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短編:社会人の話

禁句の多い企画室

作者:森崎緩
01
 うちの企画室では横文字を禁止しています。
 例えばこんな感じです。
「桧山さん、お昼どうします?」
「店行って買ってくる。ついでに買う物あるか?」
「私、甘くて黒いものが食べたいです」
「かりんとう?」
「違います。原材料は豆です」
「おはぎか!」
「違います」
 こんな感じに、回りくどいです。

02
 ただ禁止しているだけではなく、横文字を使ったら罰金百円です。
 だから私も桧山さんも必死です。
「雪浦、これ四枚複写しといて」
「了解です。大きさはこのままでいいですか?」
「ああ。けど、もしかしたらインクが――」
「えっ?」
「――染料が、切れてるかもしれない」
「はい桧山さん、罰金です」

03
 桧山さんは狡い人で、時々私を嵌めようとします。
「ゆきうらー、来週の火曜日は何の日だ?」
「知らないです」
「三月十四日だろ。先月お前は俺に何くれた?」
「知らないです」
「引っかかんないか。ところでお返し何だと思う?」
「指輪ですか?」
「そ、んなわけないだろ、ホワイトデーだぞ! ……あ」

04
 実は私も時々やってしまいます。
「桧山さん、生地見本揃えました」
「ありがとな。お前はどれがいいと思う?」
「私は、このファー生地が――」
「ん? 雪浦、何て言った?」
「……ふあふあっとした生地が、いいと思います」
「往生際が悪い。はい、罰金百円!」
 仕事柄、横文字禁止は大変辛いのです。

05
 そもそも横文字禁止になったのは、うちの社長が英語かぶれだからです。
「我が社では新たにレディスをターゲットにしたラインをスタートアップすることにした。コンセプトは『ラグジュアリーでコンフォートなオフィス空間』だ」
 企画会議でのこの発言に、企画室では横文字アレルギーが起きたのです。

06
 我が社は事務機器メーカーです。企画室では、豪奢で快適な女性向け事務椅子を設計しています。
「けど、ふあふあっとした生地はないだろ。夏は暑い」
「桧山さんは何がいいと思います?」
「縮緬かな。季節を選ばないし、色バリエも豊富だ」
「バリエ?」
「……あー! 頑張って『縮緬』っつったのに!」

07
「罰金、結構貯まってきたな」
「ですね。私、この企画が片づいたら行きたいお店があるんです」
「へえ、どんな店だ?」
「えっと……異国風の、食堂と言うか……」
「なるほど。打ち上げは罰金でそこ行くか」
「はい。楽しみにしてます」
「じゃ、頑張って罰金貯めないとな」
「なんか変ですね、それ。ふふ」

08
「俺もな、この企画が片づいたら、お前を誘おうと思ってたんだ」
「へえ。どこに連れて行ってくれるんですか?」
「それは内緒だ。言うと罰金だからな」
「横文字禁止、全く不便ですね」
「まあな。でも、お蔭で目標ができた」
「罰金刑があると気が引き締まりますよね」
「……それだけ、じゃないけどな」

09
 うちの企画室では、横文字を禁止しています。
 それは上司とて例外ではありません。
「桧山と雪浦、コーヒー飲むか?」
 角谷室長はそう言って席を立ちました。
 しかし私達が見つめているのに気づき、
「いや『珈琲』! 漢字だから! 横文字じゃない!」
 優しい上司ですが、罰金率も一番高いです。

10
「こんな罰則、おっさんには辛いよ」
 貯金箱に百円を投入した室長が嘆きます。
「そもそも横文字の拒絶反応なら、根源を断つべきじゃないか君達」
「室長が先陣切るならついていきます!」
「是非とも陣頭指揮を!」
「君達、俺を陥れる時だけ仲いいよな」
 いえいえ、私と桧山さんはいつも仲いいですよ。

11
 桧山さんは優しい先輩です。
「雪浦、食べたがってただろ」
 そう言って、チョコレートをくれました。
「ずっと考えてたんだ。黒くて甘くて豆からできてるものって何だ、って」
 どうやら気にしてくれていたみたいです。
「正解です。さすが桧山さん」
 私が誉めると、桧山さんはとても嬉しそうでした。

12
 私は貰ったチョコを桧山さんと半分こしました。
「ずっと考えててくださったようですから」
 感謝を込めて告げると、彼はなぜか慌てます。
「いや、考えてたってのは違うからな!」
「何を考えてたんですか?」
「だからチョコのことだって――あ!」
 慌てた末に自爆しましたが、優しく愉快な先輩です。

13
 優しい先輩に私は仕事でご恩を返します。
 今は一緒に椅子のデザインを詰めています。
「雪浦、設計はどうだ?」
「あとは枠の色合いを決めるだけです」
「やっぱ職場に調和する色じゃないとな」
「はい。週明けには試作品の発注できそうですね」
 横文字禁止も徹底しています。近頃では慣れたものです。

14
 ただ、どうしても和訳しにくい単語もあります。
「背面をあみあみにしたのはよかったよな」
「ですね。あみあみだと夏場も背中が涼しいです」
「設計もしやすいしな。豪奢な意匠にできる」
「あみあみ、本当に素晴らしいですね」
「……桧山と雪浦。『あみあみ』って何?」
 それは言えません、禁句です。

15
 罰金払うから教えてと言われ、私は快く説明します。
「あみあみとは、メッシュのことです」
 背面メッシュ、座面は縮緬のクッションです。デザインもラグジュアリーを目指しました。
「なるほど。よし、完成に向けラストスパートだ!」
「……室長、罰金です」
 室長は項垂れて、二百円を投入しました。

