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風花―かざはな―
作:暁月



◆ epi.025 何者の正体 〜=(イコール)の図式〜


 
 片側三車線ある主幹道路を走らせながら、ステアリングを()る高木は助手席に目線をやった。さっきジョディが自分に向けて呟いた言葉が気になっていたからだ。
 「わたしのブレーキになって」とはどういうことなのかと、問い返そうと口を開きかける。するとその気配に気付いたジョディが高木に視線を合わせるように顔を向けた。
 一瞬気まずい空気が車内を埋めつくす。が、それを振り払ったのは意外にもジョディだった。


「プロ失格だわ」

「? え? 何のこと、でしょうか? 僕にはよく意味が解りませんけど」

「ううん? 良いのよ、解らなくても。解らない方が良いことだってあるんだし、高木刑事にはわたしみたいな感情を抱くようにはなって欲しくないわ。……なんて考えるような人には、ね」

「あの、今……何て? 何を考えるような人、ですか?」

「聞こえなかったなら良いわ。忘れて?」


 それきり口をつぐんでしまったジョディの横顔を呆然と捉え、高木は直ぐに意識を前方へと戻した。掘り下げて聞こうと思えば出来た。けれどジョディの、打って変わった思い詰めた顔を目の当たりにしたら、それも憚られた。
 だから高木としては優しさのつもりで、そっとしておくことにした。話す気になればジョディ自身から口を開く筈だ、と。
 とにかく今は、ジョディ個人のことを聞き出すよりも大事なことがあるのだ。コナン達に瀕死の重傷を負わせた鬼畜地味た犯人を捕らえる。そして法の下に裁きを与えなければ溜飲を下すことは出来ないのだから。


「僕もプロ失格ですよね。せっかく佐藤さんに受けた説教も意味ありません。許せないことはやっぱり許せないし、出来ることならこの手で懲らしめてやりたいんです。刑事として言っちゃいけないことだって判ってるんですけどね」


 照れ隠しに鼻の頭を指先で掻きつつも淡々とした口調で、高木はジョディの様子を窺いながら言葉を並べてゆく。
 胸の内を曝すことに対して少なからず後ろめたい気持ちはあったが、正直なところ他に話題も思い当たらなかったのだ。だからといって聞く側が楽しめる話でもないとは高木自身にも判っていた。
 そしてジョディにしても、興味なさげに助手席の窓から流れる景色を追っていて、相槌を打つこともなく、また身じろぎもせずに高木の話をようやく耳の端に留めているに過ぎなかった。
 そんなジョディがおもむろに身体の向きを運転席側に変えた。突然の挙動に驚いた高木が軽く目線を走らせたその時、ためらいながらも毅然とした表情で口を開けた。


「……黒の組織」

「な、何ですか? いきなり」

秀一(シュウ)達をあんな目に遭わせたのは、黒の組織(かれら)に違いない。わたしにはそうとしか思えないわ」

「何ですか、その『黒の組織』って? それに根拠は何なんですか? あ……! もしかして、今から行く場所ってのは」

「そう。組織のアジトとしてFBI(わたしたち)が内定している施設が東京郊外にあるの。わたしの勘が間違っていなければ、その組織の幹部……ジンという男がそこにいる筈だわ。それと、わたしが組織(かれら)の仕業だとする根拠だけど、簡単にいえば秀一(シュウ)とCool-kidが同時に狙われた点、かしら」

「は? それはどういう」


 ことですか? と続く筈の言葉は途切れた。唐突過ぎて思考が追いつかなかったのだ。そもそも理解に苦しむとしか言いようがなかった。
 ジョディの同僚である赤井なら、百歩譲って危険な目に遭うこともあろうと想像はつく。しかし、どこからどう見ても小学生のコナンや哀にまで、果たして同じことが言えるのか、となれば高木の中では『否』だった。
 疑いの眼差しを送らざるを得ない。そう考えた高木が、まじまじとジョディを見据える。対するジョディは小さく息をついて、言葉を選んだ。


「とりあえず視線を前に戻して頂戴。脇見してたらアジトとは違う場所に行くことになるわよ? ってジョークはこの辺にして、今から話すことは全て事実だけど驚かずに聞いてくれる?」

「分かりました、聞きましょう。決して驚かないとは言い切れませんけど、努力はします。さ、ジョディ捜査官」


 悟ったような神妙な口調で急かす高木に、ジョディはやはり少しだけ躊躇した。自分の過去や、赤井が背負い周りには隠していることを話してしまうのは抵抗が大きい。
 それに部外者である高木に話せば、少なからず巻き込んでしまうことになり兼ねないのだ。ましてや、自分のことだけならまだしも赤井の過去まで話してしまう権利が自分にあるのか、と深く悩む。


「でも、秀一(シュウ)なら許してくれるわよね? せっかく巡ってきた好機(チャンス)だもの。逆に逃したら、あなたは許してくれないんでしょうね」


 独り言のように呟いた。それからそうした自分に自嘲した。何かを言い訳にして、自分の行動を正当化しようとしていることは姑息な気がした。
 しかしジョディはその考えを胸の内で殺した。逃げ出す訳には、尻尾を巻く訳にはいかないと知っていたからだ。
 一切のマイナス的思考を握り潰したジョディの顔つきが変わった。迷いのない、澄んだ瞳が眼前を射抜く。そして、凜と張った声色で語り始めた。





 ジョディの話をただ黙って聞いていた高木は、相槌を打つことも忘れて助手席の辺りに意識を集中していた。
 赤井やジョディ自身の過去もさることながら、コナンが置かれた状況には驚きを通り過ぎて信じられないとしか言えなかった。
 どう考えても非科学的な話。信じろと言う方が無理なことだと思った。けれど確かに納得出来る面もあり、その考えは無意識に口から漏れた。


「道理で。普通の小学生じゃないとは思ってたけど、コナン君が工藤新一君だったのか。それであの時も……」


 いつだったか、二人で爆弾を解体処理した時のことが高木の脳裏に蘇る。妙に落ち着いて立ち振る舞うコナンに、高木は素直に疑問をぶつけた。
 「キミは一体、何者なんだい?」 そう問うた時に返ってきた、自信に満ちた……けれどどこか淋しそうな顔が忘れられずに残っている。それ以外にも随分助けてもらったことも。


「コナン君。キミはまた一人で、何をしようとしてたんだい? その小さな身体に、たくさんのモノを背負って……」


 ひと通り話を済ませたジョディが見守る中、感慨に耽る高木は今にも叫びそうに身体を震わせていた。再度込み上げてきた怒りに身を任せているようで、見ているジョディ自身も胸が痛かった。
 重苦しい雰囲気が車内に立ち込める。もはや高木も言葉を発することなく黙々と車を走らせている。
 そんな時、一本の無線が場の空気を変えた。


「高木君、聞こえたら応答して! とんでもないことになったわ」


 いつにもなく切羽詰まった佐藤の、叫びに近い声が車内に反響する。高木は一瞬で顔を引き締め、送話用のスイッチに手を伸ばした。


「どうしたんですか、佐藤さん? もしかしてコナン君達を襲った犯人の面が割れた、とか?」

「それは未だよ! それも大事なことだけど、厄介なことが判ったのよ。蘭さんが……拉致されたらしいの」


 予期しなかった事実に、高木ばかりでなくジョディも顔を凍らせた。
 












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