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夏空うさぎが見つめる丘にて 作者:オニオン@秋音
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7/12

行き先や帰宅時間を告げてから出かけましょう。

 ぼんやりと傾いた庭を眺める。傾いたっていうか私が縁側に寝ころんでいるからなんだけど。
 すだれ代わりの朝顔はとっくにしぼんでいて、庭先のひまわりは自身の重さで項垂れている。うるさかったハズの蝉は台風を察知したのか言葉少なで控えめだ。
 夕暮れ時、ほんのり暗くて過ごしやすいこの時間。普段なら畑に水を撒きに行っている。今日は雨の予定があるからそれもお休み。いつもより長めの仮眠をとる。……つもりだったんだけど、なんだか寝付けない。いつもどおりにしたいのに気持ちがもやもやしていて落ち着かない。二つ折りにした座布団の位置を調整し直すのももう何回目か。

「……暑いなぁ」

 茹だるほど暑いってわけじゃない。ただなんとなく言葉を口にしたくなって、言っても言わなくても意味のない言葉を選んだ。
 意味のある言葉はいっぱいある。それこそ、口にするだけで何かが、日常が変わってしまいそうな呪文。
 ――牧之とか、名古ちゃんとか将来とか。いっぱいあって困るくらい。
 向き合わなくちゃいけないとは思ってる。けどさ、夏休みはまだあるから、まだいいかなって。先送りにしているのは良くないって忠告する自分も同じ場所にいるからバランスがとれない。ごろごろとどっちつかずの寝返りを打つ。

 ふと、視界の隅に赤いものを見つけ、身体を起こす。
 小皿に置かれたスイカ。くし型よりも小さく切られたとんがり切りが一切れ置いてある。たぶんおばあちゃんが用意してくれたんだと思う。夕食前だから小さめカットなのも嬉しい気づかいだ。
 私はたぶん縁側でごろごろしながらそのまま夢を見ていたんだと思う。横になる前よりも暗いし、服も汗で濡れている。どこから夢だったか分からないけれど、まだ頭がぼんやりとしていてなんだか怠い。
 スイカに手を伸ばすとちょっとあったかい。それに小さな種が多いなぁっと思ったら、そのほとんどは蟻で、思わず庭へ放り出してしまった。拾ったところで土まみれなのは確実。私はすっぱり諦めた。

「お風呂、入ろ……」

 お皿と座布団を持って立ち上がる。お風呂から出る頃には気分も爽快になってたらいいなぁって願いながら。



 残念なことにお風呂も夕食も私の気持ちを晴らすことはなかった。大好きな夏野菜カレーもおかわりしなかったし、きゅうりも一本でいいかなって。お父さんとおじいちゃんのおつまみである枝豆もあまり手が伸びなかった。夕食前にスイカを食べたからって、庭を見れば一目で分かる嘘までついた。そんな嘘になんの意味があるのだろう。
 自室に戻ってもやっぱり調子が悪くて、感想を書かなきゃいけない課題図書の内容も全然頭に入ってこない。チラチラと目覚まし時計を見て、いつもより早く外へ出た。
 牧之か名古ちゃん。そのどちらかと会えばこのどんよりした気持ちも吹き飛ぶに違いない。

 実際にその通りで、道すがらに名古ちゃんと合流したら声が弾んだし、牧之に会ったら笑顔になれた。
 三人で星降りヶ丘を目指す。牧之はいつも通り天体望遠鏡を担いでいた。けれど首から下げている地球儀のペンダントを見て、なんとなく察してしまう。今日はやっぱり、星は見れないんだなって。

「うっさーうっさーうっさっぎー」

 名古ちゃんは機嫌よく歩いている。彼女の為にと道を照らすライトをしっかり持ってきたけれど、必要なかったようだ。通い慣れた通学路を進むように歩いていく。

「なんたってうさぎは夜目が利くからね」

 自慢げに名古ちゃんが言う。白い髪に紅い瞳。確かにうさぎそっくりだ。妙に納得したところで丘に到着した。
 空は雲に覆われていて、星は一つも見つからなかった。星の光に煌めく海も、今は暗く闇を蓄えている。なんだか風もとげとげしいし、蛙は不自然な程沈黙していた。

「残念だね……」私がぽつりと呟くと、牧之が三脚を組み立て始めた。
「もしかしたら雲の切れ間から月が見えるかもしれない。そしたらすぐに照準を合わせるよ」
「いいね、それ」

 望遠鏡で見る月は肉眼で見るのとは一味違う。目と鼻の先くらいに月があって最初は驚いた。ぼこぼこしたクレーターが触れないんだけど手に取るようによく分かる。それに太陽くらいに眩しくて、それでいて優しい光が目に焼き付くんだ。天体望遠鏡から顔を上げてもしばらくはチカチカと月の影が目に残る。
 名古ちゃんに見てほしい。名古ちゃんの言葉でその月を見たい。雲は多いけど風もあるしほんの一瞬だけならなんとかなるかも。
 あ、その前に名古ちゃんが何時までいられるか確認しないと。

