第五十一話 届いた贈り物
予選終了の合図が鳴り響いたと同時に、残りのギルドは全て転移させられた。あの結界の中に転移させられる前は校庭には大勢の生徒がいたのに、今となってはイヌネコ団を含む四つのギルドしか残っていない。
「はい、みんなお疲れ様。これで予選は終了! 次は本選ってことで、この四つのギルドで戦ってもらうわ。ギルド対抗のトーナメント戦になるわけだけど、組み合わせや試合形式、詳細も明日に発表するから。以上、解散! さあ、フェリスたん! 戦って疲れたでしょう? 私が誠心誠意、体の隅々までご奉仕するからちょっと待っててね! フェリスたんにご奉仕……ぐへへへへへ。おっとこうしちゃいられないわ。まずは新しく私が作ったフェリスたんの下着とパジャマを持ってこなきゃ! あ、着替えもお姉ちゃんがしてあげるからね! なぁに、ちょっとフェリスたんの制服を脱がして……あ、やばい鼻血出てきた」
「ソウジくん、ちょっと転移魔法でわたしを王都の外へと逃がしてくれませんか?」
「いや、仮にそうしてもあの人なら王都の外に逃げようが異世界に逃げようが地獄の果てまでフェリスの事を追いかけてきそうなんだけど……」
「…………………………否定、できませんッ……!」
「なんか無理やり異世界に繋がる空間をこじ開けそうよね」
「ううっ、やめてくださいよぅ……」
クラリッサの言葉に怯えていると、顔中を鼻血にまみれたエリカが手を振りながらこちらにやってくるのが見えた。手には何やらピンク色のひらひらした布を持っている。
「フェリスた――――ん! お姉ちゃんお手製の下着とパジャマを持ってきたわよー! これを着て今日は一緒のベッドで寝ましょうそうしましょう! 安心して、ちゃんとお姉ちゃんがお着替えをさせてあげるから! まずはそのスカートから……ふひっ。おっとまた鼻血が」
「ソウジくん、はやく! 手遅れになる前に!」
今にも泣きそうな表情のフェリスに懇願されたソウジは苦笑しながら転移魔法を使おうとした。すると、それを察したのかエリカが焦ったように叫びだした。
「あっ! おいこら黒のガキィィィィィィィッ! 転移魔法にかこつけて気安くフェリスたんに触ってんじゃないわよ! フェリスたん、そいつね! そいつがフェリスたんのロリっ娘時代から憑りついていた悪い虫ね! だめよ誑かされちゃ! だからフェリスたん! カムバァァァァァァァァァ――――ック!」
「わ――――! わ――――! 何言ってるんですか姉さんっ! ソウジくん、はやく転移魔法を!」
「り、りょーかい……」
言われてフェリスに触れるのがちょっと遠慮しそうになったものの、このままでは同じギルドの仲間が姉の手によって色々と大変なことになりそうになっていたので、そのままギルドホームにまで転移した。『七色星団』が施した結界のせいで本来ならばギルドホームには転移出来ないのだが、結界の設定をブリジットが変えてくれた為にソウジだけは転移が可能となった。
そしてギルドホームにつくなりフェリスはぐったりとした様子でソファに座り込んだ。ソウジはルナとオーガストを迎えにまた転移魔法で観覧席まで行って、二人を連れて戻ってくる。そしてぐったりとした様子のフェリスを見てルナとオーガストは事情を察したらしい。
「はぁ……なんだか戦闘の時よりも姉さんと関わっている方がよっぽど疲れた気がします……」
「フェリスさん、お姉さんのことは嫌い……ではないんですよね?」
ルナがそうたずねると、フェリスは迷いなく頷いた。
「ええ。嫌いではありませんよ。姉さんの事は尊敬していますし、憧れています。でも、それはそれ。これはこれというか……というより、尊敬や憧れ以上に……変態っぷりが際立っていて……」
「た、大変ですね……えと、わたし、ジュースでも作りますね」
いたたまれなくなったのかルナはパタパタとキッチンに消えていった。
「と、とりあえず、今日は祝勝会よ! さあ、みんな準備するわよ!」
この場の空気を何とかしようとしたのかクラリッサが元気な声を出してみんなに指示を出しはじめた。ルナを中心として料理を作り、ささやかな祝勝会の準備が完成する。
「とりあえず、みんなのおかげで何とか予選を突破できたわ。ありがとう」
ぺこりと頭を下げるクラリッサ。その時によほどうれしいのかイヌミミがピコピコと動いていた。
「でもまだ油断はできないわ。明日には本選があるんだから、そこで勝てるように頑張るわよ!」
と、リーダーらしく振舞おうとしているクラリッサの耳がピコピコ動いている。そして、先ほどからチラチラとテーブルの上に並べられた料理に視線が向いている。今日は『上位者』が率いるギルドと戦っていつもより体力を置く消耗し、お腹も減っているのだろう。とても気になっている様子だ。しかし、ここはギルマスとしての威厳を保つためか一生懸命にお話をしている。
