第五十六話 エピローグ
生徒会、風紀委員会メンバーとの顔合わせが済み、それぞれが交流戦に関する書類を受け取る。
どうやら書類は予選が終わった後にすぐに作成したもののようで、ソウジたちの名前がきっちりと記載されていた。仕事が早い。そしてルナは、その書類の中に自分の名前が記入されていることに気が付いた。
「あの、わたしの名前が入ってるんですけど……」
ルナの言葉にクライヴが頷く。
「当然だ。君も『イヌネコ団』の一員なのだろう?」
「そうですけど、でも、わたしはこの学園の生徒ではありませんし、それに交流戦でお役にたてるとは……実際、先ほどメンバーは『十五人』と仰いましたよね?」
「君がこの学園の『生徒』ではないことは確かだが、この『学園の一員』であることに変わりはない。そもそも、そうでなくては今頃そのギルドに籍を置くことすらできていないし、君はよくこの学園で働いてくれているだろう? そんな人物に対して『あなたは生徒ではないので交流戦で働く資格がありません』などというくだらない理由で君を弾くほど俺たちは無能じゃないさ。それに、何も交流戦というのは試合に参加するメンバーだけで戦うものではない。その書類をよく読めば分かると思うが、交流戦には試合に参加するメンバーとそれをサポートする者達がいる。君もそのサポートチームの一員として働いてもらうつもりだから、よろしく頼むぞ」
「は、はいっ」
クライヴの説明を聞いてルナはどこか嬉しそうに頷いた。自分が少しでも役に立てることが嬉しいらしい。ちなみにサポートチームの中にはエマという回復魔法を得意とする女子生徒の名前もあった。以前、コンラッドと決闘をした際にソウジたちと話したことのある生徒だ。
「いやぁ、こんな美少女にサポートされるなんて嬉しいねぇ。どう、さっそく今夜食事にでも……」
「クライヴさん。デリックはどうやら急にランニングしたいようです」
「ちょっ、アイザック!?」
「ああ。そうらしいな。学内を五十周してくるか」
「クライヴさぁ――――ん!」
必死に弁明するデリックをよそに、ソウジたちは部屋を出てギルドホームに向かおうとした。だが、レイドだけはその場を動かずにただじっと何かを考え込むようにしていた。
「…………」
「レイド?」
「悪い、先に帰っててくれ」
「……………………分かった。レイドも疲れているだろうし、はやめに戻って休むんだぞ」
「おう、分かってるよ」
レイドが何をする気なのかは知らないが、それから何も言わずソウジはレイドを一人残して部屋を後にした。
「あれ、レイドは?」
「ん。先に行っててくれだってさ」
「何しに残ってるのかしら。今はゆっくり体を休めなくちゃならない時だっていうのにまったく」
クラリッサがぷりぷりと怒っていたがソウジはそれをまぁまぁと宥める。先ほど、レイドの横顔から見えた彼の眼つき。それは何か、覚悟を決めた者の眼だった。
レイドは自分で何かを踏み出そうとしている。
わざわざ部屋に残ったのはそれに関係しているだろう。
でも、そこをわざわざ突っ込むような野暮な真似はしない。
(……頑張れよ、レイド)
ソウジはこの学園で出来た初めての友達に、心の中でエールを送るのだった。
☆
部屋に一人残ったレイドは、当然のことながら同じく部屋の中に残る生徒会、風紀委員会のメンバーに首を傾げられていた。
「んん? レイドにーちゃん、ソウジにーちゃんたちと行かなくてよかったの?」
「えっと……その……個人的な用が、ありまして」
「個人的な用?」
レイドの言葉に更に首を傾げるルーク。
だがそんなルークの言葉に反応する間もなく、レイドは緊張で今にも足が震えそうだった。
しかし、ここで一歩レイドの方から踏み出さねば始まらない。
今から自分がやろうとしていることは相手から持ちかけられるようなものではないので自分から行動を起こさなければならないものなのだから。
深呼吸をして、ぐっと拳を握りしめる
そして勢いよく床に両膝をついて、頭を床にこすり付ける。
俗にいう、土下座のスタイルでレイドは大きく声を張り上げた。
「――――お願いしますッ! 交流戦までにオレを強くしてください!」
言えた。言った。言ってしまった。
レイドは言葉をついに口に出したその瞬間から心臓の鼓動が加速したかのような錯覚を覚えた。体中が熱いしバクバクと心臓がうるさいし、頭がガンガン音がなる。
しばらくその場が静かになって、レイドはもう後戻りできないことを自覚し、それがかえって心を更に引き締めた。
言えた。言った。言ってしまった。……だからなんだ。言っただけで満足するのかオレは? 違うだろ。オレはただ言葉をぶつけて満足しに来たんじゃない。ここで結果を出さなきゃいけない。そうでなきゃオレはいつまでもお荷物だ。やれ、やるんだレイド・メギラス。たとえ断られても諦めるな。何度でも食らいつけ!
