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こちら、お天気事務局・お客様相談窓口!
作:アオキチヒロ


 空には、空の国というものがあって、それはなんとなくファンタジックな感じがするけれど、なんてことはない。私達と同じような人達が、同じように暮らしている。
 街があって、道がある。家だってあるし、公園もある。コンビニもあるし学校もあるし仕事もあるし、本当に何も変わらない。
 ただ、私達の住む場所より、少し高いところにあるというだけ。
 そんな、ファンタジーの欠片も無いような、そこはかとなくファンタジーのような、結局どっちやねんな、空の国の話。





 土砂降りに近い天気の中を、一人の女の人が立ち止まっていた。赤色の傘に、長靴、ピンク色ののレインコートを着ている。表情は、心なしか険悪な雰囲気だった。
 彼女の名前は向野 ミサキ[こうの みさき]。立っている場所は、雲町2番街の細く入り組んだ路地に奥にある、小さな商業ビルの前。
「あそこが……」
 赤色の傘から少し顔を覗かせて、ミサキが呟く。ビル2階の窓には、『お天気事務局・お客様相談窓口』とペイントされていた。
 『お天気事務局・お客様相談窓口』とは、文字通り、天気のことについて相談する場所である。空には、お天気事務局なるものが存在していて、そこで毎日の天気が決まる。下界には無い、珍しい職業だ。
 天気の決まり方は様々で、大抵はサイクル通りに決まるのだが(雨が続けば、晴れにする。などなど)、どうしてもこの天気じゃないと駄目! という反対意見が多い場合、変更もあったりする。
 そんな相談のある人が訪れるのが、この窓口なのだ。そしてミサキもまた、そんな相談者の一人である。
 ミサキはしばらくビルを見つめていたが、深呼吸をして、大きな声を出した。
「よっし。頑張るぞ!」
 気合いを入れて、ミサキはビルの中へと入っていく。そして、意気込み虚しく、途中の段差で見事に転けた。
「………うん。長靴は滑りやすくて困るわ」
 決して長靴の所為ではない。
 







「もう、嫌やわー。どないしろってゆうん? ほんま有り得へんわー。ちょっと聞いたってぇな、北山田」
 ビル内部。相談窓口の事務所では、少年の嘆き声が響き渡っていた。関西弁のイントネーションが付いている。
「どうしたんすか、所長」
 北山田と呼ばれた青年が、声の持ち主に向かって尋ねる。茶色の短髪に、どこか飄々とした感じを受けるものの、誠実さが滲み出ているような青年だった。北山田が「所長」と呼んだところを聞くと、どうやら先ほどの嘆きの少年は、ここの所長という立場にあるらしい。敬語を使っているところを聞くと、北山田は少年よりも下の立場か。
 所長と呼ばれた少年は、北山田よりも薄い茶色で、長めの髪の毛だった。見る限り、十代前半ほど。少年所長は、さらに嘆きのかかった声で答えた。
「ちょ、ほんま泣きそうやし。やっば、涙チョチョ切れる……うちな、めっちゃ頑張って必殺技覚えたのに、これじゃあ中ボスも倒されへんみたいやねん。うちが、うちが、どんだけの時間を費やして、この武術と魔法を融合させた技を覚えたか……! 回復魔法が必要? そんなん聞いてへんしー」
「…………所長、なにやってんすか?」
「え? ゲーム。もしかして北山田もやりたかったん? なんや、はよ言ってやぁ。一緒にやろやろ」
「やりたくないっすよ! っていうか今は勤務中っす! 何やってんすか、あんた!」
「え? ゲーム。もしかし――」
「そのやりとりはもういいっすよ!」
 北山田のツッコミをさらりと受け流していく少年所長。そんな二人の会話が、扉の外まで響き渡る。もちろん、扉の向こうで待機しているミサキにも聞こえている――…はずなのだが。

「いい? まずは第一印象。入社試験の面接を思い出して! 何事も最初が肝心よ、ミサキ。ちょっとお願いするだけじゃない。何も緊張することないわ………やだ、やっぱり無理! 緊張してきたあ!」
 当の本人はガチガチに緊張していたため、中の音は耳に入っていなかった。
 何度も扉の前を行ったり来たりしてウロウロする。不審者丸出しだ。ブツブツ言いながら、扉を開けてからのシミュレーションを完璧に頭の中で反復する。
「ドアを開けて『こんにちわ』。お辞儀は斜め45度。常に笑顔、笑顔。次のセリフは『相談したいことがあるんですけど』…………よっし! いざ、出陣!」
 決死の勇気を振り絞って、扉のノックする。


