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本から始める大作戦
作:出口 常葉


 夏休みにも関わらず、図書室でぼんやりとする生徒の姿があった。男が一人、女が一人。それぞれ名前を岸本和樹と長谷川礼子という。二人とも高校二年生。
 夏休みで閉館している間に本の修理や整理をする。和樹のもとにそんな話が連絡網で礼子から廻ってきたのは昨日の夜だった。いつもなら夏休みの終わりごろなのだが、先生の都合とかで急に繰り上がったらしいと言っていた。
 急すぎる話だった。幸い和樹は暇だったが、何人か来ないだろうなという予感はした。その蓋を開けてみると来たのがたったの二人。惨憺たる有様といえなくもないが、和樹もある程度予想していただけに、然程怒りも感じなかった。ただ、やる気が出るかといえばそんなこともなく、結局ぼんやりしているというのが現状。
「暑い……」
 和樹はふち無しの眼鏡を中指で押し上げながら、一言呟いた。
「そうね……」
 向かいに座る礼子が適当な相槌を打った。彼女も思うところは一緒なのだろう。自発的に動こうとはせず、ただいつものように気持ちの読めない表情で座っていた。
「他の連中は?」
「サボった……みたいね」
「先生は?」
「……職員室で涼んでいるんじゃない?」
 大きなため息をつく和樹。礼子は相変わらず当ての無いほうを眺めている。
「で、何をすればいいんだったかな?」
「本の……修理と整理?」
 再び訪れる沈黙。窓の外には青空が広がり、せみの合唱が辺りに響いている。図書室は三階建ての校舎の最上階にあり、日光を遮る樹木も届いていない。
「こういうのを貧乏くじって言うのだな」
 和樹の言葉に、礼子は何も答えない。
「あー、せっかく天気もいいし、出かけたかったなぁ」
「どこに?」
「え、買い物とか、ゲームセンターとか……なぁ」
 適当に言ったのだろう、ちょっと返答につまる和樹。
「天気、関係ないわね」
 礼子は変わらぬ口調で、ただそう言った。
「そりゃあそうだけど、どうにもこういう時間は損をしているような気がしてね」
「それも考え方ね」
 そよそよと、開け放たれた窓からそよ風が吹きぬける。
「……ここで、こうしてぼんやりしていることこそ、時間の無駄だな」
 礼子は吹き抜ける風に髪を揺らしたまま、何も答えない。
「とりあえず、適当な本を持ってきて修理していくというのでどうだろうか」
「……まあ、妥当ね」
 何が妥当なのか、和樹には良くわからなかった。でも、礼子の言うことがイマイチ理解できないのは、今に始まったことじゃない。だから気にせず席を立った。礼子も続いて立ち上がる。
 二人は別々の本棚から一冊ずつ手に持って帰ってきた。ボンドとテープでぺたぺたと修理を始める二人。専門的な知識は無い。ただ、本が分解しないように最低限の補強をしていく。
「それにしても、よくもまあこんなに手荒く扱えるものだね」
 表紙と本体が生き別れになりそうな本と格闘しながら、和樹はそんなことをぼやいた。
「まあ、ここを利用する全ての人が本に愛着を感じる人ではないから」
「中にはドミノ倒しをする奴もいる……か」
 礼子は軽く肩をすくめただけだった。
「どうでもいい話をしていい?」
「どうぞ?」
 礼子は一呼吸置いて話し始めた。
「岸本君は、料理とかするほう?」
 本当に関係ない話だな、そう思いつつ和樹は首を左右に振った。
「ふぅん、私は結構するわ。好きなの」
 そういいながら、礼子が修理しているのは料理の基礎本のような本。
「休みの日、朝御飯は大抵私が作るわね」
「それは結構なことだ」
 あまり興味無さそうに相槌を打つ和樹。構わず礼子は話を続けた。
「今日は、朝から学校があるから、お母さんに朝御飯作ってって言ったの」
「ほう」
「ところがね、お母さんてば結局起きてくれなかったのよ。なんていうか、休みの日の癖になっちゃってたみたいで。で、私が作ることになったのよ」
 やや饒舌になり始めた礼子。珍しい出来事に、思わず耳を傾け始める和樹。表情は相変わらず読めないが、なんとなく一生懸命言葉を捜して喋っているように聞こえた。
「で、ついでだからお昼のお弁当も手作りなの。今日の苦労を労うために、みんなの分を含めて多めに作ってきたのだけど、食べてみる?」
「え?」
 突然の質問に、思わず数回瞬きをしてしまう和樹。礼子はその和樹を見つめたまま返事を待っていた。
「……いいね。貰うよ」
「そう、それじゃ、お昼になったら食べましょう」
 礼子の口調は元に戻った。なんだったのだろうか。相変わらず良くわからない子だと和樹は首を捻るばかり。その間に礼子は一冊終わらせたらしく、すっと席を立ち本棚のほうに姿を消した。
 明らかに和樹よりも良く喋っていたのに、どうやら手も同時に動いていたらしい。
「……早いな……」
 ポツリと呟き、再び作業に戻る和樹。

