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風花―かざはな―
作:暁月



◇ epi.036 浮き上がった真実(まこと)


 
 タクシーの尾灯から立ち上る白い靄がゆらゆらと揺れて薄らぐ様を、陽炎のようだ、と高木は思った。
 まだ完全にははっきりしない意識下、タイヤが焼ける匂いが鼻について顔を嫌そうに歪める。
 ふ、と見上げる目線の先では、ジョディが呆れ果てた様子でこめかみをぴくぴくさせているのが見えた。
 状況が飲みこめずにぽかんとする高木に気づいたジョディが、長い溜め息をはいて冷たい視線を突き刺す。


「な、なななんでしょう、ジョディそ、そ、捜査官」


 どもりながら、明らかに動揺を見せる高木。臆病者の小動物を思わせる慌てっぷりが滑稽さを通り越してかわいらしく感じさせる。
 母性本能を妙にくすぐられ、ジョディもつい口で笑った。
 が、すぐに状況を考慮して気持ちを引き締めると、諭すような瞳を高木に向けて言葉を注ぐ。


「ね、高木……くん。これからあなたが行く場所はね、かなりヤバいところなのよ。もしかしたら最悪……」

「さい、あく……? 最悪、ど、どうなるんです、か?」

「……」

「ジョ、ジョディ捜査官?」

「…………」


 一度は言わなければ、と決めた。けれど直接的な『言葉』を紡ぎだせない。
 それを声にして伝えることの重さが、ジョディに心臓を鷲づかみにされたような痛みを与えるのだ。
 自分の忌まわしい記憶を思えば、佐藤が同じ悲しみを味わうことがないことを願うのに。
 反対の方向に高木を押し進めるための言葉など、出せるはずがなかった。


「あ……の? ジョディ、捜査か……ん?」


 打って変わり沈む顔を見せるジョディに、高木は首を傾げて問う。心配げに眉根をひそめ。
 けれどジョディの口許はぴくりとも動いてはくれない。目線も高木から外して、ただ沈黙を守っているようにしか感じられない。
 いかに鈍感な高木にもあからさまに伝わる重い空気。敢えて破ろうともしないで、高木はジョディを待つことにした。
 そんな二人の許に、タクシーから降りた長身痩躯な男が身体を引きずるような重い足取りで、ふらつきながら近づいてくる。
 誰あろう赤井秀一だ。意識のある赤井とは初対面の高木は、怪訝でかつ驚いた様子で、じっとその場で待つことしか出来ずにいた。





「……フ。何て顔してる、ジョディ。いつもの凜としたキミらしくないな」


 ジョディを視界に捉えるなり、開口一番が憎まれ口だとは。しかし、変に気を遣われるよりはましだ。


「(やっぱり秀一(シュウ)はどんな時でも秀一(シュウ)なのね。『組織(彼ら)』を追うこと以外……頭にないなんて)」


 胸のうちで自らに確かめるように呟き、ジョディは赤井に対しての私情を断ち切ることを決めた。
 似た者同士だからこそ抱いてしまった特別な想いを気取られないよう、努めて平静に返ろうと静かに深呼吸をしてみる。
 二度、三度と重ね、その間にFBI捜査官としての顔を取り戻すことに辛うじて成功した。


「こんな顔で悪かったわね! これでも本庁(あっち)では隠れファンが多いんだから。しっとりとした憂い顔が……って、聞いてるの、秀一(シュウ)!?」

「……」

「な、何? 疑ってるの? 何とか言いなさいよ。ツッこんでくれなきゃ、言ってるわたしが恥ずかしいじゃない」

「済まないな。オレもこういう野郎なんでね。まあお互い様だが」

「(フフ、そうね。それが秀一(シュウ)よね)」


 言葉を返す代わりに口端を引き上げて微かに笑む。それからちらりと赤井の瞳を覗いて。
 ジョディは、自分が赤井に向ける瞳の色が赤井のそれに無いことを覚り、いくばくかの望みを喉元に飲み込んだ。
 そして、赤井の目線の先にいつも映っているだろう対象を思い、こんな時にでも女を捨てきれない己を自嘲する。


