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風花―かざはな―
作:暁月



◇ epi.018 姉と妹、それぞれの想い。襲いくる凶弾


 
 凍り付く空間。流れを止めた時間。そんな錯覚に見舞われるコナンと哀。
 二人の視界に飛び込んだのは、厭らしく口許を歪めて冷たく嗤うジンと意識を吹き飛ばされた蘭、そしてその蘭を抱き留める赤井の朱に染まった肩口だった。


「蘭――っ!」

「蘭さん!?」


 駆け寄って生唾を飲み、コナンと哀は蘭の顔を覗き込んだ。苦しげに眉を寄せて、額にはうっすらと汗が滲んでいる。
 きっと蘭は自分が撃たれたと思ってるに違いねー。コナンはそう考えて歯噛みした。それから蘭を庇うように覆いかぶさる赤井に問うた。


「赤井さん……ていいましたっけ? あなたは一体何者なんですか? 蘭とはどんな関係が――?」


 被せるように、哀も率直な疑問を再度赤井に投げ掛ける。


「わたしにも応えてもらえるかしら? お姉ちゃんとあなたにどんな繋がりがあるのかをね。こんな状況で聞くのはどうか、とは思うけど」


 確かに場違いで状況を考えない言動だ。間近では冷徹な眼光を向けつつ、ジンが虎視眈々と次の狙いを定めているのだ。
 感情の籠っていない冷ややかな瞳には、狙撃対象としてのみコナン達の姿が映し出されている。他には興味がないのか、瞬き一つも打たずに凝視する様は圧巻だ。
 身震いする事も許してくれないほどの緊迫感に襲われ、コナンも哀も苦々しげに睨みを返すだけで精一杯だった。
 その状況に業を煮やしたジンが、大息を吐いてニヤリ……と口角を曲げて嗤う。


「シェリー、貴様の知りたがっている事は俺が答えてやろう。その男……赤井秀一は、かつて我々の仲間だった。まあ、仲間とはいっても実際はFBIの狗だったがな」

「? どういう事? なんでFBIが組織に――」

「フ……ン、そんな事ぁどうでも良いさ。結局そいつは組織を追い詰める事も出来ずに逃げ出したんだ。貴様の姉、宮野明美を置き去りにしてな」


 最後の一言が哀の耳を疑わせた。信じられないといった顔で哀は、赤井とジンを交互に見据える。そして、遥か昔に明美と交わした会話が脳裏に蘇った。


 一年半ぐらい前の事だ。明美からの呼出しを受け、哀は喜び勇んで待ち合わせ場所に出向いた。当時は既にAPTXを初め、数種類の薬剤を研究していた哀には明美と会う機会が極端に減っていた。
 会いたいとは思っても、重責を担う立場上、研究を一秒でも止める事は許されなかった。それがたった一度だけ外出の許可が下りた。そんな時に丁度明美から「会いたい」と連絡が入ったのだ。


『失恋しちゃった。慰めてね、志保』


 会うなりそう言って、困ったような微笑を浮かべる明美に、哀――当時は宮野志保だったが――はたった一つだけ質問した。
 「どこの誰に……かしら?」と、直球ながらも濁し易い一言でだ。その問いに、明美は淋しそうに目を細めて、哀の思惑通り言葉を濁した。


『わたしとは住む世界の違う、とても立派な人よ。出来れば志保……あなたにも会わせたかったけどね。でももう良いの。少なくても彼の役に立てたみたいだから、二度と会えなくても後悔なんて……しないよ』


 それきり口をつぐんでしまった明美を、哀は掛ける言葉も見つけられずに眺めるしか出来なかった。大好きな姉との久し振りの再会は、実に切ない想い出として胸に刻まれた。
 今でも瞼を閉じればその時の明美が見せた弱々しい微笑みが蘇ってくる。その度に締め付けられる胸の痛みが、哀に明美を思い起こさせてくれる。


 ――お姉ちゃん。


 ひとしきり顧みた過去に呟き、哀は黒く乾きかけた赤井の肩を強く見据えた。そして、大きく震える背中に語りかける。


「あなたがお姉ちゃんの大切な人だったのね。多分幸せだったんだわ。あの頃のお姉ちゃん、生き生きとしてたし。きっとあなたの役に立ってる、その事が嬉しかったのよ。でも――」

「結果はどうあれ、君のお姉さんを騙した。利用する為に近づいたんだ。……明美の気持ちを今になって気付いたぐらいさ。大切だなんて言われる資格はない」

「無責任な事を言わないでくれるかしら。お姉ちゃんが聞いたら哀しむわよ。そんな詰まらない事を言う男に利用されただけなんて思わせないで。あなた、今でもお姉ちゃんに詫び続けているんじゃないの? だからこんな写真を持ち続けてるんでしょ? 蘭さんを庇ったのだって、お姉ちゃんと蘭さんを重ねているからなんじゃないの?」


 一気にまくし立てられ、背中に突き刺さる言葉の痛みと重さを噛み締める赤井。腕の中に抱え込んだ蘭の幼顔を柔らかく見つめる様子はある意味痛々しく感じられる。
 傍目にも、その瞳の奥に映し出されているのは蘭であって蘭でないと理解出来たからだ。哀の指摘通り、赤井自身そう思っていたのだろう。
 愛おしげに蘭の頬に手を翳す赤井は、声にならない声を必死に堪えているかに見える。――と、何を思ったのかゆっくりと立ち上がり、外套を脱いで蘭に被せてジンを振り返った。刹那――。


「茶番はもう飽きた。一思いに逝ったらどうだ? 協力してやる」


 ジンの捨て台詞と共に轟音が天をつんざいた。肉の刔られる音に顔を上げたコナンの目に、胸元を押さえ込んで崩れ落ちる寸前の赤井が映った。
 












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