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ツヌミ
 目の前の扉は閉ざされ、あたしは狭い空間にナミと二人、取り残された。
「……ミコトが」
「ああ、彼の事ならいい。彼は不完全ではあるが君と同じプログラムを持つから、異形オズ化する事もない。少々苦しむかもしれないが、勝手にタカマハラを出た罰だ」
「どういう事?!」
 あたしは掴まれていた右腕を思いきり振りきって、育て親と同じ顔を思いきり睨みつけた。
「君は異形オズが何か知らないようだ」
 恐ろしい笑みを湛えて、ナミはくっく、と笑った。
「彼らは僕らと同じだよ。『生き物』だ。ただし、遺伝子を破壊され腐るのを待つだけの粗悪の塊だがな」
「遺伝子……破壊?」
「私たちの体を保っているのはすべての遺伝情報だ。その情報が破壊されたらどうなると思う?」
 ナミの整った顔がずい、と近づく。
 思わず後ずさりしたが、そこは閉ざされた扉でこれ以上逃げられない。
「体が崩れるのだよ。見ただろう? あの醜い異形オズ達を」
異形オズは、遺伝子を破壊された生き物だって言うの……?」
「ああ、そうだ。君がずっと闘ってきたあいつらは、カグヤに長く居すぎたがために修復不可能なほどに遺伝子を破壊された亡霊たちなのだよ!」
「……!」
「ああ、そうだ。君はまだ知らないんだったね、私たちが太陽を捨ててまで防御壁で遮断しているものの正体を」
 嫌悪感でおかしくなりそうなのに、どうしてもナミから目が離せない。
「それは、『放射能』と呼ばれるものだ」
「ホウシャ……ノウ?」
「目に見えず、生命体を蝕む恐ろしい毒素の事さ。それが防御壁の外に蔓延している。ただ、カグヤだけは防御壁の上に作ってある。だから放射能の影響を受けてしまうのさ」
 得意げに喋るナミに釘付けになり、頭はショックでがんがんと痛み出している。
「その結果、カグヤで作物を育てる人間や、飼われている家畜の異形化が絶えない。そこで少しでも異形化の傾向が見られた者は街に捨てる決まりになっているのだよ」
 何という事だろう。
 本当に異形オズはここで生み出されていた。それも、こいつらが街にはなっていたのだ!
「だが、君やミコトたちは違う。その、遺伝子の中に修復するためのコードを刻んでいる。放射能によってプログラムを破壊された細胞に、壊死アポトーシスを起こさせ、それを補うように細胞を活性化させ分裂を速める機能を備えた情報が埋め込まれている」
「ア、アポトー……?」
「ナギが開発し、実験的に君たち3人へそれぞれ分けて埋め込んだ。体が十分に成熟した16歳ごろを過ぎたら発現するように設定してね」
 もう、この人の言っている事がほとんど分からない。
「ミコトとヨミが持つのは細胞の自己破壊プログラム、そして君が持つのは自己増殖プログラム」
 ほとんど壁に張り付くようにしてナミを見上げる。
 怖い。助けて。
 ナミの細く長い指があたしのメガネを取り去った。彼はそれを後ろに放り投げ、ますますあたしに顔を近付ける。
「私が欲しいのはそのプログラムだよ、テラス。君とミコトのプログラムさえあれば、私たちは再び太陽を手にする事が出来るのだ」
「つまり、あたしの中にある情報を使えば、防御壁を解除できるって言う事?」
 太陽のもとで生きる事が出来るようになるという事だろうか。闇を怖がりながら生きなくてもいいという事だろうか。
 なんて素敵な世界。
「平たく言えばそうだ。無論、完全ではない。が、あれほどの強度の防御壁ではなく、光を通すことのできる防御壁に交換する事が出来る。そうすれば、カグヤだけでなくこの街全体が光を得る事ができ、異形オズが誕生する事もなくなる」
 異形オズが誕生しなくなる。
 その言葉に、あたしはうっかりときめいてしまった。
「どうかな、協力してはくれないか?」
 ナギと同じ微笑みに騙されて、あたしは首を縦に振っていた。


