第四十六話 変身不能?
パレードは大々的に、そして華やかに行われていた。各大陸の王族たちはそれぞれの馬車に乗り込んで、外にいる人々に笑顔で手を振っている。ソウジはそんなユーフィアの姿を見つつ、自分が王族専用馬車に乗り込んでいるという現状を生み出した張本人であるフィーネのことを考えていた。
黒魔力持ちの都合の良いマスコット。緊急時の際のお姫様の避難用など。
理由を様々つけたものの、やはりおかしい。
そもそもエルフの大陸のお姫様をわざわざ人間の、それも学生のソウジにさせる意味はどこにある。王族なら緊急時用の転移アイテムぐらいは調達できるはず。実際、他の王族たちはそれを持っているはずだ。
それなのになぜユーフィアにソウジをつけるのか。
フィーネの言い分にはまあ納得できるところもなくはないがそれを踏まえたうえで考えてもやっぱりおかしい。そのフィーネ本人はこの馬車にはいないのでそれを問うことも出来ないし、いたとしてもするつもりはない。何か本来の目的があるのだろうが、それを問いただしたところで話すはずもない。
何の目的があるのか分からないが、やるからにはきっちりやる。
お姫様の護衛も。
巫女に関する情報収集も。
☆
フィーネは、王都にある一つの建物の屋根の上からソウジとユーフィアが乗り込んだ馬車を眺めていた。大観衆が五つの大陸の王族たちを歓迎している。魔族に対して思うところが無いこともないが、あの『百年戦争』から二百年以上の時が流れている。黒魔力に対する恐れはあっても、実際に戦争を体験した世代はもう殆ど残っていない(エルフなどの長寿の種族は別として)。人々の魔族に対する心は、受け入れるだけの余裕が出来ていることは確かだ。
ユーフィアには生まれた時から仕え続けている。彼女にはぜひ幸せな人生を送ってほしい。
彼女は生まれのせいで学校にも行けていない。同年代の友達が欲しがっていることは分かる。日頃、彼女が接する同年代の子供は将来、権力を欲する貴族たちだ。人間もエルフも、変わらないところは変わらない。
そもそもエルフにしろ、ドワーフにしろ、魔族にしろ、元々は人間から派生した種族である。だからこそどの種族も二本の手足という『人』の形をしている。形がさほど変わらないのだから、根源が人間と変わらないのも不思議ではない。人間とどこかに通った部分があるのはむしろ当然である。
そんな権力も何も絡んでいないところで接してくれる同年代の子供との時間を過ごさせてあげたかった。だから護衛という名目でユーフィアと接触できるだけの学生という条件を満たせるのがソウジをユーフィアの護衛にした。彼の転移魔法が『上』を動かす大きな決め手になった。
「でもでも、それだけじゃあないんでしょう?」
フィーネの背後に、一人の少女が現れた。少女、というよりは幼女が正しいだろうか。見た目は九歳か十歳ぐらいの子供にしか見えず、全身をゴスロリ衣装に身を包んでいる。
その幼女は、レーネシア魔法学園の食堂にて料理長を務めているブリジット・クエーサーだった。
「ブリジットですか。久しぶりですね」
「うんっ。お久しぶり!」
「あらあらぁ。みんなお揃いみたいね~」
おっとりとした声と共に、今度はまた別の女性が現れる。
ニコニコとした笑顔をしたまま二人の近くに現れたのは『月影院』の院長、ディアール・ウィディーネである。
「久しぶり、ディアール。孤児院の方はどう?」
「そうねぇ。生活はちょっと厳しいけど、みんなに笑顔が戻ってきて私は嬉しいわよぉ」
「相変わらずですね、二人とも」
「フィーネちゃんもね~。お姫様の為にソウジくんを話し相手として用意してあげるなんて優しいわぁ。それだけじゃなさそうだけど」
久しぶりに会ったと思ったらこれだ。フィーネの思惑がこの二人には筒抜けだったようだ。
