間には敵巡洋艦一隻と駆逐艦数隻が見えた。工藤はすかさずその敵駆逐艦隊を睨む。
「魚雷六番から九番まで発射!」
 新たな魚雷発射命令が下り、残りの発射管から次々に魚雷が発射される。薄い白い軌跡を残しながら進む魚雷は真っ直ぐ敵艦隊の中心に吸い込まれ、次々に爆発を起こした。
『敵駆逐艦二隻に魚雷各二本命中! 大破炎上!』
『敵巡洋艦魚雷二本命中! 大破炎上!』
 巨大な黒煙を上げる敵巡洋艦を睨み、少女は拳を強く握った。
 味方艦も敵艦隊を包囲し、集中攻撃を開始した。
 すさまじい轟音と振動、そして水柱と火炎、黒煙が舞い上がり、敵艦隊は火の海に包まれた。『雷』も砲雷撃を繰り返し、敵艦二隻を撃沈した。そして、戦いはついにクライマックス。日本艦隊全艦が一斉攻撃を加え、敵艦隊は大爆発を起こした。
『雷』も先程とは別の敵巡洋艦に総攻撃を仕掛けた。『雷』の全砲門が火を吹き、新たに装填された魚雷が海を翔け、敵巡洋艦は大爆発を起こし、戦闘不能になった。その時、
「撃ち方止め!」
 工藤は攻撃中止命令を出した。これ以上の攻撃は無益だった。
「敵巡洋艦に発行信号!『貴艦ハ既ニ戦闘力無シ。直チニ降伏セヨ』!」
 工藤は敵に降伏を勧告した。
 無益な殺生は武士道に反する。真の武士道を知っている工藤は武士の情けをかけたのだ。が、敵巡洋艦は降伏せず、退艦を開始した。次々に海に飛び込む。その間、工藤は一切攻撃命令を発しなかった。飛び込んだ敵兵が十分敵巡洋艦から離れた所まで泳ぐと、工藤は敵巡洋艦にとどめを刺した。
 魚雷が発射され、傾いていた敵巡洋艦に命中。敵巡洋艦は沈み始めた。すると、
「総員沈み行く敵艦に敬礼!」
 工藤は艦内放送でそう命令した。甲板にいる兵達は沈んで行く敵巡洋艦に向かって一斉に敬礼した。その敬礼に見送られ、敵巡洋艦は艦尾から沈んで行った。
 ほどなくして、敵艦隊は壊滅。日本艦隊は帰路に着いた。
「航海長。面舵いっぱい。戦線を離脱する」
「了解! 面舵いっぱぁぁぁいっ!」
 緊張の糸が切れたのか、工藤はふぅと息を吐いて椅子に深く腰掛ける。その時、ふと横にいる少女に向かって声を出す。
「俺達の勝利だ」
「はい」
 少女は嬉しそうにうなずいた。そんな二人の会話を、他の者も嬉しそうに見詰める。が、彼らの視界には少女の姿は映っていない。だが、そこに本当にいる少女を、誰もが祝福した。

 日本艦隊(重巡洋艦二隻、軽巡洋艦二隻、駆逐艦十四隻)は敵連合艦隊(重巡洋艦二隻、軽巡洋艦三隻、駆逐艦十二隻)のうち重巡洋艦一隻、軽巡洋艦二隻、駆逐艦五隻を撃沈。重巡洋艦一隻小破という大戦果を収めた。それに対し日本艦隊は駆逐艦一隻大破のみで、沈没した艦は一隻もいなかった。
 日本艦隊は意気揚々と戦闘海域を離脱した。

 工藤と親しげに話していた少女――彼女の名は雷。この駆逐艦『雷』の艦魂である。
 艦魂とは、文字通り艦の魂である。
 古今東西どこの国の艦艇にも宿っている。
 艦の魂である艦魂――そのどれにもいくつかのある共通点があった。
 一つ、どんな艦艇でも艦魂は宿る。
 一つ、その姿は霊感の強い者。または艦魂の精神波長に似ている波長を持つ者だけにしか見えない。
 そして、それは全て、女の姿をしている。

