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夏空うさぎが見つめる丘にて 作者:オニオン@秋音
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6/12

自分の将来について考えましょう。

 目的地は駄菓子のイシオカ。
 海へと下る長い坂道の真ん中くらいにあって、広い海を見渡せる絶景スポットの一つだ。今日は雲が多くてどんよりしているけれど、晴れたときの午後は波の反射で眩しいくらいに輝く。ていうか海って何時見てもその時々の魅力があって好きだな。牧之は星に対して同じことを言っていた気がする。一分一秒たりとも同じ状態がないんだってさ。星の区別さえあまりつかない私には、きっと昨日まで見えていた小さな星が無くなっても気づかないんだろうなぁ。

「こんにちはー」

 ガラガラとガラス戸を開けると冷たい風が出迎えてくる。イシオカはこのあたりじゃ珍しい、クーラーという扇風機が進化したものを導入しているお店でとっても快適だ。しかもこの一番暑い時間、小学生たちは学校のプールに行ってるのでお客さんが少ない。今日も私たちの貸し切りだ。
 私はさっそくラムネと棒つききなこを購入。お店の奥にいるイシオカのおじいちゃんにお金を渡しに行く。
 牧之は昨日から冷やしていたあんずボーをアイス入れから取り出し、シャリシャリ食べてる。
 名古ちゃんはというと、天の川みたいに瞳をきらきらさせて店内を見ていた。たぶん埋蔵金を見つけたレベルで喜んでいるんじゃないかな。見えるはずのない犬のしっぽがぶんぶんと千切れそうなくらいに振られていた。
 駄菓子以外にもイシオカは色んな物がある。プロペラ飛行機に戦車のプラモデル。よくわかんない昔のキャラクターのお面が壁に掛けてあって、その隣はくじで当てるスーパーボールがカレンダーみたいに飾られている。天井の方にはほこりを被った凧とか誰も当てたことのない大きなチョコとかあって、ここ以外じゃ見たことのないもので溢れていた。
 名古ちゃんは小さなお店の中を何周もして、ようやくお菓子を一つ手に取った。
 ねりねりキャンディー。真っ青なみずあめで、付属の棒でねりねりして食べる奴だ。色んな色があるけど青い奴は舌がキャンディーとおんなじ真っ青になっちゃうんだよね。
 名古ちゃんはポケットからうさぎの柄のお財布を取り出して中を確かめる。

「……あ」お札入れを覗いていた名古ちゃんが呟く。
「どうしたの?」

 まさか一万円札しか入ってないとか? さすがにそれはないだろうと思いながら近づく。

「これー……だめだよね?」

 そう言って見せてくれたお札には千円と書いてあった。けれど見たことの無い人が描いてあって使えそうにない。外国のお金かなって思ったけど「円」なんだよね。
 私の戸惑った表情を察したのか、名古ちゃんはお金をしまい、お菓子をもとの場所に戻した。

「じゃあ二十円で買えるのにする」
「私買うよ。一緒に食べよ?」
「いーのいーの」

 百円にもならないのに名古ちゃんはかたくなだ。私が言葉を詰まらせていると、あんずボーをくわえた牧之が名古ちゃんの肩を叩く。

「はい」

 手渡したのは五百円玉二枚。銀色のコインがチャリンと鳴った。それから手のひらを差し出して、

「両替。さっきの千円ほしい」
「ありがとう」

 名古ちゃんから千円を受け取る。さらっとこういう対応ができる牧之をちょっとかっこいいと思う。名古ちゃんはお菓子を手に、お店の奥へと向かった。私たちは先にいつもの場所に移動する。もんじゃ焼き用の席。熱してない鉄板は触らずともひんやりしていて店内人気スポットの一つだ。
 ラムネの蓋であるビー玉を押して、零れないうちに口をつける。うん、冷たくておいしい。
 外の暑さが嘘みたいだ。それに静か。耳を澄まさないと外の喧騒は聞こえないし、イシオカのおじいちゃんが見ているテレビの音も控えめだ。さっきお金を払いに行ったとき、高校野球をみていたんじゃないかな。私より三歳くらいしか変わらない人たちがテレビの中で部活をしているってすごいことだよね。しかも録画じゃなくて今、まさに野球をしているのだ。
 サンダルの片っぽを脱いで床に足をつける。地続きのはるか向こうにテレビの中があるなんて嘘みたいな本当のこと。世界は広いなー。

「おまたせー」

 お金を払ってきた名古ちゃんが席について、お菓子の封を切った。さっそくねりねりし始めながら名古ちゃんが顔をこちらに向ける。

「二人とも、ここにはよく来るの?」
「うん。夏休み中はほぼ毎日。学校帰りも少なくないかな」
「いいなー。こんなにわくわくするお店へいつでも来れるなんて」
「名古ちゃんの家の近くにはお店がないの?」
「そんなことはないよ。コンビニとかスーパーとかある。他にもファミレスとかハンバーガーのお店とかカラオケもあるけど、駄菓子屋さんはないの」
「すっごく都会だね。この町、コンビニもないよ」

 やっぱり名古ちゃんは都会の人だった。素直に羨ましいと思う。きっとテレビの中の世界があるんだろうなぁ。
 もっと知りたくて身を乗り出して詰め寄る。

「名古ちゃんもっと聞かせてよ。そっちにはどんなものがあるの?」
「何にもない以外があるつまんないところだよ。学校の屋上が最高。お菓子がいつもの五倍はおいしい」
「学校にお菓子を持っていってるの? いけないんだー」