「まあ、でも仕方がないよね。ユーフィアちゃんが二度も狙われたらそりゃ心配になるだろうし。邪人が狙ってくるって分かってるんだから、『巫女』の傍に騎士を置きたいってのも仕方がないってもんだよね」
『再誕』はユーフィアを狙っている。そして敵は確実に『邪結晶』を持ち出してくることも分かっている。だとすれば、邪人に対して有効な力を持つソウジを傍に置いておくのが一番安全だ。どうせ転移魔法が使えなくなることは分かっている。だから一番安全なのはソウジに傍にいてもらうこと。だからこそフィーネは多少、不自然だとしても、おかしいと思われてもユーフィアの傍にソウジを持ってきた。
「それにしても、あのソフィアが弟子をとるとは驚きでした」
「あ、そうそう。わたしもそれ意外だった~」
「うふふ。ソフィアちゃん、昔から面倒見がよかったからね~。ソウジくんのことを放っておけなかったんじゃないかしら」
在学中、三年生の頃になるとソフィアは既に数々の偉業を成し遂げており、その噂は全ての大陸にまで及ぶほどだった。となると当然、弟子に志願する生徒たちも数多くいた。だがソフィアは悉くそれを断ってきた。
「なるほどね~。ソウジくんと昔の自分を重ねちゃったのか」
「ですが、ソフィアと彼が出会ったのも不思議な縁を感じますね」
「そうねぇ。ソウジくんとソフィアちゃんの組み合わせを考えるとねぇ」
そこで行われている光景はまるで同窓会のようで、その話題の中心である二人の人物のうち一人は今、療養&研究中。そしてもう一人は馬車の中である。
「ていうかさー、敵がユーフィアちゃんを狙ってるってことは、敵も巫女に勘付いたってことだよね」
「そのようですね。ですが……ユーフィア様に手を出すというのなら、どいつもこいつも例外なくぶち殺します」
「過保護だねぇ」
「あなたにだけは言われたくありませんよ。ブリジット」
彼女がルナ・アリーデを溺愛しているのはフィーネにも筒抜けである。
「うふふ。懐かしいわねぇ。こうやってみんなとお話していると、『七色星団』にいた頃を思い出すわぁ」
「ソフィアを含めてあと四人足りませんけどね」
かつてレーネシア魔法学園で最強のギルドとして名をはせた『七色星団』。そのメンバーは全部で七人だった。ソフィア、ブリジット、フィーネ、ディアール。そして、他の三人を含めた七人が『七色星団』のメンバーである。
「さて、我らが黒騎士様は、巫女を護るために働いてくれるかな?」
「そうでないと困りますよ」
フィーネはじっと馬車を見守る。
あの中にはフィーネが仕える主が乗っている。
失敗は、許されない。
☆
ちょうど半分の地点まで、馬車は恙なく進んでいた。ちなみに馬車は王が乗り込む用のものと姫を乗せる物と分かれている。どの馬車にも付与魔法がかけられており、防御策は万全となっている。だがなぜ馬車をわざわざ分けているのか。まるではじめからユーフィアに襲撃者が来ると分かっているかのようだ。
――――そんな時だった。
不意に、辺り一帯を黒い波動が通り抜けた。
この辺りを駆け抜けた波動から感じられる邪悪な魔力にソウジは覚えがあった。
邪人。
その言葉が浮かんだ瞬間、馬車の周囲で爆発が起こった。周囲の観衆たちからは悲鳴のような叫び声が上がり、周囲の各大陸の騎士たちがそれぞれの王族を護衛しようと動き出す。
そして、混乱する騎士たちの目の前に、空から何者かが飛来した。轟音を響かせ、地面に巨大なクレーターを生み出して着地したことで、爆発のようなものが起こり土煙が舞う。その中から現れた二つの影は、二体の邪人だった。
「はやく転移を!」
騎士の誰かが叫んだ。ソウジもそれにしたがってすぐにユーフィアを転移させようとする。
「失礼します、ユーフィア様」
一言そう断って、ユーフィアの腕に触れて転移魔法を発動させる。
だが、
(ッ! 転移できない!?)