 『雷』の艦長室では二人だけの勝利の祝杯を挙げていた。
「「乾杯」」
 工藤と少女は日本酒をグイッと飲み干す。
「ぷはっ。やっぱり勝利の後の酒はうまいなぁ」
 工藤が赤みを帯びた柔和な笑みで少女を見詰める。少女も「そうですね」と嬉しそうに答える。
 工藤は二杯目の杯に酒を注ぐ。
「雷よ。今回は完勝だったな」
「そうですね」
 雷はペロリと底に残った酒を舐める。
「『朝雲』が大破したが、沈没しなくて良かった。一隻も沈まずに勝利できるなど、本当に奇跡だ」
「そうですね」
「・・・『森田○義アワー』じゃないんだからさ」
 工藤のツッコミに、二人は笑い合う。
「ほれ、お前も飲め」
 そう言って工藤は空になった雷の杯に酒を注ぐ。
「ありがとうございます」
 雷は酒をまた一気飲みする。
「おぉ、いい飲みっぷり! もう一杯!」
 工藤は再び雷の杯に酒を注ごうとする。が、それは断られた。
「どうしてだよ」
「私があんまりお酒が得意じゃないのは知ってるでしょう?」
「知っているが、まぁ今夜は飲めや」
「で、でも・・・」
「何だ? 俺の酒が飲めないのか?」
「そ、そういう訳では・・・」
「それなら飲め」
「ううっ」
 断れない雰囲気の中、雷が仕方なく酒を受け取ろうと杯を前に出すと、
「おいおい、冗談だ。子供が無理すんな」
「か、艦長が飲めって言ったんじゃないですか!」
「だから冗談だって言ってるだろ?」
 おかしそうに笑う工藤。そんな工藤を睨み付けて怒りを露にする。
「・・・ま、またからかったんですか・・・っ!」
 顔を真っ赤にして怒る雷を見て、工藤は嬉しそうに酒を飲む。激昂してギャーギャーと叫ぶ雷を見ながら、工藤の酒は進む。
 叫び疲れた雷が水を求めると、工藤は素直に水を渡す。だがその水を雷は疑わしそうに見詰める。
「これ、本当に水ですか?」
「失敬だな。本物の水だ」
「・・・本当ですか?」
「まだ疑ってるのか? 疑心暗鬼な奴だな。飲んでみればわかる」
「飲んでからじゃ遅いんですけど――」
 そう口では言うが、雷は工藤の言葉を信じてその謎(?)の液体を口にする。それはもちろん水に変わりはない。
「あ、本当に水だ・・・」
「・・・お前、本気で疑ってたんだな」
 少し寂しげに言う工藤に、雷はいい気味ですと心の中でつぶやく。
 工藤は杯に残っていた酒を飲み干し、一息つく。すると、工藤は肩を何度も叩き始めた。
「肩、こってるんですか?」
「うん? あぁ、ここの所忙しいからな。少し肩がね」
「揉んで差し上げましょうか?」
「え? 揉んでくれるのか?」
「はい。腕は保障しかねますが」
 雷の笑顔はとても優しく、工藤を包み込む。
「それじゃあ、お願いするよ」
「了解」
 雷は工藤の肩をゆっくり揉み始めた。それは彼女の言ったのとは違い、結構うまかった。
「おぉ、なかなかうまいじゃないか」
「そ、そうですか? 嬉しいです」
 雷は顔を赤くして嬉しそうに喜ぶ。
「はぁ、気持ちい。そこが特に・・・」
「よく暁姉さんや綾波義姉さんの肩を揉んでいましたから、少し実力がついたみたいです」
「そっか・・・くうっ! 効くなぁっ!」
 本当に気持ち良さそうに喜ぶ彼を見て、自然と力がこもる。
 しばらく肩を揉むと、工藤は「ありがとう」と言って雷を離す。
 雷は元いた所にから水と取って、一杯飲んだ。
「おや? もうこんな時間か」
 工藤が何気に見た腕時計の針は、午前二時半を示していた。草木も眠る丑三つ時とはまさにこの時間。
「おっと、寝る時間がなくなるな。今日はこれくらいにして、もう寝ろ」
「はい。艦長は?」
「俺は艦長だ。寝る訳にはいかん」
「そ、それでは艦長が・・・」
 心配そうに工藤の軍服の袖を掴む雷。そんな雷の頭を、工藤微笑みながら優しく撫でる。
「お前が気にする事じゃない。心配するな」
「で、ですが」
 まだ納得いかない雷を無視し、工藤は艦橋に戻ろうと部屋から出ようとする。が、それを雷は制止する。
「ちょ、ちょっと艦長――」
「あぁ、わかったわかった。少し仮眠をとるから、お前はさっさと寝ろ」
「本当ですね?」
 小さな瞳を向けて心配する雷に、工藤は優しく微笑む。
「本当だ。そんなに俺が信用できないのか?」
「そ、そんな事はありませんけど・・・」
「なら、もう寝てよ」
「・・・はい」
 雷は工藤に「おやすみなさい」と言い、工藤も「おやすみ」と微笑んだ。
 工藤が部屋から出て行くのを見送ると、雷は眠そうに目を擦る。本当はすごく眠かった。
 艦魂には空間から色んな物を出現させる事ができる。雷も空間から寝巻と布団を現出させる。布団を敷いて寝巻に着替え、そおっと布団の中に潜った。そして、ゆっくりと瞳を閉じ、眠りについた。