 笑い声を重ねて、きらきらした話をたくさんする。
 私は名古ちゃん自身のことより、名古ちゃんの感じた世界の話を訊いて聞いた。名古ちゃんは私と牧之のことを主に質問した。牧之は聞き手であることが多かったけど、終始おだやかに笑っていた。
 時々、駄菓子を買い足して話を続ける。途中で牧之が買ってきたレモン味のガムがある意味一番おいしかったかも。三つ並んだガムのうち一つがとってもすっぱい味なのだ。案の定、買ってきた牧之本人に当たって名古ちゃんと手を叩いて笑った。それと名古ちゃんはとっても甘党だったと改めて実感する。アメ、チョコ、ガムにキャラメルなどなど、追加で買うものは全部甘いものだった。もし名古ちゃんにすっぱいレモンガムが当たっていたらどんな顔をしただろう。今度はぜひとも当ててほしい。

 時計はないけれどプール帰りの小学生が何人かやってきて、時間の進みを知った。名古ちゃんをみるやいなや、すっげー美人と叫んで大興奮する様がたまらなく可笑しかった。だってそのリアクションはミヤマクワガタを見つけた時とそっくりだったから。名古ちゃんは余裕を持ってありがとうって言うの。なんだかすごく大人っぽくてドキドキした。たぶん美人とか可愛いって言われ慣れてるんだろうなぁ。
 名古ちゃんが質問攻めに遭っていたので適当に退散することにした。程よく休んだし、ちょうどいい頃合いだったしね。
 坂を上る帰り道は、来た時よりも随分涼しい風が吹いていて、なんとなく台風が近づいてきているのが分かった。

「牧之、夜はどうする?」私がお決まりの問いを口にする。
「雨降ってたら中止。降ってなくてもこの天気じゃ何も見えないだろうけど、俺はいると思う」

 これもまたいつもの答え。夜更かしが当たり前になっている牧之は、星が見えないからといって早く寝ることはない。ふらりと星降りヶ丘に行っては雲の向こうの星を想像して帰るのだ。私はさすがにそこまで付き合いきれなくて、そういう天気の日は気が向いた時だけ行くことにしている。牧之も来いとは言わないし来るなとも言わない。だから眠い時は心置きなく眠ることにしているのだ。

「ひょっとして天体観測? いいなー」
「名古ちゃんも来る?」
「いいの?」
「観測日和じゃないけど、それでよければ」
「行く! やったー!」

 名古ちゃんは嬉しそうにはしゃいで、飛び跳ねるように坂を上った。思ったこと、感じたことを正直に表現できるって私には難しいことだけど、名古ちゃんを見てると簡単そうに思えてくる。私は自分の気持ちが今どうなってるのかとか、どうしたいとか分かんない時があるから、名古ちゃんみたいになれたら悩みが吹き飛びそう。

「三月うさぎ、四月うさぎ、ごっがつ、う・さ・ぎー」

 朝にも聞いた鼻歌だ。流行の曲でもないし、名古ちゃんのオリジナルかもしれない。
 追いかけるように坂をのぼる。一番上に到着して、ふと振り返る。どこまでも続く灰色の海と空。波がいつもより高くて、雲の動きが早い。
 なんとなくよぎる不安に気付かないよう、すぐに前を向いた。台風なんてそう珍しいものでもないから。

 私たちだけしかいない道の真ん中を歩いて二つ目の分かれ道。

「じゃ、また後で」
「うん」

 牧之が水路を挟んだあぜ道へ飛び下りる。道を歩くより畑を進んだ方が近道なのだ。
 私は軽く手を振って自分の帰り道を進む。私の後ろを名古ちゃんがついてくる。

「今日一日、まあこの後もあるけど、全部付き合わせてるみたいでごめんね?」
「ううん。すごく楽しいよ。こんなに楽しいのすごく久しぶり」
「よかった」
「ねぇねぇ、将来の夢ってある?」

 唐突な質問に私は思わず立ち止まった。振り返ると名古ちゃんの大きくて紅い瞳がまっすぐに私を見ている。ちゃんと答えなきゃいけないって分かるのに、私はまだ答えを知らない。取り繕う言葉も見つからなくて正直に答えた。

「まだ、探しているところ」
「そっか……。早く見つかるといいね。本当に本物の夢が見つかればすごく力が湧いてくるよ。何があっても諦められないし、何だってできるんだ」
「名古ちゃんにはあるんだね」
「あるよ」
「進むのって怖くない?」
「私はそこまで考えずにここまで来ちゃった。必死な時ってそーゆーの考えられないからね」

 名古ちゃんが軽やかに私を追い抜いて、二歩、三歩と前へ行く。その足元は薄い氷じゃないのだろうか。一歩間違えれば深い深い穴に落ちちゃうんじゃないの?
 踏み出せない私を名古ちゃんは見抜いている。

「いつも通りの帰り道だよ。大丈夫、大丈夫」

 短いようで長い曖昧な時間。コップのフチの雫が集まって、一筋流れるまでの時間。
 ようやく一歩を踏み出した。私はこうやって、誰かに保証されないと進めないのだと思い知らされる。
 名古ちゃんが寂しげに笑う。

「私、ずるいかも」
「名古ちゃんが? どうして?」私の方じゃないの? と言葉が喉まで出かかった。
「私は私の選ぶ道を進むから、決して歩みを止めない。私は私を妨げられない。だからって君を唆すのはずるいんだよ」

 名古ちゃんの言うことはよく分からないけれど、続く最後の言葉が耳に残る。

「後悔しない選択なんてどこにもないんだけどね」

 名古ちゃんのネガティヴな言葉はすごく、珍しかったから。
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