 ふと窓の外を見てみると、抜けるような青空に、大きな入道雲。その横を掠めるように飛行機雲が見えた。

 戻ってきた礼子の手には、新しい本があった。
「遅かったじゃないか」
「そう?なかなかいい本が無くて」
 修理するのにいい本も何も無いだろうに、と思ったが口にはしなかった。彼女の中には彼女のルールがあるのだ。和樹の事を礼子はきっと何も知らない。それと同じくして、和樹も礼子のことを知る術などどこにもないのだ。そんなことを考えて、ちょっと哲学っぽいなと和樹は少しほくそ笑んだ。
「嘘についてどう思うかしら?」
礼子の唐突な質問。一冊目をようやく終わらせようかという和樹は、そのあまりの脈絡の無さに少し面食らった。
「どう……とは?」
「……例えば、一般的な概念としての良し悪しとか……」
 どことなく歯切れの悪い礼子の言葉。
「まあ、一般的には悪いんだろうけども、そこはそれ、時と場合に寄っちゃ嘘をつくことが必ずしも悪いとは限らないんじゃないかと思うけど」
「意味が良くわからないけど……?」
 礼子は素直に首をかしげた。自分から一般的な概念とか言う単語を持ち出しておいて、その態度はないと思う和樹だったが、改めて言い方を考えてみる。
「つまり、いい嘘というのもあるかもしれないという話だな」
「ふうん」
 礼子は少し考え込むような仕草を見せた。どうにか一冊目を追え、話が途切れた隙に二冊目を求めて本棚へと和樹は席を立った。
 
 薄暗い本棚の間を、傷んだ本を探しながらふと和樹は思う。今日の礼子はどこと無く変だ。どこがどうとはいえないが、何かしらいつもと雰囲気が違うのは明らかだった。それが少し不気味であったが、同時にいつもと違った対応に居心地の良い柔らかさを感じていたりもする。それが自分の思い過ごしなのかどうか、確信が持てない程度の微妙なものだ。
 適当な本を取って席に戻ると、礼子は手も動かさずにぼんやりと考え込んでいた。
「手が止まっているようだけど」
 和樹が声を掛けると礼子はゆっくりと和樹に視線を合わせてきた。深い黒の瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚える。
「例えば、ある目的で誰かに嘘をついて、その人を呼び出したとしたら、それは悪いことかしら?」
「は?」
「さっきの続きよ」
 礼子に言われて、席を立つ前の会話を思い出す。嘘の良し悪しについてだった。
「目的に寄るだろうな。たとえば、それが誰かの人生を左右するとかで、どうしても出て来て貰わなければいけないけど、直接理由を伝えられない……とかなら」
「悪くない?」
「まあ、呼び出された相手が、嘘をつかれたと知ってなお、納得できるならね」
 それがどんな状況に当たるのか、具体的な例示は思いつかなかった。
「ふうん」
 礼子は少しだけ和樹の顔を見つめ、それから二、三度小さく頷いた。
「そうなのね。少しほっとしたわ」
「……なんで?」
「さあ?」
 なぜか礼子が首をかしげる。
 礼子は再び本の修理に戻った。礼子の手付きは鮮やかなもので、見る間に本が修理され、補強されていく。十分と掛からずに二冊目の修理を終わらせて、再び書架の奥へと姿を消した。糊が乾くまで、本棚には戻せないので、机の上に寝かせておいている。そのタイトルを和樹は読んでみた。
「嘘の使い道」
 思わず眉をひそめてしまうタイトルである。目を引くという意味では、実によく考えられたタイトルだが、中身がそれに伴っているのかどうか。レジに持っていくまでには相当考えてしまいそうなタイトルだった。
「なんで、こんな本が高校の図書室にあるんだ?」
 確かに、学校が学生に読ませるには、いささか抵抗を呼びそうなタイトルだ。でも、この学校の図書室の担当教諭は、代々変わり者だというから、こういうのを平然と買う人もいたのかもしれない。和樹はそう考えて納得することにした。

