「私はカミングアウトするぞ……。なぜ、私が女性を愛せないのか……」
普段の僕なら、父さんの戯言だと聞く耳を持たなかっただろう。しかし今は状況が状況である。
パニック状態の僕の頭に、父さんの言葉が突き刺さる。
「なぜなら、父さんが女だからだ」
……はい?
「ちなみに母さんは男ね」
「はい、そこ!! 大事な事流さない!!」
「へえ、知らなかった〜。初耳〜」
と、勅使河原さん。
この(半)女め……。
「でも、父さん……? 本当?」
「ああ、本当だとも」
そんなダンディーな声で言われても……。
「でも、おかしくない? なんでハレ君が気付かないの?」
そんな事を言いながら、静香さんが居間から顔を出す。その口にスルメをくわえながら。
ああ、勝手に戸棚を漁って……。後ろで横溝さんも食べてるし!!
ああ、思考が脱線してしまった。こういう変人ばかりのマンションに住んでると、要所要所でツッコミ入れないと場が保たないんだよね。
「ハレ、ハレ、なんで遠い目をしているんだ?」
「ごめん父さん、あまりの事に思考がついていけなくて……」
「まあ、無理もない。私と勅使河原さんが付き合う事になったんだからな」
「そっちかよ!!」
叫んだ瞬間、目眩が来た。
叫びすぎたのかな? ダメだ、意識が……。
「おっと、危ない」
後ろにつんのめった僕を静香さんが支えてくれた。気遣いは嬉しいんだけど、胸が当たってます……。
僕は静香さんの手を借りて、床に腰を下ろす。
下がった目線から、父さんを見上げる。
「あのさ、父さんが女で、母さんが男ってどういう事?」
「言葉の通りだよハレ、今まで黙っていてすまないな」
父さんは詫びながら、腰を落とす。そうして、僕と視線を合わせた。
「ハレ、落ち着いて聞いてくれ。実は父さんと母さんは、性同一性症候群なんだ」
「性同一性症候群?」
「生まれた時の肉体の性別とぉ、精神の性別が違えてしまうお病気よぉん」
というのは勅使河原さんの言だ。
この人が言うと、妙に説得力があるな……。
「正に生き証人だな」
横溝さんが後ろで何か言ってるけど、今はスルーします。
「で、なんでこんな状況に?」
「うん、それなんだけどね。父さんと母さんは同じ悩みを抱える者同士出会い、惹かれあい、結婚を誓った……」
うん、ここまでは普通の馴れ初めだ。おかしい所など何もない。
「二人はね、手術を終えてから籍を入れるつもりだったんだが……」
そこで言葉を切り、父さんは僕の肩に手を置いた。
その表情は満面の笑みだ。
「ハレ、君が出来ちゃったんだね。いやあ、まいったまいった」
「まいるなあああ!!」
だからか。だからあの母親は、僕の事をあんなボロクソに言っていたのか。
「ハレが物心つく頃には手術が完了していてね、『父さんが母さんで、母さんが父さんなんだよ』とは言い出せなくて……」
「はあ、確かに言いにくいですね」
「父さんと母さんね、ずっとハレにバレないにしてたんだよ。父さんと一緒にお風呂に入った記憶、あまりないだろ?」
言われて思い出す。確かに、父さんと一緒に風呂に入った記憶がない。
まさか、こんな理由があったとは……。
「で、なんで母さんは居なくなったの?」
「実は、母さんは君の出産に反対していたんだ。こうして事実を明かした時、子供がショックを受けるからと」
「うん……」
確かにショックだ。
僕だけじゃない、ここに居るみんなが呆気に取られている。
「昨日母さんから電話があってな。『パパが生むって言ったんだから、責任取ってよムキィィィ』って……」
ああ、さっきまでシリアスに浸ってたのに、殺意が戻ってきたよ。
「みんな、みんな勝手すぎるよ……。なんで、なんでこんな……」
「ハレ君……」
「事実は小説より奇なり、ってな」
気付かないのつもりか、静香さんが僕の頭を撫で、横溝さんがおどけて見せた。
「ああ、確かに勝手だ。だから私は戻ってきた!!」
そう言って、父さんはスッと立ち上がった。
「と、父さん!?」
「息子よしかと見よ!! これが父の、けじめの付け方だ!!」 |