第五十四話 小さな体と大きな翼
「勝者、フェリス・ソレイユ!」
コーデリアが高々と宣言すると、会場中が歓声に包まれた。フェリスは『最輝星』を解除して元の制服姿に戻ると安堵したかのように息をついた。まだ『最輝星』を完全にコントロール出来ていないので使う際にも少しの躊躇があったものの、結果的に何とかなって安心した。
そして、フェリスはくるりとソウジ達の方に体を向けると、満面の笑みを浮かべる。
「勝ちましたっ!」
その美しい笑顔に、会場にいた多くの生徒たちが魅了され、一瞬だけ時が止まったかのように静まり返り、そしてまた熱気を放つ。ソウジはそんなフェリスの笑顔を見て昔、一緒に遊んでいた時のことをふと思い出した。
(そういえば、新しい魔法が習得出来た時もあんな風に笑ってたっけ)
今となっては何年も昔のことになってしまったが、あの笑顔が今でも忘れられない。彼女があの時と同じ笑顔をしてくれたことが、ソウジにとっては嬉しかった。
その一方で、廃人と化しているのが約一名。
「フェリスたんに……好きな……人? あはははは……ウソよ……そんなの嘘よ……そうよこれは現実じゃないのよ。別世界の事なのよエリカ・ソレイユ。そうよまずはデイモンをぶっ殺してからフェリスたんに私の愛を伝えに…………はっ! わ、分かったわ! フェリスたんの好きな人っていうのは私の事なのね!? フェリスたんったら素直じゃないんだからまったくもう。でもそんなところも大好きよ! さあ、お姉ちゃんはあなたの愛を受け止める準備は出来てるわ! カモン、ラブリーマイシスター! まずはお姉ちゃんと一緒にお風呂にぐべらっ」
コーデリアがまたもや腹パンでエリカを黙らせて、次の試合の進行を粛々と行う。
フェリスはソウジたちのもとに戻ってくると、控室に向かった。本選に残った選手たちの控室があり、次の試合まではそこで休むようになっている。
「やったわね、フェリス! ありがとう!」
「……ぐっじょぶ」
「とても格好よかったです、フェリスさん」
クラリッサ、チェルシー、ルナがフェリスを労い、フェリスは三人にニコッと笑顔を向けている。だがその足元はややおぼつかない。
「ありがとうございます。でも……あはは。ちょっと疲れちゃいました」
相手が『上位者』の一人とあってやはり消耗は大きかったらしい。いくら焼き尽くしたといっても毒を喰らったのだから、体にかかる負担は相当なものだったに違いない。更に、最後に『最輝星』まで使ったのだ。『最輝星』は星眷のリミッターを解除し、星眷の力を極限まで高める魔法。通常の星眷魔法ですら魔力消費は大きいのに更にその上の状態ともなると魔力消費量は更に増大する。
「あっ」
フェリスがバランスを崩してぐらり、体が傾いた。だがそれをソウジがすぐさま優しく受け止める。
「ソウジくん……」
「大丈夫か?」
「いえ……あの、ありがとうございます。大丈夫です」
「無理するなって。相手が相手だったし、『最輝星』だって使ったんだ。ゆっくり休んでくれ」
「はい」
フェリスを立たせつつ、ソウジは「それと」と、言葉を付け加える。
「やったな。ありがとう、フェリス」
「……っ。はいっ!」
先ほど会場で見せた時のような、いや、それ以上の笑顔を見せたフェリス。
もう会えないかと思っていた。でも会えた。そして自分の魔法は、目の前のこの少年を笑顔にする為に身につけた。そして大きくなった彼は、フェリスよりもずっと先に進んでいて。
追い付こうと思った。今度こそ力になろうと思った。
(ちょっとは、力になれたのかな)
そんなことをふと思う。
そうだったらいいな、という思いを胸に秘めつつ、フェリスは笑った。
「おい、会場の方が何か騒がしいぞ」
オーガストの言葉に反応し、ソウジは通路の中からバトルフィールドの方へと視線を向けた。外からは大歓声が聞こえてきて、その盛り上がりと魔法で拡声されたコーデリアの声からして、自分たちの次に行われた試合がどうなったかが分かる。
「ま、まさか、もう試合が終わったのか……?」
驚愕するレイド。彼の言葉を裏付けるかのように、外からソウジに向けた視線が入り込んでくるのが分かる。