 戻ってきた礼子の手には、文庫本が持たれていた。それを見て、また首をかしげる和樹。この奥はハードカバーばかりだったはずだ。文庫の書架はもっと入り口に近いところにおいてある。
「なんで、そっちから出てきて文庫?」
「誰かが、破損したのをこの奥に隠していたみたいね。ほら」
 そう言って礼子が差し出した文庫本は、確かに酷い状態だった。表紙とページどころか、ページとページが泣き別れしそうになっている。
「こんな重症の被害者を放置するなんて、犯人は極悪人ね」
 文庫を見ながら礼子が言った。淡々とした口調だが、きっと相当怒っているのだろう。漂ってくる空気が冷たかった。
「捜査本部でも設置して、犯人探しに乗り出すか?」
 ちゃかしてみる和樹。しかし礼子は軽く首を左右に振った。
「いいえ、まずはこの被害者の命を救うことが先決よ」
「なるほど、ごもっとも。それでは、救急隊にまかせるとしよう」
 それには答えず、黙々と修理を始める礼子。肩透かしを食らったような状態になり、思わず和樹は礼子のほうに非難の目を向けてしまう。
それにも気付かずに、素早く、そして丁寧に文庫本を修理していく礼子。その表情は真剣で、先ほどの怒りと合わせて、本に対する礼子の愛情のようなものが伺える。何となく、そういう彼女は綺麗に見えた。
「まさか……」
 和樹の中では、相当に突飛なアイデアで、思わず口に出して否定してしまう。礼子が怪訝な顔をしながら視線を和樹に向けた。
「何?」
「……なんでもない」
 そう言って、和樹は手元の本の修理を再開した。

 「そういえば、この本は面白かったわ」
 修理を終えた例の文庫本を手に、礼子が突然そう言った。
「へえ、どんな本?」
 言いながらタイトルを覗き込む和樹。礼子はその眼前に表紙を突き出した。
「……恋愛小説?」
 乙女チックなタイトルが書かれた、爽やかなピンクの表紙。なんとなくドライなイメージのある礼子には、似合わないような気がする。
「……意外って顔ね。私は、面白ければ、何でも読むわ」
 不満そうな顔の礼子。考えを先読みされ、和樹は返す言葉を捜した。
「どんな話?」
 結局、こんな返事しか出てこなかった。しかし、突然礼子は俯いて、何やら言いにくそうにし始めた。
「どうかした?……なんか、悪いこと言ったっけ?」
「え……いや、そうじゃない」
 あからさまに様子のおかしい礼子。和樹はその手から文庫本を抜き取った。
「あっ、ちょっ……」
 慌てる礼子をよそに、和樹はカバー裏の粗筋に目を通してみた。
 ある日、図書室で二人きりになった主人公とヒロイン。ヒロインは主人公に対して好意を持っているが、内気な性格が災いしてなかなか伝えることが出来ない。そこで、本の話からどうにか話を持っていけないかと、四苦八苦する、という話らしい。ラブコメとでも言うのだろうか。
「あ……あの」
 礼子が上目遣いに本に手を伸ばそうとする。和樹はその手に本を渡しながら、ぽつりと尋ねた。
「面白そうだ。けど、この話が、どうかしたの?」
「……別に」
 そう言った礼子の表情は、とても寂しそうだった。そのまま沈黙。黙々と作業を進める中で、今度は礼子がぽつりと言った。
「岸本君て……、鈍いとか言われない?」
「……いや、別に」
 それっきり、また黙って仕事が進んでいった。