「お、オレ……オレは、よ、弱いですッ! ここまで勝てたのだって結局はソウジたちのおかげだし、オレ自身は……大して何の役にも立てなかった。予選の時もオレじゃなくてオーガストが出ていれば、もっと楽に戦えた。オレがみんなの足を引っ張った。バカで弱っちぃオレなんかの為にあいつらは特訓に付き合ってくれて。オレの為に自分達の時間を削ってくれて。それなのに、俺はお荷物なのに、みんな優しくて……。オレなんか、本当はいない方がみんなはずっと強いのに……このままじゃあ、交流戦の時もオレはみんなの足を引っ張るだけのお荷物のままなんだ! だから、オレはもっと強くなりたいんです! オレをこのギルドに置いてくれているみんなの為に……だから、だから……!」
レイドはこれまで押し殺してきた自分の不安や本音といった様々な感情を吐き出した。
ずっとずっと考えていた。
ずっとずっと思っていた。
ずっとずっと悩んでいた。
自分は明らかに『イヌネコ団』の足を引っ張っているのではないかと。
実際、予選の時に本来ならばレイドではなく、『皇道十二星眷』を持つオーガストが出ているべきだった。そうすれば、戦いはもっと楽になったはずだ。
それにポイントの件だってそうだ。
自分は今、学内ランキング五十位にいるといっても所詮はオーガストのポイントのもらい物。本来の自分の実力で勝ち取ったものじゃない。それなのにオーガストは予選もレイドに譲ってくれた。
このままでは彼に、そしてギルドのみんなに申し訳が立たない。
「――――顔を上げな」
頭を床につけたままのレイドに、コンラッドが声をかけた。
「いや、オレを鍛えてくれるまではここから動くつもりはぜんぜんありませんッ!」
「だったら尚更、顔を上げな。交流戦まであと一週間もねぇ。こんなところでチンタラしている暇は無いぜ」
「……え?」
ぽかんとした表情でレイドは顔を上げる。その視線の先にはコンラッドがニカッとした笑みを浮かべていた。
「お前の気持ちはよ――――く、分かった! このコンラッド・アッテンボロー様が、直々に指導してやるぜ!」
どん、と右拳で自分の胸を力強く叩くコンラッドに、レイドは「ほ、本当ですか!?」と思わず叫んでしまった。
「あたぼーよ! お前の『強くなりたい』という気持ちは俺にはものすご――――く分かるからな!」
「あ、ありがとうございます!」
「俺の事はこれから兄貴と呼べ、レイド!」
「はい、兄貴!」
まっすぐな瞳で頷くレイドが相当お気に召したらしい。コンラッドは満足げに頷いた。
「って、コンラッド先輩、ただ単に後輩に『兄貴』って呼んでほしいだけでしょう?」
「ちげーよ! 言ったろ。俺には強くなりたいと力強く願うやつの気持ちはよーく分かるんだ。何しろ、俺もそうだからな!」
「はぁ……まあ、こんな暑苦しい先輩だけど、仲良くしてやってくれ。レイドちゃんよ」
デリックが肩をすくめながらレイドに向かって言う。だがそんなデリックの眼は面白そうなものを見るかのような、そんな感じだ。
「でもまあ、強くなりたいっていう気持ちが分かるのはオレもだ。オレも協力するぜ。な、アイザック」
「……やる気があるなら付き合ってやってもいいがな」
「素直じゃないねぇ」
デリックとアイザックのコンビの言葉にレイドは「ありがとうございます!」と頭を下げる。
そんな姿にクライヴは苦笑していて、そんなクライヴにニコラが「どうするんです?」というような視線を向けている。