「……みんな、フェリスを頼む。休ませてあげてくれ」
「ソウジ?」
クラリッサがソウジを見る。クラリッサの捉えた瞳の中にうつるソウジは、通路の外。会場の方へと向いていた。
「どうやら、相手がお待ちかねのようだからな」
ソウジに向けられた視線……否、威圧感は半端ではない。これだけの圧力は先ほどのデイモンよりも上だ。そう、次の相手である『上位者』の――――
「おら黒のガキィィィィィィィィ! 出てきなさいよゴラアアアアアアアアアアアアアアアッ! 私のフェリスたんをかけて決闘しなさいよぶっ飛ばしてやるわよ!」
「…………………………」
「ねえソウジ、待ちかねている相手ってもしかしてフェリスのお姉さん?」
「いや、違うと思うんだけど……」
というより絶対に違う。気を取り直して外に向けて歩き始める。仲間たちに背を向けて、一人で。
「ソウジ――――! 頑張りなさいよ、わたしたちも控室から応援してるからね!」
「ソウジくん、頑張って!」
「絶対に勝つって信じてるからなァ!」
仲間たちの声援を背中に受けながらソウジは外へと歩み続ける。
外では既に決勝戦の相手である一人の女子生徒が待ち構えていた。エリカはコーデリアから腹パンを受けて黙らされていた。
女子生徒の身長はかなり小さく、自然とソウジは彼女を見下ろすような形になってしまう。
「あら、やっぱり最後はあなたなのね」
「ええ。俺みたいな一年生じゃ不満でしょうか?」
「いや。そうじゃないわ。ただ……」
「ただ?」
「……今、わたしのことをチビだと思ったでしょう」
その女子生徒、『上位者』第八位のラナ・フェリーはソウジをギロッと睨みつける。ラナの身長はクラリッサやチェルシー、ルナと同じぐらい。いや、それよりももっと小さい。彼女は二年生なのでもう今年で十七歳になるのだろうが、見た目からすると十二、三歳ぐらいにしか見えない。歳の割にかなり小柄な少女だった。
「いや、思ってないですけど……」
正直なところ、赤いランドセルが似合いそう。とちょっとだけ思ったのは内緒である。というより鋭い。
「うそよ。わたしを見た人はみんなそう思うんだから」
「嘘じゃないんですけど……」
「ふん。デイモンに勝ったからって、調子に乗らないことね。あんなやつ、わたしなら一方的に倒せるんだから」
そして、キッとソウジを睨むラナ。
彼女の星眷の力は分からない。だが『皇道十二星眷』を持つデイモンを一方的に倒せるという事からやはり彼女の実力は相当なものだ。
ヒューゴの学内順位は第七位。そしてラナは第八位だ。ソウジが倒したヒューゴより順位は下とはいえ油断はできない。それに単純に順位が下だからといってラナの方が弱いとは思えない。ヒューゴの真髄は商人としての部分にある。つまり本来ならば戦闘は専門外なのだ。こと戦闘能力だけでいえば恐らくラナの方が上と見ても問題ないだろう。それに加え、闘技場は周囲を壁に囲まれており、場所も限られている。あの結界の中よりも圧倒的に狭い。こういったフィールドの中ではヒューゴの『創造』の力も発揮しにくい。何かしらの魔法や武器を『創造』している隙を突かれたりそういったことをする暇もない。よって、この場で戦うならばラナの方が実力的には上だと思ってもいい。
互いに相手を睨みあう。
視線がぶつかり、交錯し、戦闘態勢に入っていく。
そんな二人の空気を感じ取ったコーデリアが、エリカを黙らせながら静かに戦いの火ぶたを切る。
「――――試合開始っ!」
その言葉と同時に、二人から大量の魔力が迸った。
「『アトフスキー・ブレイヴ』!」
星眷を出し惜しみするつもりはない。相手は『上位者』だ。また、今回は予選の時とは違う。フェリスがソウジを休ませるために先ほど毒に身を焼かれながら戦ってくれたのだ。そのおかげで温存できた魔力をここで開放する。でなければフェリスの頑張りに報いることはできない。『黒加速』で一気に加速し、まさに神速とも呼ぶべき速度でソウジは漆黒の刃を振るう。
だがその刃は空を切り、振るうべき相手を見失ってしまった。
(消えた?)
