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第七話:下手な考え休むに似たり

 おかしい、とサクラは思う。

 ここは間違いなく自分、佐倉桜の自室で、昨日までは共に平凡な日常を過ごす相棒だった筈だ。


 なのに。


「……」

「……」

「……」


 ――なんでこんな地獄みたいな空気なんだろう。


 サクラは世の不条理を嘆いた。

 擬音で表すのならば、『ドゴゴゴゴゴ』、と言ったものがしっくりくるここは、だけど正真正銘、自分の部屋だった。正直逃げ出したかった。




 正座するユリ。向かいには同じく正座するモエと、その後ろに隠れるサクラ。

 モエはギロリ、とユリを睨み、その眼差しを受けたユリは萎縮して……



(せ、制服の上から自己主張する青い果実っ! ああああ! 堪りません……)



 いなかった。いつでも彼女は平常運転である。

 そんな彼女の心情を知って知らずか、底冷えする声でモエが言う。



「……何か、言うことがあるんじゃない?」

「……金髪に染めたんですね! 似合ってます!」

「っふ!」

「きゃん!」


 瞬速チョップ。


「……他に」


 NG。

 はい、テイク2。


「せ、制服姿のモエさん! 素敵です!」

「しっ!」

「うきゅうっ!」


 瞬速チョップ。


「他っ!」


 NG。

 はい、テイク3。


「わ、我が勝利、夜と……」

「今言う台詞じゃ、ないでしょーがっ!」

「はぅあ!」


 瞬速チョップ。


 そこで、モエは右手を腹部に添えた。


「これでも解からないなら……来い、獄星……!」

「わーわー! ストップ! わ、解かりました! さっちん、ごめんなさいごめんなさい! ゲスな私でごめんなさあああああい!」


 これがOKシーンである。


「よろしい」

(よろしくない。全然よろしくないよ)


 何やら満足気に頷く姉に、だけどサクラは何にも言えなかった。





「さて」


 と、一通り土下座しまくった後、ユリが言う。

 その表情は、手刀でぶっ叩かれまくった情けないものではなく、また、性的にだらしないゲスな顔でもなかった。


 言ってしまえば、『夜』。

 髪も瞳も黒いユリではあるが、その黒い輝きが今になって一段と増している様な雰囲気を、サクラは受けた。

 

「真面目な話を、しましょうか。……モエさん」

「……そーね」


 凛とした透き通る様な声で、ユリがモエに呼びかけると、先ほどまでとは明らかに違う少女に、しかしモエは動揺せず視線を少しサクラに移した。

 姉と視線が合ったサクラは、その意味を問おうとする。

 が、それより早く、モエが立ち上がってサクラに言った。


「……いい加減、部屋を移りましょ。サクラ、ごめん」

「え、あ、う、うん……」


 姉からの急な謝罪に、サクラは若干たじろんだ。

 それを横目で見ながら、ユリはまた真剣な顔で「……では、モエさんの部屋に」と言い、モエとともにサクラの部屋から出て言った。


 一人残されたサクラは、それでもまだ座ったままだった。

 やっと、あの意味不明な圧迫感から開放されたと言うのに、何故か心がざわついていた。


「なん、なの、よ……」


 理解不能、と言うのはそれだけで人の心を掻き回すものである。


 元引き篭もりの少女の、変貌(と言っても、サクラは『以前』のユリの性格を知らないが)

 昨日まで普通だった実姉の、驚異的な身体能力(サクラにはモエの手の動きが全く見えなかった)


 何もかも意味が解らなかった。

 だが、出来る事なら関わりたくない。ユリの性的なゲスに、ではない。その後に見せた、あの『黒い闇』に引きずり込まれる様な、絶対的な悪寒。正直、近寄りたくもなかった。


 しかし、このまま、『解らない』ものを解らないままにする、と言うのも、気持ちが悪かった。


 そして、その答えは彼女の部屋の向かい。つまりモエの部屋に、きっとある。


「……なんで、だろ」


 ポツリと呟き、サクラは立ち上がった。

 部屋のドアに向かう彼女の心情は、彼女自身も解らない。









 モエの部屋に入った途端、ユリはキリッ! としていた顔を瞬時に変化させた。


 真面目な話? 

 凛とした顔?