 快晴の雲一つない清々しい朝、昨晩雷との約束を守って仮眠(一時間)した工藤は絶好調だった。そんな工藤は相変わらず朝から艦橋で指揮を執っていた。その時、
「あ、かんちょー・・・おはよーごじゃいましゅぅ・・・」
「・・・またか」
 工藤はその声に呆れて振り返ると、予想通りの光景が広がっていた。
 そこにいたのは雷だった。だが、昨日のような勇ましさも夜の時の笑顔もなかった。あるのは――とろんとした生気のない瞳だった。
 雷はかわいいクマがいっぱい描かれた寝巻を着ていた。しかも所々はだけていて白い肌が露になっている。が、工藤は気にしない。
「お前、また寝ぼけているのか・・・」
 雷は朝が弱い。ものすごく寝起きが悪く、無理に起こすと激昂し、起こさないととことん寝て、起きたとしても今みたいに寝ぼけ状態がしばらく続く。本当に迷惑な奴だ。
「どうでもいいが、服ぐらいちゃんと着ろ」
「・・・ふえ?」
 ぼーっと雷はしばらく自分の姿を見詰める事一分、
「なっ!?」
 ようやく覚醒したらしく、顔を真っ赤にして急いではだけている部分を元に戻す。
「エッチ! ジロジロ見ないでください!」
 普通の女の子のように恥じらいながら怒る雷に「何をバカな事を」と工藤はあざ笑う。
「お前のような貧相な体を見ても嬉しくもなんともないわ」
「な・・・っ!」
 体中の血液が逆流し、心の奥底に眠る活断層が地殻変動を始める。心のプレートとプレートが限界まで圧力が加わるのを感じる。ぶっちゃけ、ちょっとした刺激でも大災害になる。が、工藤はちょっとしたをはるかに超える衝撃を与えた。
「いっちょ前に恥じらいを主張したいなら、その十勝平原(北海道)の如く広がっている貧乳を富士山とは言わないから、せめて鳥海山(工藤の出身の山形県で一番高く東北地方で二番目に高い山・標高二二三六m)の如き高さを持ってから言え」
 臨界点突破。
 轟音を立てて心の底から急激に湧き上がるその衝動は、ついにその火口から噴出した!
「余計なお世話です!」
 大噴火だった。
 雷はこの世のものとは思えないほど激昂し、言葉にならない叫び声を上げる。すさまじくうるさいが、慣れてしまった工藤は無視する。
 工藤はたまにこうやって雷が最も気にしている貧相な胸の事を攻めるのだ。これがなかなかおもしろいらしい。怒り狂って日本語を破棄して咆哮する少女を見るのは、結構おもしろい。
 結局、雷の絶叫は五分間続いた。

 んで、五分後――

「はぁ・・・はぁ・・・」
 もはや立つ気力もなかった。床にしゃがみ込み、荒い息を肩を使って呼吸している。そんな状態の雷を見て、工藤は笑う。
「おはよう雷娘。ようやく目が覚めたみたいだな。今日も一日がんばろう!」
 工藤はいつもの調子で雷の背中を叩いて元気付ける。が、
「あれ?」
 今回はいつものように「艦長の最低!」とか「艦長のバカ!」とか罵声が飛んで来なかった。返ってきたのは、
「ううっ・・・ひぐっ・・・ふえええぇぇぇんっ!」
 大きな泣き声だった。
「あ、あれー?」
 ちょっと攻め過ぎた。十勝平野と言ったのが悪かったのだろう。雷は自分の小さな胸(A)を見詰め、再び泣きじゃくる。
「ひ、ひどいです! 私が一番気にしてる所を、しかも十勝平野だなんて、あんまりです! 毎日牛乳飲んでるのに・・・っ!」
 大泣きする雷を見て、さすがの工藤も罪悪感を感じる。
「あー、その、何だ。これは不可抗力と言うか、その・・・悪い。少し言い過ぎた。謝る」
 工藤がどんなに謝っても時すでに遅し。雷はわんわん泣いて工藤の声も聞こえない。
「ご、ごめん! ごめんってば!」
 必死に謝る工藤を、参謀達はくすくす笑いながら見詰めていた。彼らには工藤が独り言で叫んでいるようにしか見えないが、いつもの光景なのでほのぼのとしていた。
「艦長。また雷をからかったんですか?」
 航海長が困ったような顔をしながら言う。
「そんなんじゃない。ちょっとコンプレックスをクリティカルに攻撃しただけだ」
「それは十分ひどいですよ」
「そんなのわかっている――なぁ、頼むから泣き止んでくれよ」
 再び必死になって雷をなだめている工藤を、参謀達は見詰めるのであった。

