先生と生徒の関係
「聞いてませんわよ!」
青空の下ジェシーが大声を上げる。
隣にある木からは、突然の出来事に驚いた鳥達がいっせいに飛び立っていった。
「いや……いっただろ。ジェシーに剣術を教えてほしい人がいるって」
「えぇ聞きましたわ。1週間ほど剣術を教えてほしいと。ですがセリアに教えるなど一言も言われてませんわ!」
「たしかに俺はセリアに教えてほしいとは言ってないけど……ジェシーなんでお前セリアのこと知ってんだ? しかも呼び捨て」
「! ……それは…………」
ジェシーの表情からは、しまったと見て取れる。
もともと雰囲気からして一般人ではないなと思っていたが、これはひょっとしてひょっとするかも。
ジェシーの表情からいろいろと読み取ろうとしていると、今まで静観を決め込んでいたセリアが動き出した。
「ジェシーとアキラが知り合いだったとわな。さすがのわらわもそこまでは読めんわ。それにしてもジェシー、お主仲間に自分の素性を知らせていないというのは無責任ではないのか」
腕を組みじっとジェシーを見つめ言葉を発する。
今日は剣術の練習のため城にいる時のようにドレス姿ではないが、びしっと決まったその服装は見た目だけなら名のある女騎士にすら見える。
そんなセリアに見つめられれば一歩たじろいでもおかしくは無いのだがジェシーはそのことを気にもかけず口を開く。
「あなたこそ、先ほどアキラに聞きましたが王族にしてはいささか軽率ではなくて? しかも素性も知らせず連れ回した挙句、騎士に目をつかせるなんて」
なにやら険悪なムードが漂ってくる。
さきほどのジェシーの声でも逃げなかった少しはなれた木にいる鳥も、それを感じ取ったのか一斉に飛び立っている。
俺もできることならこの場にいたくないのだがそうとばかり入っていられないだろう。
「と、とりあえずだ。俺はジェシーの過去は知らないのは本当だし、騎士に目をつけられてやばいなと思ったのも確かだ。だけどどっちもなんとも思ってないからさ。頼むからお前達の関係だけ教えてくれ」
「「…………」」
抑え方に失敗したか。
脳裏にそうよぎる。
先ほどよりは空気が緩んだような気はするが、二人とも言葉を発することが無くなり静寂がまた新たな緊張感を生んでいる。
この緊張感をとくには誰かしら言葉を発すれば良いのだが、質問を投げかけた俺が口を開くというのはすこしばかり違和感がある。
タイミングの難しさから言葉を発せられない俺は、結局二人のどちらかが口を開くのを待つことになった。
俺の質問から数十秒、あるいは数分たっただろうか、まるで観念した犯人のように軽い口調で言葉を発したのはジェシーだった。
「ふぅ、このままでは始まりませんはね。たしかにアキラの言うことはもっともですし、お教えしておきましょうか」
髪をかき上げ言葉の間を取るとジェシーは語り始めた。
「もともと私はこの国の三大貴族の娘ですの」
「三大貴族?」
「えぇ、ロスト、エンペラル、そして私のシリウストがその三大貴族になりますわ。それぞれ政治、経済、軍事をつかさどる貴族ということになってます。その中でも今最も王族に近いのがシリウストなのですわ。それはなぜかといいますとシリウスト家の現当主、つまりは私のお父様、ダルマ=G=シリウストは現国王ダルラ=D=シュペッツの双子の弟ですわ」
「へ〜〜〜もともと普通とはどこか違うと思ってたらだいぶ大物さんだったってわけだ。ん? もしかしてその名前ってかなり有名なんだよな?」
これにはさすがに驚いたが、セリアの件もあり多少耐性がついたようで取り乱すことは無かった。
けどよくよく考えると、そんなジェシーのブラジャー姿を眼福してるんだよな俺は……殺されはしないよな?