どうやらそれは他の王族たちも同じようだった。騎士たちが転移できないことに驚いているのが聞こえてくる言葉から分かる。つまりソウジが不調を起こした、というわけではなく、転移魔法そのものが機能しなくなっているという事。そしてソウジはこの状態に覚えがあった。
暴走したエイベルから発せられた黒い霧。あの霧の中にいた時、ソウジは転移魔法が出来なくなっていた。そして『邪結晶』とはエイベルが使っていた結晶の完成版。つまりあの霧と同じ力をコントロールすることが出来ているとしたら。
(そうか、あの黒い波動の範囲内は転移魔法が発動できないのか……!)
そして、どうやら馬車にかけられてあった付与魔法も解除されている。あの黒い波動の範囲内は転移魔法だけでなく付与魔法の効力までもを無効化するらしい。騎士たちの装備にかけられていた付与魔法も無効化されているらしく、慌てふためいている。
これではこの馬車は丸裸も当然だ。
まずい。
そう感じた瞬間、二体の邪人はその魔力を解放した。
一つは火。
もう一つは水。
「ユーフィア様!」
ソウジは咄嗟に馬車からユーフィアを抱えて飛び降りた。その直後、さきほどまで二人が乗っていた馬車が火の攻撃によって爆ぜた。邪悪な炎が渦を巻き、馬車を砕き、燃やす。ソウジは何とかギリギリでユーフィアを連れて脱出することが出来た。しっかりとユーフィアの体を抱きしめて、彼女が傷つかないように背中を地面に向けて倒れこんだ。
「うっ……ソウジさん?」
「ご無事ですか?」
「は、はい……ですが、これは……」
「敵の襲撃です。どうやら転移魔法や付与魔法が無力化されてしまっているようなので、転移による脱出は出来ません」
ソウジの説明と、邪人の姿を見たユーフィアは怯えたような表情を見せた。つい昨日、邪人に殺されかけたのだ。また邪人が実際に自分の命を狙って襲撃をかけてきたのだから怯えるのも無理はない。
ソウジはユーフィアを支えて立ち上がると、すぐに両手で彼女をお姫様抱っこした。この方が移動しやすい。さすがにドレスの女の子を肩で担ぐわけにもいかない。
「そ、ソウジさん!?」
「申し訳ありません。ですが今は緊急なのでご勘弁を」
そのままソウジはその場を駆け出した。とにかく今は彼女を安全な場所へと非難させることが重要だ。あの黒い波動の範囲の外まで逃げれば転移魔法が使える。だが、そんなソウジの行く手を空中から降り注いできた水の柱が遮った。慌てて立ち止まると、跳躍してきた水の邪人が目の前に立ちふさがる。
そして水の邪人は間髪入れずにユーフィアを狙って水の刃を放ってきた。それを何とかかわすが、刃がソウジの肩をかすめて傷を負う。僅かな血が吹き出したのを見てユーフィアの顔が真っ青になった。
「そ、ソウジさん、傷が……!」
「……ッ。ご心配なく。これぐらい、かすり傷です」
周囲を見てみると他の騎士たちは火の邪人に対して戦いを挑んでいるが、再生能力を持つ邪人にはまったく歯が立っていない様子だった。
とはいえ、ソウジも今は身動きが取れない。
ユーフィアを両手で抱えているために星眷が扱えないからだ。『アトフスキー・ブレイヴ』は剣の星眷。手が空いていなければ使えない。
当然、『スクトゥム・デヴィル』――――『黒騎士』に変身することも出来ない。
かといって、通常の魔法では邪人に対抗することは難しい。
万事休すか。
そう思った瞬間だった。
「ソウジくん!」
轟!! と、上空から紅蓮の焔が水の邪人に向けて放たれた。だが『五大属性の法則』によって火属性は水属性に弱い。更に相手は邪人である。いくらフェリスの『ヴァルゴ・レーヴァテイン』の焔といえども簡単にかき消されてしまった。
「やっぱり属性の相性が悪いですね……」
「フェリス、お前、大丈夫なのか?」
「大丈夫です。わたしだって、強くなったんですよ? ソウジくんのお手伝いぐらいは出来ます」
「いや、そうじゃなくて……」
――――フェリス!? どうして私の世界一かわいい、スーパー大女神フェリスたんがあんなところにいるの!? ちょっ、離しなさいコーデリア! 私はフェリスたんを今すぐ助けに行かなくちゃいけないのよ! あ? 危険? 私は妹さえいれば何度でも蘇るから平気よそれぐらい常識でしょうが。あァ? 王族の警護が先? マイクイーンはフェリスたんって相場が決まってるでしょ? 私の女王様はフェリスたん。それは世界の常識で、それが世界の法則よ。ていうか、私ならフェリスたんの焔をありがたく浴びているのに! フェリスたんの焔を受けるなんてそんなご褒美をかき消すなんて……ああ、もう絶対に許さないんだからあの化物! ていうか離しなさいよコーデリア! 今すぐあの化物を灰にしてやるんだから――――!