「なぁ、機嫌直してくれよ」
 ようやく泣き止んだ雷は、今度は不機嫌そうに工藤を睨んでいた。もうすでに寝巻から軍服に着替えている。
「俺が悪かったからさ。なぁ、許してくれよ」
 雷の返答は、
「嫌です」
 冷たい言葉で一蹴された。
 雷は工藤を睨みつけると、コップに入った牛乳を飲む。雷は毎日二リットルの牛乳を飲んでいる。工藤に胸をバカにされてからずっとこの日課は続いている。そうとうショックを受けたのだろう。その傷にイカの塩辛をぶち入れるような暴挙に等しい攻撃は、雷の心をひどく傷付けていた。
「今度という今度は、許しませんから・・・」
 潤んだ瞳でキッと睨み付けられ、工藤は沈黙する。
 しばらくその沈黙は続いたが、工藤がそれを打破した。
「わかったわかった。今度内地に戻った時にテディベアを買ってやる。それでいいだろ?」
 工藤の言葉に、雷の表情が春に咲く花のように華やいだ。
「ほ、本当ですか!」
「あぁ、男に二言はない」
「やったーっ! 約束ですよ! 忘れないでくださいよ!」
「あぁ、わかった」
 嬉しそうに万歳して喜ぶ雷を見て、工藤は苦笑した。
 雷はテディベアが大好きなのだ。これまでにも工藤が何体か買ってやったが、その度に大喜びされた。工藤は雷に対する最終兵器としてこれを使ったのだが、どうやら大成功のようだ。
「艦長大好きです!」
「うわっ!」
 いきなり雷は抱き付いて来た。小さな体だと思った。こんな小さな体をした子供がこの『雷』の魂だと思うと、絶対に死なせたくないと思ってしまう。 
 工藤は雷の小さな肩をそっと抱き締め、苦笑いした。
「まったく、ゲンキンな奴だ」
「えへへ」
 満面の笑みを浮かべる雷の頭を工藤はそっと撫でてやった。雷もうれしそうにそれを受け入れる。頭を撫でてもらうのが好きだった。
 こうして、二人は仲直りした。その様子を、参謀達は嬉しそうにいつまでも見詰めていた。

