180.護衛依頼-追及(1/2)
俺を含め廊下で戦っていた四人は、一旦部屋に戻って他の六人と合流し、これからの対応について手短に話し合うことにした。
もっとも、話し合いと言っても皆で意見を交換し合うわけではない。そんな時間の余裕はないからだ。現時点で分かっている情報を素早く共有し、俺がしようと考えていることを伝える――それだけの形式的な手続きだ。
本人達曰く、グッド兄弟はこのホテルにスペクターが現れるという噂を聞いてやって来た冒険者なのだという。冒険者というのはクリスの《真偽判定》スキルで嘘だと分かっているが、他は本当のことを言っている可能性が高い。
「けど、あいつらは『スペクターを退治するために来た』とは一言も言ってない。噂を聞いたから来たっていうだけだ」
俺は部屋に集まった面々を見渡し、説明を続けた。
「普通に考えれば、そんな噂を聞いてわざわざ足を運ぶ理由は興味本位か魔物退治目的くらいしかない。だけど幻影を操る能力があるなら話は別だ。スペクターの幻影を本物だと信じさせる土壌があるってことだからな」
「己の能力を最大限発揮できる場所として見繕った……そういうことか」
険しい表情を浮かべたカルロスの発言を、小さく頷いて肯定する。
俺もあの幻影を本物のスペクターだと信じ込まされてしまっていた。あれはスペクターだという強い思い込みがあったから、知識と異なる点があっても知識の方が間違っていたんだと解釈してしまった。
その原因の一つが、このホテルにはスペクターが出るという噂話であることは否定できない。
冒険者として経験豊富なクリスがいて、なおかつ《解呪》のカードがコピーできたからこそ正体を見破れたが、そうでなければ今もずっと本物のスペクターと交戦しているつもりで翻弄されていたことだろう。
「グッド兄弟が刺客ということか」
「可能性が高いってだけだよ」
カルロスは明確な回答を求めているようだったが、俺はあくまで慎重な答えを返した。
すると今度は、ルビィが疑念の声を上げた。
「さっきはグッド兄弟を探すって言ってましたよね」
「もちろん探すさ。あいつらが刺客でないとしても、色々と聞き出さなきゃいけないことがあるからな」
そして、この場にいる全員の顔を改めて見回す。
「今からパーティを三つに分け直したいと思う。今までのチーム分けとは違う、こちらから迎え撃つための振り分けだ」
「カイ・アデル。本当にこれで問題ないのか」
真っ暗なホテルの廊下を走りながら、隣を行くカルロスが低い声で語りかけてきた。
「お嬢に万が一のことがあれば、残った左腕だけでは済まさんぞ」
「こっちだって切り札をそのために使ってるんだ。簡単に見破られてたまるか」
走りながら振り返り、後続の面々がついて来れているか確認する。ちゃんと数歩分の距離を置いて、ルースと一緒に上着のフードを深く被った人影がついて来ている。燭台を持っているルースしかはっきり見えないほどの暗さだ。
ステファニアは護衛依頼が始まってからずっと、上着のフードを被って特徴的な赤い頭髪を隠している。しかしグッド兄弟の行動が俺達を狙ったものだとすると、この偽装が既に見抜かれている可能性も決して低くはない。
廊下を駆け抜けながら左腕で長剣を振るい、幻術発生の中継点である奇妙な人形を片っ端から破壊する。スペクターの幻影に攪乱以上の意味があるのかは分からないが、放置してもろくなことにはならないはずだ。
俺とカルロスの人形の破壊数が十に達し、素早く十一個目を刃に掛けた次の瞬間――
「うおっ!?」
破損した人形が内側から破裂し、静まり返った廊下に派手な音を響かせる。ホテル全体に響き渡ったと確信できるほどによく通る音だった。
『カイ、今の音は?』
あらかじめ全員に掛けておいた《ディスタント・メッセージ》の効果で、別行動中のクリスの囁き声が聞こえてきた。