 あたしがナミの申し出を承諾すると、ずっと閉ざされていた扉が開いた。
 が、そこにミコトはいない。それどころか、緑で満たされた空間も消えていた。もしかすると、これも一種の転送装置だったのかもしれない。
 代わりに、乳白色の壁と天井の廊下がまっすぐに続いている。その壁も転送装置の内部と同じ、淡い光を放っていた。
「さあ、行こうか」
 ナミに背を押され、ゆっくりと足を踏み出す。
 が、右足に痛みが走って思わずしゃがみ込んだ。
「何だ、怪我をしていたのか」
 ナミは呆れたように言い放つ。
「ツヌミ、テラスを第5層の実験室ヤマトへ」
 ツヌミ。
 その名にどきりとする。
「私は一度戻る。カグヤでいくらか汚染されたかもしれぬからな」
「では、本日はもうおやすみに」
 突然現れた声に、驚いて顔をあげると、そこには細身の青年が立っていた。
「そうだ。明日までに準備を整えておけ。それから、街の者にも連絡を」
「御意」
 金髪を翻してナミが去っていった後も、あたしはその男性に釘付けだった。
「こうして会うのは初めてですね、テラス」
 漆黒の髪は、光を通すと青っぽく見える。髪と同色の瞳がはめ込まれた鋭い眼は、どこか悲しげな色を映じていた。長くのばした髪を後ろで緩く括り、両耳に黒い石のピアス。
 愁いを帯びた表情に、胸が締め付けられる。
「……ツヌミなの?」
「はい」
「どうして? あなた、人間だったの?」
「……あのカラスは、精巧に作られた模造品レプリカです。私がこの場所から遠隔制御で操っていただけなのです」
 ツヌミを名乗った青年は、あたしの前に跪いた。
「本物の鴉はあの街で生きる事はできません。なぜなら、鳥たちは暗闇で物を見る事が出来ないから。私の操るあの鴉以外、街で鴉をご覧になったことがありますか?」
 そう言われて、あたしは詰まった。
 そうだ。ツヌミはあの街で唯一の鴉だった。いや、鴉だけではない。あの街には、ネズミなどの闇を生きる小動物以外、ほとんど存在しないのだ。
「申し訳ありません、テラス。私は――」
「言い訳は聞きたくない」
 あたしはぴしゃりと言い放った。
 うなだれるツヌミ。
 裏切られたのはあたしの方。裏切ったのはツヌミの方。
 最後の仲間。唯一の友。
「あなたがタカマハラだって聞いて、あたしがどれだけ悲しかったか分かってるの? しかもあたしのこと監視してたなんて……助けてくれたのも全部、ナミに言われたからだったなんて……」
「許してください。貴方がこれ以上危険な目に遭うのを見ていられませんでした」
「だから、ナミにあたしを迎えに行かせたっていうの?」
「はい」
 でもあたしにはツヌミを責められない。
 ナミの申し出をたった今承諾し、事実上タカマハラに所属する形となったのだから。
「何より、テラス。私はモニター越しでなく――本物の貴方に会いたかった」
 跪いたツヌミの漆黒の瞳があたしを貫いた。
 ああ、この目はあの子と一緒。ずっとあたしと一緒に闘ってくれたカラスのツヌミと同じ目だ。
 もう一度だけ、信じてもいい?
「ツヌミ」
「はい」
「……いつも一緒に闘ってくれてありがとう。助けてくれて、本当に嬉しかった」
 会いたかった、という言葉に込められた強い思いが分からないほど馬鹿じゃなかった。
 以前のあたしなら気付かなかったかもしれないけれど。
「今度はウソ、つかないでね。でも――」
 ヨミやカノ、ミコトと会えて、あたしは少し変わったのかもしれない。
「これからも、一緒に戦ってくれる?」
 そう問うと、共に闘ってきた仲間は、本当に嬉しそうに笑った。
「はい。貴方が望む限り」


 防御壁の外にある放射能に満ちている死の世界は、徐々にこの街を蝕んでいた。
 でも、ミコトとヨミとあたしが持つのは、この街に再び太陽を取り戻すためのコード――それは、あたしの育て親であるナギが遺した、異形オズをこれ以上創りださないための道しるべでもある。
――生きなさい。人間の未来のため、お前たちは生きなくてはいけない
 今なら、ナギの残した言葉の意味が分かる。
 あたしの中にあるプログラムでこの街を救う事が出来るのなら。
 ようやくあたしは、自分の生きる意味を見つけ出した

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