 午前十時、『雷』は昨日海戦のあった海域に到達した。蒼く輝く海は昨日ここで激戦を行われたとは到底思えないほど静かなものだった。
「静かですな」
 航海長が不気味そうに言う。青く輝くここは戦場なのだ。いつ敵に攻撃されるかわからない。
「あぁ、敵潜水艦を警戒しろ。この海は危険だ」
 工藤の言葉に、航海長はうなずいた。
 この海域は敵潜水艦が出没し、味方の輸送船を何隻も沈めた危険区域である。しかも、『雷』はつい二ヶ月前に敵潜魚雷を受けていた。敵潜水艦の恐怖を身をもって知っていた。
「艦長。この海には敵の潜水艦が潜んでいてもおかしくありません。対潜戦闘用意をしましょう」
 雷の言葉に、工藤はうなずいた。
「対潜戦闘用意! 見張りは警戒『厳』とせよ!」
『了解!』
 すぐさま命令は艦内を駆け巡り、兵達はそれぞれの配置に移動する。わずか二分で戦闘用意が完了した。
「総員配置完了!」
 副長の言葉に、工藤はうなずいた。
 緊張感漂う海を、『雷』はゆっくりと進んだ。
 見張り兵達はわずかな浮遊物も一つ一つ確認し、そしてその度に緊張と安堵を繰り返す。双眼鏡に映ったのが流木などなら問題ないが、それが潜望鏡なら急いで艦橋に報告しないと雷撃を受ける。
 見張り兵達は極限状態を保ちながら双眼鏡を睨み続けていた。
 敵の潜水艦に警戒しながら、『雷』は海を進む。その蒼い海を、工藤と雷は目を離さずに見詰めていた。その時、
『左三〇度、距離八〇〇〇に浮遊物多数!』
 突然見張り兵の声が伝声管を伝わって艦橋に流れて来た。艦橋ではその謎の浮遊物の方向を見るが、まだ携帯双眼鏡ではよく見えない。
「我が軍の船が敵の潜水艦に撃沈された直後かもしれません」
「浮遊物はその船の残骸かもしれません」
 参謀達が至極当然の判断をする。だが、それは同時に緊張に繋がる。
「近くに敵の潜水艦がいる可能性がある。潜望鏡が見えないか確認しろ」
 工藤の指示に航海長は見張り兵に警戒をさらに強めるよう指示する。
「この海域は危険だ。総員持ち場を離れるな」
 工藤はすぐにでも攻撃できるように万全の態勢を構えた。
『雷』は浮遊物確認の為にその方向に向かって白波を立てて進んだ。見張り兵の確認の声が聞こえるのを、工藤は黙って待っていた。その時、
『浮遊物は敵兵らしき!』
 その報告に、艦橋はどよめいた。
「艦長。きっと昨日の海戦で沈んだイギリス海軍です」
 航海長は携帯双眼鏡で窓の外を見詰める。しばらくすると、再び見張り兵から報告があった。
『敵兵の数、四〇〇名以上!』
「よ、四〇〇名!?」
 参謀達は驚愕する。
『雷』の乗組員は全二二〇名。その二倍近い数の敵兵が海の上を漂っているのだ。
「引き続き潜望鏡がないか確認しろ」
 工藤自身も携帯双眼鏡で窓の外を見詰めるが、まだ携帯双眼鏡ではよく見えなかった。
『こちら第一主砲室! 艦長! いつでも砲撃可能です!』
 主砲長の声が響いた。
 戦場に情けは無用だった。敵ならば、無抵抗でも攻撃する。それが戦場で生き残る教えだ。
「取り舵いっぱい」
 工藤は敵兵に近づく為に針路を変更した。
「艦長・・・」
 雷は工藤を見詰めるが、彼は表情を変えてはくれなかった。
『雷』はついに敵兵を主砲射程範囲に捉えた。
 撃つのだろうか。
 雷は工藤の顔を見詰める。
 戦場において情けは命を落とす事にも繋がる。いくら工藤が武士道に生きる男でも、乗組員全員を危険にさらす事はできない。そうなれば・・・
「撃ちますか?」
 雷は返事をせずに双眼鏡で敵兵を睨んでいる工藤を見詰める。その時、工藤が見ていた光景は・・・
 ボートや瓦礫に掴まり、必死に助けを求めるイギリス海兵だった。
 工藤の心は揺れた。
 武士として助けてやりたい。だが、この海域はいつ敵潜水艦に襲われるかわからない危険海域。乗組員全員を危険にさらすような事は、艦長としてできない。しかし・・・
 全ては、艦長工藤にゆだねられた。
 参謀達や雷も、工藤の指示を待っている。
 乗組員の安全を確保して敵を見殺しにするか、それとも乗組員を危険にさらしてでも敵兵を救助するか。工藤の心は揺れ続けた。
 しばしの沈黙が降り、『雷』は敵兵の横を通る。甲板の兵達が機銃の照準を合わせる。その時、工藤の固く閉ざされていた瞳が開いた。
「敵兵を救助せよ!」
 工藤はそう命令した。
「敵兵をですか!?」
「敵兵の数は我が艦の乗組員の二倍はいるんですよ!?」
「それに、この海域はいつ敵の潜水艦に襲われるかわからない危険海域。そんな所でのこのこ敵兵を救助していれば格好の獲物です!」
 参謀達は反対した。だが、
「先程までの報告で、この海域には敵の潜水艦はいないらしい。その危険性は低い」
「しかし!」
 食い下がる参謀に、工藤は鋭い目で睨む。
「もう一度言う。敵兵を救助せよ!」
 工藤の意思は固かった。参謀達も諦めて指示を出す。そんな不平不満そうな参謀達と違い、雷は笑顔だった。
「艦長なら、きっとこういう命令を出すと信じていました」
「ふっ、そうか。お前には勝てんな」
 苦笑する工藤を、雷は優しい瞳で見詰める。
 彼はそういう男なのだ。弱っている者を見捨てられない、とても優しい人間だと。武士道に生きる心優しき武人であると。
「俺は自分の信念である武士道を貫いたまでだ。敵とて人間。弱っている敵助けずしてフェアーな戦いはできん。それが武士道だ」
 工藤は窓の外に広がる蒼い海を見詰めながらそう言った。その勇ましくも優しい、大きな後姿を、雷は誇りに思えた。
 これが、自分の命を預けられる艦長だと――

 マストから戦闘旗が下ろされ、代わりに救難活動中国際信号旗が揚げられ、風に靡いた。
 こうして、世紀の救助劇は開始された。
『雷』の手の空いていた乗組員全員がロープや縄ばしご、竹竿を差し出した。
 その光景を、工藤と雷は艦橋から見詰める。
「早く上がって来い!」
 兵達は叫ぶが、イギリス兵は首を振った。
「お前ら死にたいのか!?」
 兵達はイギリス兵の怠慢さに激昂する。が、イギリス兵達はある方向を指差した。そこには救命ボートに乗った負傷した兵達がいた。彼らは自分達よりも負傷した彼らの救助を優先したのだ。
 救命ボートは『雷』に接舷され、ラッタルを使ってイギリス兵を甲板に上げた。
「がんばれ!」
「がんばるんや!」
 兵達はそう叫んだ。元気付けようにも日本語では通じない。だが、心を通じる。イギリス兵達は残っていた力を使ってラッタルを上る。
 救命ボートはわずか八隻だったのですぐに負傷者の収容は終わった。すると、今度は大勢のイギリス兵達が最後の力を振り絞って泳いで『雷』に近づいて来た。だが、地獄の漂流を続けて一日、飲まず食わずで海を漂流してきたイギリス兵達の体力は、すでに限界を超えていた。

