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夜明けの月
作:BIRUSU



その情熱的な一日を


「両者、準備はよろしいですね!?」

 司会進行が、勢いよく声を上げると周りからも色々な歓声が飛び交う。
2m超えのモンスター級の大男にただの一般人が挑むのだ。
こんな結果のわかりきった、試合にどうしてそこまで熱を上げられるのかと疑問に思ってしまう。
 だが、横を見るとこの試合のオッズがでた看板が出てきたのでそれでかよと納得する。
トトカルチョも兼任してやっているらしい。
しかし、いくら負けそうだからとはいえ大男が1.01で俺が198倍とはどういうものかと、さすがにへこむぞこれ。
 そんな俺の様子を見ていた海坊主が痺れを切らしたのか、進行役に告げる。

「俺は準備はいいぜ、そっちの坊主はいいのかどうかわからんがな」

「あ、あぁ俺も準備はいいよ」

 海坊主の催促により、意識を自分の右腕へと戻す。
伝わってこなくてもいい、海坊主の体温と握力がひしひしと伝わってくる。

「それでは、試合を始めたいと思います。セット、レディーゴー!」

 掛け声とともに全身の力を爆発させ右腕に注ぎこむ、だが、予想通り右腕は動かず依然中央でプルプルと震えている。
 ちきしょう遊びやがってと海坊主のほうを見てみると、なぜだかこの男もいかつい顔をゆがめ、人でも殺しそうな表情を作っているではないか。
 観客のほうからは、どよめきと歓声がつたわってくる。
 よく理由はわからんが、俺と海坊主は力で拮抗しているようだ。
 こちらの世界に来て、身体能力の向上は確かに感じていたが、ここまでとは。
そんな冷静な判断をしていると、徐々に押され始める。
やばい、少しでも意識が違うところにいくと持っていかれる。
俺はすぐに右手に力を入れなおし、また中央まで腕を立て直す。
観客からは『おぉーーーーー!』と熱のこもった歓声が沸きあがる。
 お互い、全神経を右腕に集中させ力を込め、相手をなぎ倒そうと一進一退が続く、汗が頬から流れ滴り落ちる。
ついには、腕のほうからも両者汗が流れ始め、それぞれ力をいれ無酸素運動のまま顔を赤くし、相手が力尽きるのを今か今かと耐え忍んでいる。
腕を支えるテーブルは、両者の左腕でしっかりとロックされ、ミシミシと破壊の音を奏で始め、進行役をビビらせていた。
 試合が始まって、約30秒だろうか手から出された汗により、しっかりと組み合っていたはずの手が、勢いよく解き放たれる。

「おーっと、両者の腕がはなれてしまったーーー! 試合は仕切りなおしだー!」

 進行役が、俺と海坊主にタオルのような布を渡してきた。
 もともと、こいつらはたくさんの挑戦者とやるはずだったのだ、これぐらいは用意して当然だろ。
 俺達は迷わず、顔についた汗をぬぐい、手についた汗を丹念にふき取る。
顔を拭いたさいに、あまりにも集中しすぎて載せているのを忘れていた、コドラに気がついた。
コドラは俺と会場の熱気にあてられ、すこし高揚状態なのか顔の頬の部分が軽く赤みを帯びている。
 俺の目線に気がつくと、『きゅっきゅ〜』と応援してくれる。
うん、本当に最高でかつ卑怯くさいほどかわいい生き物だなこいつは。

