挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
死んだ子供からの手紙 作者:しまうま
3/4

#3

 櫻井先生を先頭にして、僕らはマンションの南さんの部屋の前に着いた。前に見たときと同じようにローマ字のプレートがかかっている。

 佐々木さんがドアノブをまわして、

「開きませんねえ?」

 と言っていた。

「あの、櫻井さん。なんでこの部屋のドアだけオートロックなんですか?」

「あのね、オートロックはね、あとから取り付けできるんだ。業者に頼んでもいいし、自分で取り付けられる簡易的なタイプもある。この部屋の……南さんが取り付けたんだろうね。防犯のためかな?」

「そうなんですか」

 櫻井先生はうなずいて、沼田刑事に質問した。

「子供の悲鳴が聞こえたっていう証言をした近所の住民の部屋はわかる?」

「はあ? なんだそれ。そんな証言はないぞ」

「えっ?」

 沼田刑事の言葉に僕はびっくりした。あの女性は警察に言わなかったんだろうか、と思った。
 櫻井先生は特に驚く様子もなかった。それから、

「辰巳君があの日会った女性の部屋はわかる?」

 と僕に聞いた。

「えっと……わかりません」

 首を振った。いままでも見かけたことがあったような気がしたけれど、部屋はわからない。僕がこのマンションで仲良くしているのは佐々木さんくらいだ。

「そう。まあエレベーターと反対側だから、こっち側で……部屋が確認できてないということはたぶん隣ではない……と。ここから四部屋のうちのどれかかな」

 櫻井先生が歩きながら言う。僕らは黙ってついていくしかなかった。


 一部屋目はインターホンを押しても反応がなかった。二部屋目は空き部屋のようだった。三部屋目で、ドアの中から反応があった。

「はい」

 その声に聞き覚えがあるような気がした。
 櫻井先生が小さな声で、

「話を合わせてね。必要があれば声をかけるから、それまで黙っててくれるかな」

 と言う。
 ドアが開いて、出てきたのはあのとき会った女性だった。

「あの……なんでしょうか」

「突然すいません。私たちはそこの……子供が亡くなった事件の捜査をしています」

 櫻井先生が言った。すかさず沼田刑事が手帳を取り出して、女性に見せた。
 もともと悪かった女性の顔色が、さらに青くなった。

「警察の……かたですか。でもなんで。あそこの子供は餓死したって……」

「そう。ですが殺人の疑いもあると考えて捜査しています」

 そうなんだ!? と僕は思った。もちろん口には出せない。女性も衝撃だったようで、少し震えている。

「いま現場の指紋をすべて確認させているところです。少し時間はかかりますが、この結果が出れば事件は解決するのではないかと考えています」

「し、指紋……」

「そういえば、知ってますか? 遺体の皮膚からも指紋が取れるんですよ」

 女性はガタガタ震え始めた。見るからに様子がおかしい。

「遺体の皮膚から指紋が出たら、これは犯人のものだと考えていいでしょうね」

「ちが……それは……」

「ところで最近変わったこととか、気づいたこと。なんでもいいです、あなたから話しておきたいことはありませんか」

「私……そんな、私……」

「……殺人事件の犯人、そしてほかの罪状もつけば、これは初犯でも罪は重くなるでしょうね。この事件の犯人がどういう人物かはわかりませんけど……。まあ、指紋が出ればはっきりすることですから、心配しなくていいですよ」

「その……」

 女性は少しためらうようなそぶりを見せて、うつむいていた顔を上げた。

「あの……このマンションで起きていた空き巣は……私がやっていたんです。でも殺人なんて、私はやっていません!」

 櫻井先生以外の全員が、あっけに取られていた。




 呼ばれた警官に連れられて、女性は去っていった。
 沼田刑事が唸るように言う。

「おい、どういうことだ」

「それは彼女に聞いたほうがいいんじゃない?」

「駄目だ。本人の証言だけでは信用できない。どういうことか知っておいたほうがこちらとしてもやりやすい」

「はあ……相変わらず真面目だよねえ」

 櫻井先生がため息をついた。

「じゃあさっきの店に戻りましょうか」


   ***


「――まずね、辰巳君の話を聞いて、そこにでてくる女性の言葉の中にちょっとおかしい部分があったんだけど、わかるかな?」

 席に案内され、コーヒーを注文したところで櫻井先生が言った。佐々木さんが首をかしげる。

「あの女性は、手紙が『さっきうちのポストに届いて』と言っていたんだよね?」

「あ、はい」

 それのどこがおかしいのだろう、と思った。

「オートロックのマンションなら、ポストはエントランスにあるはずだと思うけど?」

「はい、うちのマンションもそうです。配達に来た人がオートロックの中に入れないから、一階のエントランスに集合ポストがあります。部屋のドアにはついてません」

「その状況で、『さっき』ポストに届いたかどうかわかるの?」

「……あっ」

 ポストを確認するのは、たいてい出かけるときと帰ってくるときだ。それから朝のうちに一回見るくらいだろう。

 部屋のドアについているポストと違い、離れた場所にあるから、たとえばコトンという物音でいま何かが届いたな、というのがわかることはない。手紙が届いたとしてもそれが『さっき』なのかどうかは普通わからないのだ。