「……お姉さんが発狂してるけど大丈夫なのか?」
「何の事ですか? わたしに姉なんていませんが」
しれっと受け流すフェリス。どうやら十五年も生きていれば受け流し方も見についてくるらしい。
「第一、わたしの焔を受けて『ありがとうございます!』なんて言ってくる姉なんて存在してませんから」
「散々な言いようだな……」
こんな状況だというのになぜかフェリスに同情してしまった。
「クラリッサたちは?」
「子供たちを避難させてます。ですが、どうやらソウジくんたちの様子がおかしかったので、わたしだけこの場に駆けつけました」
フェリスはあっちでみんなを護っておいてほしかったのは確かだ。フェリスはあの中で唯一『最輝星』を使える。護衛としては一番戦闘力が高い。しかし、あちらには十二家であるオーガストもいるしクラリッサとチェルシーという星眷使いが二人もいる。戦力的には申し分ない。邪人が相手でも守りに特化すれば逃げ切れるかもしれない。
「正直、助かった」
「ふふっ。ありがとうございます」
「だから、お姫様を頼む」
「ふぇっ?」
ソウジがフェリスにユーフィアをパスし、フェリスはそれを受け取った。刹那、ソウジはすぐさま『アトフスキー・ブレイヴ』を眷現させて、フェリスの前に立つ。なぜソウジがそうしたのか、フェリスにはすぐに分かった。邪人の攻撃がすぐそばまで迫っていたからだ。
ソウジは片手でフェリスを突き飛ばし、その場から避難させた。直後、ソウジが水の邪人の一撃を受け止める。水の邪人はその邪悪な水の魔力を腕に纏って水の爪を構築していた。それをソウジが『アトフスキー・ブレイヴ』で受け止めたわけだが、相手はそこから更に魔力を注ぎ込んだ。
「ッ!」
邪人はそのまま水の爪で『アトフスキー・ブレイヴ』を掴み――――ソウジごと手近にあった倉庫に向かってぶん投げた。ソウジの体は星眷ごと投げ飛ばされてしまい、さながら弾丸の如くスピードで倉庫に激突した。派手な音と共に倉庫が砕かれて、邪人はそこから更に水の刃を飛ばす。
直後、倉庫が爆発した。
轟音と共に巻き起こる爆風。
「ソウジくん!」
「ソウジさん!」
燃え盛る炎の中にいるソウジの無事を祈るかのように、二人の少女が叫ぶ。メラメラと燃える炎の中心にいるソウジがどうなったのか。物凄いスピードで倉庫に叩きつけられ、水の刃を叩き込まれたソウジがどうなったのか。考えたくもなかった。
ソウジを葬り去ったと確信した邪人がフェリスと、彼女が支えるユーフィアに視線を向ける。
ユーフィアは昨日、自分がこのような邪人に命を狙われた時の事を思い出した。体が不自然に震え、恐怖が心臓を支配する。
ただひたすら、恐怖という感情が彼女を支配していた。
もうだめなのか。
今までは運よく助かってこれたけど。
でも、今度こそ自分は死んでしまうのか。
――――そんな少女の恐怖を切り裂くかのように。
「ッ!?」
白銀の刃が、邪人の放った水の刃を叩き切った。
「……ぁ…………」
ユーフィアの瞳には恐怖による涙が浮かんでいた。
だが、そんな涙を拭い去る存在が、
「……黒騎士様……?」
漆黒の鎧を纏った騎士が、彼女の目の前に現れていた。