「当然、交流戦までにはレイドくんにも強くなってもらわなくては困るからな。交流戦までに我々もやらなければならないことがあるから付きっ切りとはいかないが……まあ、コンラッドがメインになって鍛えてやればいいだろう。もちろん、俺も協力できるところはしよう」
「何それなにそれ、面白そうっ! はいはいは――――い! ボクもレイドにーちゃんの特訓に協力してあげるー!」
ワクワクとした様子で手を挙げたのはルークである。
「ふふっ。そうね。私たちも協力できるところはしてあげようかしら。ねぇ、アイヴィ?」
「ふぇっ。は、はい……あの、わたしなんかで何かお手伝いできることがあるなら……」
「あ、ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」
風紀委員会、そして生徒会のメンバーからも特訓を受けられるとあってレイドは当初想定していたものより遥かに良い結果に驚いていた。
「よし、さあ立てレイド! さっそく特訓に行くぞっ!」
「はい、兄貴!」
「違う、こういう時は『押忍!』だ!」
「押忍!」
「まずはあの夕日に向かって一緒に走るぞ!」
「押忍! 兄貴!」
そう言うや否や、コンラッドはレイドと共に部屋から出て行ってしまった。ちなみにまだ夕日は出ていない。
「あ、待ってよ楽しそうだからボクも行くー!」
と言ってルークまでもが部屋を出て行ってしまう。
「ちょうどいい。デリック、お前も外を走ってこい」
「げ、マジっスか……」
部屋から駆け足で出ていくデリックを見送りながら、クライヴとコーデリアは苦笑していた。
「ふふっ。なんだか変な師弟コンビが出来上がっちゃったみたいね」
「そうらしいな。……さて、それではこれから、あの後輩の特訓プランでも考えるか」
「かなりスパルタになりそうね」
「当然だ。交流戦までに時間が無いからな。魔道具でもうちの秘密兵器でもなんでも使って、あの後輩を意地でも強くしてやるさ」
自分にもあんなふうにがむしゃらに強さを求めた時があった。
あの時は、純粋にただひたすらに強くなりたかった。
まるで昔の自分を見ているかのようでつい懐かしくなったクライヴは、羊皮紙にレイドの特訓メニューを書き始めた。
☆
某所。
その鎧の戦士の周囲には、幾人もの黒衣に身を包んだ男たち――――『再誕』のメンバーが倒れ伏していた。その場に立っているのは鎧の戦士、一人だけ。そしてその鎧の戦士は頭からつま先までの全身を純白の鎧に身を包んでいた。ツインアイがギラリと輝き、左手には宝石のようなものが埋め込まれた銀のブレスレットを装着している。
奇しくもその姿は今現在、王都を騒がせている謎の戦士……『黒騎士』に似ていた。
そして鎧の戦士は足元に流れてきた新聞をひょいっと拾うと、紙面に踊る文字に目を通す。
「『ユーフィア姫の危機に黒騎士、颯爽登場』『王都のヒーロー、絶賛人気急上昇中』『黒騎士、またもや現る。果たしてその正体は?』……ね。ふぅん。黒い鎧の戦士。確かにオレとは正反対の色をしてやがるな」
その紙面には姫を庇いながら戦う黒騎士の姿が写真で映し出されており、鎧の戦士はその写真をじっと見ていた。
「言ってしまえばオレの先輩ってコトか」
鎧の戦士は興味が無さそうにその新聞を放り捨てると、その変身を解除した。
中から現れたのは年季の入った白いコートに身を包んだ十五、六歳程度の少年だ。
「俄然、興味がわいてきたな」
そして彼は白いコートを風に揺らしながら、その場を去った。
後に残ったのは、夜の静寂と風の音色のみである。