16
「しかし頑張ってるな、桧山も雪浦も」
「雪浦は打ち上げが楽しみなんですって」
「はい。実は行きたかったお店があって」
「そんなの、今夜でも桧山が連れてってやれよ」
「な、何で俺に言うんすか!」
「そうですよ。仕事終わってないの、に打ち上げなんて駄目です」
 だからこの仕事、終わらせましょう。

17
「なんであそこで『俺が連れてくよ』って言わないかな桧山は」
「だから! 室長はなんで俺に言いますか!」
「なんでかなあ。ま、俺はオフィスラブには寛容だよ」
「あ、罰金ですよ」
「おお、払う払う。喜んで払うよ」
「しかもにやにやしてるし。何なんですか」
「なんでかなあ。ともかく頑張れよ、桧山」

18
「桧山さん、室長に呼び出されてましたね」
「ちょっとな。あとこれ、室長の罰金」
「室長、またですか。今度は何て?」
「……気にすんな。それより、今度誘いたいって言ったの覚えてるか?」
「もちろんです。楽しみにしてます」
「だよな! ほら見ろ、気回されなくても誘えてんだよ!」
「何の話です?」

19
 発注していた試作品が企画課に届けられました。
「雪浦、座ってみろよ」
「私でいいんですか、桧山さん」
「女性向けだからな。テストモニターを頼む」
 そう言うと桧山さんは、自ら貯金箱に百円を投入しました。
「打ち上げ近いし、上乗せしとこうと思ったんだよ」
 完成を控え、浮かれているようです。

20
 ラグジュアリーでコンフォート。そんなコンセプトに沿って作られた椅子です。
 座った瞬間、溜息が漏れました。
「……こ、これは!」
「どうした雪浦!」
「ら、ラグジュアリー……!」
 軍資金を上乗せしたくて言ったのではありません。
 そうとしか言えない座り心地に、思わず言葉が零れたのです。

21
「桧山さんも是非! この座り心地、まさにラグジュアリーです!」
 罰金を払いつつ訴えると、桧山さんは疑わしげに椅子に座ります。
「またまた、そう言って罰金払わせる気――おおおお!」
「すごいですよね!」
「ら、ラグジュアリー、だと……!」
 どうやら我々は理想の椅子を作り上げたようです。

22
「室長も座ってください!」
「この座り心地を体感してください!」
「じゃあ、せっかくだから……」
 室長は満更でもない顔で椅子に座り、おずおず言いました。
「ら、らぐじゅえりー……?」
「ラグジュアリーです、室長」
「ごめん、おじさんには横文字も辛くて」
 涙を拭う室長。本当にお疲れ様でした。

23
「完成したからには乾杯と行こう」
 室長も上機嫌で、私に向かって言いました。
「雪浦、ひとっ走り飲み物買ってきて」
「あれ、打ち上げしないんすか?」
 私より先に桧山さんが尋ねます。
「それもやるけど、まずは皆を労わないとな」
 室長の仰ることもごもっとも。私は社食まで飲み物を買いに行きました。

24
 飲み物を三人分買って戻ると、企画室には桧山さんしかいませんでした。
「あれ? 室長はどちらに?」
 私の問いに、桧山さんはきまり悪そうにします。
「帰った。これ書き置き」
 書き置きには室長の字でこうありました。
『雪浦へ。打ち上げは桧山に連れてってもらいなさい。理由は本人に聞くように』

25
「どういうことですか?」
 私の問いに、桧山さんは天井を仰ぎます。
「あー……本っ当お節介だよな、うちの上司!」
 それから一呼吸ためらった後、スーツの内ポケットから財布を取り出し、百円を貯金箱に投入してから、真面目な顔で言いました。
「雪浦!」
「は、はい」
「今夜、俺とデートしてくれ!」

26
 そのお誘いは私にとって、全く予想外のものでした。
 でも、桧山さんです。いつも私を構ってくれて、ずっと私のことを考えてくれて、私の食べたいものまで当てられる桧山さんのお誘いです。
 だから、答えは決まってます。
 私は貯金箱に百円を入れ、思い切って答えます。
「オーケーです、桧山さん!」

27
「私を誘いたいって話、デートのことなんですね」
「ああ。横文字禁止だったからな」
「『逢い引き』と言う手もありましたよ」
「古風すぎるだろ」
「むしろ言われてみたいです」
「……じゃあ、するか。逢い引き」
 耳元で囁かれ、どきっとしました。
 次は横文字禁止を禁止にしないと、身が持たないです!

28
「……ここか、雪浦の来たかった店」
「はい。童話テーマのコンセプト居酒屋なんです」
「どうりで、すっげーメルヘン……」
「桧山さんはお嫌いでしたか?」
「いいや。室長ならそわそわしてただろうけど」
 桧山さんはそう言って笑います。
「俺は雪浦となら何でも楽しい。横文字禁止ってルールだってな」

29
「あれ、楽しかったですか?」
 私が問うと、桧山さんは照れます。
「俺はな。好きな子と会話の糸口、掴み放題だった」
 振り返れば、私も確かに楽しんでいたような。
「と、ところで『好きな子』って言いました?」
「今更だろ。これ逢い引きだぞ」
 私は今夜、日本語の破壊力を目の当たりにしています!

30
 私と桧山さんは、楽しく幸せな夜を過ごしました。
 ただし翌日、角谷室長には訳知り顔をされました。
「雪浦、オフィスラブは禁止にしないから安心していいぞ」
 恥ずかしくて返事はできませんでしたが、安心したのも確かです。
 それを禁止されると横文字禁止より大変です。
 今、恋をしていますから。

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