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  恋なのか 作者:
15


            残り 15日


 冬の夜風は切り裂く痛みを剥き出しの手の甲に吹き付けて、遥は息を手の平に吐いてからガードレールに腰掛けて空を見る。見上げると放射線状に降ってくる雪は、灰色の空から落ちてくるのにどこまでも白くて遥は不思議で仕方がない。
 ヒールの付いた長靴は少し滑り易くて、歩くときに慎重にならなくては簡単に転んで尻を打ってしまう。
 いつもより少し厚めのコートの前を掻き合わせて、遥はマフラーをもう一度首に巻き直す。マフラーは降り続ける雪で表面が少し湿っていて、冷たい雪の溶けた水滴が染み込んで気色悪かった。
 踵で、凍った氷の塊を蹴ってみると簡単に潰れて歩道に氷片が散らばる。冷たいガードレールから遥は降りると、本社のビルを見上げた。

 ふと見た玄関ロビーの中に警備員の姿が見えて、ほほ笑みながら遥が手を振って見せると両手を上げて手を振り返される。
 PM7:50。
 7階のいくつかの窓にはまだ灯りが付いていて、持った携帯電話を遥はまだ鳴らしていない。
 コートのポケットに入ったままの携帯電話を遥は手を入れて探り、取り出して開く。何度見たのかしれない携帯電話の履歴、これは賭けだ。
 画面に雪が落ちて静かに溶ける。遥がずっとポケットの中で握り締めていたのだから、携帯電話は温かくほんのり湿っていた。
 もう一度、遥は7階を見上げ通話ボタンを押す。

 1コール、2コール。もどかしい機械音が流れて、5コール目で相手が出たのが分かる。
 慎重に、今までの肉食獣の様な攻めはどこへやら、明らかに遥を疑って掛かっている鈴木の声が短く存在を告げる。

『何?』
「今日は、残業ですか?」

 質問には質問で、それは鈴木が教えてくれたことだ。たとえ遣り方が卑怯だとしても、最も効果的だということを遥は身を持って知っている。
 可笑しくなるほどそれに乗ってくる鈴木は、微かな不快感を隠さない。ふと遥によぎるのは、嫌われてしまわないかという不安、小さく遥は頭を振り嫌な予感を振り落とす。

『どうして?』
「会えませんか」
『今日?』
「今、からです」

 遥は敢えて強調する。強い口調に鈴木の戸惑った気配を感じる。
 もう何度目なのか、遥は上を見上げて星の全く見えない雲の厚い冬の夜空を見上げる。閉じた瞼に、熱い頬に雪が落ちてあっという間に消えた。
 濡れた顔を化粧が取れるのも気にせずに遥は乱暴に拭い、返事の無い携帯電話を見る。通話は切れて無いようだった。
 わざと潰した掠れた低い声が遥かの耳元で聞こえる、感情が高ぶった時だけいつも冷静な声が少し掠れることを遥は知っている。

『誘ってるの、俺を』
「だったら、どうします?」

 誘っている、思いもしなく一番似合わない言葉に遥はうっかり噴き出すところだった。寸前で止めたのは、幼稚な所を見せてしまうと逆に鈴木のペースに嵌りそうだったからだ。今にも逃げ出しそうで、慎重に言葉で本意を探る鈴木の姿はまるで少し前の自分を見ているようで遥は何を言えば相手が焦れるのか容易に理解できる。
 要は、そのままやり返せばいいだけだ。
 案の定、電話の向こうは黙り込む。

 諦めて降りてきたらいいのに。見上げたビルの7階のどこが営業課の窓なのかは分からずに、遥は雪に濡れたまま途方に暮れる。俯くと髪の毛から流れた水滴が首筋に行って寒気がした。風邪をひくかもしれない、遥は携帯電話を握り直す。

 途端にくしゃみが出た。

『外?』
「会社の外です」
『今行く』

 吐き捨てた鈴木の声だけを置いて通話が切れ視界が妙に遮られると思っていた遥は、睫毛に乗っていた柔らかい雪の結晶を優しく触れて落とす。
 これから会って一体どうしたらいいのか、全く遥には策は無いというのに妙に腹が据わった自分がおかしくて、携帯電話を閉じるとため息をつく。今更に気付いたコートのフードを持ち上げてみれば、フードの中には驚くほど雪が積もっていてどれだけの時間いたのか容易に想像できた。
 重くひしゃげた音をたてて、フードから雪が落ちる。

 やれることだけをやろう。今更あがいても無駄なだけだ。
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次からは少しR15に入ります。
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