 そんなものはない。あるのは一つの欲望だけ。

 


「モっエさああああああん!」



 と、声を高らかに上げ、ユリはモエの神々の黄昏も真っ青なくらいに神々しいその二層の膨らみにダイブした。


 しかし。



「それは読んでた」


 と、モエは目にも止まらぬ早業で、瞬時に右手を腹部に『入れる』。ズチュ、と歪な音を立て、服の上に何時の間にか出現した『黒い穴』から、一振りの刀を取り出した。


 ――鬼刀、獄星神楽。


 純白に輝く刀身の切っ先は、寸分違わず突っ込んできた少女の顔を真正面に捉えていた。



 ピタッ、と切っ先が当たる顔面スレスレのところで、ユリは何とか止まることが出来た。

 再び顔から出る冷や汗。


「わ、わー……獄星神楽だー……元気……?」

「アンタのニュクスと違って意思疎通は出来ないけど、多分、血に飢えてるよ」

「すみませんでしたっ!」


 シーン2、NGである。



「では、改めて……」


 ユリはモエに向き合って、冷や汗を拭った。

 そして顔を今度こそ真面目な顔にして、再び、モエに言った。

 万感の思い、なんて、込めるまでもない。

 だって、それはもう今更なのだから。



「会えて、良かったです」

「そーね。アタシもよ」



 二人は笑った。

 再会、と言うには劇的ではない、おかしな喜劇。

 だけど、二人にとってシュチュエーションなんて、どうでもいいのだ。

 会えただけで。無事なだけで。生きているだけで。

 それだけで、十分なのだ。





 

 一先ずモエが獄星神楽を己に戻した後、二人は座って、現状把握と情報交換をした。


 ユリは言った。


 ニュクスが言うには、あの姫巫女が自分たちを還したらしい。

 地球の時間は、召喚された時から経っていない。

 学校に行って、二人の情報を探そうとした。

 そしたら校門前が地獄絵図。

 この世界の住人は、大体レベル5か6。10を超えている人は見掛けなかった。

 学校で、モエの妹、サクラがクラスメートだと気づき、声を掛けた。

 『これが二秒後の貴様の姿だ』

 さっちん、おっぱい大きいですね。あれはいいものだ……



 勿論、何回かチョップが炸裂したことは、言うまでもない。


「……ったく、アンタは。相変わらず、なんだから」


 呆れる様にモエが言った言葉は、ユリの『カッコいい台詞』や、ゲスい行動に対して言ったものではなく、『普通』を意識しても、結局は『異常』になってしまう彼女の身体能力、しかも、それを「ま、いっか」とあっさり受け入れる、受け入れてしまう、その精神の異常性についてのものだった。

 心なしか、その言葉には、どこか哀れみ、と言うか慈しみの様な感情が含まれていた。


 それを知って、何もかも解った上で、ユリは言う。


「いいんですよ。私は『夜』なんですから。所詮はこんなもんです」

「ユリ……」

「……もう何千回も言いましたが、私は後悔してませんよ。そのお陰で、今まで生きてこられたのですから」


 どこか達観した様子で、薄い胸に手を当てながらそう言ったユリは、本当の本気でそう思っている顔だった。

 モエとて、そのくらいは知っていた。


 知っていたからこそ、許せなかった。

 彼女にそんな選択をさせた、『キロウ』の理不尽が。

 自分たちをキロウに呼び出しておいて、あっさりと捨てたあの国が。

 終わってしまった事を、完璧に受け入れた、ユリの考えが。



 なにより。 


 決定的に彼女をそうさせてしまう様に追い込んでしまった、自分自身の弱さが。



 今でも容易く思い出せる、あの日、あの時。


 雨が、降っていた。

 初めて、魔獣にあった。

 モエとダイキは、死を覚悟した。

 だけど、一人の少女は。

 歩いてもすぐに疲れて、一人では碌に何にも出来なくて、一緒に召喚された二人に頼ってばかりいた、湯久世 由里は。





 ――夜に染めろっ、ニュクス!

 ――『たなとす』『はつどう』




 そして少女は『夜』になった。

 自身の未来を、犠牲にして。




―――――――――――――



 夜の少女・ユリ

 性別:女

 年齢:14歳

 武器:夜剣『ニュクス』

 レベル:4→54

 通称:なし

 備考:ニュクスを身に宿したことで、レベル+50。不老。




―――――――――――――




 ――モエさん、ダイキさん。これで、もう大丈夫です。私は、私はもう足手まといじゃないっ。あなた達を守れるんですっ! 



