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夏空うさぎが見つめる丘にて 作者:オニオン@秋音
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10/12

言葉を大切にしましょう。

「牧之!!」

 私が叫ぶのと同時に、夢から覚めた。
 白い闇もなくなり、いつもの暗い星降りヶ丘。牧之が一人、立っていた。
 私の叫びがスッと融けていくと牧之が微笑む。

「やぁ、来てくれたんだ」

 いつも通りの牧之――ではない。牧之なのに牧之じゃなくてでも確かに牧之で、私は返事に困った。
 牧之は私から視線を外して、ここではないどこか遠くを見つめる。

「じきに風が強くなるだろう。暴風圏内に入ってしまう前に早く帰った方がいい」
「…………今日は、送ってくれないの」

 子供じみた台詞が震える。牧之は何も答えない。
 沈黙する時間も惜しくて、まとまらないままの考えをぶつけた。

「前に進めないのはダメなのかな。このままじゃダメなのかな」

 そんなこと言っても牧之が困るだけだ。目の前にいる牧之へ追いつくには進むしかないのに。ここでは時間は前にしか進まないのに。
 牧之が下手な作り笑いをする。苦しそうだなって思った。月にいる時の私自身に悲しいほどよく似てる。

「この地球はすごく狭い。何をするにも不自由で、窮屈で、動けなくて……。息をするのも辛いんだ。けれど星空を見上げて夜の風を思いきり吸い込んだ時、あぁ息ができるって安心する。心の中のわだかまりが溶けて、何処へとともなく消えていく、銀河の彼方まで流れていくみたいだ。吐き出す二酸化炭素だっていつもと違う。星の息吹だ。俺は地球から生まれた小さな星だって思い出す。地球からしたらあまりにもちっぽけな存在だろうけど……。そうだ、だからこそ俺が巣立って行ったら嬉しいんじゃないかな」
「私が嬉しくない! 私が望まないよ!」

 今しかない。伝えなきゃいけないこと、全部伝えなきゃ。

「牧之がいなくなること、誰も望んでいない! 望んでいないんだよ」
「……ごめん。言い過ぎた。地球とか、周りのせいにしてまた俺は逃げてる。ちゃんと言うよ」

 伝えなきゃいけないのに、牧之の瞳を見たら何も言えなくなる。赤く燃える銀河を宿した瞳。私を見ているのに、その瞳の中に入れない。

「これは俺の意思だ。俺が決めた」

 そんなことを言われたら、何も言えない。
 牧之を一人ぼっちにしちゃいけないとか、隣にいてほしいとか、大義名分もわがままも何もかも無意味だ。どんなに言葉を紡いでも、どんなに思いを伝えても、牧之を悲しませるだけ。息ができないともがく牧之は水面に向かっている。私が引き留めてしまったら、それこそ誰も救われない。

 風が次第に強くなる。パラパラと雨も降ってきた。私の代わりに、牧之の代わりに泣いている。
 どうしてこんなことになったんだろう。私たちはどこで何を間違えたのだろう。答えは出ない。もうすぐそこに――。

「六月うさぎ、七月うさぎ、八月うさぎ」

 牧之のそれは歌というよりも祈りに近かった。一言一言、心に刻むようにたくさんの想いが入り混じった重みがある。
 私は願う。この一分一秒が永遠に続いてほしいと。

「風待ちうさぎ、七夕うさぎ、八月らーびっとー」

 牧之がくすりと笑う。
 私は初めて聞く歌に、耳を塞ぎたくなって、でもできなくて……。

「八月うさぎ。さそりの心臓アンタレス。命を燃やせば星月夜」

 身体の力が抜けていく。私が諦めてしまった瞬間だと思う。残酷なまでに悲しい別れに、どこまで平凡な私は途方に暮れるしかないんだ。
 ねぇ牧之。あなたが私だったら、こんな時なんて言うのかな。

「俺は超えてく、遥か彼方のそのかなた」

 地球儀を模したペンダント。私の唯一の贈り物が重力に抗い、ふわりと浮き上がる。
 そして視界は真っ白になった。何が起きたのか分かるよ。
 宇宙の始まりはビックバンだって、いつか牧之が教えてくれたから。

 私の想い、砕けちゃった。
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