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夏空うさぎが見つめる丘にて 作者:オニオン@秋音
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4/12

課題図書以外の本も読みましょう。

 居間に通された私たちは、畳一枚よりも大きな机を囲んで正座した。
 牧之はいつになくシャキシャキ動く。名古ちゃんに座布団を勧め、氷の入った麦茶を持ってくる。普段ならのろのろおにぎりを頬張っては勉強時間を削ろうとするくせに。
 私は少し乱暴にノートを開く。牧之は顔を洗ってくると言ったきりまだ戻らない。仕方ないので机の下に放置されている牧之の勉強道具を引っ張り出し、私の対面に広げる。軽く目を通すと昨日の昼に終わらせたところから一文字たりとも進んでいなかった。まったく……呆れるくらい予想通りだ。私は夜までに少しでもやりなよって言ったのに。夏休み前に立てた計画を練り直す必要があるかもしれない。
 よし、セッティングOK あとは牧之を待つだけだ。
 と、そこで名古ちゃんが正座をしたままきょろきょろしていることに気付く。なんだか物珍し気だ。
 牧之の家は私の家と同様、昔ながらの日本家屋。窓ガラスのない縁側に、居間と座敷を襖で区切った造り。都会の一軒家やアパート団地に暮らしている人からしたら、漫画でしか見たことのない景色なのかも。さすがに畳が珍しいとか言わないよね?
 なんて問いかけたら笑われそうなので、無難なことを聞いてみる。

「私と牧之は勉強しなきゃいけないけど、名古ちゃんはどうする?」
「本でも読んでいようかな。勉強、好きじゃないし」
「そっか。私も勉強は好きじゃないよ」

 名古ちゃんが目を輝かせ、にぱっと笑う。名古ちゃんの笑い方は色々ある。こんなに子供っぽい笑い方もするんだってちょっと驚いた。

「じゃあさぼっちゃう?」

 いたずらっ子みたいで、ちょっと小悪魔風だ。見た目が清楚ですごく可愛いから優等生に見えるけど、実は授業とかもさぼったりするのだろうか。牧之なら二つ返事で遊びに行っちゃいそうなので私がしっかりしないとダメだ。一緒にさぼったら楽しいだろうなって考えちゃうくらい誘惑されてるけど我慢!

「だーめ! さぼれない!」
「えぇー。ダメなの?」
「私はさぼってもいいんだけど、牧之が問題でねー。アイツ、私がいないと少しも勉強しないの。受験生のくせにさ。おかげで毎日勉強づくし。私の宿題、もう終わっちゃうよ」
「あはは。しっかり者さんと不真面目さんなんだね」
「牧之に比べればみーんなしっかり者だよ」

 二人でクスクスと笑っているところに牧之が帰ってきた。寝癖を梳かし、シャツも着替えたようだ。首元に見える細い銀色のチェーンは私のあげたペンダントだと思う。地球儀の部分はシャツの中だ。私のあげた物が牧之の肌に触れているんだなーって思うとちょっとだけドキドキする。私って変態なのかもしれない。

「仲良しだな。二人とも」
「まーねー」

 名古ちゃんがはにかむように笑い、言葉を続ける。

「そうそう、何か本とかあれば貸してほしいな」
「本? 天体の本ばっかりだけどいい?」
「うん」

 牧之が座敷の襖を開けた。座敷はほぼ牧之の自室と化しており、敷きっぱなしの布団や床の間を隠すように本棚が置いてあったりする。風通しの為によく開放されるので部屋はちゃんと片付いているし、物も少ない。ハンガーに吊るされた学生服がつけっぱなしの扇風機の風に揺れた。
 名古ちゃんは本棚の前に立ち、本の背表紙を視線でなぞる。私も座ったままぼんやりと眺めてみたけど、分厚い本はすべて天文の図鑑だった。薄い本は残念ながら私の視力が足りなくて読めないが、天文に関係しないとは思えない。だって国語の教科書は枕にちょうどいいって言ってる牧之だもん。小説なんて置いてないだろう。それなのにここにある本は何度も読んでいるんだから変な人って呼ばれちゃうんだ。牧之は自分がどう思われようとも気にしない奴だけどね。

「あ、これがいい」

 名古ちゃんが手を伸ばしたのは文庫サイズの薄い本。それをもって今に戻ってきたのでタイトルを見せてもらう。
『二十億光年の孤独』
 なんだか壮大なタイトルだ。
 名古ちゃんは嬉しそうに本を抱える。

「これ、詩集なんだよ。すごく好きな作家さんなの」

 詩集なんて洒落たものを牧之が持っていたとは意外だ。そんな思いで牧之を見ると、私の言いたいことが伝わったらしい。軽く頬をかいて答える。

「昔、タイトルだけ見て買ったんだ。俺にはあんまり理解できなかったけどさ」

 うん、納得。牧之に詩なんて繊細なもの分かるわけない。そういう感性に優れていたら、たぶんもっと私を分かってくれただろうし、もやもやさせたりしないだろう。分かってほしいことは言わなきゃ伝わらないとは理解しているけど、だからって無神経で良いわけないんだから。
 その点、やっぱり名古ちゃんって優等生だったりするのかも。もしくはすっごい読書家とか。ちょっと確かめてみたいけれど読書の邪魔はしたくないし、そろそろ勉強を始めなくては。

「ほら牧之。早くこっちに来て勉強しなよ」
「わかってるって。やればいいんでしょやれば」

 のろのろと牧之が私の正面に座り、シャーペンを手に取った。
 私も始めよう。最初は英単語の書き取りから。

 さらさらとシャーペンの滑る音。パラパラとページが捲れる音。外では蝉や蛙がうるさいけれど、慣れてしまえば気にならない。
 座敷の方から扇風機が首を振ってそよそよと風を送ってくる。畳のような蚊取り線香のような青いにおいがくすぐったい。なんだかすごく夏休みをしているカンジだ。みんな、別々のことをしているのにみんなで夏休みをしている。

 気づけばノートの左上から右下までが単語で埋まっていて、使いかけのシャーペンの芯が新しくなっている。そろそろ教科書の英文を読んでみようか。実際には見たことのない国の言葉や文化。それが私の手の中にある。手を伸ばせば伸ばした分だけ知ることができる。世界は広い。私の知らないモノで溢れている。私はこの先何を知るんだろう。何を得るんだろう。写真でしか知らないこの国にも行けるのだろうか。どこまでも遠いその先へ……。
 でも今はこの夏がずっと続けばいいと思っている。なぜだろう。そう思わずにはいられない。
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