魔道具による転移か、と思ったが違う。よく見ると影が出来ていた。
「上か!」
顔を上に向けた途端、空から緑魔力の刃が降り注いできた。それをバックステップでかわす。さきほどソウジがいた地面にいくつもの刃が突き刺さった。あらためて上を見上げると、そこにいたのはやはりラナだ。だが先ほどまでの彼女とは様子が違う。
「ふふん。どうかしら。上から見下される気持ちは?」
彼女は宙に浮いていた。その高さはソウジの刃が届きもしない場所。
そして、ラナの背中からは翼が眷現していた。
「これがわたしの『はくちょう座』の星眷。『シグナス・ウィング』よ」
それは、純白に彩られたメカニカルな鋼翼だった。だが純白の翼を覆っている魔力は緑色をしている。彼女の魔力属性は風属性のようだ。
「わたしは確かにチビだけど。でも、この翼でわたしを見下すやつらを逆に見下してやれるわ」
そんな彼女の瞳からはどこか強い意志を感じる。絶対に負けられない理由。それを彼女は抱えているとなんとなく分かる。
だが、ソウジとしては彼女に一つ忠告してやらなければならない。
「ラナ先輩。一つ言ってもいいですか?」
「なにかしら?」
「……あの、その…………」
ソウジは思わずラナから視線を逸らす。そんなソウジの様子にラナは自信たっぷりにドヤ顔になっていた。
「なによ。言いたいことがあるなら素直に言ってもいいのよ?」
お言葉に甘えて、ソウジはその言葉を告げる。
「…………その高さだと、パンツが見えそうですよ?」
「…………………………………………どうやらよほど死にたいようね」
「いや、ちょっと待ってください理不尽でしょうそれは!」
「う、うるさいわねっ!」
一気に顔が真っ赤になったラナ。スカートを手で押さえつつ、翼から刃を下にいるソウジに向けて放つ。
「『鋼翼刃』!」
ソウジはその刃をかわしつつ、あの翼を観察する。
確かにあの翼ならばデイモンの毒剣の範囲外から攻撃できるし、地上からの毒の斬撃も軽くかわせるだろう。毒の霧は翼から風を生み出して簡単に振り払えそうだし、デイモンを一方的に倒せるというのもあながち嘘でもなさそうだ。
(空中戦が出来る星眷ならせめてスパッツでもはいてくればよかったのに)
せっかくこの世界にもスパッツなるものがあるのだから。そうでなければあのスカートの隙間からのぞく水玉模様の布を見られることもなかっただろうに。
とはいえそのことを口に出したら余計に怒らせるだけだというのは目に見えているので黙っておく。
「な、中は見てないでしょうね!?」
「……………………」
「怒らないから本当の事を言いなさい」
「……ごめんなさい。見えてしまいました」
「オーケー。ぶっ殺すわ」
「怒らないって言ったじゃないですか!」
「嘘に決まってるじゃないのよこのアホ――――!」
「先輩の嘘つき!」
「う、うるさいうるさいうるさ――――い! 人のぱ、ぱぱぱぱぱぱんつを見ておいてぇ――――!」
一気に落ち着いた雰囲気のある(?)先輩の仮面が剥がれ落ちた。どうやら今までの様子は演技だったらしく、彼女の本来の性格はどちらかというとクラリッサに近い感じのようだ。だが顔を真っ赤にして怒りながら上空から刃を飛ばされるのは勘弁してもらいたい。
ソウジの持つ攻撃手段の中で遠距離攻撃は通常の魔法しか持ち合わせていない。だが通常魔法攻撃では星眷魔法に傷一つつけられないだろう。だがそれでも牽制になればとソウジは魔力を集約させる。
「『黒矢』!」