「艦長! 自力で上がれる者はほとんどいません! 救助するにもとても手が足りません!」
 兵が慌てて艦橋に飛び入り、工藤にそう伝えた。
 工藤は目を閉じてしばし沈黙した。そして、工藤は第二の大きな決断を決めた。
「一番砲だけ残し、総員敵溺者救助用意」
 それは、日本海軍史上極めて異例な命令だった。
「了解!」
 兵はその旨を伝える為に、艦橋を飛び出した。
 最低限の人間だけ残し、後は全員救助に向かえという工藤の決断に、全員が覚悟を決めた。
「艦長! 私も救助に向かってもよろしいでしょうか!?」
「私も!」
 次々に参謀達がそう発言した。そんな彼らを、工藤は優しい笑みでうなずいた。参謀達は敬礼して急いで艦橋を飛び出した。
 艦橋には工藤と雷の二人が残された。
「さすがの私も、ここまでやるとは思っていませんでした」
 雷は心底驚いていた。一番砲だけ残して総員救助に向けるなど、一つ間違えれば艦が死ぬような指示だった。
「仕方あるまい。早く救助してやらんと、彼らが持たないからな」
 そう言う工藤は気を緩める事はなかった。二二〇名の命と、少女の命を預かる艦長として。
 そんな彼を、雷はずっと見詰めていた。

「手空き総員。ロープ、竹竿を両舷に出せ!」
 総勢一七〇人の乗組員によって、急ピッチで進む救助。しかし、イギリス兵達は限界に達していた。ロープに掴まる力もなく引き上げる事はできなかった。そこで竹竿に抱き付かせてボートで救助しようとしたが、
「がんばれ!」
 竹竿に触れた瞬間、
「がんばるんや!」
 安堵したのかイギリス兵は、力尽きて、海中に沈んだ。
「おいっ!」
「くそっ!」
 その時、一人の兵が甲板から海に飛び降りた。兵は急いで沈んだイギリス兵を引き上げ、下ろされたロープにしっかりとくくり付けた。
「上げてくれ!」
 イギリス兵はこうして救助された。
 これを引き金に次々に兵達が飛び降り、同じように安堵して沈んで行くイギリス兵達を引き上げ、ロープにくくり付けて救助した。
 救助されたイギリス兵達は泣きながら何度も「Thank you Thank you」と礼を言った。
「あぁ、よくがんばった!」
 もはや敵も味方もなかった。ましてや同じ海軍軍人である。
 艦橋からこの情景を頼もしそうに見ていた工藤は、
「魚雷搭載用のクレーンも使え! 使える物は何でも使うんだ!」
 救助も大詰めに入っていた。
 甲板上で『雷』の乗組員の腕に抱かれて息を引き取る者もいたが、無事に救出されたイギリス兵達は乗組員の手によって油や汚物にまみれた体を木綿の布とアルコールで優しく丁寧に拭かれた。さらに、日本兵にとっても貴重な新しいシャツと半ズボン、靴が支給され。熱いミルクやビール、ビスケットも惜しみなく配られた。
 こうして、救助は終わった。
 やるだけの事はやった。誰もがそう思った。
 艦橋に戻って来た参謀達は海の向こうを双眼鏡で見詰めている工藤に報告する。
「敵兵の救助は完了しました」
 だが、工藤はそれに首を振った。
「まだ終わってはおらんぞ」
「え?」
「どういう事ですか?」
 驚く参謀達に工藤は「左前方に舵を取れ」と言ったのだ。その方向を見ると、まだ多くのイギリス兵達が漂流していた。そして、
「漂流者を全員救助する」
 そう宣言した。
 しかしそれはあまりにも無茶だった。
「艦長。これ以上救助を続けると、戦闘になった時に燃料が足りなくなってしまいます」
 雷は反対する。このままではせっかく救助したイギリス兵も乗組員も無駄になってしまうからだ。しかし、
「構わんさ」
 その言葉に、雷は言葉を失う。
「漂流者は一人も見逃すな」
『了解!』
 参謀達は指示を飛ばす。
 そんな中、雷は呆然としていたが、やがて、
「ふふふ・・・」
「何がおかしい」
 雷は笑っていた。嬉しそうに、優しく笑っていた。
「やっぱり、艦長は艦長ですね。真の海の男ですよ。工藤さん」
「ふん。真の武人と言ってほしいな」
 そう言い返した工藤に、雷はくすくすと笑う。
 工藤は雷の頭を撫でた。雷はそれを素直に受け入れる。
「あと一息だ。もう一仕事やらんとな」
「はい!」