「届いたのが『さっき』だとわかるのは不自然だよね。そもそも亡くなったはずの子供から手紙が届いたというのも、悲鳴が聞こえたというのも、あの女性が嘘をついていたとすれば何の不思議もないよね」

「それは……そうか。でもなんでそんなことをするんですか?」

「うん。その前に女性が嘘をついているとすれば、もうひとつわかることがある」

「もうひとつですか?」

 なんだろう。どうしてそんな嘘をつくのだろうか、ということが気がかりで、うまく考えがまとまらなかった。

「嘘の内容の問題だよ。女性は『子供』からの手紙を受け取って、『子供』の悲鳴を聞いたと言ったんだよね? この時点で子供に何かがあったということを知らないとこんな嘘をつけないはずだと思わない?」

「本当だ! あのときはまだ遺体が見つかってなかったんです。子供の遺体が発見されたのはあのあと何日か経ってからです。だから僕は子供に何かあったなんて知らなかった。なのにあの人は――」

「あの女は知らないはずのことを知っていたということか。それはつまり……」

 沼田刑事の言葉に櫻井先生は頷いた。

「そういうことを知っているのは……犯人、と考えるのが普通だね。ただ今回の場合、子供の死因は餓死だ。もうひとつの可能性を考えたほうがつじつまが合ってくる」

「もうひとつですか?」

「うん。第一発見者だ」

 櫻井先生の言葉に沼田刑事が首を振った。

「第一発見者は子供の母親だ。旅行から帰ってきて気がついたらしい」

「警察に通報したのは、母親が最初ってことだろう? あの女性は通報しなかったんだ」

「何?」

 沼田刑事が顔をしかめる。

「簡単に説明しよう。まずあの女性が南さんの部屋に入る。そこで亡くなっている子供を見つける。慌てて抱き起こそうとして、子供の体を触って……だからさっきカマをかけたらあんなに慌てたんだろうね……それから部屋を出て、もう一度入ろうとする」

「えっ、もう一度入ろうとするんですか?」

「うん。だって辰巳君と一緒にドアを開けようとしてたよね」

「ああ、はい」

「ドアを開けようとしたら、普通、それからどうなると思う?」

「どうなるって、部屋の中に入るんじゃないんですか?」

「あの女性はそのつもりだっただろうね。さっき出てきたところだから、当然開くと思っている。でも入れなかった」

「そうだ、鍵が――あのときはオートロックで鍵がかかっていたんだ! だから入れなかった」

「女性は慌てた。開いてるはずのドアが開かないからね。部屋に入る理由を作るために手紙まで部屋から持ち出したのに入れない。しかも混乱している中で辰巳君が手紙を『いたずらですかね』と言い始めた。だからとっさに『子供の悲鳴が聞こえた』と嘘を重ねた」

「なんでそこまでして部屋に入りたいんだ?」

 沼田刑事が尋ねた。

「そりゃあ子供が亡くなっているからだよ。見つけて警察に通報したいと思うのが普通だろ?」

「じゃあ、最初に見つけたときに通報すればよかったんじゃないのか? なんで一回部屋から出て、もう一回見つけようとするんだ」

「最初に見つけたときは通報できないよ。だって警察に質問されるじゃないか」

「はあ? 何をだ?」

「質問するだろ? 『なんであなたはこの部屋に入ったんですか』って。彼女は空き巣だよ? 答えられないよ」

「む……そういうことか……」

「ああ――」

 僕は思わずため息を漏らしていた。それなら全部つじつまが合いそうだった。頭の中で、あの日の女性の行動を思い浮かべてみた。




 まず、あの女性が南さんの部屋へ空き巣に入る。

 部屋の中に入ると子供が倒れている。寝ているのかと思って見ると、顔色が普通ではない。触ると体が冷たくなっている。死んでいる! と思って、慌てて抱き起こして、警察を呼ぼうとする。

 そこで彼女は気づく。

 警察を呼ぶことはできない。自分がこの部屋にいる理由がないから、間違いなく自分が疑われてしまう。調べれば空き巣だということもすぐにばれてしまうだろう。

 焦る彼女の目に、まさゆき君が書いた手紙が映る。

 これがポストに届いたことにして、それで南さんの部屋を訪ねたことにしよう。
 不自然かもしれないが、空き巣がばれるよりはましだ。一度部屋を出て、通りかかった人と一緒に遺体を発見しよう。これなら自分が怪しまれることはない。大丈夫だ。