「例の奇妙な像を破壊したら爆発した。音は大きいけど大したことない」
『そうか。念のため残骸を調べた方が良いかもしれない。何か手掛かりが残されている可能性がある』
「分かった、そうしてみる」
《ディスタント・メッセージ》の接続を切り、一番大きな破片を拾ってロウソクの灯りに照らしてみる。
「どう……?」
ルースが不安そうに声を絞り出す。
冒険者としてそれなりに修羅場を潜ってきた俺達と違って、ルースは一介の癒し手だ。医療現場も恐ろしく大変だとは聞くが、冒険者の体験する厳しさとはまた別物だろう。当然、自分の命が掛かった立ち回りにも不慣れなはずだ。
こういうときには、慣れている俺の方がしっかり動かなければ不要な心配を与えてしまう。
「内側に妙な紙の切れ端が残ってるな。他の奴にはなかったから……きっとこれが爆発の原因だ」
「紙なのに?」
「多分、何かのカードの効果を使ったんだろうな。手製の像を幻術系スキルの中継地点にできるんだ。紙切れで似たようなことだってできるだろうさ」
根拠はない。だが可能性は高いはずだ。それに曖昧なことを言ってルースを不安がらせるのは避けたかった。
「攻撃のためにしては威力が低すぎる。爆発の音でこちらの動きを探るのが目的なんだろうな」
スペクターの幻影の正体と謎の像の役割に気付いた時点で、像を破壊して思い通りにさせまいとするのは至って自然な選択だと言ってもいい。
それを読み切って、破壊されたことで発動するトラップを仕込んでいたのだとしたら、実行犯はなかなかに厄介な相手かもしれない。致命的な爆発でなかったのはトラップの仕様上の限界か、それとも何かしらの意図があってのことか。どちらにせよ運が良かった。
気を取り直して先を急ぎ、最初の目的地の扉を叩く。
「大丈夫か。二人ともいるか?」
穏健な言葉使いで声を掛けつつも、左手はしっかりと剣を握っている。ここにいる相手も、可能性はやや低いとはいえ容疑者の一人だ。
「……え! 外は、スペクターはどうしたの!?」
扉越しにジェシカの動転した声が聞こえ、すぐに本人も顔を出した。察するに、スペクターが本物だと思い込んで部屋に籠っていたというところか。
ジェシカの方はまだいい。風呂場での予想外の遭遇のおかげで、面倒な隠し事はしていないと確認できている。問題は、ジェシカと行動を共にしているもう一人の自称占い師の方だ。
「それよりカーマインは? まだ戻ってきてないのか?」
「それよりって……戻ってきたけどすぐに出ていっちゃったわ。様子を見てくるとか馬鹿なこと言って……」
「なるほど。部屋の中ならきっと安全だ。とにかくそこにいてくれ」
容疑者がいないならここにもう用はない。ジェシカを部屋に押し戻して他の三人に目配せをし、すぐに次の目的地へ走り出す。
その直後、先ほどよりもずっと大きな爆発音がホテルを揺るがした。
「きゃあっ!」
バランスを崩して転びそうになったルースを支え、同時に周囲を素早く警戒する。《暗視》なしの素の視力で見える範囲に異常はない。どこか離れたところで爆発が起こったようだ。
同じように周囲を見渡していたカルロスもすぐに警戒を解き、急ぎ足の移動を再開する。
「どこぞの誰かが悪辣な罠にでも引っかかったか」
「誰かだって? 大方、自称占い師か自称小説家のどっちかだろ」
仕掛けて回った張本人であるグッド兄弟が引っかかったとは思えないし、クリス達が被害を受けたなら即座に《ディスタント・メッセージ》で緊急の連絡が飛んでくるはずだ。そうなると、可能性は消去法で二つしか残らない。
いや、厳密にはもう一つ。
「……ホテルの管理人さんが引っかかってないことだけは祈っとくか」
それだけは本当に杞憂であってほしい事態である。現状を使うことができるのはルースだけなのだから。
そう、今の俺は使うことができない。《ヒーリング》どころか《ワイルドカード》でコピーすることができるあらゆるカードを――