ルナの作る手料理はいつもながらとても美味しそうだし、今日は気合がかなり入っているということが分かる。すぐに食べたいのをがんばって堪えている姿がソウジにとっては微笑ましい。
「あー、クラリッサ。俺、お腹が減ったからはやく料理を食べたいなぁ。お話もいいけど、ほどほどのところで切り上げたらどうだ?」
と、ソウジがさりげなく切り出してやるとクラリッサの顔がぱあっと笑顔になった。
「そ、そうね! まあ、ソウジが言うのなら仕方がないわね。うん。じゃあ、かんぱいっ!」
『かんぱいっ!』
クラリッサがピコピコと耳を動かし、満面の笑みで乾杯の音頭をとった。それに続いてソウジたちが一斉に乾杯を唱和する。そこからは賑やかな祝勝会がはじまった。さきほどの戦闘の疲れも一気に吹き飛んで、みんなで談笑しながらルナが中心となって作った料理を食べる。
「……ルナ、わたしピーマン嫌い」
「ちゃんと食べてください。好き嫌いはだめですよ」
「……うにゅ。がんばる」
どこかマイペースな様子のあるチェルシーでも、ルナに言われては従うしかないらしい。苦手らしいピーマンと格闘している。
「しかし、驚いたな」
と、チェルシーがピーマンに奮戦している様子を微笑ましいなぁと思いながら見ていたソウジに、オーガストが声をかけた。
「まさかもう『上位者』を倒してしまうとは……いくらソウジでも、さすがに今回ばかりはかなり驚いたぞ」
言われて、気づく。
ついさきほど倒したヒューゴ・デューイがこの学園屈指の実力者である『上位者』であったことを。あの時はただ、自分の力をぶつけることが楽しかった。相手がこの学園の実力者、『上位者』であることなんて途中から忘れかけていた。
オーガストの話を聞いて、ルナが頷く。
「まわりのみなさんもびっくりしていましたよ。ソウジさんがヒューゴ・デューイ先輩と互角……いえ、それ以上の戦いを繰り広げていましたから」
「というより勝ってしまったからな。おかげで、さっきソウジが迎えに来るまでは大変だったんだぞ」
「大変? なにが?」
きょとんとした表情のソウジにオーガストとルナは互いに顔を見合わせ、はぁとため息をついた。
「ソウジをうちのギルドに引き抜きたいという連中が僕たちに押し寄せてきたんだよ」
「対応が大変で大変で……とりあえず、返事は保留にしてますけど。決めるのはソウジさんですし」
そういえば、とソウジは思い出した。ルナとオーガストを迎えに行った時に二人はどこか疲れ切ったような表情をしていた。どうやらスカウトの群れから逃げてきた後だったらしい。
「そういえば……ソウジさん、怪我の具合は? あの後、すぐにここに転移したので治療を受けていませんよね?」
「あっ、そういえば治療を受けに行くの忘れてたな」
「なっ! そうなのか!? なぜそれを先に言わないんだソウジ! はやく治療を受けに行け、体にもしものことがあったら……!」
ソウジが治療を受けていないことを知るや否やオーガストが血相を変えた表情で詰め寄ってくるが、すぐにその表情が変わる。
「ん? 傷がもう塞がっている……?」
オーガストが破れたソウジの制服の隙間から傷口を見ていると、既に傷らしい傷は全て回復していた。
これはソウジの持つ『体質』のせいによるものである。
さすがにフェリスたちを迎えに行ってからすぐにオーガストたちを迎えに行ったので治療を受けている余裕は無かった。
「あー……実は俺、傷なら勝手に治るんだ。体質っていうかさ」
「そ、そうなのか?」
「ああ。だからこれぐらいの傷ならすぐに治るから大丈夫。心配してくれてありがとな、オーガスト」
ソウジが素直にお礼を言うと、さきほどまで心配そうにしていたオーガストの顔がかあっと赤くなった。そのまま腕組みをしてぷいっと視線をそらしてしまう。
「し、心配だと!? か、勘違いするなよ。僕は別にお前のことなど心配していないっ! 明日のギルド戦の事もあるからダメージの度合いを少し確認しただけだ!」
「そういうことにしておくよ」
苦笑しつつ、料理の方に向き直ろうとすると目の前を淡い光を放つ鳥が目の前を通り過ぎた。
ソウジはその鳥に見覚えがある。
「師匠!」
ガタン、と思わず席を立つ。ソウジが突然、席を立ったものだから他のメンバーもその鳥にようやく気が付いたらしい。全員が驚いたようにその鳥を見ていた。
鳥は良く見ると一通の手紙をくわえており、脚には箱がくっついている。そして鳥はテーブルの上に優雅に着地すると箱を空いたスペースに置いて、その姿を光の粒子へと変えて消失した。そして残された手紙がぽとりとテーブルの上に落ちた。
「……ソウジ、さっきの鳥はなに?」
「師匠の魔法だよ。誰かと連絡をとったり、何か物を送る運んだりするときにさっきの鳥を使うんだ」
そう言って、ソウジは手紙をとって、中身を開いた。
見慣れたソフィアの字がそこにはあって、思わず笑顔になる。
ソウジへ。