黒魔力で形作られた矢をいくつも放つ。だがラナは「ふんっ」とくだらないものでも見るかのようにして翼から発せられる刃で黒い矢を迎撃していく。これでは牽制にすらならない。
「無駄よ! そんな魔法でわたしを倒せると思ったのかしら!?」
「思ってませんよ。ただ、何事も試してみないと分からないじゃないです、か!」
言いつつ、ソウジは転移魔法で一瞬にしてラナの背後に回り込む。同時に『黒加速』で剣を振るうスピードを加速させる。
「あまい!」
ラナは翼を動かしてソウジの振るう黒刃の一撃を受け止める。ギィィィンッ! という剣と激突したかのような音が響き渡り、『アトフスキー・ブレイヴ』の刃は弾かれた。
「アンタの転移魔法は警戒対象だからね。その程度で不意をとったつもりにならないでくれる?」
さすがは『上位者』といったところか。更に相手は空中で自在に動ける。いくら転移魔法で死角を突こうとしても空中の動きではかなわない。だがそれ以上に彼女は、勝利に対して貪欲だ。きっちりとこちらの手を分析してきている。そしてその気迫。これまでこのランキング戦で戦ってきたどの相手よりも勝利に対する大きな執念を持っていた。
「空中でわたしには勝とうなんて、百年早いわ!」
同時に、攻撃が失敗して空中で動きの取れないソウジに向かって再び翼から刃を放つラナ。だがソウジは瞬時に小型化した『黒壁』を足元に展開し、それを足場にして跳躍。刃から身をかわすと再び魔力を集約させる。
「『黒刃突』!」
「ッ!?」
流石に今のは不意を突かれたのか、ラナは咄嗟に翼を動かしてソウジの『黒刃突』から逃れる。『黒刃突』は貫通力こそ高いものの、射程そのものはただの『突き』でしかない。その攻撃はアッサリとかわされてしまった。そのまま落ちていくソウジだが、落下途中を狙われると厄介なので転移してすぐさま地面に戻る。
「そういえば、予選でも空中で足場を作ってたんだっけね。その魔法で」
思ったよりも相手は手強い。どうやらギルドのメンバーからきっちりと予選の時の事は報告を受けているようだし、こちらの手を冷静に分析してくる。そして彼女は翼から羽根を一つ手で取り出した。そしてその羽根は魔法で剣へと変形する。
どうやら近接攻撃にもきっちりと対応出来るようにしてあるらしい。しかも厄介なのは仮にあの羽根の刃を砕いたとしてもまた新しいのを翼から取り出せるという点だ。
「さあ、観念なさい! 絶対にわたしは勝つッ!」
言うと、ラナは純白の翼から再び無数の刃を放つ。その刃の一つ一つに彼女の強い鋼の意志がこめられているような気がした。が、ソウジはもちろん観念するつもりなどさらさら無い。
(試してみるか)
ソウジは地面に手を勢いよくつけると、そのまま魔法を発動させる。
「『黒箱』!」
そして、ソウジの体を黒魔力で形作られた箱が覆い尽くし、シェルターを作りだした。だがいくらソウジの黒魔力によって作り出された防御魔法とはいっても、通常の魔法であることに変わりはない。『黒箱』はアッサリと星眷魔法であるラナの翼から発せられた純白の刃に貫かれた。
「知ってるわよ、それも」
ラナの予想通り、『黒箱』の中に既にソウジはいない。
予選の時に披露した、姿を隠してからの転移魔法。ラナはこの戦法も、ギルドの仲間から報告を受けていたので対処が出来る。予想通り背後に転移してきたソウジを翼で薙ぎ払う。漆黒の刃と純白の鋼翼が激突し、火花を散らす。
「悪いけど、予選と同じ技が通用するとは思わない方がいいわよ」
「ですね。俺も今、そう思いました」