 そして、タイミングよく僕が佐々木さんの部屋から出てくる。
 廊下に出ていた彼女がドアノブをひねる。ドアを開けて、子供の遺体を前にして悲鳴を上げれば、僕が駆け寄ってくるだろうと予想する。

 だが、ドアは開かない。さきほど出てきたばかりのドアになぜか鍵がかかっている。

 南さんの部屋のドアがオートロックだということを知らない彼女は、必死にドアノブをひねる。それでも開かない。「あ、開かない? 開かないわよ?」と思わず口に出したのを聞いて、僕がやってきてしまう。

 彼女の予定とはまったく違う状況だ。

 彼女は鍵がかかっているはずはないと思っている。ついさっき自分が出てきたときは開いていたのだ。このドアを開けて、自分はどうしても部屋に入らなければならない。中に入らなければ子供の遺体を発見することはできないからだ。
 なのに、僕が「いたずらですかね」と言い始める。それに焦って、「子供の悲鳴が聞こえた」と言ってしまう。

 ノックをしても誰も出てこないし、ドアもやはり開かない。
 そのうちに僕が、「子供の悲鳴とか、聞こえませんでしたよ」と言う。

 このころには彼女は少し落ち着いていたのだろう。悲鳴が聞こえたと言い張るのは得策ではないと気づく。なぜなら子供はもう冷たくなっていたのだ。悲鳴を上げることができたはずはない。この嘘はすぐにばれる。
 だから、「でも……えっと……空耳?」とごまかすことにした。彼女にとっては苦し紛れのごまかしだったが僕はそれで納得した。

 僕と別れて自分の部屋に戻ってからも、彼女は南さんの部屋のことが気になっていた。
 まだ子供が中で亡くなっていて、それが発見されていないのだし、いつの間にか鍵がかかっていたのもおかしい。

 だから、もう一度ドアが開くかどうか確かめに行った。
 そのとき、大学へ行こうとした僕にたまたま見つかってしまう。

 彼女はこれはまずいと考える。これ以上あの部屋に関わっていると、自分が怪しまれることになる。いや、もう怪しまれているのかもしれない。それで、しばらくおとなしくしていることにした。

 数日後に子供の遺体が発見され、餓死ということで処理されるようだということがわかった。

 どちらにしろ自分が見つけたときには亡くなっていたのだし、餓死であれば捜査に協力する必要もないだろうと彼女は考える。「子供の悲鳴が聞こえた」という証言は、当然しない。嘘だからだ。そんな証言をすれば自分が疑われるだけだ。

 そうしておとなしくしていると、突然刑事たちが自分の部屋を訪ねてくる。
 子供が亡くなったのは餓死ではなくて、「殺人の疑いもあると考えて捜査しています」と言う。しかも、「いま現場の指紋をすべて確認させているところです」と続ける。

 彼女は自分が指紋の処理をしていなかったことを思い出す。遺体を見つけて慌てていたせいでそんなことをする余裕がなかったのだ。第一発見者になるつもりだったから、それほど気にする必要はなかったというのもある。

 だが、今の状況で指紋を調べられたら、自分は殺人犯になってしまう。
 刑事の言うとおり殺人犯となれば罪は重いだろう。それなら、空き巣をするためにあの部屋へ入ったことを自白したほうがましだ。

 そう考えて、彼女は「このマンションで起きていた空き巣は……私がやっていたんです」と自白する――。




 こう考えるとすべてのつじつまが合ってくるように思えた。パズルのピースがぴたりと当てはまるように、彼女の行動に説明がついてしまう。しかも、実際に彼女は空き巣をやったと自白しているのだ。

「……すごいですね」

 と僕が言うと、なぜか佐々木さんが得意げな顔になって、

「そうでしょう、そうでしょう」

 と頷いていた。

 櫻井先生は笑って何も言わなかった。


 沼田刑事だけが、まだ少し首をひねっていた。
 この人には少しややこしい話だったかもしれないな、と僕は思った。体が大きくて、筋肉の塊という見た目のせいで、どうしても頭が良さそうには見えない。

 沼田刑事はしばらくの間、目を閉じて唸って、ようやく口を開いた。

「だいたいのところはわかったが、まだ引っかかるところがあるな」

 櫻井先生が眉を上げて驚いてみせた。

「おやおや、沼田が気づくとはね」

「俺だって刑事をやってるんだ。事件のことを考える頭くらいはあるに決まってるだろ!」

「そうかい?」

「いいから全部話せ!」

 沼田刑事が怒鳴ったのを気にする様子もなく、櫻井先生が続きを話し始めた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