 その後も工藤は、例え遠方に一人の生存者がいても、艦を停止し、救助させた。
 そして、溺れていた全てのイギリス兵を救助した。
 その数は、日本の乗組員の二倍近い、四二二名に上った。

 その夜、艦橋からイギリス兵で埋まった甲板を工藤は見詰めていた。
「四二二名。もうすさまじい数ですね」
 雷はホットミルクを飲みながらつぶやいた。
「あぁ、でも、無事に助けられて良かったよ」
 そう言った工藤の表情は、とても優しげなものだった。その優しげな笑みを見ながら、雷は質問する。
「艦長は、この戦争をどう見ますか?」
「と言うと?」
「内心は、戦いたくないのではないですか?」
 駆逐艦の艦魂である彼女は、生まれながらにして戦姫。戦う事を目的に存在する兵器の魂。でも工藤は違う。人間は感情によって多くの目的に向かって歩める。そういう存在だ。
「そうだな。こう言っちゃなんだが、俺は戦争が嫌いだ。アメリカともイギリスとも戦いたくない」
「艦長・・・」
「でもな」
 そこで柔和な笑みは崩れ、真剣な――帝国海軍駆逐艦『雷』艦長の顔になった。
「命令があれば戦争でも何でもやるさ。それが俺達軍人だ」
「そうですか・・・」
 その言葉を聞いて雷は安堵した。工藤とこれからも一緒に戦えると思って、嬉しかった。理不尽だが、本当に嬉しかった。
「何だ? 何で笑ってるんだ?」
「え?」
 気が付かないうちに顔に出ていたらしい。慌てて顔を隠す。
「な、何でもないです!」
「? 変な奴」
 工藤はもう一度甲板を見詰める。その時、
「そうだ。まだ彼らに会っていなかったな」
 そう言うと、工藤は参謀の一人に「士官を前甲板に集めろ」と命令した。
 参謀はすぐにイギリス海軍の士官を集めた。中には沈んだ艦の艦長もいた。その全員が不安そうな顔をしていた。無理もない。救助されたとは言え自分達は捕虜に変わりはないのだから。何をされるかわからない。
 その時、日本兵が道を開け、中から大柄の男が現れた。『雷』艦長工藤俊作少佐である。
 工藤は不安そうにしているしているイギリス海軍士官達を見詰める。その横には雷もいた。
 全員が工藤を見詰める中、工藤が発した言葉は、
「You had fought bravely.(諸官は勇敢に戦われた)」
 その言葉に、うつむいていたイギリス士官達が顔を上げる。
「You are the guest of the Imperial Japanese Naby.(諸官は日本海軍の名誉あるゲストである)」
 その言葉に、泣き出すイギリス士官もいた。全員が全員工藤に感謝の視線を浴びせる。
 工藤も嬉しそうに彼らを優しい笑みで見詰める。そして、そっと敬礼した。
 イギリス士官達も感謝と尊敬の意味を込めて敬礼した。
 敵国同士である軍人が、このような形で敬礼し合うとは、世の中わからないものだと、雷は思った。
 工藤は踵を返して艦内に戻ったが、その間、ずっと彼らは敬礼をし続けていた。