言いつつ、ソウジは空いている左手から『黒鎖』を発動させ、しっかりとラナの翼を絡め取る。何も接近して刃で切りつけるだけが攻撃方法ではない。ようは相手の翼を封じてしまえばいいのだ。
「あまいっつってるのよ!」
が、その鎖はラナが翼を一振りすると一気に砕け散った。バラバラとなった魔力の欠片が空を舞う。ソウジは重力に従って落下しており、そこをラナが逃すはずが無かった。彼女は一気に魔力を増幅させて翼に流し込む。すると、『シグナス・ウィング』がその翼を巨大化させて、羽根の刃を次々と生み出していった。その数は闘技場のバトルフィールドの隅々を覆い尽くす程。それだけでなく、彼女は翼を動かして更に高度をとっていく。ソウジの転移可能な『行ったことのある場所』というのは、ソウジが行ったことのあるその場所から半径十メートル以内が転移可能範囲だとラナは睨んでいる。そしてそれは当たっていて、つまりはソウジが行ったことのない高度まで逃げてしまえばソウジも転移魔法で追っ手これない。
「……ッ!」
「転移して逃げても無駄よ。これならどこに転移しようと私の刃はアンタを逃がさない」
闘技場の外に転移すれば失格となる。つまり、闘技場のバトルフィールド全てに狙いを定めれば逃げ場はない。
「わたしは、絶対に負けられないのよ」
ポツリ、とラナは言葉を漏らす。
「……だから、ごめん」
漏れた謝罪。それは、これから行う攻撃で大怪我を負わせてしまうかもしれないことへのもの。だが次の瞬間には気持ちを切り替える。
「わたしは勝たなきゃいけない。だから、ここは譲れないっ!」
強い意志と信念を言葉という形にして告げながら、彼女は更に魔力を洗練させていく。
「くらいなさい、『鋼翼刃・雨』!」
ラナの詠唱と共に、刃の雨が降りそそいだ。ソウジは既に地上に転移を終えていて、自らに降り注いでくる無数の刃を待ち構える。
次の瞬間、地面に大量の刃が次々と突き刺さった。一発一発の威力が半端ではなく、小さなクレーターを地面にいくつも作り出している。第一波、第二波と波状攻撃を行って転移で逃げる隙間を与えない。地鳴りのような音が立て続けに起き、やがてバトルフィールドは無数のクレーターと舞い上がった土埃で埋め尽くされた。しばらくしてからようやくラナは攻撃を止める。土埃で下の様子が分からないが、迂闊に地面には下りない。相手が転移してこれない範囲の高度を維持しつつ、下の様子を窺う。
「…………なっ!?」
やがて土埃が晴れた時、ラナは驚愕した。
闘技場の中央にはソウジが健在だった。それだけではない。彼には一発も攻撃が当たっていない。彼の周りには集中してクレーターが出来ているのに、ソウジのいるその部分だけは闘技場の地面はクレーターも出来ずに真新しい状態を保っている。
「そんな……一発も当たってない!? 嘘よ、だって転移による逃げ場なんて無かったはずじゃあ……!」
「確かに逃げ場はありませんでしたよ、先輩。その点は見事でした。でも、逃げ場がないなら話は簡単です」
言われて、ラナはすぐにはっとした。
「まさか、全部叩き潰した……!?」
「正確には、直撃コースのものだけを、ですけどね。わざわざご丁寧に全部叩き潰してたらきりがないですよ」
ソウジは剣を軽く振り回してひゅん、と刃で空気を切り裂く。
「じゃあ、今度はこっちから行きますよ。先輩」
告げると、ソウジは転移可能の最大高度まで転移し、そこから小型の『黒壁』で足場を作りだし、更に跳躍を重ねる。これで転移可能の最大高度を更新したことになる。
「このっ!」
ラナは負けじと再び『鋼翼刃』を放ちながら迎撃をしようとするがソウジは空中でその刃を全て剣で叩き落とした。