それからは随分とスピードが上がり、昼までに、一人頭にして十冊近くの本を修理できた。そこはかとなくイライラした礼子が怖かったが、仕事が進んだことについては、和樹は大満足だった。
「お昼に……しようか」
 和樹の控え目な提案に、礼子は仕事の手を止めた。ちらりと時計に目をやり、それから小さく頷いた。
「良いんじゃないかしら」
「えーと……ご相伴には預かれるのかな?」
「そういう話だったわね」
 やはりまだ少し機嫌が悪いところが伺える。こういうときの礼子は怖い。まるで見当もつかないが、原因は自分なのだろう。そう思うと、声を掛けるだけでも息が詰まりそうになる和樹だった。
「とりあえず、手を洗いに行きましょう」
「ああ」
 二人は連れ立って図書室を出た。

 手を洗るえる場所は、階下に降りないと無いため、少し不便だった。それぞれ、二階にあるトイレに別れて入った。
 トイレに入るなり、思わず深々と息をつく。
「なんだってんだよ……」
 ポケットからハンカチを引っ張り出し、口に加えながらつい愚痴がこぼれる。
「お、岸本じゃないか」
 名前を呼ばれた和樹が声のほうを見てみると、用を足しているのは図書委員会顧問の国語教師だった。
「なんだ、お前も来ていたのか」
 意外、と言う響きの言葉。首をかしげたのは和樹のほうだ。
「え?だって本の修理……」
「おお、来週のそれに備えて、準備したいって長谷川に言われてな。一人でやらせるのも何だから、俺も手伝いに行こうとしていたんだが、そうかお前も来ていたのか」
 しきりに感心する国語教師。
「来週……ですか?長谷川からの申し出ってのは、いつ?」
「ああ、昨日の夜だな。びっくりしたよ。どうしてもって言ってな」
国語教師はそういいながら、軽く体を上下に揺すり、それから水を流した。丸々とした体を揺すぶりながら、そのまま手洗いのほうに着たので、和樹は場所を譲った。
「すまんな。で、調子はどうだ?」
国語教師の言葉をそっちのけにして、考え込む和樹。今朝からの礼子の不可思議な言動が、ゆっくりと頭の中で繋がっていく。何となく、パズルのピースが合わさったような気がした。
「先生、もうすぐ終わりますから、大丈夫ですよ」
 和樹は国語教師がどいた手洗い場にたち、蛇口から出る温い水で手を洗いながらそういった。
「お、そうか。いやあ、ありがたい。職員室は涼しくてな……」
 用を終えた国語教師は、額に浮いた汗をハンカチで拭いながら、そう言って笑った。

 「後は頼んだぞー」
そう言って、国語教師は職員室へと戻って行った。生徒を信頼してくれる教師でよかった。そう思いながら、和樹はもう一度頭の中を整理していく。
「ついて良い嘘ねぇ……」
それについて、和樹に異論は無い。納得もしよう。ただまあ、一矢報いるぐらいの権利はあるだろう。そう考えながら、和樹はトイレを後にした。

