ハクマユミ
これまで会った中で最大サイズの異形――思わずあたしはヒルメを召喚していた。異形狩りとしての勘が働いていた。
危険!
「何だぁ、これ。獣型タイプ不明3体と、人型多数、進行度はすべてMAX-1! これまで会った中では最上級の異形だぜぃっ、ミコト!」
それも一頭ではない。
次から次へと湧いて来る異形は、いつしかあたしたちを取り囲んでいた。
四足歩行のもの、二足歩行をした人型のもの……そのどれも、大きさが尋常ではない。人型と言っても普通の人間の数倍はある。真黒な粘液をたらしながら進軍する姿はまさに『異形』。
「ナミは本気だね。本気で僕らを殺しにかかってるよ」
「コードはどうでもいい、ってのか?」
ミコトの疑問にカノが答える。
「死んでいてもコードは手に入りますよ。不完全である上に死んでからでは長持ちしませんがね。完全にコードが死滅する前に取り出してしまえばいい話です。それこそ、クローンを作ればいい」
死ぬもんか。
あたしは武器を構えた。
「ヒルメ、サポートしてね」
「了解」
かなり敬語を脱した梓弓のヒルメは、それでも抑揚の小さい、澄んだ女性の声で答えた。
「開放系第2段階までを許可。発動は音声認識、テラス、私の指示に従って」
「頼りにしてるわよ、ヒルメ」
ミコトとヨミに肩を並べ、あたしはヒルメを構えた。
「下がってろよ、テラス」
不機嫌そうなミコトの声。それにヨミも賛同する。
「そうだよ、危ないよ?」
「後ろにいるなんて嫌よ、あたしだってウズメのもとで働いていた異形狩りなんだから」
「そうじゃない、お前、異形を倒す事を躊躇してただろうが!」
その言葉に、あたしは思わず絶句する。
やっぱりミコトには何もかもお見通しなわけ?
本当に腹立たしい――でも、微かに嬉しいのは何故?
「大丈夫よ」
本当は大丈夫なんかじゃない。もう一度、人の形をした骨格を見たら、本当に今度こそ泣きだして、もしかしたら卒倒してしまうかもしれない。
でも、ここで戦わなかったらあたしが死んでしまう。
――生きなさい
あたしは生きなくちゃいけない。このコードを未来に託すため。ナギの作ったこのコードをすべての人へ平等に与えられる世界を作るために。
「大丈夫」
もう一度言いきったあたしに、ミコトはそれ以上何も言わなかった。
「無理するなよ」
ぼそり、と呟いたミコトはトツカを振り上げて異形に向かって行く。
勇壮な後姿を見送って、あたしはヒルメを握りしめた。
「行くわよ、ヒルメ」
こんな所であたしは死なない。死んだりしない。
強い気持ちで地を蹴った。
手にしたヒルメが静かに告げる。
「開放系第1段階を発動する。テラス、復唱して」
「分かった」
ヒルメを構えただけで矢が手元に現れる。これならかなりの速度で連射が可能だ。
「開放系第1段階、貫」
ヒルメの声をあたしが繰り返す。
「開放系第1段階、貫」
ぼんやりとヒルメが光を帯びた。ヒルメに内在されていたエネルギーが具現化しようとしている。
そして。
「石折神」
「石折神っ!」
あたしの叫びで打ち出された矢は、目に見えるほどの凄まじいエネルギーの奔流と共に真っ直ぐ異形に向かって飛んだ。
そして、とてもあたしが引いただけの力ではない、ヒルメの隠された力を秘めた矢は、人の形をした異形の胸の中心を逃さずに射抜いた。
矢が通過しただけとは思えない向こう側が見えるほどの穴がぽっかりと開き、異形は劈く悲鳴を上げた。
あたしは異形を倒した事より先に、その威力に驚いた。
これまで使っていたクロスボウとは段違いの貫通力だ。
「……すごい」
「これが開放系第1段階『石折神』。貫通力を極限まで高めた矢を放つことが出来る。開放系は第3段階まであって、今は通常戦闘として第2段階までを許可している」
目の前の異形はどろどろと原形をとどめず崩れていく。
が、粘液を出しつくし、崩れ切った後には――
「……え?」
予想していたような人骨は残っていなかった。
すべてが黒くどろどろとした液体と化してしまった異形のなれの果ては、消滅。
「異形化の度合いを表す進行度がMAX-1、つまり極限状態になると、放射能に骨まで犯されて何も残らない。進行度はMIN-3からMIN-1、MID-3からMID-1、MAX-3からMAX-1まで、全部で9段階。MID以上はもう治療が不可能な状態を表す。MAX以上になると、外形としての原形をとどめていない」
ヒルメの解説にあたしは息を呑んだ。
骨さえも、残らない汚染。
なんて恐ろしく……悲しい。