とんとん


 場面変わって、扉の内部。突然のノックの音に、二人の動きがぴたりと止まる。
「なんや、敵さんのお出ましやな!」
「いえ、普通にお客様だと思いますよ?」
「北山田、夢あらへんわー。あかん! あかんで、北山田! そんな荒んだ大人になってもうたら!」
「荒んでないっす! ああもう、ドア開けますよ?」
 北山田がいらっしゃいませ、と扉を開けた。 
 勢いよく、ミサキがお辞儀をする。
 シミュレーション通りに挨拶。
「こんにち――」 
 しかし、挨拶は最後まで言えなかった。何故なら、

「上下右右Aプッシュ、おまけにSelectボタン! 必殺☆所長きーっく!」
「ぐはぁ!」
 少年所長が、ミサキに向かって飛び込んでいったからだ。

「ふっ。決まったで…!」
 シャキーン、と決めポーズをかます少年所長。気を失うミサキ。顔面蒼白の北山田。何があったのか、一目見ればすぐに分かる光景だった。
「ああああ! すいませんすいません! お客様大丈夫っすか!? ちょ、あんた、客になにするんすか!」
「え。必殺技やけど、何か?」
「『何か?』じゃねぇよ! さっさとゲームから離れろォォォ!」
 北山田が怒りのツッコミを叫んでる間、白い靄の掛かっていく頭の中でミサキは思ったそうだ。「これからは、シミュレーションに、突然の攻撃という項目も入れておこう」と。



   * * *



「お天気事務局・お客様窓口。略して『天窓』へようこそ!」
 ミサキの目が覚めたとき、いきなり眼前に居た少年に掛けられた言葉がソレだった。
「…あ、はい。どうも………アレ? なんで私、こんなところで寝てるんだろ?」
 先ほどの出来事をすっかり忘れているミサキ。便利な頭だ。先ほどした学習は何処へ行ったのやら。そんなミサキに攻撃をした張本人、少年所長が説明をする。
「それはうちが華麗な必―――むぐっ!?」
「ドアの前で倒れてたんすよ! いやあ、びっくりしました!」
 北山田が少年所長の口を無理矢理塞いで誤魔化した。笑顔が実に嘘くさい。だが、ミサキは信じてしまったようで、何度も「ご迷惑をお掛けしました!」と謝っていた。当然、北山田の良心が傷つきまくった。

「ほな、お客様の意識が戻られたところで、いっちょ自己紹介でも。
可愛い顔して割とやる、天窓所長の音無 南緒[おとなし なお]、13歳の男! 可愛い癖に男! 好きな言葉は『一石二鳥。あわよくば三鳥』やで! ナオって気軽に呼んだってやー」
「天窓所長の助手をやってる北山田 薫[きたやまだ かおる]、23歳っす。好きな言葉は『平穏』」
「あ、申し遅れました。向野 ミサキです。星の川整備をやってる『七夕カンパニー』の社員です。好きな言葉は『謙虚誠実』です」
 何故好きな言葉を言う必要があるのかは分からないが、元来真面目なミサキは、ナオと北山田の自己紹介に沿って、同じことを言った。
「あの大手企業『七夕カンパニー』の? 若いのに凄いっすね!」
「いえ! 下っ端なんで、そんな凄いもんじゃないですよ!」
 『七夕カンパニー』。空の国に点在する星の川の、整備などを主な仕事とする、整備会社のようなものだ。星の川は、雨が降ると星が見えなくなる位に氾濫するので、橋の復旧工事のためにこのような会社があるのだ。
「ふーん。ミサキさん、どこの星の川を整備してはるん?」
「『天の川』です」
「ほへー! そら凄いなぁ! あそこはよう氾濫するから、お仕事も大変やろぉ?」
「結構大変ですね。でも、やり甲斐のある仕事です!」
 ミサキはこの仕事に誇りを持っていた。女がやっていけるような仕事じゃないと、親にもよく言われたが、まだ辞めようとは思っていない。
「で、ミサキさんは、どの様なご相談を?」
 北山田が尋ねた。そう、肝心なところを聞いていない。
 ミサキは今にも食い掛かりそうな勢いで二人に迫った。
「実はっ! 明日! 明日だけで良いから、晴れにして欲しいんですっ!」
 鬼気迫るミサキの勢いに少し押されながら、ナオが北山田に聞いた。
「北山田ぁ。今週の天気予定は?」
「一週間ずーっと雨の予定ですね。朝・昼・晩例外なく」
「わぁお」
 はぁ、とナオは溜息を吐く。13歳には見えない、大人びた行動だった。
「ミサキさん。なんで晴れにして欲しいんか、理由を教えてくれはる?」
「はい。あれは丁度一週間前、お仕事の帰り道でした―――……」


