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第五話:机に上った瞬間にスカートが少し捲れたのである。

「……王子サマ?」

「……は?」


 ユリがカッコいい(と思っている)台詞を置いて、不良の屍(あくまで比喩)が溜まる校門前から颯爽と学校の中に入り、朧気な記憶を頼りに迷いながらも何とか教室に辿り着いて、彼女の第一声が、これだった。

 教室内は、地味で目立たなかった少女の無双乱舞の話題で持ちきりで、そんな中現れたユリに、クラス全体が彼女の一挙手一投足に注目していた。


 いきなりの王子発言に、言われた男子生徒はキョトン顔。


 周りのクラスメート達も、突如登校してきて突如惨劇を繰り広げた、不登校だった少女の意味不明な発言にキョトン顔。


 そしてまた、ユリもキョトン顔だった。


「……なぜここに居るんです? そもそも、貴方に撃った『ヒュプノス』は、まだ――――」

「……はぁ?」

「ん? レベル、5? あれ、確か王子は90くらいはあった様な……よく見ると背も少し低い……」

「……はぁー!?」

「あー! そっくりさんか! びっくりしたー! ま、こんなところに居る訳ないよねー」

「はぁあああああ!?」

「ごめんごめん。で、王子、私の席、どこだっけ?」

「色々待てコラァ!」


 突然に意味不明で電波的な発言をしたユリに、男子生徒は溜まらず声を荒げ、睨みを利かす。

 だが、そんな彼の凄みをそよ風の様に受け止め、ユリは首を可愛く傾げた。


「ん? なぁに?」

「な、なぁに、って……。その、なんだ……えーと……く、くそっ! どっから突っ込んでいいか解からねぇ!」


 男子生徒は頭を抱えた。

 なぜ自分を王子と呼んだのか。

 意味不明な言葉の羅列はなんだ。

 自分はどこの王子と似てるのか。

 なぜ自分の席を覚えてないのか。


 いや、それよりも何よりも。

 男子生徒は更に声を荒げた。

 ちなみに彼は朝の惨劇を見てないし、知らない。

 机に突っ伏して寝ていたのが仇になった。もし知っていれば、彼はユリと関わりはしなかったろう。

 そして、それが、あるいは彼の運命の分かれ道だったりするが、今のところは関係ない。


「俺を王子って呼ぶんじゃねぇ!」

「え、でも、私、君の名前解んないし」

「はぁ!? んだよそれ!」

「ごめん。で、プリンス、私の席は?」

「い、言い方変えれば良いって話じゃ、ねーんだよぉ!」


 どこまでもマイペースな少女に、男子生徒はとにかく振り回されていた。

 もうこれ以上は何を言っても意味がないと彼は思い、うんざりした顔でユリの席を指差す。

 それは、教室の一番後ろ。窓側から二番目。そして、それは今男子生徒が座っている窓側から三番目の

 隣であったりする。


「あ、隣の席だったんだ。よろしくプリンス」

「よろしく、じゃねーよ! プリンスって呼ぶんじゃねーよ!」

「いや、ホントに似ているんだよ? 王子に」


 そう言って、ユリは席に着いた。

 男子生徒の喚きを風を受ける柳のごとく受け流し、鞄を机の脇に提げる。

 懐かしい机、椅子の感触に浸っていると、遠巻きに見ていた一人の生徒がユリに近づいてきた。

 それは、朝の地獄絵図を見ていた生徒だった。

 躊躇いがちに、ユリに訊ねる。


「ゆ、湯久世、だよな、お前」

「そうだよ」

「……朝のあれ、何をしたんだ?」

「何って……何もしてないよ? ただ相手が殴りかかってきて」

「殴りかかってきて?」

「勝手に吹き飛んだだけ」

「おい誰か通訳頼む。俺はこいつが何を言っているか解からない」


 何が性質が悪いと言えば、ユリは別に嘘を吐いてないことである。

 だからこそ、理解不能な問答になってしまったのであろう。

 今度は、一人の女子生徒がおずおずと近づいてくる。


「……ねぇ、湯久世さん?」

「なに?」

「……何があったの?」

「何って、……なに?」

「いや、前の湯久世さんとは、大分違うから……」


 言われて、ユリは逡巡する。

 何があったと聞かれれば。


 別の世界に召喚されて。

 『夜』になって。

 馬鹿みたいにレベルを上げて。

 魔王を倒してきました。

 あ、私は勇者です。あと、賞金首です。


 と、答えれば、それで終わりである。

 同時に、ユリの学校生活も終わりであるが。

 と言うか、既にリーチが掛かっている気もするが。


 何はともあれ、ユリはもう『普通』で居る事を半ば諦めていた。

 先ほどの校門前の出来事で、それはもう無理だと悟った。

 過ぎたる力は過ぎたる結果を齎す。

 本人の意思の有無に関わらず。

 それは、嫌と言うほど知っていた。

 そしてそれが今の結果ならば、もう普通に振舞う意味がなくなる。


 だからして、ユリは答える。

 一から十まで本当の事を言うのではなく、嘘を混ぜて、ユリは答える。

 