「ねぇ、名古ちゃん――」
「そうだ! 月へ行こうよ!」

 私の言葉は名古ちゃんの提案にのまれた。あまりにも突拍子のない台詞に、牧之は目を輝かせた。

「行く! 行きたい!」私があたふたしている隙にまさかの即答だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。名古ちゃん今どこへ行こうって言ったの!?」
「お月様」私の聞き間違いじゃなかった。
「どうやって!?」
「跳んで飛ーんで行くんだよ」

 名古ちゃんが両手を差し出す。牧之はなんの躊躇いもなくその手を取り、きゅっと握りしめる。私の心臓が握り潰された気分だ。私はおそるおそる名古ちゃんと手を繋ぐ。やわらかくてすべすべしてて少しひんやりした手だ。何かの拍子にするりと抜けてしまいそうな心もとなさを感じる。

「……――」

 名古ちゃんがとても小さな声で私を呼んだ気がした。返答するより先に名古ちゃんの細い指が私の指に絡んできて声が出なくなる。これは、いわゆる恋人繋ぎというやつで、その、女の子同士とはいえドキドキが止まらないし、あ、でもこの繋ぎ方なら滑らなくて合理的じゃないかな!?
 ちぐはぐな考えがぐるぐる回って止まらない。そんな私をよそに名古ちゃんは歌いだした。

「三月うさぎ、四月うさぎ、ごっがつ、う・さ・ぎー」

 名古ちゃんの不思議な歌。今日初めて聞いたばかりの歌なのになんだか聞き覚えがある気がしてならない。どこで聞いたのだろう。名古ちゃんはいつ、この歌を作ったのだろう。

「三日月うさぎ、四日でうさぎ、五月でらーびっとー」

 頬を撫でる風が優しくなった気がする。軽くて心も体もふわりと浮いていくみたいだ。それに名古ちゃんの近くはやっぱり甘いにおいがする。名古ちゃんが甘党だからかな。

「ごっがつうさぎー。夕焼け空の一番星、あまねく世界のかけ橋にぃー」

 目を閉じると歌通りの景色が見えてくる。きっと名古ちゃんは春にこの歌を作って、歌ったんだ。
 春。桜が見頃を終えて風に舞う季節。夕焼け空に深紅の太陽が沈むのを見送りながら、名古は空に向かって両手を広げ――……屋上の風が強かった。

「私を連れてけ、遥か彼方のそのかなたー!」

 手を離してはいけない。
 その考えだけが私を支配した。

「名古!」

 桜の幻想をかき消すように目を開いて名古ちゃんの手を強く握った。空いた手で腕に巻き付く。
 絶対に、絶対に離さない。名古が痛いって言っても構うもんか。

「大丈夫だよ」

 目の前に名古ちゃんの笑顔があった。暗いのに不思議なくらいハッキリとよく見える。長いまつ毛も、唇の艶やかさも全部、全部。その全てがどうしようもなく好きでたまらない。

「ひょっとして高所恐怖症だったりする?」

 悪戯心をのぞかせるにんまりした顔。小憎らしい牧之に似ていて、つい意地を張りたくなってしまう。

「そんなことないよ!」
「よかった。せっかくだから途中の景色も楽しもうよ」

 そこでようやく気付く。足が地面に着かないことに。
 足元には私の住む町があって、どんどん小さくなっていく。
 浮いてる。私たちは今、空を飛んでいるのだと頭の中の冷静な私が教えてくれた。あまりの非現実的な光景に恐怖心は麻痺したようだ。
 私の町が教科書で見る県の形にのみこまれて、だんだんと日本の一部なんだって気付かせてくれる。音もなく抵抗もなく地面が遠ざかっていく。例えるならプールに飛び込んで水面に上がっていくような感覚。色んなものから解放されているのが分かる。軽い。すごく軽い。
 私の町はもうなんとなくしか分からない。天気予報でよく見る日本の形になってきて、私が行ったことの無い南西の方には灰色の雲のかたまりがあった。あれがたぶん台風だ。

「牧之、台風があんなところに――」

 牧之の方を見た私は言葉を失った。
 牧之は空を見上げて雲の向こうの月を見ていた。星が見えない夜はいつもそうしているように。見えない先の星を見つめてる。
 牧之は振り返らない。家から、日本から、地球から遠ざかっていくのに。ただの一度も。一度も。
 手を伸ばせば届く距離にいる牧之がすごく遠い。なんでだろう、牧之の横顔ばかり見ている気がしてならない。その瞳の中には宇宙がつまっていて私は横にいるだけなんだ。牧之の宇宙の中に、私はいるのかな。
 視界が雲に覆われる。牧之も名古ちゃんの顔も見えない。だからきっと私のこんな顔、見られずに済んだ。

 次に視界がひらけたとき、地球の丸さを知った。
 牧之はどんどん近づいている月を見つめ、ただひたすらに感激している。

「あぁ…………月だ。月だ……」

 私たちは月に着いた。
 朝顔に水をやるくらいに簡単に。
 駄菓子のイシオカに行くくらいの時間で。
 それくらいあっけなく着いたのだ。
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