◆ epi.009 蘭の真意と新一の真実
来た道を戻り、先程のオープンカフェで同じ席に腰を落ち着かせた。怪訝そうな顔で謹礼したウェイトレスが去り際に首を傾げる。
決まり悪そうに眉を顰て見送る蘭を見て、赤井は口の端を微かに緩めた。
「別の店にすれば良かったか? 気が利かない奴で申し訳ないな」
「え? そう見えちゃいました? ……でも、今から話す事を考えたら、人が多いかも」
そう言って周りに目線を走らせる蘭に、赤井も合わせて視界に映る範囲を見渡した。そして、興味深げにちらりと向けられた目線とかちあった。
「なるほど。何処にでも、他人に興味津々って輩が居るもんだな。仕方ねー、場所替えするか」
「あ! 待ってください。それじゃ、赤井…さんのお仕事に支障をきたしちゃうんじゃ……? わたしが無理言ってるんだし、このままで大丈夫ですから」
立ち上がった赤井が纏う外套の裾をギュッと掴み、蘭は微笑を贈った。その瞳には、緩い表情とは裏腹な、有無を言わせぬ力が滲んでいた。
律儀で他人を思いやる性格の蘭らしい、彼女なりの配慮が窺える。
勢いを削がれた赤井もその意志を尊重して静かに席に戻り、口を開く。
「意外に芯が強いんだな。俺みたいな素性の知れない相手に対して強気になれるのは流石だ。伊達に両親の背中を見てきた訳でもなさそうだし」
「そんな事ありません。正直言うと、わたし自身分からないんです。どうして赤井さんに話したい…って思ったのか。ただ、赤井さんなら信じてくれそうな気がしたから」
「なるほどな。で、俺に聞いて欲しい…というのは、どんな――」
――話だ? と続くだろう言葉尻を飲み込む。急に蘭の雰囲気が暗い空気に包まれていたからだ。肉薄だが柔らかそうな淡い桃色の唇を一文字に引き結び、伏し目に逸らした濃淡を失った双眸。
わなわなと小刻みに震える肩が話の重さを物語っていた。
そんな蘭に引き込まれるように、赤井は一度大仰に深呼吸をすると穏やかに口を開けた。
「とにかく話してみなきゃ解らない事だってあるさ。それに、こんな俺に話す気になってくれたのは素直に喜ばしい事だ。少しでもお前の気が晴れるなら、全部受け止めてやる」
年長者としての余裕が赤井から漂う。蘭としては実際のところ頼もしいと思った。それに、一人で抱える自信も全く無かった。
話して楽になれるんだったら……、そう思って蘭はやや躊躇いながらも重い口をゆっくりと開いた。
「実は、わたしの幼馴染みの事なんですけど。……あ、工藤新一っていって、小学生の頃からの付き合いなんですけど」
「工藤新一か。噂には聞いた事がある。何でも『平成のホームズ』とか『日本警察の救世主』などと言われているらしいな。で、その工藤新一がどうかしたのか?」
「……あの、びっくりしないでくださいね? って言っても無理かも知れませんけど」
「? 何をそんなに勿体振ってる? 大丈夫だ。生半可な事では動じない自信はあるさ。とにかく話してみろ」
急かすでもなく、飽くまで蘭のペースで話を進めようとしてくれている事が嬉しかった。元来聞き上手なのかも知れない、と思ったら幾らか心が落ち着いた。
一片の濁りもない真っすぐな視線を受け止めた蘭は、意を決して核心に触れる事にした。
「わたしと同じ高校生の筈なのに、どうしてだか小学生になっちゃってるんです。理由を聞くのが怖くて、何も出来ない自分が歯痒くて……」
「そうか。それは辛い事だな。しかし、その幼馴染みは悪運が強いらしいな。本来なら――」
「え…赤井さん?」
驚きだった。与駄話だと一笑に付される覚悟は出来ていたのに、疑うどころかまるで新一が小学生の身体になってしまった原因を知っているかの口ぶりが蘭の頭を混乱させる。
目を大きく見開いたままで、蘭は赤井の顔を真っすぐに見返した。そんな蘭の思いが通じたのか、赤井は真相へと話を詰めてゆく。
「本来なら死んでいた筈だな。工藤新一は恐らく『あの薬』を飲まされたのだろうからな」
「『あの薬』? 心当たりがあるんですか? お願いします、教えてください……!」
「どうしても知りたいのか? 知ってしまえば、お前自身に危険が降り懸かるぞ。それでも、構わないのなら」
わざと言葉を切って、赤井は蘭の心を煽ってみた。出来ればこのまま引き下がってくれ、と僅かながら期待した。
その意図を理解した蘭も暫く考えを巡らせた。けれど弾き出された答は、赤井の期待を裏切った。
「……構いません! このままじゃ、わたしは納得して新一を諦める事が出来ない。哀ちゃんの事も許せなくなってしまいます。『さよなら』ぐらいは笑って言いたいんです」
「判った。話せば長くなるが、全部教えてやろう。先ずは俺の正体から、だな」
いつ置かれたのか、少し冷めたシナモンティー。赤井はカップを口許に運び、半分近くを一気に煽った。それから、潤った喉を軽く鳴らして同時に細く息を吐くと、浅く掛けていた椅子に深く座り直して蘭を見据えた。
その様子に緊張が高まる。蘭は息をする事も忘れて赤井を、というより赤井の口許に意識を集中した。そして――。
蘭が注目する中、迷宮の出口に繋がる導べが紡がれ始めた。
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