夜明けの月(1/64)縦書き表示RDF


夜明けの月
作:BIRUSU



現状把握


「とりあえず、状況を説明して欲しいな」

 男は周りの緊迫した雰囲気を感じ取ったのか、はたまた急に現れた目の前の女を見てそういったのかは定かではない。
 この男、灰色のスーツ姿で眼鏡に鞄、通勤電車で毎日苦労している俗に言うサラリーマン風のいでたちである。
これが朝の通勤時間や、夕方の帰宅時間の駅などにいるならばまったく持って違和感はないのだが、現在彼がいるところは真夜中の暗い森の中である。

「危険な状態だわ。ジャエナに囲まれてるから」

 そんな違和感しか感じられない男の問いに答えたのはこれまた駅に、いや秋葉原のコスプレなどをやっている店以外にいたら間違いなく違和感を感じる服装の女だった。
 右手には刃渡り20cm程度のナイフを構え、服装は紺色のアンダーシャツと薄い緑色ジャケットのようなもの、ズボンはジーパンよりも硬そうな生地の迷彩色のものだった。
はっきりいって戦闘服そのものである。

「こんなことなら、ちゃんとしたものを着てくればよかったわ。彼らは動きが早いから重い装備だと遅れをとってしまうけど、今の装備ではあまりにも心もとないし。せめてレザーメイルぐらい着てくればよかった……」

 独り言のように声を沈めて女は自分が劣勢であることをつげる。
そんな状況分析がなされている間も、彼らを狙っている奴らは止まらない。
時間がたつにつれてよりいっそう空気は張り詰め、スーツ姿の男にもそのジャエナと言う者の正体がわかってきた。
 薄暗くてはっきりとはわからなかったが、4足歩行で形は犬に似ている黒い影が、木々の間を駆け抜けているのが見えたのだ。

(なるほど、ジャエナとは狼のようなものか…………たしかに1匹ぐらいなら彼女の装備は理想だが、複数となると必ず傷を負わされるな)

 男がそんなことを考えていると、女は急に前方に駆け出した。
何事かと思い男は意識を女へ向けると、女が立っていた場所に3匹ほどのジャエナが左右から飛び掛ってきたのだ。
ついさっきまで前方の木々の間にいたと思っていたものが、いつの間にか女の両サイドに回り奇襲をかけたのだ。
 しかし、その奇襲も失敗に終わっている。
女が前方に駆け出したことにより、標的を失った彼らは互いにぶつかり地面に落下。
だが猫のように落ちる途中で体勢を立て直し、そのまま女の方へと向き直りにらみ合いが始まる。
 ジャエナ達は男のほうには見向きもしない。
どうやらジャエナ達は男を戦力外と見ているらしい。
ジャエナ達に狙われていなかったため現状を把握できた男は、自分の攻撃が奇襲に値すると感じ、鞄から筆箱を取り出し武器になる物を探し出しだている。
筆箱の中にはシャープペンシル、ボールペン2本、消しゴム、カッターが入っていた。

「ないよりはましか…………」

 そんなことをつぶやきながら男は、ボールペンを構え勢いよくジャエナへと投げつけた。
一般的にボールペンを投げて、まっすぐ飛ばすというのは難しい。
よほどの練習をしなければまず出来ないのだが、しかし男は楽々とそれをやってのけたのだった。
勢いよく飛ばしたボールペンは、注意が女のほうに向いていたジャエナに見事命中。

「キャイン!」

 ボールペンが刺さったジャエナは大きな叫び声をあげた。
ジャエナにとっては予想外の攻撃だったのだろう、必要以上にダメージを受けたらしく、よろよろとおぼつかない様子で男のほうに向き直った。
当たった場所は右前足の肩の位置、これによりおそらく機動力は奪えただろう。

(さて、どうしたものか。さすがにこんな戦いは初めてだからな。だがやらねばやられるか)

 そう男が思案していると、今までにらみ合いを続けていた女が動きだした。
にらみ合いの最中先に動くのはリスクが大きい。
相手が集中して見ている為、攻撃を当てるのが難しいうえ避けられた瞬間に反撃を食らう恐れがあるからだ。
しかし、それでも女は動き出した。
なぜなら3対1で戦うつもりだったのが、男の投擲により2対1へと変わり、仲間の叫び声により女から注意がそれたからだ。
 一瞬でも注意がそれればにらみ合いで生じるリスクは皆無に等しい。
その瞬間を女は見逃さなかったのだ。
 女の攻撃は早い。
持っていたナイフを横薙ぎし、左側のジャエナに襲い掛かる。
注意がそれていたため、ナイフの風きり音でようやく自分が攻撃されていることに気づいたジャエナは、回避行動取るが気づくのが遅かったため、鼻の頭をナイフでえぐられてしまう。
このままでは危険と判断し、後ろに下がろうしたが彼女の追い打ちのほうがはるかに早い。
横薙ぎにしたナイフを逆手に持ち替え、ジャエナの頭上に一直線に振り下ろす。
ナイフはジャエナの脳天に深々と突き刺ささり、頭蓋骨の砕き脳にまで達する。
脳に致命的なダメージを受けたジャエナは、叫び声も無くそのまま息絶えた。
それを見ていることしか出来なかったもう一匹は、怒りをあらわにし、彼女に襲い掛かかってきた。
 女はもう一匹の行動を予想していたのだろう、回避行動へとすぐ移った。
その際、脳天に刺さったナイフを手放す。
すぐには引き抜けないと判断したためだろう。
女はバックステップで攻撃をかわす。
 女がバックステップで避けるのとほぼ同時に、横から飛び掛ってきたジャエナが通り過ぎていく。
ほんの少しでも遅れていれば、女はあの爪の餌食になっていたことだろう。
 バックステップ中にジャエナを視認した彼女は、左の胸ポケットから先ほどのナイフより小さい果物ナイフを取り出し、宙に浮いたままジャエナへと投げつけた。
 体勢が悪い状態で投げた果物ナイフは、ぐるぐると回転しながら飛んでいく。
投擲ミスだと思ったが、ちょうどジャエナとの接触の際に、刃がジャエナへと向き左側の腹部に見事突き刺さった。