   * * *


「あーあ。今日もお仕事疲れたなーっと」
 ハンドバッグをぐるぐる回しながら、ミサキは天の川の土手をぶらぶら歩いていた。時刻は夜の8時過ぎ。天の川の星は、今日も水の中でキラキラ光っていた。下界の人達も、この天の川を見ているのだろうか?
「天の川も最近は調子良いねー! うんうん。このまま穏やかでいてくれたらいいんだけど…っと?」
 ミサキはぐるぐる回していたハンドバッグを止め、前方に見えた『何か』に目を凝らした。
「……女の人?」
 女の人。天の川の土手に腰を掛けて、その人はボンヤリしていた。視線の先を伺うに、どうやら天の川の向こうを見ているらしい。断定が出来ないのは、天の川が空の国で一番の河幅を持つ川で、向こう側が見えないからだ。
 しかし、自分のことを棚に上げて言うのもなんだが、女の人が一人で外を出歩くとは危険だ。ミサキはすぐに声をかけた。
「こんばんわー。こんな時間にどうしたの?」
突然現れたミサキに、女の人はびっくりしたようだったが、少し間を置いて質問に答えた。
「……川の向こう側が見えないかと思って」
「向こう側? あー、ちょっと無理かなー」
 額に片手を当て、目を細める。ミサキの視力は結構良い方なのだが、やはり河幅が広すぎる。流石のミサキも向こう岸までは見えない。それを聞いて、女の人は自嘲気味に微笑んだ。
「ですよね…」
「えと、何か悩み事でもあるの? 私で良ければ、相談くらい乗るよ。私、向野 ミサキって言うんだ」
「ありがとうございます。私は宮野 織姫[みやの おりひめ]と言います。お言葉に甘えて、少しお話を聞いて貰っても良いでしょうか?」

 話を聞けば、織姫には川の向こう側に住む恋人が居るらしい。
 どうやら、仕事の関係で(恋人は運送業者をしているとか)、向こう側に引っ越してしまったそうだが、ここ1年ほど会えていないそうだ。仕事が忙しいとメールでも電話でも散々言っていたが、新しい恋人が出来たのかもしれないと織姫は少し涙ぐんでいた。
「こんな可愛い人を放っておくなんて、男の風上にも置けないよ! …で、織姫はどうしてここに居るの?」
「それが……明後日の7月7日は、私達が付き合い始めた記念日なんです。この日は何があっても一緒にお祝いしようって決めてたんですけど……」
「けど?」
「明日から、ずっと雨じゃないですか。あの人と会えるのは、この天の川の橋だけなんです。だけど、天の川は雨が降るとすぐに氾濫するから、立ち入り禁止になっちゃうんですよ。だから、会えそうに無いなと思って……せめて晴れてる時くらい、ここであの人の住む向こう岸を見つめていようと思って……ふふ、往生際が悪いでしょう? きっと、向こうはもう私のことなんて忘れてるだろうに…」
「いま、この橋を渡って行っちゃえばいいじゃん!」
 橋を指さして言うミサキに、織姫は首を左右に振った。
「……そうなんだけど…どうしてもね、賭けてみたくって」
「賭ける?」
「そう。私とした約束、覚えてるかなって。でも、良いんです。雨が降るのは決まったことだし、きっと、そうなる運命だったのね。遠距離恋愛なんて、私には無理だったんですよ……」
 また泣きそうになってきた織姫に、ミサキは立ち上がって、元気づけるように言った。
「本当に、それでいいの? 絶対に後悔するよ! 任せて! 私が7日を晴れにするように頼んであげる! きっと彦星さんとも会えるよ!」
 この時、思い切って振り上げた腕からハンドバッグが飛んで、天の川にぽちゃんと投げ落としてしまったのは織姫と二人だけのの秘密だ。