全身が震える。もう戦いたくないと足を止めそうになる。
それでも。
「次もお願い、ヒルメ。開放系第2段階を開放するわ」
「了解。第2段階は『建御雷神』、雷の矢を放つ」
足を止めるわけにはいかないのだ。
あたしは、生きなくてはいけないのだから。
次の目標に向かって矢を引き絞る。狙いは――眉間。
「開放系第2段階、雷……建御雷神!」
凄まじい爆音が響き、視界が真っ白に染まる。そして、電撃が全身を貫いた。
「……ぁあっ!」
思わず口から悲鳴が零れる。
この技はどうやら使う者への反動が半端ではないらしい。
まだ痺れている両手で、それでもヒルメを強く握りしめながら、目の前の異形が無に帰すのを確認した。
それでも、あたしたちに襲いかかる異形はまだまだ増え続けている。
視界の隅には同じ様に開放系を駆使して戦うミコトとヨミの姿が目に入る。
二人とも、まるで戦う事を定められた闘神のように各々の武器を振り上げ、異形に向かって行く。
黒塗りのハクマユミを翳し、次々と敵を翻弄するヨミはまるで舞うように飛ぶ。ふわりふわりと柔らかく、時に力強く。橙の柔らかい髪が風に靡いて、闇夜に浮かび上がる燈火のようだ。必殺の間合いを謀り、開放系の技を叩き込んでいく。
対して、身の丈ほどもある大剣のトツカを振り回し、大技で異形を消し去っていくミコト。時に敵の体を一刀両断にしながら縦横無尽に飛びまわる。吼える様に戦いを挑み、真っ向から立ち向かう姿はまさに勇壮。行く手を塞ぐ何もかもをねじ伏せていく、真っ直ぐな心を持つ彼らしい戦い方だ。
金の瞳に灯る強い光に、背筋がぞくりとした――目が離せなくなってしまいそうだ。
「テラス、次が来た」
ヒルメの声にはっとすると、目の前にまた人型の異形が立ちはだかっていた。
「左から来る、避けて」
指示に従って後ろに軽くステップバックする。
その瞬間、目の前を黒々とした異形の右腕が空を裂きながら通過していった。
「第2段階初期整備のダメージが少し残っている。開放系をすぐに発動するのは不可能。少しの間、逃げて欲しい」
「分かったわ」
とはいえ、相手も素早い動きをする異形だ。
一瞬たりとも気は抜けない。
「急所を指示して、ヒルメ。狙うわ」
「了解」
足を止めてはいけない。周囲を取り巻く異形の、格好の的となってしまう。
走りながらヒルメの指示するポイントを狙う。
「テラス、今」
ヒルメの声に合わせて射る。
極限に引き絞った矢は空を割き、異形の体に吸い込まれていった。
全く何のダメージを受けたようにも見えない異形は、そのままあたしの方へ向かってくる。矢の威力が小さすぎるのだ。
「だ、駄目だよ、ヒルメ。開放系じゃないときかない!」
「開放系を使うにはあと少しかかる。残り312秒、カウント、310、309、308……」
あと5分も使えないの?!
あたしは愕然となりながらも何とか異形の攻撃を避ける。
とにかく攻撃を避けて、避けて、避けまくるしかない!
「288、287、286……」
ヒルメのカウントが無情に響いている。
が、そのカウントに割り込む大声。
「だーっ! 数多い! めんどくせえ! やるぞトツカ、開放系第3段階を許可しろ!」
「えぇー? レベル2のがめんどくせーぇじゃん」
「ごちゃごちゃ言わずにマスターに従いやがれ、この万年反抗期が!」
「へぇーい、へい」
トツカのやる気なさげな声。
それに続いて、異形の中心に佇むミコトははっきりとした声で叫んだ。
「マスターネーム・スサノオ、トツカ、緊急事態によりレベル2解除」
「レベル2解除、開放系第3段階までを許可」
トツカの復唱で、剣の周囲には凄まじいエネルギーの奔流が取り巻いた。
「ここまで来たのは、久しぶりだーな。まだ2回目だーぜ?」
「1回目は『試し』だったろ。今回はホントの本気で緊急事態だ!」
青白い光を受けて煌めいたミコトの金の瞳が周囲の異形を一蹴、睨みつけた。
そしてトツカを頭上高く掲げる。
「テラス、ヨミ、カノ、ツヌミ……伏せてろよ! いくぜっ、トツカ!」
「はいよぉー」
トツカの放つエネルギーに吸い寄せられるように、異形達が進路を変え、ミコトの方へと向かって行く。
敵の意識を一挙に引き受けたミコトは、高らかに叫んだ。
「開放系第3段階、豪流……『闇淤加美神』!」
次の瞬間、耳が押しつぶされるような高音が貫いた。
思わず耳を塞ぎ、目を閉じて地面に身を伏せた。
轟音がやみ、異形の断末魔が消え去った後、一瞬の静寂が辺りに訪れた。
いったい、何が起きてどうなったんだろう?