「(アケミさんとジン……お兄さんのことしか、今は見えていない、か。正直、凹むわね。けど――)」


 赤井とジンの関係はFBIでもトップシークレットで、直属の上司と数人の同僚しか知らない事実だ。
 赤井も、知られていることは当然承知している。何しろ『証人保護プログラム』を受けてFBIに入ったのだから隠して於けるはずも無かった。
 赤井は十五歳で本格的に活動に加わり、以降ずっと『組織』だけを追い続けている。他の案件には一切手を出さず、旧名でつかみ取るはずだった未来を全て捨てて。
 そして、そんな生き方をする自分を顧みずに。
 ジョディは思う。まるで自分の移し身のようだ、と。だからこそまた迷いが生じてしまった。悔しいが、今は『時』ではない、と。


「ね、秀一(シュウ)、聞いて。この件が片づいたら考えて欲しいことがあるの」

「……? 何だ、改まって」

「うん、ちょっと……ね」

「今ここでは話せないこと、か。判った。無事でいられたら聞こうじゃないか。だが、もし駄目だった時は済まな――」

「そんな返事は要らないわ! 生き残る努力をして!」


 言葉の端を遮ったジョディが、眉を吊り上げて赤井に噛みつく。ヒステリックな物言いに、赤井は見開いた眼でジョディを見返した。
 怒っているのか瞳を潤ませ、赤井の眼差しを正面から受け止めるジョディ。瞬きもしないでただただ口唇を歪め、刺すような鋭い目線で赤井を縛り付けて。
 少しも抑えるつもりのない感情が一滴(ひとしずく)、頬の丸みに筋を描いた。





 二人のやり取りをずっと傍観していた高木にも、何となく察しはついた。特にジョディの気持ちは解る気がしたのだ。
 彼女が赤井に向ける視線は、高木自身が佐藤に向けるそれに近い。たった一人の相手には知られたいけど知られたくない秘めたたぎり。それを感じて無垢な感動を受けた。


「(僕は必ず生きて帰りますからね、佐藤さん。必ず生きて……!)」


 戦地に向かう兵士さながらの決意を胸の内に秘め、気を引き締めるために両の頬を弾いて。
 高木の顔が刑事のそれになった時、赤井が初めて高木の存在を認めたように身体ごと意識を向ける。


「やっとまともな顔を見せてくれたな、高木刑事」

「え……? ど、どうして僕の名前を――」

「まあ色々と、な。別段気にすることは無いさ。それより頼むな? こんな身体では迷惑を懸けるかも知れないが、フォローしてくれ」

「……わ、分かりました! 絶対に、い……生きて帰りましょうね!? ……あ、の?」


 大まじめに熱を込め。掴みかかる勢いで赤井に返した言葉を反芻してぶつぶつと独り言のように呟く高木を見て、赤井は微かな笑みを零す。
 「気に入った」とでも言いたげで、それを見た高木もつられてはにかみ笑顔で応えた。そして、僅かばかり緊張も解れたことに気づく。
 ジョディも改めて頭の中を整理し終え、男子二人に目配せを送る。これで山場へと向かう準備は調った。


「さ、飛ばすわよ! 乗って!」


 言うなり車に飛び乗ったジョディは、赤井の場所まで高速バックで着けた。
 あまりの勢いに、赤井が渋い顔で大息を吐き、やれやれと口角を片側だけ引き上げる。


「さ、早く!」


 赤井にしてみれば酷な注文をさらりと流し、今にもアクセルを踏み込む構えで。若干険しい顔でジョディが促すと、高木に支えられる恰好で赤井が助手席に乗り込んだ。
 それから、高木が後部座席に座りドアを閉じた刹那、三人が乗った覆面パトカーは大きな唸りをあげて目的地へと発った。
 












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