   * * *


「――…と、いうわけなんです。お願いします! 明日、7月7日だけで良いから、どうにかして晴れにしてください!」
「と、言われてもなぁ。うち、そない権力持ってるわけでも無いし……」
 うーん、と頭を抱えてナオは悩んだ。たった一組の恋人達の為に天気を変えられるほど、偉い立場に居るわけではない。北山田がフォローするように、紅茶とクッキーを二人の前にそっと出した。
「でもな、ミサキさん。雨も、そんなに悪いモンでも無いで? 雨は恵みの雨って言うくらいやし。雨が降るから、植物は育つねんで」
「だけど、やっぱり雨は好きじゃないわ。長靴は滑りやすいし、傘を差してても濡れちゃってメイクが落ちるし。それに、今回みたいに恋人同士を引き裂くような雨は、特に」
 断固として引き下がらないミサキに、ナオはほとほと困っていた。どうやら今回のお客様は相当な頑固者らしい。 
 ナオは先ほど出されたクッキーを食べようと手を伸ばした。
「そう言われてもなぁー………って、北山田ァァァ! お前、なに勝手にうちのオヤツを出してるんやァ! この『しっとりさくさくチョコチップクッキー』はうちの3時のオヤツやでって、散々ゆうてたやろがァァァ! 喰らえ!」
「うわあああ! あんた、何投げてんだー!?」
 ナオは鬼の形相で、出された紅茶(入れ立て熱々)を北山田に投げ飛ばす! 
 北山田はすかさず避けた!
 無事に避けきった!
 火傷はせずに済んだ!
 ……そう。見事に避けてしまったのだ。

がしゃん

「あーあ、北山田が避けるからやぁ。お前、ホント使われへんな! 的になるくらいの我慢出来へんのか!」
「避けてなかったら火傷っすよ!? あんな熱々の紅茶、一発すよ!?」
「火傷如きに引けを取るな! お前はそんな子や無かったはずやで!」
「あんたは俺の何を知ってるんだよ!」
「北山田…あの頃のお前は何処に行ったんや? 昔はもっとこう、輝いてたで…!」 
「なんの輝きだァァァ!? カップくらい良いじゃないすか!」
「お前とこのティーカップと、どっちの方が高価やとおもてんねん? カップに決まってるやん。あほやなぁ」 
「なんだ、この扱い? ホントやってらんねぇよ! 辞めてやる! 絶対にこの職場辞めてやる!」
「北山田が反抗期や! はーんーこーおーきーやー!」

 段々とズレてくる話題に、ミサキがストップをかけた。このまま傍観していたら、明日に間に合わない。織姫と彦星さんが会えなくなってしまう。
「あの、私を無視しないでくださいね」
「ほんますんませんなぁ、うちの北山田がご迷惑を掛けて」
「俺の所為!? あんたいっつもそうだよ! 何でもかんでも責任転嫁しやがって!」
「はいはい分かったって。ほら、あんたも呆けてやんと、ちゃんと頭下げー。人間なぁ、どない怒っとっても、心から頭下げたらなんでも許してくれるんや」
「やっぱり俺の所為にしてるじゃないすか!」
 ぎゃーぎゃー騒ぐ二人に、ミサキの体はわなわなと震えていた。お客様相談窓口だと言うから、ここなら何とかなると思ったのに。
 バンッ! とテーブルを叩いて、ミサキはおもむろに立ち上がった。両肩が上下している。


「もう、いいです! こんなところに頼った私が馬鹿でした! どーも、ありがとうございましたねっ!」


 バンッ! と今度はドアを乱暴に閉めて、ミサキは出ていった。
 お互いの胸ぐらを掴み合っていた天窓の二人は、驚きのあまり、暫く動けなかった。
「…………わぁお。ナオくん、困っちんぐ!」
「誤魔化さない! そこ!」

「どうしよー…ミサキさん、めっちゃ怒ってはったなぁ…」
 あーだの、うーだの唸りながら頭を抱えてソファーの上を転がるナオに、ゴム手袋をして完全武装の北山田が、割れたカップの掃除をしながら言った。
「でも、いきなり明日を晴れにするだなんて、急すぎてどう考えても無理っすよ。天気変更は最低でも3日前じゃないと……それに、結構お金が掛かるんでしょう? で、どうするんすか、所長。やっぱり事務局に頼みに行くんすか?」
「でも、うちあそこ嫌いやわぁ。それに絶対却下されるやろうし」
「それもそうっすね」
 カップの破片を全部チリトリに入れて、破片が袋からでないように、北山田がきちんと捨てた。こういう作業はお手の物だ。
 投げた本人と言えば、いつの間にソファーから移動していたのか、すでに黄色のレインコートに黄色の長靴、黄色の傘を持って外出する準備を終えていた。
 振り返った北山田が、ぎょっとした顔でナオを見た。
「やっぱり行くんすね。天気変更を頼みに」
「ほんなん、あたり前田さん家のトモミちゃんやで!」
「誰だよトモミちゃん!」
「うちの女や! 手ぇ出したらあかんで!」
「惚れてるのかよ!」
「嘘や!」
「嘘かよ!」
 土砂降りの雨も止まない、怒涛のツッコミも止まない。しばらく漫才を続けて、ツッコミ疲れて息切れしてきた北山田を後に、ナオはお天気事務局へと向かった。
「ほな、ちょっくら行って来るわー。北山田、お土産頼むでー」
「なんで俺?」