「生憎、魔法を叩き斬るのは得意なんですよ」
言われてラナは思い出した。春のランキング戦でも確か魔法攻撃を斬り落として迎撃していた。だがまさか自分の星眷魔法でそれをされるとは思わなかった。
どんどんその距離は縮まっていく。ラナは更に飛翔して高度をとろうとしたが、先ほどの『鋼翼刃・雨』で魔力を使いすぎた。出力が出ない。そうでなくとも、ソウジのスピードが圧倒的に速い。『黒加速』で超加速を行っているためか。
すぐにその差は埋められた。
ソウジはもうすぐ目の前におり、刃に魔力を集約させている。
「俺の勝ちです、ラナ先輩」
「ッ…………!」
来る。彼の星眷魔法攻撃が。
迎撃は間に合わない。ならばと言わんばかりにラナは翼を自身の目の前に集めて防御態勢をとる。
「『黒刃突』!」
先ほどはからぶった攻撃が、今度こそ捻じ込まれた。ギャリギャリギャリギャリギャリッ! と、何かを削りきろうとせんかのような音と共に二つの星眷が激突する。一見、均衡を保っているように見えるその激突。だがその均衡はすぐに崩れ去った。
破砕音と共に、ラナの翼が砕け散った。
そのまま黒刃はメカニカルな翼を貫通し、彼女のクリスタルだけを的確に砕く。
(――――あっ……)
翼が砕け、彼女はバランスを失って落下した。
風に身を包まれながら、砕かれて消失していく翼の欠片が視界の中で揺れる。
☆
ラナがこの星眷を手に入れたのは魔学舎にいた頃だ。魔学舎にいた頃のラナはどちらかというと内気な子供で、病に倒れている母を看病しながら学校に通っていた。学校では身長を理由にいつもからかわれていたし、見下されていた。だがそんなことはどうでもよかった。問題なのは母の侵されている病には莫大な治療費が必要だった。ただの回復魔法では治癒できない。特別な魔法薬が必要なのだが、それがまたかなり高い。簡単に手出しできる値段ではなかった。
「ごめんね……ラナ。ママが体、弱いから……」
母は小さな体に生んでしまったことをラナに申し訳なさそうに謝っていた。
だが彼女は懸命に首を横に振り、精一杯の笑顔を見せる。
「ううん。そんなことないよ。むしろ感謝してるんだから。わたし、ママがくれたこの体が大好きよ」
日に日にやせ細っていく母を看病しながら、彼女は懸命に魔法の練習をした。父は母の治療費を稼ぐために頑張って働いている。『太陽街』に住んでいるとはいっても生活にそこまで余裕があるわけじゃない。将来は凄い魔法使いになってお金をたくさん稼ぐようにするのがラナの目標だった。
そして彼女はその力を掴んだ。
星眷魔法という力を。
彼女の努力は実を結び、いつしか彼女は学園に入学し、『上位者』となった。
今まで彼女を見下していた者たちを見下せる翼を手に入れた。
彼女の小さな体でも他の者達を見下せる翼を。
母が授けてくれたこの大切な小さな体で、彼女は大空へと羽ばたいた。
だが『上位者』としての特別支援金をもらっても目的の魔法薬を買うにはまだまだ足りない。だから今回の交流戦で得られる賞金が欲しかった。その賞金さえあれば魔法薬を買うことが出来る。母の病を治すことも出来る。
だが、その夢も潰えてしまった。
「ママ……ごめんなさい……」
頬に熱いものが流れ落ちた。自分が泣いていることに今、気が付いた。
ラナは脱力してただただ落下に身を任せていた。ここから何とか落下せずに風の魔法でゆっくりと降下することは出来るだろうがそれすらも面倒だ。もうどうでもいい。負けてしまったのだから。
日に日にやせ細っていく母を思い出しながら、ラナはぎゅっと唇を噛みしめ、眼を閉じる。
