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夏空うさぎが見つめる丘にて 作者:オニオン@秋音
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家の手伝いをしましょう

 早朝。あらかじめ仕掛けられているんじゃないかというくらい前触れもなく、私は上半身を起こした。目覚めは爽快。枕元にある目覚まし時計はもう何年もアラームを鳴らしていない。一応アラームはONにしているけれど鳴る前に自然と目が覚める。今日も今日とて時を刻むだけ。黙々と仕事に取り組む職人さんってカンジだ。
 両手を上に上げ伸びをすると、畳に足をつける。古きよき日本家屋の寝室にベッドがあるのもおかしな話だけど、ある意味日本らしいのかなって思う。自分たちの持っていない物や文化でも良いと思うものは吸収するし、未来に残していく。うちのトイレだって洋式にリフォーム済みだ。だから、えっと、うん。何かかっこいいことを言いたかったけどうまくまとまらなかった。まだ寝ぼけているせいだよね。早く着替えてしまおう。

 チョコについているシールがべたべた貼られた箪笥たんすの前、きっちり畳まれたジャージのズボンを拾い上げる。中学校の校章が入ったダサめだけど使い勝手がよくて、夏休み中の制服と化しているものだ。軽い運動はもちろん、近所のお散歩や畑仕事でも活躍するマストアイテムって奴? まあどんなに便利でも上下ジャージはさすがにダサすぎ。時々ファッション雑誌をチェックしている者として、その辺りはしっかりコーディネートを考えなければならない。そんなわけで今日はこちらのハッカ色のTシャツをチョイス。色も涼やかだし、胸のところにある金魚のワンポイント刺繍もよいアクセント。仕上げに白いくるぶしソックスをはけばスポーティーガールパーフェクトファッションの完成だ。

 部屋を出て、洗面台の前で身だしなみを整え、そのまま外へ行く。玄関を開けた瞬間に飛び込んでくる早朝の風が心地いい。家の前でスニーカーの紐を結び直して、準備完了。私はゆっくりと走り出した。
 早朝の人通りの無い道をジョギングするのが日課だ。蝉なんかは私や太陽よりも早起きで今朝も元気に鳴いている。騒がしいけれど嫌いじゃない。この季節だけの街頭声援者だ。陸上部の長距離とか球技の試合とかもこんなカンジなのかな。身体を動かすのは好きだけど運動部には入れなかったので想像だけする。ワーワー歓声が上がって誰が誰の声だか分からなくても、自分を応援する声だけはちゃんと聞こえたりするらしい。そうだったらきっとすごく頑張れるんだろうし、応援する方も嬉しいよね。高校生になったら運動部を選べるだろうか。今の中学はここから遠いので帰りが遅くなる部活を諦めたのだ。高校生活、なんだか素敵な響き。今できないことが何でもできる気がする。想像の中のいつもは遅くまで部活をして、たまの休みはメイクして、カラオケ行ってプリクラ撮ってクレープ食べる。映画を見てもいいだろうしグループでお揃いのキーホルダーとか買っちゃったり。定番すぎるんだろうけどすごく楽しそう。夜遊びって何時までセーフなんだろうか。でも夜遊びっていうか天体観測だけはどれだけ遅くても怒られたことない。近所だし、牧之がいるからっていうのもあるのかな。

 そんなことを考えていたらふと、足元から灰色の予感が這い上がってきた。私がそういう生活になったら、天体観測には行けなくなるんじゃないかって予感。それは……結構嫌かもしれない。っていうかそもそも牧之はこれからどうするのかな。仮にも受験生。毎晩星を見ている余裕なんてなくなるだろうし、天文部とかがある高校に行ったら学校で星を見るかもしれない。具体的な想像はできないけれど現実味があって否定できなくなった。自然と足が重くなる。
 今走っている道は昨夜牧之と歩いた道。目的地は近所の山の中腹あたり。そこだけぽっかりと木がなくて見晴らしのいい丘になっているのだ。私と牧之は勝手に星降ほしふヶ丘がおかと呼んでいる。
 あと何回、牧之と星降りヶ丘に行けるのかな。
 黒いもやもやとした気持ちが嫌な問いかけを生み出した。不安で、無性に腹立たしくなって、山道の上り坂相手に無理やり速度を上げた。

 早く丘に着きたい。丘からの景色を見たい。夜は星がきれいで、昼は海がきれいなんだ。私の住む小さな町の向こうに海があって、空と海が同じ色でその隙間から太陽が顔を出す。私のすごく好きな景色。それを見ればこんな気持ちだって弾け飛ぶに決まってる。早く、もっと早く。