 そう言った、臆病で内気『だった』少女は、笑っていた。

 だけど、雨に濡れていた少女の顔には。

 恐らく、雨以外の液体が、きっと流れていた。




 ――もし、あの時の自分に今の力があれば、目の前の少女はきっと、今頃健やかな成長を遂げていた筈なのに。



 その考えは今更で。

 何にも意味を為さない妄想だ。

 モエとダイキは、そんな彼女を気にしてしまって。

 ユリは、自分を気にしている彼女らを『気にしてしまっている』。

 だから、二人は、なるべくそれを見せないようにしている。

 笑って、生も死も終わりも何もかも笑って、そうして今の三人が出来た。


 なので。



「げへへへへ。モエさんのおっぱいやわらかーい」



 物思いに更けていたのをいいことに、自分のおっぱいを揉みまくる涎を垂らした少女は、きっと、自分に気を使わせないよう、そう振舞っているのだろう。



 モエはそう思い。

 否。

 そう思いたくて、迷わず右手を振り上げた――――

 




 それから。


「では、とりあえずは『現状維持』と言うことで」

「そーね。ダイキの居場所を探して、後はまぁのんびり過ごそ」


 色々とチョップやら涎やら何やらが飛び散った後、二人は『ダイキを見つけて、適当に此処で過ごす』と言う如何にも彼女たちらしい軽い結論に達した。


 ちなみに、モエは学校でそれとなくダイキの情報を探したのだが、手がかりは何もなかった。

 件の少年は、意外と遠いところに居るらしい。



 そこで、ユリがニヤニヤと笑いながら、モエに言う。


「あー、でも、ダイキさんと会ったら、イチャイチャするんですよね、どーせ」

「イ、イチャイチャって……そ、それに、返事、まだだし……」

「あーあー! 聞きたくない! 解りきっている未来なんてっ! いいですよーだ。精々二人でにゃんにゃんしてればいいんですっ!」


 顔を膨らまして拗ねた様に言ったユリは、だけどどこか嬉しそうに。



「……早く、会えるといいですね。ダイキさんに」


 と言った。


「……そーね」

「それでは、一先ず私は帰ります。何かあったら、また」

「ええ」

「あ、そうだ」


 と、立ち上がったユリは、モエの部屋のドアに向かって一言。









「さっちん、そこに居ると、危ないよ」









 数秒後、ドアが遠慮がちに開いた。


「い、何時から、気づいていたの?」

「そうだねー。多分、最初から」

「アタシ達は、見張られているとかの気配には敏感だからね」


 少し青ざめているサクラを尻目に、ユリはモエの部屋から出た。

 ビクビクしている少女を見て、ユリはまた笑った。

 ゲスでもなく、『夜』でもなく、年相応の少女の様に。



「じゃあね、さっちん。今日はありがと。また明日っ!」



 と言い残して、「お邪魔しましたー」とユリは階段を降りて行った。

 玄関の開閉音が聞こえたとき、やっとサクラは声を出すことが出来た。

 モエに目を向け、言う。


「姉さん……」

「……なに?」

「どう言う、こと、なの?」

「だがら、なにがよ」

「……何もかも」


 二人の会話を聞いたサクラは、だけど意味がさっぱり解らなかった。

 夜。レベル。姫巫女。ダイキ。ニュクス。獄星神楽。

 理解不能な言葉の羅列。

 そして、ふとサクラは気づいた。

 先ほどの、ユリの台詞。


『……金髪に染めたんですね! 似合ってます!』


 サクラの記憶が正しければ、モエは、もう二年ほど前からずっと金髪だった筈だ。

 だと言うのに、ユリの言葉は『つい最近まで金髪ではなかった』様なニュアンスを含んでいる。

 そう思えば、結局、二人の関係性も解らなかった。

 いつ、どこで、どうやって知り合ったのか。話を聞いても、何もかも解らなかった。




「ふぅ」


 とモエは溜息を吐いた。

 これは説明しなきゃ拙いな、と思う。

 別に隠す必要もないと言えばないのだが、果たしてマトモに受け止められるのだろうか。


「ユリ、これが面倒だから早く帰ったのか……」


 妙に早々と帰宅した妹分を思い、モエはもう一つ、嘆息した。


 でも、まぁ。


 モエはサクラを見た。何かを期待する様な目で。


「一から話そっか。……あんまり楽しいものじゃないけど、ね」


 妹に事情を説明するのは、きっと姉の役目。

 そして。

 妹分に、願わくば『友達』を作ってやるのも、あるいは姉貴分の役目なのだ。


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