ゆっくりと顔をあげると、そこには――何もない、闇の空間があった。
先ほどまで異形の群れが視界を埋めていたのはウソのようだ。静穏な空気の中、青白く輝く剣を翳した黒髪の青年だけが佇んでいた。
その姿に視線を奪われる。
息が止まりそうなほど心臓が早い。
「レベル2施錠、通常モードにシフト――レベル1」
トツカの声が響いて、剣の輝きが失われる。
「疲れただろう、戻れ、トツカ……音声認識、オフ」
そのままトツカを収納したミコトは、すぐにあたしの方へと駆けてきた。
「無事かっ? テラス!」
「あ、うん、大丈夫」
きょろきょろと見渡すと、どうやら全員無事なようだった。
唯一、ヨミが頭を押さえて起き上った。少しばかりとばっちりをくったらしい……また喧嘩になるのが容易に予測できて、あたしは一瞬身構えた。
が、意外にもヨミは怪訝な顔をしただけだった。
少し首を傾げたが、まあ、諍いがないに越したことはない。
あたしはミコトに向き直った。
「ねえ、今の何……?」
「神剣トツカ、レベル2解除により、開放系第3段階を発動。全方位攻撃によりすべての異形が1.78秒以内に消滅した」
ミコトの代わりにヒルメが淡々と答える。
「異形すべて……?!」
思わず驚いた声が出る。
「神剣トツカは聖槍ハクマユミや私に比べてMAXエネルギー値が格段に高い。だから、マスターへの反動も最大になる」
反動。
先程使った第2段階の反動ですでにあれだけのダメージを受けるのだ。第3段階を開放したミコトへの反動は計り知れない。
もちろんミコトはそんなことおくびにも出さない。でも、きっと体に受けているダメージはかなり大きいはずだ。
ヒルメは話を続けた。
「聖槍ハクマユミは回復力の速さでエネルギー不足を補っている。でも、私のエネルギー値は最も低い、回復力もハクマユミほど速くない。その代わり、私はエネルギー伝達が速い。起動してから間がなかったから先ほどは無理だったが、もう少しすれば開放系第1段階のみで連射可能。反動も最小限で済む」
「……それぞれ特性があるのね」
「ヒルメは遠距離戦闘用です。今のように近距離での戦闘には本来、向いていません」
いつしか傍に来ていたツヌミが言った。
「エネルギー値の高い神剣トツカは前線、回復の早い聖槍ハクマユミを補助、遠方からの援護に梓弓ヒルメ。そういった設定でこの3つを作りましたから」
「これ、ツヌミが作ったのね」
「はい。ですが、基本となる設計図は私のものではありません」
「誰が作ったの?」
「それは――」
ツヌミは一瞬詰まった。
が、ミコトをちらりと見て、すぐに口を開いた。
「始祖の一人、『タカミムスビ』が作ったものです。イザナミと共にタカマハラと防御壁を作り、この街を放射能から守ろうとした機械工学の専門家」
「残りの始祖のうちの一人だね」
ヨミが言う。
「私達の敵は、実はナミが最後ではありません。ナミはクローンですが、他の始祖もそれぞれ違う形でこのタカマハラに残っているのです」
「それがツヌミの言っていたナミよりも上に存在する者なの?」
「ええ」
ツヌミは唇を引き結んだ。
「戻りましょう。こうなってしまった以上、カグヤと下層の一般市民が心配です」
「でも、どうやって?」
首を傾げると、今度はカノが答えた。
「ここはおそらくカグヤと第5層の間にある空間です。天井は防御壁と同じだろうから壊せないけれど、下はいけるでしょう? 先程の感覚からすると、かなり薄いようですし」
「僕の出番ってことだね」
そう言ってヨミが進み出た。
「さあ、いくよ、ハクマユミ」
ヨミが手にした黒塗りの槍がぼんやりと光を帯びる。
「マスターネーム・ツクヨミ、ハクマユミ、緊急事態によりレベル2解除」
「レベル2解除、開放系第3段階までを許可」
初めて聞くハクマユミの声は、男性とも女性ともつかないけれど、歌うように美しい声だった。
「開放系第3段階、湍……『闇淤加美神』!」
ヨミの声で視界が一変した。
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