「ふう・・・」
 艦長室に戻った工藤は椅子に腰掛けた。
「お疲れ様でした」
 雷はコーヒーを淹れた。そのコーヒーを受け取り、工藤は一息つく。
「まったく、今日は忙しかったな」
「はい。私の人生で最も長く、忙しく、大変で――」
 雷は笑顔で、
「名誉ある一日でした」
 その言葉に、工藤は笑った。それにつられて雷も笑う。
 雷は工藤の横の椅子に腰掛け、彼の手をそっと握る。驚く工藤に、雷は優しい笑みを向ける。
「艦長。やっぱり、あなたが私の艦長で良かったです」
「何だ急に」
「いえ、ただなんとなく。艦長を惚れ直しました」
「な、何をバカな事を・・・っ!」
 頬を赤くして怒る工藤。明らかに照れている。そんな工藤に雷は笑顔をし続ける。その笑顔に耐えられなくなり、工藤は不機嫌そうに言い放つ。
「ふん。お前のような貧乳姫に惚れられても嬉しくもなんともないわ」
「ああぁっ! また貧乳って言った! しかも今度は姫ってひどい!」
 先程までの笑顔とは打って変わって顔を真っ赤に染めて怒る雷。だが、一度放たれた砲弾が大砲に戻らないように、工藤の罵声も戻らない。
「うるさい! チビのくせに生意気言うな!」
「ああぁっ! 今度はチビって言った!」
「チビじゃなきゃガキだ! 寄せて上げる事もできない女として失格な小娘が調子に乗るな!」
「ひどいっ! すごく気にしてるのに!」
「うるさい! お前はどうせ夏のビーチでもビキニは絶対に似合わないんだ! 永遠にスク水でも着てろ!」
「はあっ!? それはひど過ぎですよ! って言うかスク水って一体どういう意味ですか!? いくな何でもそれはないですよ!」
「ふん。お前はそれがお似合いだ。はぁ、何で俺は『雷』の艦長になっちまったんだろ。お前の姉妹や義理の姉妹達はみんな結構いい体してんのに、俺はなんて運が悪い。貧乏クジを引いちまった」
「そ、それはいくらなんでも言いすぎです! 確かに私の姉妹はみんな犯罪的にスタイルがいいですよ!? その中で私はちょっとスタイルが足りませんけど、それはかわいさがカバーしています!」
「はあっ!?『ちょっと』だあぁっ!? ふざけるな! 山あり谷ありがなく永遠の平原が広がるお前の体がちょっとスタイルが足りないで済むか!しかも何だ? かわいさでカバーだと? このアホ! 自分の顔を二四時間見てろ! お前はかわいさも中途半端じゃないか!」
 工藤の猛攻撃に、雷は泣き出した。
「ひどい。私の存在を全否定ですか!? 全否定するんですか!?」
「肯定できる所が一つもねぇんだよ!」
「うわあああぁぁぁんっ!」
「おぉ、泣き虫をいう属性があった」
「艦長のバカ! 艦長なんか大嫌い! 浮気してやるうううぅぅぅっ!」
「アホか! お前と俺はそんな関係じゃねぇだろうが!」
「うわあああぁぁぁんっ!」
 静かな夜に、少女の悲しき泣き声を男の罵詈雑言がこだまし、静かな海で繰り広げられた小さくても大きな戦いは、こうして幕を閉じた。

 翌日、救助された四二二名のイギリス兵達は、ボルネオ島の港で日本の管轄下にある病院船に捕虜として引き渡された。
 移乗する際、士官たちは『雷』のマストに掲揚されている旭日の軍艦旗に挙手の敬礼をし、また甲板に立つ工藤に敬礼した。工藤は、丁寧に一人一人に答礼をした。兵の方は気ままなもので、『雷』に向かって手を振り、体一杯に感謝の意を表していた。

 こうして、駆逐艦『雷』とその多くの将兵、工藤、そして雷の世紀の救出劇は終わった。

 あれから二年の月日が流れた一九四四年四月十三日、駆逐艦としての性能を余す事なく発揮し、太平洋の海を翔け巡り幾多の戦いを潜り抜けた。『雷』は船団護衛中にグアム島の西で敵潜水艦の雷撃を受けて、沈没した。
 一瞬にしての轟沈で、生存者は一人もいなかった――

 駆逐艦『雷』。
 特三型駆逐艦三番艦としてこの世に生まれ、数々の戦いを潜り抜けてきたこの駆逐艦は、多くのイギリス兵を救った。
 だが、それを行った工藤艦長と少女の物語を知る者は誰一人いない。
 武士道を貫いて危険を冒して救出した工藤。
 そんな工藤を励ましながらずっと見守って来た雷。
 二人の魂は、今は天国にあるだろう。だが、耳を澄ませば聞こえてくる。彼らの声が――

――今すぐ貧乳姫という不名誉な称号を取り消してください!――
――アホッ! 取り消してほしければその埼玉県みたいになんの取得もない貧相な胸を何とかしろ!――
――ひどいっ! ひどすぎるです!――
――うるさい! この胸なし女! ペチャパイ! ヘンペー胸!――
――ひどすぎるですぅっ! うわあああぁぁぁんっ!――

・・・・・・・・・・ほらね。


 さて、雷と工藤艦長の物語はいかがでしたでしょうか?
 艦魂シリーズでは類を見ない貧乳キャラである雷と工藤の会話はどこか金剛と滝川に似ているものがあります。
 戦争初期は日本人は武士道を持って戦い、味方を救助している艦は決して攻撃しない。逃げる相手は追撃しないなどをしていました。
 この物語もそんな日本人が起こした奇跡の一つでしかないのです。
 さて、次なる作品はまた短編です。
 次の作品は珍しく本編では活躍の機会がなかった潜水艦の艦魂のお話です。
 潜水艦『伊−五八』の艦魂とある少年のお話です。
 今までの水上艦とは違う舞台で、当時の潜水艦生活も描かれており、僕的にも結構好きな作品です。
 そんな二人の物語、どうかご期待ください。













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