   * * *



 次の日、7月7日早朝―――
 天の川の土手では、ミサキが一人ぽつんと腰掛けていた。
「天気予定は雨だったけど、事務局の思い通りにいかないときも有るって学校で習ったわ。今は雨が降りそうな気配も無いし、きっと大丈夫……」
 ミサキはひたすら祈っていた。あんなにも一途な織姫に、哀しい顔はして欲しくない。
 じっと天の川を見つめていると、頬に何か冷たいモノが当たった。
 頬だけじゃない。ぱらぱらと、腕にも、脚にも当たってくる。
「嘘……そんな…」
 ミサキは今の現実から目を逸らしたかった。やっぱり、無理だった。そりゃ、急すぎる相談だったし、突然の変更はお金が掛かるともきいていた。でも、まさか、本当に降るなんて。
 ミサキは両足を抱え込むようにしてぎゅっと縮こまった。膝の上に額を置く。これで、もう何も見えない。

「ミーサーキさん! こんな所におったんやぁ」 

 ミサキは体制を変えることなく答える。天窓の若き所長、ナオへと。
「昨日は、無理言ってごめんなさい。でもね、どこかでアナタ達のこと信じてたから、雨は降らないかもって思ってた。だから、傘も持ってこなかったんだ……このままだと濡れちゃうわ………あー、雨って冷たいんだね。……もう、ほんと最悪……織姫になんて言えば…」
 項垂れたまま喋るミサキの肩を、ナオはぽんぽん、と叩いた。
「ミサキさん。顔上げてみ? 雨は降っとるけど、」



「空は晴れてんで?」



「え…?」
 ミサキが顔を上げると、空は綺麗な青色だった。雨の日の灰色じゃない。朝日が輝く、綺麗な青空。
 驚いて目を丸くするミサキに、ナオが済まなそうに言う。
「なかなか事務局も首を縦に振ってくれへんくてなー。ちょびっと間に合わんかったなぁ。ごめんやでー」
「雨なのに、晴れてる……?」
「お狐様の、嫁入りやで。まあ、これで天の川も氾濫せぇへんし、織姫さんと彦星さん、会えるんちゃう?」
「そんな…どうやって? どうやって晴れにしたんですか?」
 不思議がるミサキに、ちょっと恥ずかしそうに頭を掻きながら、ナオは小さい声で言った。
「ほら、人間ってどない無茶なことでも、心から頭下げたら、多少のことは許してくれるさかいな。ま、そんなとこや」
 まだ小さな子供なのに。仕事は一人前だ。
「あ、ありがとうございました!」
「ええよええよ、ほんなん。また遊びに来たってなー」
「はい!」
 口笛を吹きながら帰路につくナオを、ミサキはずっと見つめていた。








「しょちょーーーっ!」
 事務所へ帰ると、北山田が泣き顔とも怒り顔ともとれる顔でナオに詰め寄った。器用なヤツだ。
「よっす、北山田! 今日も今日とて幸薄そうな顔しとんなぁ。めでたいこっちゃで!」
「全然めでたくないっすよ! あんた、俺のことそんな風に見てたんすか!? っていうか、ムリヤリ天気を変える代わりに、俺の夏のボーナス使ったって本当っすか!?」
「何か問題でも?」
「大アリだよ、こんちくしょう! 決めた! ぜってぇこの職場辞めてやる!」
「そんなこと言ってー、ほんまは晴れたことが嬉しいんやろ?」
 このこのぉ、と意味もなく肘で付いてくるナオを、北山田は脱力して避けた。
「そりゃあ、晴れたことは嬉しいっすよ…嬉しいっす……でも! それとボーナスは別ですよ!」
「嫌よ嫌よも好きの内?」
 可愛く首を傾げてみるナオ。
「今使う言葉じゃねぇよ!」
 びしぃっ! とツッコミを決める北山田。
「えー、そうなん? ちなみにうちのモットーは、『嫌よ嫌よも好きの内…と思ったらやっぱり嫌なもんは嫌やねん』やでな! 覚えとけよ!」
「長ぇよ! 覚えたくねぇし!」
「テストに出すで、この範囲! ノートに取っとけよ!」
「なんのテストだよ! ちくしょー!」
 お天気事務局・お客様相談窓口。略して天窓。今日も相変わらず賑やかだ。










 後日、織姫から結婚式の招待状が届いたのは、また別の話。









*****

結局ファンタジックなんだか、そうでないんだか。
そんな、空の国の話。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
感想などがありましたら、どうぞ送ってやって下さい。
作者の感涙がチョチョ切れます。
















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