そんな俺の考えとは関係なくジェシーは説明を続けた。
「当然ですわ。学校の教科書にも乗っていましてよ。むしろ知らない方がおかしいくらいですわ」
「だったら俺はともかく、なんであいつら気づかないんだ?」
あいつらとはもちろんあいつらだ。
今頃酒でもかっ食らって明日には二日酔いででうなされている。
そう、そんなあいつらだ。
「それは」
「わらわから説明してやろう」
今まで先ほど同様落ち着いた様子で聞いていたセリアが、ジェシーの言葉をさえぎった。
よくよく考えればセリアとジェシーは従姉妹にあたる。
その理由を知っていても不思議ではない。
「もともとロスト、エンペラル、シリウストの名前は地名なのじゃ。そしてその地名にいる人達はたいていこの名前を持っておる。つまり当たり前のなのじゃよ」
「三大貴族が当たり前の名って……それじゃどうやって区別してるんだ? 名前だけだとわからんだろ?」
当然区別のつくようになっているんだろうが、区別の仕方がわからなきゃ意味がない。
現にジェシーが三大貴族だということがわかっていなかったのだし。
「もっともな話じゃがそれは簡単なこと、位が名前に入っているかどうかじゃ。わらわの名にもDの位が入っておるじゃろ? あれは王族を意味するものじゃ。そして三大貴族にはそれぞれE、F、G、の位がありシリウスト家はGの位があてがわれておる」
確かに言われてみればそうである。
けどなんで中途半端なDからなのか。
「なるほど、位を名前に入れなきゃただの一般人と同じってことなのか」
「さよう、もっとも一般人がこの位を名乗ったところで位のほかに必要な紋章がなければ、ただの戯言になってしまうがな」
「う〜〜〜む、だいたいは位についてわかったが、なんで中途半端なDが王族のくらいなんだ? いっそのことAあたり名乗れば良いのに」
順当に考えてAを名乗れば良いと思うのが普通だろう。
それともやっぱりDに意味があるのか。
一般常識みたいだし聞ける時に聞いておいてしまおうか。
また記憶喪失だからって言わなきゃならないと思うけど。
「お主はずいぶんと大胆なことを申すな。Aは神の位ということぐらいわかっておるだろう? そもそも位の説明自体学校で習うものだぞ」
少しあきれたようにセリアが話すがそれも仕方が無い。
実際俺はこっちの一般常識をほとんど知らないのだから。
「面目ないな、その辺の知識はごそっと抜けてるんだ俺は。一種の記憶喪失ってやつでね」
案の定説明が必要になったな。
でもこれは一種の免罪符と同じで、知らないことをすぐに恥ずかしがらずに聞けるってのがいい。
今後もこの設定を利用しておこう。
「……まぁそれならば仕方ない。続きを説明して進ぜよう」
セリアはどこかびっくりしたような表情を見せたがそれもほんの一瞬だけで、すぐにもとの表情へと戻った。
やっぱりこの子は普通よりも精神的に大人になりすぎてる気がするな。
「そいつはありがたい」
「さっきも言ったがAの位は神の位で人が名乗ることは無い。Bの位はこれは人が名乗ることになっておるがここ数百年この位を名乗れる人物は現れてはおらぬ。名乗ることが許されたのは混乱の時代、すべての魔物の原点とも言われていたオーディグルスを倒した英雄アーサー=B=スレイヤーのみじゃ、ゆえにBの位は英雄の位となっておる」
「へ〜〜〜なんかずいぶんとすごい人物だったっぽいな。それでCの位は?」
「それは王族、または貴族達が婚姻時に使う位じゃ」
婚姻に使う?
そんなものに使うなら王がCの位を受けていれば良いのにと思うが、やはり理由はあるのだろうな。
そう考え俺はセリアに説明を促す。
「ん〜〜〜ちょっとそれだけじゃよくわからないんだが」
「詳しく説明すると、相手に自分が好きだという意志があるというのを示す位といった方が正しいじゃろうな。この位がついた名前を語られた後に自分もその位をつけた名を名乗り返せば見事婚姻成立。人の恋愛は王族の力すら超えるという意味でなりたっているということじゃな」
なるほど愛は地球を救うとかそんな感じの力があるってことは、どこの世界も一緒みたいだな。
それにしても説明するセリアは生き生きとしている。
この子が王族でなければ先生みたいな職業があっていたかもしれない。
「ずいぶんと面白いもんだな。名乗りにそこまでの意味を持たせるってのは。でも俺には関係ないか貴族でも王族でもないしな」
「か、関係なくも無いかもしれませんわよ、もしかしたら貴族に名乗られるかもしれませんし。もし名乗られたら同じように名乗り返さなければいけませんから一般人でも」
急なジェシーの反応に少し驚く。
すこし早口で発せられた言葉の意味が本当なら、名乗られたら名乗り返さないといけないのかもしれない?
「セリア、名乗られたら一般人でもCの位名乗って良いのか?」
「もちろんじゃ、むしろ名乗り返さなければ失礼にあたるというものよ。本来婚姻というのは自分より位の低いものが意思を伝えるものじゃ。それを上の位のものが先に名乗るということはよほどのことよ」
「ふ〜〜〜んそういうものなのか、しかし貴族とかはやっぱり婚姻やら結婚やらはごたつくみたいだな。そんな決まりがあるくらいだし」
「なに風習じゃ、それに今はそんなに厳しくは無い。現にシリウスト家は一般人が結婚相手になることが多いしのう」
そういわれてジェシーの顔を見る。
従姉妹というだけ会ってセリアと顔のつくりは似ており、美しさなら上の上。
この子もいつかは誰かに嫁ぐことになるんだよな……。
なんとなく少しブルーになったので話題を変えるか。
「よし、だいたいジェシーとセリアの関係や位についてわかったからそろそろ本題に移るとしますか」
「そうじゃな」
「そうですわね」
なんとなく俺の気持ちを察してくれたのか、急な話題変化も二人は受け流してくれた。
こんな感じで日本にいるときも受け流してくれる人が多ければどんなに苦労しなかったことか……。
昔のことを思い浮かべるのもほどほどにし、次の指示を出す。
「俺は周りに危険が無いかの見張り、ジェシーは先生でセリアが生徒ってことで」
ジェシーの実力からして俺が見張りにつく意味はあまり無いとは思うけど、それでもセリアは王族だし、しかも最初は俺が先生役頼まれたわけだし一人だけ帰るわけにも行かないよな。
それにジェシーの剣術俺もちょっとばっかり気になるしな。
「えぇシリウスト家の剣術をしっかり教えて差し上げますわ」
「ジェシーに教わるのは癪と言えば癪じゃが、わらわも好き嫌いで実力を判断するほどおろかではない。しっかり頼むぞ」
軽くとげのある言葉の応酬が風とともに流れていく。
青空の下ジェシー先生によるセリア君への授業が始まった。 |