もう終わりだ。勝てなかった。チャンスを失った。これでは母の病を治せない。
――――そんな絶望の淵に沈む彼女の体を、ふわりとした優しい感触が包み込んだ。
「……?」
眼を開けると、そこにいたのはさきほどまで戦っていたはずの少年だった。
空中でラナを抱き留めながら落下している。どうやら転移して受け止めてくれたらしい。
「なんで……どうして……」
「いや、どうしても何もこのままだと落ちちゃうじゃないですか。この高さから落ちたらさすがの先輩もやばそうだし、それに魔力も殆どなさそうだったし……お節介とは思いますけど、受け止めさせてもらいました」
「……そう。ありがと」
先ほどまでの強い意志が完全に消沈している。そんな彼女の様子が気になってソウジは更にお節介かと思いつつも口を開く。
「あの、どうしたんですか?」
「……負けたから落ち込んでるのよ。嫌味?」
「ごめんなさい。でも、嫌味じゃないです。ラナ先輩がこんなにも落ち込んでるのは負けただけっていうのじゃなさそうだったので……ただ負けただけで、わざと落ちようとはしないでしょう?」
どうやらわざと落ちようとしていたことは見抜かれていたらしい。
「いくら魔力をたくさん消費しているっていっても、さすがに落下を減速させることぐらいは出来るでしょう? それぐらいの力は残っているはずです」
「……もうどうでもいいのよ。負けたんだもの」
こんな状況だからか、不思議と口から言葉がこぼれ出た。言っても仕方がないの事なのに。
「ママが病気で、それを治療するために魔法薬がいるんだけど。でも、高くて買えなくて。だから交流戦で優勝して、その賞金で買おうと思ってたのよ……だめだったけど」
「……それならどうして諦めるんですか。ここでラナ先輩が落ちても、何の解決にもならないでしょう。お金を稼ぐチャンスなら、まだ他にあるはずです。それに次の交流戦だって……」
「もう無理よ。来年の交流戦までママの体がもたないわ……終わりなのよ。ぜんぶ。何もかも」
ラナがこの学園に来て戦っている理由が自分と同じものであることにソウジは気が付いた。ソウジも師匠であり今となっては母といっても過言ではないソフィアの為にこの学園に来た。彼女も同じだったのだ。家族を助けるために戦った。
なんとか出来ないのか。
彼女のために自分が何かしてやることはないのか。
「先輩、そのお母さんの病気っていうのは? あと、必要な薬っていうのはどんな薬なんですか?」
「……どうしてそんなこと聞くのよ」
「いいから、教えてください。これでも結構、病や呪いに関しては詳しいんですよ。たくさん勉強しましたから。それに師匠からいろんな魔法薬をもらってるんです。定期的にどんどん送ってくるからもう大変な量になっていて」
ソフィアを救うために得た様々な知識。そしてソフィアが自分を心配して送ってきてくれた魔法薬。それが少しでも絶望の淵に沈む少女を救うのに役に立てれば。
「……………………」
ラナはその病名と魔法薬の名前をソウジに伝えつつも、たかが学生一人がちょっと病や呪いに関してかじったからといって何だというのだと思った。どうやら自分は想像以上に頭がどうにかなってしまったらしいと思ったその直後。
「あ、よかった。その魔法薬なら俺、持ってますよ」
心の底から安堵するソウジに対して、ラナは唖然としている。
「……あ、アンタね、わたしをからかってるの!?」
「本当ですよ。ほら」
