一日目
「ヒマだねぇ……」
春日ツクシ(かすが つくし)は、新聞部部室の机に突っ伏すと、そう呟いた。普段は元気いっぱいの彼女だが、いまはダラダラとしていて、覇気がない。
「嵐の前の静けさだろ。夏休み前になれば、去年みたいに文化祭の出し物が決まる。そしたら、『ヒマ』なんて言ってるヒマがなくなるぞ」
同じく新聞部の桜井龍人が、ツクシに声をかける。端正な顔つきに、メガネと、とても知的な印象がある。
「そんな『オール・オア・ナッシング』っぷり全開なスケジュール、止めてほしいなぁ……」
「俺もそうしたいけど、まだ第一希望の提出日前だから、事前調査も中間発表の準備もできない」
別々のクラスで、出し物が重複した場合、文化祭実行委員会で協議され、どちらかが変更することになる。その協議前の情報すら、まだない。
「じゃあ、通常の原稿は?」
ツクシも解っているはずだが、訊いた。
「俺もツクシも、無事脱稿」
「印刷は?」
「このままプリンタが徹夜」
「来週はどーするの?」
彼らは週刊で新聞を発行し、全校生徒に配布している。社会的なニュースを解説したり、そのニュースが自分たちにどう関わるかを分かり易く書いているため、人気は高い。社会科の教師が、教材に使ったこともある。
「さあ? 今週の原稿、2日も早いから、まだ何も」
「頑張りすぎた?」
「かもね」
「帰ろっか?」
「そうしよう」
非常にゆったりと、二人は帰路についた。
二日目
「大変っ! 部室にこんな物がっ!」
放課後、龍人が部室に入るなり、ツクシが血相を変えて詰め寄ってきた。
「どんなの?」
龍人が聞き返すと、ツクシはトランプ大のカードを差し出した。
「えーっと、『明日の十七時、原稿を戴きに参上する。怪盗ice』怪盗ice? 聞いたことないな」
「私も」
「『怪盗ice』ねぇ……解凍アイス……溶けたアイスはマズいだろ」
「……そだね……」
龍人の冗談に、なおざりな反応を示すツクシ。
「ともかく、記事にならないな」
「そーね。『怪盗』なんて非現実的だもんねぇ……記事にしたらバカにされるよ……」
彼らは報道のスタンスで記事を書いている。怪盗のような存在の記事など、現実に起きても非現実なのでネタにできないのだ。
「怪盗ねぇ……ツクシ、怪盗といえば?」
ツクシは少し考える素振りを見せてから応える。「ルパンでしょ……紳士でしょ、KIDでしょ……あ、ルパンの三代目もそうだね」
「それくらいか?」
「後は……〈蒼い風〉」
「誰だ? それ」
「……まあ、無理は承知だったからねぇ……」
ツクシはジュニア小説、いわゆるライトノベルの趣味がある。おそらく、そのあたりに出てくる怪盗なのだろう。
「後、二十面相!」
「それは『怪人』だ」
「じゃあ21面相……」
「それは『かい人』だ、わざとだろ」
「……バレた?」
「新聞部をナメるな」
もっとも、相手も新聞部員だが。
「……まあ、怪盗談義はこれくらいで……さてどうしよう」
「盗むも何も、印刷終わったんでしょ?」
「終わってるよ。後は明日の放課後に、職員室の配布物ボックスに入れるだけ」
「じゃあ原稿盗まれたら嫌だけど、別に被害は小さいってことね」
一応、各原稿データは、それぞれがバックアップを取って所持している。盗まれたとしても、痛手はない。
「意味ないな」
「……リュート、ヒマだから相手してあげれば?」
「そうだな。明日CDに焼いて持ってくるか。去年度のデータ」
むしろ同情されているような、怪盗iceであった。
三日目、または予告当日
「『部室には警官隊を配備した! 原稿データCDは厚さ五ミリの強化プラスチックのケースに入れてある! 怪盗iceめ! 盗れるものなら盗ってみろ!』って、言うチャンスなのに、なんでやる気が出ないんだろ?」
ツクシは、大仰なセリフを一息に言いながらも、モチベーションの低下を訴える。予告の時間まで後十分。それなのに、この調子だ。
「盗られても困らないからだろ?」
過去のデータを入れたCDは、レーベル面に“原稿データ”と書いて、隅にある応接テーブルに置いてある。ツクシのセリフとは真逆で、まったくの無警戒。唯一合っているのはプラスチックのケースに入れてあることだが、強化プラスチックではない上に、厚さ一ミリ程度の普通のCDケースだ。
「なあツクシ、昨日プリントアウトした最新号五百部、持ってってもらおうか?」
龍人の発言に、ツクシは目を見開いて驚く。
「そ……それはマズいでしょ?」
ところが、龍人はまったく澄ました顔。
「別にマズくない。なんなら、最新号のデータを持ってってもらっても構わない」
言うが否や、龍人は応接テーブルに最新号と、そのデータを入れたUSBメモリまで置く始末。
「大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ」
予告の時間まで、一分を切る。秒針が後一周すれば予告の時間だというのに、龍人はツクシに語り続ける。
「大丈夫だ、絶対に」
「な……なんで?」
そして、十七時のチャイムが鳴ったと同時に、龍人はその理由を告げた。
「怪盗iceは、ツクシだからさ」
「なんで解ったの?」 ツクシはそう言っているが、龍人がすでに見越していることを、理解しているようだ。おそらく、自分が作ったクイズを、龍人がどう解いたかを聞きたいのだろう。
「見た瞬間解ったよ。携帯電話で『ツクシ』は『4』を三回、『2』を三回、『3』を二回押す。この通りに、アルファベットモードで入力すると……」
「ピンポーン!」
明るい笑顔で言う。一応“犯人”で、看破された後だが。
「後、この最新号の原稿が、二日も早く脱稿してた。だから今日を予告したんだろ?」
「うん。今日までなら、まだこーゆージョークができるから」
「……他にも、予告状を持ってきたのはツクシ。『怪盗iceの相手をすればいい』って言ったのもツクシ……」
「その通りだよ」
「ま、ヒマ潰しにはなったな。さて、怪盗iceさん。原稿とか持ってかないんですか?」
龍人は応接テーブルの原稿データCDやUSBメモリを手で指し示す。
「えっ? バレたんだからいいよ」
「いや、持っていくんだ。最新号を、職員室の配布物ボックスまで」
龍人は笑顔で言う。怪盗iceは、山のような最新号の束を、呆然と眺めるのみだった。 |