「修行してきたんだ」

「修行!?」

「なんで!?」

「……強くなるため?」

「疑問系!?」

「どこで修行してきたの!?」


 どこかと聞かれれば、それは『キロウ』と答えたかったが、だれがそれを理解できるのか。

 だから、ユリは考える。

 あそこは、全体的な世界観として、文明は地球より発達しておらず、中世ヨーロッパの様なところだった。城とかあるし。

 

 ならば。


「……ヨーロッパ的なところかな」

「曖昧だなオイ!」

「ってか外国かよ!」


 この辺りは二週間、学校に行ってなかった恩恵でもある。

 本当に行った証拠はないが、嘘である証拠もない。

 そして、誰もそれを証明できない。

 


 『外国に行って、修行してきた』



 確かに通常なら、明らかに信じられないことである。



 だが、二週間前のユリは、内気で、無口で、特定の友人もおらず、クラスもそんな彼女を無視していた。

 しかし、今のユリは。



 『我が勝利、夜と共に!』



 こんなである。一体彼女に何があったのだろうか。

 それは誰にも解からなかったが、少なくとも、『何か』あったのは確実である。

 だから、彼女の言うところの『修行』も、真正面から否定することが出来ないのだ。



「……王子って誰だ? お前とどう言う関係なんだ?」


 と、そこでユリの隣の生徒が訊ねた。

 他の生徒たちがユリと問答している間に、別のクラスメートから朝の惨劇を聞いた彼は、若干冷や汗を垂らしながら、それでもどうしても気になってしまったのだ。その、自分に似ている『王子』とやらに。


 ユリは顎に手を当てながら考える。

 ――正義の国、『トリンド』の第一王子。

 ユリたちが半ば壊滅させた国の、次期国王だ。

 しかし、ただいま絶賛爆睡中である。軽く十年くらい。


「……うーん、知り合い、かな?」

「王子と!?」

「うん、ちょっと命を狙われているんだ」

「王子に!?」

「まぁ返り討ちにしたけど」

「王子を!?」


 こいつは何を言っているんだ。

 とは、訊ねた男子生徒を含め、誰も言えなかった。賢明である。









 そして、昼休み。


「ぐぬぬぬぬ。……ぜ、ぜんぜん授業が解からない……」

「……ま、二週間居なかったからな、お前」


 頭を抱えて机に突っ伏すユリに、隣の男子生徒が哀れみの声を掛ける。

 彼の記憶では、二週間前の彼女は黙々とペンを走らせる勤勉家だったのに、今の彼女は授業の度に唸ってばかりである。実は彼女は二週間どころか一年と半年、命がけの旅をしていたのだが、それはともかく。


「プリンスぅ、どうしよう、私、馬鹿になっちゃったぁ……」

「……だから、プリンスじゃねーって」

「……学校の授業って、生きていくのに何の役にも立たないよね。クソだよ、こんなの」

「俺もそう思うけど、まさかお前の口からそれが出るとは思ってなかったよ」


 小柄で大人しかった少女から出る口汚い言葉に、男子生徒は顔を引き攣らせた。


「あ、そうだ、プリンス。一応、聞いときたい事があるんだけど」

「いやだから、俺はっ!」

「……佐倉萌、って人と、犬上大樹って人、知らない? たぶん、高校生」


 顔を真剣なものにして、真っ直ぐにユリは問うた。

 そのユリの深い黒の瞳に、男子生徒は気圧されてしまう


「……な、なんだよ、突然」

「その人たちを探しているんだ、私。……何か、知らない?」

「……その、イヌガミ、って人は全く知らないけど……」

「けど?」

「関係あるのかは知らんけど、サクラ、って、ほら、あいつだろ? 佐倉桜」

「へ?」


 男子生徒が指を差した先には、一人の女子生徒が居た。

 染色したであろう茶色の髪に整った顔立ちの少女は、他の女子生徒たちと楽しそうに机を囲んで昼食を食べていた。

 ちなみに、ユリは弁当を忘れてしまったので、飯抜きである。そもそも、彼女はあまり食事を摂る必要がないのだが。

 隣の男子生徒は、常にその時間を睡眠に費やしているので、昼休みだと言うのに、席から動く気配がない。

 そして、ユリとその男子生徒の周囲には、全く人が居ない。

 正に、触らぬ神に祟りなし、と言ったところである。

 