実物を見せた方が早いと判断したソウジは『黒空間』から件の魔法薬を取り出した。その途端にラナがぎょっとした顔で魔法薬の入っている小瓶を見ている。一応、中にある液体の色は欲していた魔法薬と同じものだ。しかし、市販品ではない。
「これ、師匠が作ったんですよ。だからこれが先輩の欲しがってる薬かどうかは先輩からではぱっと見でわかりませんけど。まあ、疑うのも当然ですし、医者か誰かに本物かどうかちゃんと調べてもらってくださいね」
言いつつ、そのまま半ば無理やり薬の入った小瓶を押し付ける。『世界最強の星眷使い』であるソフィア・ボーウェンが直々に調合した魔法薬。それを呆然とした表情で受け取ったラナは、静かにソウジを見る。
「……どうして、わたしにこれをくれるの?」
「そんな話聞かされたら無視できないじゃないですか……っていうのもあるんですけど。一番は……」
つい自分と重ねてしまった、なんてことは恥ずかしくて言えない。
「……なんとか力になってあげたいな、って思ったからでは、だめでしょうか。まあ、人からのもらい物を渡しただけで力になりたいなんて偉そうなこと言えないですけど。あはは。格好悪いですね」
苦笑するソウジに対してラナは気が抜けたかのような……それでも、心の底から安堵したかのような。そんな笑みを見せた。
「そうね。格好悪いわね。かなり」
「ですよねー……」
「でも、ありがと」
きゅっと受け取った小瓶を小さな手で、大切に抱きしめる。
「ありがたく使わせてもらうわ。このお礼は、いつか必ずするから」
「いや、いいですよ別に。俺はただもらい物を渡しただけだし」
「うるさいわね。このまま借りを作りっぱなしじゃママに怒られちゃうわ。まあ、一応、薬の方は調べさせてもらうけどね」
薬の方は調べる、という言葉を言ったもののそれが照れ隠しということが表情から丸わかりだ。それがソウジにとっては微笑ましい。
「そうしてください」
魔法薬を大事そうに抱える彼女の安らんだような笑顔を見れただけでも、ソウジは彼女に魔法薬を託してよかったと思った。
彼女の大切な家族を救うことが出来るのだから。
ソウジは彼女を抱きかかえたまま地面にゆっくりと着地した。勝者であるソウジの名が告げられて試合が終わると同時に、ラナは急いで闘技場の外へと駆け出して行った。その手に大切そうに小瓶を抱きしめて。きっと今すぐ、母親のもとに向かうつもりなのだろう。が、その背中はふと立ち止まり、くるっとソウジの方へと体を向ける。
「ソウジ、ありがとっ!」
満面の笑みのまま放たれたその言葉を述べるや否や、彼女は再び背中を向けて走って行った。
そんな彼女の小さな背中を眺めながら、ソウジは仲間たちの待つところへと歩み始めた。
☆
その様子を、フェリスたちは控室から見ていた。控室には専用のクリスタルがあり、そこに会場の様子が映し出されているのだ。当然、ソウジとラナがいつの間にやらなんだかちょっと良い感じになっているところもバッチリと。
『………………………………………………………………』
フェリスとルナは不自然なほどに無言となっていて、クラリッサはというと頬をぷくっと膨らませている。
「むぅ……なんでかしら。ちょっとむかっとするわ」
「……ソウジくん。先輩と随分、仲良くなったみたいですね」
「……そうみたいですね」
「……これはちょっとお話をした方がいいかもしれませんね」
「……そうみたいですね」
その後、控室に戻ってきたソウジが大変なことになったのだが、それはまた別の話である。
こうして夏のランキング戦は終わりを迎え、イヌネコ団は交流戦に参加することが決定した。