 あと少しでゴールという時に、私は目を見張った。
 丘の上に誰かがいる。観光スポットなんて大それた場所でもないし、それどころか地元民ですら寄り付かないのに、一体誰だろう? 日の出でも見に来たのかな。
 自然と速度を落とし、ゆっくりと近づく。別に驚かすつもりはないけれど、息を切らして近づくのも変だろう。犬の散歩がてらに歩いてきましたみたいな空気を醸し出してみる。犬いないけど。
 丘の上の人物は私に背を向けて、つまりは海へ向かって歌っているようだった。

「三月うさぎ、四月うさぎ、ごっがつ、う・さ・ぎー」

 後ろ姿から分かるのは私より少し背が高くて、どこかの学校の制服を着ていること。雪よりも白いふわふわの髪が風になびいていること。楽し気で軽やかな声。総合的に考えて、女の子には間違いない。

「三日月うさぎ、四日でうさぎ、五月でらーびっとー」

 歌の区切りがよかったのだろうか、彼女は踊るようにステップを踏み、こちらへ振り返った。
 きっと私はこの瞬間を忘れない。スローモーションで世界が色めいていくその瞬間を。

「あまねく世界のかけ橋に! はじめまして、桜坂さくらざか名古なこだよ」

 呼吸が止まった。坂を駆け上がって早くなった鼓動さえピタリと停止した。けど、それも一瞬のこと。今度は心臓が早鐘のように脈打ち、高ぶった感情が決壊するダムのごとく全身から放たれようとしている。
 この衝動は何? 自分に問いかけるより先に彼女が微笑む。ルビーのような赤い瞳が星の軌跡みたいに細くなった。笑っているのに涙をこぼしそうな顔。きゅうっと心臓が締め付けられた。

「あ、女の子なんだ。可愛いね」

 その一言で魔法みたいな気持ちがぽーんっと吹き飛んだ。
 そりゃまあ私の見た目を一言で表すなら『ボーイッシュ』だ。背が低くて、髪も短いので後ろから見ると小学生男子って言われることもある。可愛いメイクとかしたことなくて、カラーリップがせいぜいだ。別にコンプレックスってほど深刻じゃないけど、こんなに可愛い子に言われると、格の違いっていうのを見せつけられたようでちょっと傷つく。
 私の気持ちが顔に出ていたのか、彼女はごめんごめんと笑った。

「悪気は無いんだよ。あんまり変わってないなーって思って。でもやっぱりかわいいからつい、ね」
「……どこかでお会いしたことが?」

 真っ白な髪の可愛い女の子。ハーフなのかな? 一度見たら忘れるなんてことないと思うんだけど……。
 彼女は静かに首を横に振る。ふるふると髪が波を打つ。

「ううん、はじめましてなんだよ。でも私は君に会いに来たんだ」

 私は本来なら抱いて当然の警戒心がなかった。どうしてなのか分からないけれど、私はずっと前から彼女を知っていたような気がして、ただ傍にいるだけで安心するんだ。
 そう、いつもの日常と何も変わらない。朝ごはんのおかずが目玉焼きか卵焼きかくらいの違いだ。
 おかえり、と言いたくて、でもそうじゃないから彼女と同じ言葉を選ぶ。

「はじめまして。桜坂名古ちゃん」

 ちょうどよく顔を出した朝日が海に光をまぶす。名古ちゃんは光のシャワーを浴びてキラキラに輝く。
 人生で一番きれいな朝かもしれない。
 丘の下から元気な鶏の声がした。

「あっ……」

 そういえば今朝の朝ごはんは手伝うとおばあちゃんに言っていたのを思い出す。ここであんまりのんびりしていられない。
 けれど、今、目の前には……。

「相変わらず、君は忙しないね」

 見透かすように私の顔を覗き込む。唇が触れそうな距離にどぎまぎしているうちに、名古ちゃんがふわりと離れて丘の上でくるりと回った。実物を見たことないけれど、ワルツとかバレエみたいで見惚れてしまう。気のせいか、甘い香りをかぎ取った。
 名古ちゃんはにこりと笑う。

「行ってきていいよ。朝ごはんは大事だもん」
「うん……。じゃあまたあとで」
「はーい」

 後ろ髪引かれる思いで丘をくだる。途中、何度も振り返りたくなった。でも、振り返ってそこに名古ちゃんが居なかったらと思うと、怖くてできなかった。我ながら臆病だ。
 木々の合間から見える空はさっきの魔法みたいな感動はなく、くすんだ色の雲が増えている気がした。
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