元気ですか。わたしは元気よ。ここのところ毎日、研究ばかりしてるわ。ソウジがいないから、ご飯も自分で作らなくちゃならないから大変よ。ソウジのワショクが恋しいわ。
学園生活はたいへんなことばかりだと思うけど、ソウジならきっとだいじょうぶって信じてるから。
星遺物の事に関してはあまり気にしないように。
私の為に色々と調べてくれているそうだけど、その気持ちだけで十分よ。そんなことは気にしていないで、ソウジは学園生活を楽しんでください。それと、女の子に対して鈍いままなのもだめよ。ソウジは女の子に対して鈍いところがあるから心配です。
図書館に行って調べものをする時間をお友達と一緒にまわしなさい。友達っていいものよ。わたしも今でも交流があるもの。
あと、前に手紙で話したお友達の分のマフラーが出来たので送ります。
ランキング戦には間に合わなかったけど、交流戦の時に使ってください。
お友達にもよろしくね。
夜更かししちゃだめよ。体に気を付けてがんばってください。
ソフィアより。
学園に入学してからソフィアとは何度も手紙のやり取りをしているが、相変わらずのようだった。
ちょっぴり心配性なところも変わらない。『星遺物』に関することもいつも通りだ。だが、ソウジならばランキング戦を勝ち抜いて交流戦に出場できると信じてくれているところが嬉しい。
(でもこの女の子に対して鈍いのくだりはなんだろう……)
その辺りがさっぱりだ。身に覚えがない。
「ソウジくんその手紙って……」
「師匠からだよ。みんなにもよろしくってさ」
「この箱は何かしら?」
クラリッサたちが興味津々といった様子で箱をじっと眺めていた。ソウジがそれを開けてみると、中から出てきたのはソウジが普段からかかさず身に着けているマフラーの色違いだった。赤、青、緑、黄、紫、白とイヌネコ団全員分のものが揃っている。
「これ、師匠からみんなにプレゼントだって。俺のマフラーの色違い」
「え、これわたしたちにソウジの師匠が作ってくれたの!?」
「そうそう。受け取ってあげてくれ」
「勿論よっ!」
クラリッサがまるで宝物を見つけた子供のような表情できゃっきゃと嬉しそうにマフラーを手に取った。
「はぅぅ~。かわいいわね~」
「……もふもふ」
どうやらイヌネコ少女二人組はお気に召したらしい。クラリッサはキラキラとした瞳でマフラーを見ていて、チェルシーはさっそく首に巻いて満足げだ。
「……すごい。全然熱くない」
「そうね、むしろちょっと涼しいわ」
「驚いているのはそこか……」
感心しているクラリッサとチェルシーに対して苦笑するソウジ。
フェリスも真紅のマフラーを首に巻きつつ、
「ソウジくんのマフラーと同じものということなのなら、これってドラゴンの翼を加工して作ったものですよね。ドラゴンの翼はあらゆる環境に適応する力がありますから、周囲の温度に応じて適切な体温に変わるんです。だからマフラーにもそれに類する効力があるんじゃないでしょうか。それにドラゴンの翼は強靭な防御力を兼ね備えていますから、このマフラーもその辺りの鎧よりもよっぽど防御力が高いですよ」
「それに軽いな。重さをまったく感じない。これもドラゴンの翼の特徴か」
「有名な武器や鎧ってドラゴンの素材が使われてるからなぁ……こんな高価な物をもらっちまっていいのか?」
レイドが恐る恐ると言った様子でソウジにたずねるのでソウジはこくりを頷く。
「うん。師匠もみんなにってことだからさ」
「あの、ソウジさん。わたしは貰ってもよろしいのでしょうか? その……わたしは、実際に戦うわけじゃないですし、正確にはこの学園の生徒ではないですし」
「大丈夫だって。これはルナにってことだからさ。もらってあげてくれ」
マフラーの一つ一つにカードがはさまれていて、例えばフェリスならば「フェリス・ソレイユさんへ」というようにソフィアの文字が書かれている。白いマフラーはルナに対するもので、ちゃんと「ルナ・アリーデさんへ」と書かれていた。
「……はい。わかりました。ありがとうございますと、ソフィアさんに伝えておいてください」
ルナが浮かべた笑みを見て、ソウジも思わず笑顔になる。
ソフィアが作ってくれたものを受け入れてくれて、本当にうれしかった。
「うん。わかった。伝えておく」
どうやら全員、マフラーに関しては気に入ってくれたようであのオーガストですら(むしろオーガストだからこそ?)青いマフラーを巻いて満足げな表情を浮かべている。
「ギルドみんなでお揃いなんて良いわね! ソウジのくれたブレスレットとこのマフラーって、なんだかギルドのみんなで戦うときの戦闘服って感じ!」
どうやら戦闘服というフレーズが気に入ったらしく、クラリッサはかなり満足げだ。
「よーし、決めたわ。明日のギルド戦はみんなでこれつけていきましょう!」
クラリッサのいう事に対して異論はなく、イヌネコ団は決意も新たに明日の本選に向けてエネルギーを充填したのだった。