◇ epi.014 それぞれの想い、そして悪夢のはじまり
「え? 何であの二人が……?」
ジンのポルシェを発見したコナンと哀が駆け寄っていく姿を捉え、蘭が無意識に呟く。釘付けにされた目線は力強く、真っ直ぐに二人を射抜いた。
そして二人の行動が自らの危惧を肯定しているのだと覚った蘭は、淋しげに息を弱く長く吐き出した。自分の存在を忘れてしまうほどの動揺を見せる蘭に、赤井は緩く嘆息混じりに問いかけた。
「知り合いか? もしかして、あれが?」
「え? はい、そうです。小さくなった新一です。隣にいる女の子が灰原哀ちゃんっていって、新一が今……」
好きな人です、とは言えなかった。言いたくなかった。気持ちの整理は着けたつもりでいたのに、いざ本人達を目の当たりにしたら出来なくなった。
ちゃんと本人の口から聞かされるまでは納得したくなんかない、と蘭はそう決めて唇を引き結んだ。
「しかし、まずいな。やはりお前の幼馴染みは奴らに首を突っ込んでいるらしい。見ろ、あの険しい顔を。多分スイッチが入ってしまった…というところか?」
「そうみたい、ですね。でも……あの顔が出ちゃった以上、新一を止める事は出来ませんから。そういう人、なんです」
諦め顔で応える蘭を、赤井は真っすぐに見据えた。伝染したように二人で溜め息を吐いて、どうしたものかと思案する。
けれど蘭が言うように歯止めは利きそうにないと、赤井は苦い唾を飲み込んだ。その間にもコナンがポルシェの周りをうろつく様子が目端にせわしなく飛び込んでくる。
「気持ちは解らないでもないが……あまりにも無謀で危険極まりない行動だな。第一、冷静さに欠ける。あれでは、もし今ジンが戻ってきたところで気付きやしまい」
「そうですね。でも、哀ちゃんが一緒にいるから大丈夫だと思います。なんだかんだ言ってあの二人って、上手く噛み合ってるから……」
「らしいな。あの哀って子の方が落ち着いてるように見えるな。ただ、少しばかり冷めてるみたいだがな」
蘭と同じように目線の先にコナン達二人を捉え、赤井が感心して頷く。その気配を感じつつ、蘭は暫く二人のやり取りをぼんやりと眺めた。
動き回るコナンに対して、哀は腕を組み呆れ顔で時折口を開いて何かを言っているらしかった。コナンはといえば、面倒臭そうに言葉を返しているみたいだ。
二人の会話が聞こえてきそうで、蘭は微笑ましいのと切なさの混ざった複雑な笑みを零し、ふう…と肩で息をついた。
赤井と蘭が間近に居て、行動を観察されているなどとは露にも思っていない二人。コナンと哀――正確にはコナン一人だったが――は、ジンのポルシェを前にしてその場を離れられずにいた。
実際、スイッチが入ってしまったコナンを、哀は何とかして安全な場所に引き離そうと考えた。しかし、声を掛ける毎に嫌味な顔でつっけんどんに返され、諦める事にした。
そんな哀に、コナンは思い直したように言葉を返す。
「なあ灰原、さっきの話なんだけどさ。その……やっぱり黒ずくめの組織から手を退くってのは――」
「バカね。あなたにそれが出来ないって事ぐらい判ってるわ。わたしが止めたって聞かないに決まってる事も、ね」
「ごめんな、灰原。けど奴らを潰しとかねーと、安心して街を歩けねーだろ?」
そう言って哀を見つめるコナンは、人差し指で鼻の頭を掻いて決まり悪そうに口角を緩めた。そしていきなり真顔になったと思えば、何か言いたげに薄く口を開きかけた。
哀は初め不思議そうに見つめ返したが、直ぐに言葉の意味を思い当たった。熱を帯びそうになる目を柔らかく細め、力任せに握り締められたコナンの手を引き寄せる。
「全く……! 自分の事も考えなさいよ。さっきわたしが言った事、嘘じゃないのよ? それを踏まえて行動して欲しいものだわ」
「充分踏まえてるって。オレだってオメーと同じさ。オメーが居なきゃ……って思ってるよ。だから奴らを野放しになんか出来ねーんだ」
「それが“判ってない”って言ってるのよ。本当にどうしてわたしったら――」
こんな後先考えない人を好きになってしまったのかしら、とは思ったが口には出さない事にした。言ったところで相手を喜ばせるだけだ。
大体が癪に触るというもの。
そう考えて飲み下した言葉を、哀は頭の中で反芻してコナンに気取られないように微かな笑みを零した。
と、事態は急変した。ぞくり…と背筋の凍り付く気配を感じ、哀は恐る恐る目線をそちらに走らせた。愛しい人の肩越しに、この世で一番合わせたくない顔が近づいてくる。
恐怖感で強張ってゆく表情と身体が、コナンに哀の異常を知らせた。
「? どした、灰原?」
問いながら哀の目線を追う為に振り返ったコナンに戦慄が走る。瞬く間に跳ね上がる鼓動は抑えきれない。
込み上げてくる恐怖とそれ以上の嫌悪感で固まる身体を必死に奮い立たせ、コナンは一先ず哀の手を引いてビル間に身を潜めた。
数秒後、駐めた愛車に戻ってきたその男をビルの陰から強く睨みつけ、コナンは忌ま忌ましげに呟いた。
「今日はぜってー逃がしゃしねー。アジトまで案内してもらうぜ……!」
歯噛みして不敵に笑うコナンの手を、哀が力強く握り締めた。
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