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夏空うさぎが見つめる丘にて 作者:オニオン@秋音
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8/12

外から帰ってきたら手洗いうがいをしましょう。

 果てしなく続く白い岩砂漠。
 固い岩の表面にさらさらとした砂がふりかけられていて、どこまでも続いている。ふわふわとした足取りで数歩進んでみるけれど、どうにも慣れなくて思わぬ凸凹につまずく。
 耳が痛くなるくらい何の音もしない。初めて見上げる夜空は星なんか一つも見つからなくて寒気がした。
 振り返ると帰り星。地球があった。月みたいに下の方が欠けていて真っ暗で見えない。でも丸くて青くて、地球の写真を黒い紙の上に貼り付けたんじゃないかと思った。それくらい現実味がないのに、こんな所まできてしまったと泣きたい気持ちになる。
 膝が震えてその場に座り込むとぽわっと白い砂が舞った。地上じゃ見たことの無い感覚だ。

 私はひたすらに恐怖した。
 だってここは何も無い。私たちの日常は、当たり前は……地球に、あの町にしかないのだから。
 怖い。今すぐに帰りたい。私は迷子の子供のようにべそをかいて牧之と名古ちゃんを探した。
 早く帰ろうよ。そう言いたくて、言いたかったのに声が出ない。そればかりかちょっと離れたところにいる牧之と名古ちゃんの声も聞こえなかった。駆けよればすぐの距離。教室の端から端までの距離と変わらないのに。

 音の無い、白黒の映画を見ているようだ。
 牧之が何度も飛び跳ねて砂を巻き上がらせて、名古ちゃんはそれを見てはしゃいでいる。
 どうしてそんなに楽しそうなんだろう。ここに楽しいことなんて一つもない。
 言葉にならない声で叫びたかった。それでも声は音にならない。
 そうだ。音って、空気の振動で伝わるから空気の無い宇宙じゃ何も聞こえないんだっけ。
 ここには空気が無い。だから息もできない。どうして来るまで気付かなかったんだろう。気付いたら引き留められたのに。そんな当たり前の事実に今更気付く。そしてその途端、口から生が飛び出して、死が滑りこんでくる。

 死ぬ。ここにいたら瞬く間に死ぬ。予感でも直感でもない、実感だ。
 牧之、名古ちゃん、助けて。
 手を伸ばす。足を踏み出す。本当だ。必死な時は余計な事考えられない。

 あぁ! 何も聞こえない。届かない。伝わらない。
 どうして私だけが――。お願い、一人にしないで。怖いよ。

 無いものだらけの世界で視界が霞む。
 そうして、そうやって、最後には何も見えなくなった。





 ――次に目が覚めた時、私はベッドの中にいた。目覚まし時計は眠っている。私の部屋のいつもの早朝。
 いや、いつもとは大きく違う。強い雨と風が障子の向こうの窓ガラスを叩いている。台風が来たのだ。
 身体を起こして窓の外の景色を眺める。暴風に晒される木々、なんだか他人事のようだ。テレビを見ているカンジ。本当にあるけどここじゃないどこかの映像。現実味がなかった。
 勉強机の上にはトートバックがあって、牧之の家に忘れたんじゃなかったっけと首を捻る。まだ寝ぼけてるのかな。

 畳に足をつけて立ち上がると、あまりの重さに驚いてその場へ崩れ落ちた。ひどく身体が重い。昨晩のふわふわした感覚とのギャップに戸惑う。
 そう、私は昨日――。黒い澱みがじわじわと心を蝕んでいく。
 思い出せるのは暗く、どこまでも続く闇。それと対なる白い岩砂漠。胸を締め付ける苦しさと恐怖。それから牧之の笑顔。記憶がよみがえるにつれて頭が痛くなる。そればかりか吐き気が込み上げてきた。たまらず身を起こしてトイレに駆け込んだ。

 吐くほど胃に食べ物が無いのか、引き攣った嗚咽おえつしか吐き出せなかった。足に力が入らない。身体が重くてしょうがない。トイレの前で膝をつき、壁にもたれかかる。
 呼吸の仕方を忘れてしまったのか、荒い息と共に嫌な汗が止まらない。視界がぐわんぐわんと回っている。見ていて気持ち悪くなるので目を閉じるけれど、今度は自分が揺り動かされているみたいで辛かった。

 気を紛らわそうと意識を耳に傾ける。暴力的な風の音の他に、居間からのテレビの音が聞こえてきた。耳の遠いおばあちゃんが音量を上げているのだろう。聞こえてきたのは天気予報だった。聞き慣れたアナウンサーの声はいつになく深刻そうに、台風の上陸が早まったことを報じていた。海へは行かないようにと警告し、外出も控えるべきだそうだ。
 天気予報が終わり、いくつかのニュースを聞き流した後に気力を振り絞って立ち上がる。フラフラと覚束ない足取りを壁に支えてもらいながら部屋へ戻った。

 休みたい。
 ベッドに倒れこみ、目を閉じた。途端に眠気が私を包む。
 現実から目を背けて自分を守ろうとする一種の自己防衛機能が働いてくれたんだと思う。

 それでも何度か目を覚ます。怖い夢を見ていた気がするし、怖い現実を見ていた気がする。
 心配するおばあちゃんには夏バテのような夏風邪と伝え、一人にしてもらう。
 食欲は無い。喉だけはカラカラに渇いていたので、冷蔵庫の麦茶を飲んだ。月のような冷たさが身体にいたく沁みる。こんなもの、おいしくなんてない。飲みかけをシンクに流して捨てた。
 部屋に戻る前に黒電話がある廊下へ足を運び、牧之の家へ電話をかけた。けれど、何度かけても繋がらない。不安ばかりが胸に溢れて泣きそうになる。コール音が空っぽの頭にこだました。

 やがてこれも夢なのだと無理やりな理由で諦めをつけた。だって私は休みたいんだから、休まなくちゃ。そうでなければきっと、この胸騒ぎも休んでくれないだろう。
 台風、早くどこかへ行ってくれないかな。
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