「坊主、やるじゃねぇか! 俺とタメはるなんてな!」

 海坊主が、汗を拭きながら俺に話しかけてくる。

「俺も、正直驚いてるよ。あんたみたいなやつと自分が戦えたことにね」

 両者、汗をふき取り終えもう一度手を握り合い、腕をセットする。
今度は、手が離れることのないよう進行役が布で俺達の手を固めている。

「それでは、波乱に満ちたこの試合再開したいと思います。両者準備はいいですね!」

「あぁ」

「こっちもいいよ」

 俺と海坊主はお互いにうなずき進行役に答える。
観客からも今か今かと、熱い視線が送られてくる。

「両者の準備が整いました! それではいきましょう! セット、レディーゴー!!」

 先ほどの試合よりも、熱のこもった開始の声が鳴り響く。
俺と海坊主は、先ほどの試合同様しっかりと組み合い、力を入れる。

「とっととくたばれや、このくそガキ!」

「くたばるのはてめぇだ! ハゲ坊主!」

 声を荒げ、全身を震わせ、相手の悪態をつきながらひたすら右腕に力を込める。
しかし、お互いの力は互角、中央からほとんど動かない。
そんな均衡した状態のまま時間だけが進んでいく。
 これでは埒が明かんと、俺が体勢を少しずらし足の力をうまく伝えられるように立て直す。
すると、少しずつではあるが、海坊主を押し始めた。

「おーっとここで挑戦者が仕掛けてきた! ヒョードル苦しそうだ!」

 進行役の言葉どおりに、海坊主が苦しそうにしている。
観客のほうも『そこだー!』『いけー!』とさらにヒートアップ。
俺も、このチャンスを逃す手はないと、もう一度全身の力を振り絞り一気に右手に注ぎ込んだ。
 しかし、注ぎ込んだ瞬間体が大きく揺れたためか、頭に載っていたコドラがずり落ちそうになり、『キューーーー!』と大きな声で叫びをあげる。
そして、落とされないように思いっきり俺の髪の毛に噛み付いた。
髪の毛は、コドラの体重によりピンと引っ張られている。
髪の毛を、引っ張られた俺は顎が上がり力を入れにくい体制となってしまった。
それだけならまだしも、コドラの体長は小さいとはいえ、約5キロほどと思われる体重が、一握りの髪の毛に集中したのだ。

「いってーーーー!」

 俺は思わず声をあげてしまう。
そこを海坊主は見過ごすはずは無い。
意識が完全に頭部にいってしまい、力の弱まった右腕など打ちあげられた魚と同じ、海坊主の熱い魂の力を直に受け止め料理される。
 そして意識は頭部から手の甲へと移った。
手の甲からは、木の感触。

「おーーーーーっと! ここで決着がついたーーーー! 勝ったのは、不敗の男! エメリヤーエンコ=ヒョードルだーーー!」

 観客からは盛大な拍手が送られてきていた。
その拍手は、俺達の健闘をたたえるものだ。
俺は、負けが確定した瞬間、急いでテーブルから左手を放し、ずり落ちそうになっているコドラを支える。
支えなきゃ、俺は円形脱毛症になっていただろう。
コドラの、位置を直していると、進行役のほうは右手の布を解いていく。
組み合っていた右手は、真っ赤になり熱を帯びていた。

「残念ながら、負けてしまった挑戦者! しかし、彼の健闘はすばらしいものでした。もう一度拍手を」

 解き放たれた右腕を上げ、俺は観客の拍手に答える。
何だかんだで、悪くない気持ちだ。
ときおり、コドラも『きゅー』と鳴いて答える。
女子陣からは『かわい〜!』、子供からは『あれ欲しい!』と母親にねだる声が聞こえてくる。

「坊主、なかなかやるようだったがまだまだだったな。今度もう一度勝負してやるからまた来い!」

「何がまだまだだよ、結構危なかったくせに」

 海坊主は、ちょっとおちゃらけた笑みをこぼし、俺に右手を差し出してきた。
あんなに、強く右手をつないでいた俺達だが、やはりここは握手のひとつでもするものだろう。
俺は差し出された右手をしっかりと握り、握手を交わす。

「それではみなさま、両者の検討をたたえ、今一度盛大な拍手を!」

 そういって巻き起こった拍手を、笑いながら俺と海坊主は互いに聞き入ったのだった。












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