和樹が図書室に戻ってみると、閲覧室ではなく、事務室のほうで礼子が待っていた。
机の上には、大き目の弁当箱。何やら表情の硬い礼子がその向こう側に座っている。
「おお、豪勢だな」
 和樹の言葉に、ちょっと体を強張らせる礼子。
「たいしたこと……無いわ」
「そう。凄いと思うけど」
 弁当箱の中には、卵焼き、小さなハンバーグ、唐揚、ほうれん草の胡麻和え、お漬物、などなど、色とりどりのおかずが詰まっている。見た目にも鮮やかで和樹の食欲を誘ってくれた。
「頂いても?」
 和樹の言葉に、礼子はこっくりと頷いた。渡された割り箸をパキンと割って、卵焼きに箸をつけた。
「うん、美味い」
 ぱくりと一口。和樹は素直にそう言った。
「そう……鈍感だから、味がわからないかと思ったけど……。良かったわ」
 嬉しいような、照れているような、しかめ面のような、何ともいえない表情を見せる礼子。和樹は引き続き弁当のおかずを突きながら、ふと思いついたように礼子に言った。
「ところでさ、長谷川は回りくどいって言われたこと……無い?」
 和樹の笑い顔で全てを悟ったのだろう。礼子の顔が瞬間的に真っ赤になった。
「人生で、少なくとも一回は言われるんじゃないか?例えば、今からとか」
 ここぞとばかりに意地の悪い言葉を並べ立てる。
「な……え……?」
 もはや日本語にもなっていない音が礼子の口から漏れる。
「さっきな、トイレで先生に会ったよ。今日は、修繕日じゃ無いってさ。俺は鈍感なので、とんと見当もつかないんだが、これってどういうことだろう」
おたおたとする礼子が面白くて、和樹はぺらぺらと喋り続けた。向かいに座る礼子がテンパッて何かを咄嗟に掴んだのも見落とすほどに、調子に乗っていた。
「ひょっとして、長谷川って俺のこと……」
 和樹の言葉はそこで遮られた。真っ赤な顔をした礼子の手から放たれた分厚い本が和樹の顔面に直撃したからだ。それっきり、和樹の意識は暗転した。

 結局、和樹の意識が戻ったのは、空に夕焼けの茜色が広がった頃だった。和樹の鼻の頭には、ヘタクソな張り方の絆創膏が張ってあった。もちろん、礼子の手によるものだ。料理や本の修理は出来るくせに、意外と不器用なところもある。
「あの……つまり、その、びっくりさせるから……じゃなくて……」
 帰り道、並んで歩く和樹と礼子。無言の和樹に、何とかして話しかけようとする礼子。その顔が赤いのは、夕日のせいばかりではないだろう。
 いつものクールな印象はどこへやら、なかなか思うとおりに動いてくれない口に四苦八苦している。
「ほんとに……ごめんなさい」
 ぺこりと頭を下げる礼子をじっと見つめる和樹。恐る恐る顔を上げた礼子は、その視線とまともにぶつかってしまい、慌てて目をそらす。
「……考えたんだけど」
 いつに無く、真面目な声の和樹。相当怒っているのだろうか。礼子は何だか怖くなって、ぎゅっと目をつぶった。
「長谷川みたいなのを、「ツンデレ」っていうのかな?」
「へっ!?」
 きょとんとした顔の礼子を前に、和樹は言葉を続けた。
「ほら、最近の流行でツンデレってあるじゃないか。ああいうのの実物って見てみたいなと思っていたんだよ。長谷川って、そんな感じしないか?」
 礼子が必死で謝罪の言葉を搾り出しているときに、和樹はそんなことを考えていたらしい。気絶させられたことに対しては、然程気にしていないようで、とりあえず礼子はほっとした。すると入れ替わりに、新たなる感情に火が点こうとする。
「ツ……ツン……デレ?」
 どうにか感情を押し殺し、大分上ずった声で礼子は聞き返した。
「そう、普段はツンツンしてるのに、一度惚れたりすると二人きりの時には、別人のようになったりとか、まあそんな人のことらしい。なかなか実物を見る機会が無くってな」
 礼子の心に、ぼんと火が点った。最も、それは和樹に対する恋心からではなく、純粋な怒りの炎。
「さしずめ、今の長谷川は……」
 それ以上の言葉を遮るために、礼子は手に持った鞄を思い切り振り上げ……。

 「バカっ!!」
礼子の怒声と共に、夕焼けの空に重たい打撃音が響き渡った。 
                       了















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