「グルゥーグー!」

 カウンター気味に刺さったことにより、受身を取ることもなくそのまま重力に従い落下する。
地面と激突し苦悶の表情と声を出しながらも、ジャエナは痛みに耐え立ち上がった。
だが、そんな状態ではまともに動けるはずはない。
逃げようとしたのか、戦おうとしたのかわからないが、立ち上がっても機敏に動ける事の出来ないジャエナは、投擲後一気に距離を詰めてきた女の蹴りをナイフが刺さった部分に直撃させられ、そのまま絶命すこととなった。

「ふぅ」

 女が一息ついて、男のほうへと向き直ると、そこにはすでにジャエナを倒した男が立っていた。
ジャエナは彼の右手に持っていたカッターで切り刻まれたらしく、木々の間から時折照らされる月明かりによって黒い毛が真っ赤に染めあがり血まみれで倒れているのを確認することが出来た。
 それにしても驚きである。
ジャエナのランクはBのはずなのだが、それを不意打ちを含めてとはいえ倒したのだ。
しかもいくら2対1とはいえ、Aランクの女よりもジャエナを早く倒しているではないか。

(この人いったい何者?)

 そう思いながらも女は、まずピンチを切り抜けたことを男に伝えることにした。
最初この男と会った時の第一声を聞くに、どうやら混乱しているのか現状をあまり理解してない様子。

「もうジャエナはいないみたいね。とりあえずこれで一安心よ」

「そうか、それはよかった。さすがに、カッターじゃそう何匹もやってられん。刃だって折れちまったしな」

 そういって男はおどけたポーズをとって見せる。
その手に持っているカッターは刃が折れ、柄の部分を抜くと2cmほどしか刃が無い。
 とりあえずは、身の安全を確認することが出来た男は、不安を取り除こうとしたのか、はたまた戦闘により興奮しただけなのか、少し高めのテンションで女に話しかけた。

「それにしてもねーちゃん強いね。普通はあんな風に体動かないもんだと思うんだがね」

「そういうあなたこそ、数は少ないとはいえAランクの私よりも、ジャエナを早く狩るなんてたいしたものね」

「ところであなた、なんでこんな時間にこんな森にいるの? それとその格好は? そして何者?」

 彼女は賛辞とともに、見るからに怪しい男について質問を繰り返す。
その表情は明らかに不審な人物を見る目だ。
彼女の質問、その態度は至極当然だろう。
真夜中の森にスーツ姿の男がいたら、それは間違いなく自殺志願者にしか見えない。

「何者といわれても困るが、とりあえず名は明、神宮明。この格好だが俺がいたところではスタンダードな格好なんだ、そしてこんな時間にこんな森にいるのは俺自身よくわからん。予定では町にいたはずなんだがな」

「そう……」

 彼女は手を顎に添え何か考え事を始めたようだ。
おそらくは、彼の答えの真偽を選別しているのだろう。

「とりあえずそちらの質問に答えたのだから、こっちの質問にも答えてもらっていいかな?」

「えぇ、いいわよ」

 彼女は考えるのをやめ、男の話を聞くことにしたようだ。

「まずここがどこなのかを聞きたい、俺自身はある程度予想はできているんだが、あまりにもとっぴ過ぎて信じられないんだ。ここは地球とは違うんだよな?」

 そう明が尋ねると、女はまた額にしわを寄せよりいっそう疑いの表情を見せる。

「えぇ、地球とは違うわ。ここはガンザルのはずれの森よ。地球なんて国聞いたこともないわよ」

 男はこの答えを聞き自分の予想が正しいことを理解した。
急に自分のいた場所が変わった理由はわからないが、ここが自分のいた世界ではないということを。

「なるほど……中学時代にあこがれた世界がまさかあるとはな……それともうひとつ、あなたのお名前を伺いたい」

「えっ! 私の名前?」

「えぇ、俺にとってはあなたは命の恩人といってもおかしくない。ですから是非お名前をお聞かせ願いたい。もし、俺一人だったらあのジャエナを倒せなかっただろう。それに、綺麗な人にたいして名前を聞かないと罰が当たる」

 明にとって女は、異世界であった初めての人間。
こちらで、知り合いの無い彼にとってこの出会いを逃す手は無いだろう。

「はははは、変な人! そうね、そうよね、そっちに名乗らせてこっちが名乗らないってのもおかしな話よね。私の名前はエマ、エマ=ジャイコニーよ」

 明には、ちょっとした打算的な考えもあっただろうが、女はさっきまでの疑いの表情は消え、明るい笑顔で答えてくれた。
 異世界に急に飛ばされた明がこれからどうなるかは、本人ですらわかっていないだろう。
だが彼はこれからの不安などより、異世界に来る事が出来たことに心の中から喜び、歓喜していた。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




TOP


小説家になろう