「……なんとなく、モエさんに似ている……それに、おっぱいが大きい」

「は?」

「おっぱいが大きい」


 大事なことなので二回言ったらしい。


「あ、聞き間違いじゃなかったんだな。……お前、ホントにどうしちまったんだよ」


 見た目は大人しい少女のセクハラ発言に、男子生徒は今日一番の戦慄を覚えた。



 そこで、ガタッと音を立てて、ユリは席を立った。


「ちょっと聞いてくる」

「……そうかい、俺は寝る」

「うん。あ、そうだ、プリンス」

「……もうなんでもいいけど。……なに」


 自分の名前をプリンスで固定されてしまった男子生徒は、半ば諦めてユリに問うた。

 ユリは、男子生徒と視線を合わせて、ニコッと花が咲くように、綺麗な笑みを浮かべた。



「ありがとっ!」



 そう言って、ユリは女子生徒、佐倉桜の元に向かっていった。


 思わぬ礼を言われた男子生徒は、一言。


「……どういたしまして」


 そして、彼は机に突っ伏した。

 だけど、彼は寝れなかった。ユリの何の邪気もない、純粋な笑みが、嫌に脳裏から離れなかった。






「ねぇねぇ、サクラさん」

「……は?」


 佐倉桜は困惑していた。

 食事中に、先日まで不登校で、今はなんか良くわからないことになっている自称『ヨーロッパ的なところ』帰りの少女に、突然声を掛けられたのだから。しかも、親しげに。


「……あたし?」

「そう。ちょっと聞きたいことあるんだけど」


 不安げに聞くサクラに、ユリは笑顔で頷く。


 突如出てきたユリに、周りの生徒たちも思わず食事を止めて彼女たちに注目した。


「……なによ」

「佐倉萌って、人、お姉さんか親戚に、いない?」

「……あたしの姉さんだけど、なんであんたが……」

「やっぱり!」


 サクラの『なぜ自分の姉を知っているのか』、と言う疑問を遮って、飛び跳ねんばかりに喜ぶユリ。


「ちなみに聞きたいんだけど、今日、モエさんに会った?」

「は?」

「いいからいいから、会った?」

「……そういえば、今日は会ってない。朝早くに出てったみたいだけど」


(ビンゴ!)


 とユリは内心で思う。

 モエの考えをトレースして(今度は真剣に)考えるに、彼女なら、『地球』に帰ったら先ずそうするであろう、とユリは予測していたのだ。


 それは、髪の染色。


 キロウに居た彼女は、かつて金髪だった髪の毛はすっかり色落ち、今や黒い髪に戻ってしまっていた。

 そして地球に戻って、時間経過がないことを把握した彼女は、何を思うのか。


 そう、以前の自分と今の自分の差異をなくすことである。

 しかも、以前の自分を知っている人たちに見られない内に。


 そしてそれが、『朝早く家から出て行った』と言うことなのだろう。ユリはそう結論付けた。


「ねぇ、サクラさん! 学校終わったら、家に行っていい?」

「はぁ!? なんで!?」

「モエさんに会いたいの! いいでしょ? さっちん!」

「ってかあんた姉さんとどう言う……変な名前で呼ばないでよっ!」

「ねぇいいでしょ?」

「なんで、あんたをあたしの家に……」

「……駄目?」

「当たり前よっ!」

「どうしても?」

「……」


 サクラの目に映る拒否の意思に、ユリは心中でため息を吐いた。

 これはやりたくなかったんだけど、と、ユリは後ろを振り向いて、大きな声で言う。


「プリンスぅ! 起きてぇ!」

「な、なんだよっ!」

「あれ? 起きてたの?」

「っ! う、うっせー! なんか用か!?」


 寝ていたと思っていたから大きな声を出したのに、割と早く反応した男子生徒にユリがそう聞くと、男子生徒は少し狼狽して訊ねる。


 ユリは自分の席の、男子生徒とは逆隣、一番後ろの窓端の席を指差して、言う。


「そこ、誰かの席?」

「……誰もいねーけど。空いているよ」

「そっか。なら大丈夫だよね」


 何が、とは、誰も聞けなかった。

 クラスに居る生徒全員がユリを見ていると、瞬時にユリはその空いている机の前まで移動し。


「えい」


 と、可愛らしい声とともに、右手を机に振り下ろし。







 バンっ、と音を立てて、机が真っ二つになった。

 






 沈黙。

 皆、机が割れたと言うことは解かったが、理解できなかった。

 小柄で、細い腕の少女が、素手で机を真っ二つだ。

 その不可解な現象に、脳みそが追いついていかなった。


「さっちん」


 とユリが言う。

 ポカンとしていたサクラがその声に反応すると、ユリはいつの間にか、壊れた机の隣にあるユリの『机の上』に立って、仁王立ちをしていた。


 生徒たちが、驚愕して、彼女を見る。




 ちなみに、隣に座る男子生徒は、机の上に立ったユリから目を背けて、



「お、おまっ、ぱ、パン、み、みえっ……!」



 とか何とか顔を赤らめて言っているが、そんなことはユリを含めて誰も聞いていなかった。





「もし断ったらー……」

 




 と、ユリは無残に真っ二つになった机をビシッ! と指差して。





「これが二秒後の貴様の姿だ」





 と言った。

 彼女が言うところの『カッコいい台詞』である。練習の成果が出た瞬間だった。





『(湯久世めっちゃこええええええええ!)』




 と、クラスメート全員の心がシンクロした。

 名指しで言われたサクラなどは、体を震わせている。





「さっちん」

「は、はひぃ!?」

「今日、家に行っていい?」


 その言葉に、サクラは。




「は、はいっ……」



 と言った。それしか言えなかった。




 クラス全体が、サクラに同情した。







「し、白……」


 うわ言の様に呟く男子生徒の言葉は、勿論誰にも届かなかった。





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