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その他、人×人恋愛系

ツンじいさんのデレ日記


 先日、六十年連れ添った夫が天寿を全う致しました。
 必要以上に口数少なく絵に描いたような亭主関白の男性でしたが、真面目で一本気のある良き夫でした。

 無事に葬式も終わり、落ち着いたところでのんびり遺品整理をしておりましたところ、タンスの奥のそのまた奥に数冊の古びたノートが束ねて置いてあったのでございます。
 どう見ても隠されていたそれを、私はちょっとした好奇心から覘いてしまいました。

 そのノートの中身は、どうやら日記のようでした。
 寡黙な夫の秘された胸中が赤裸々に綴られており、私はいけないと思いつつも夢中になって読み進めたのでございます。

~~~~~~~~~~

 ○月△日

 三十になる前にと口うるさい両親に押し付けられて、仕方なく見合いをすることになった。
 重要な仕事を任されているこの時期に何とも煩わしい事だ。


 ○月□日

 見合い当日。
 どうせ上手く行かないだろうと釣り書きも写真も見てはいなかったが、それを深く後悔した。
 明らかに不機嫌な様子の自分に嫌な顔をするでもなく、始終朗らかな笑みを浮かべていた彼女に好感を持つ。
 帰宅後、釣り書きを探し出して目を通しておいた。


 ○月※日

 見合いから二日。
 断られはしないかと気が気でなかったが、ようやく相手の家から電話がかかってきた。
 どうやらまた会ってもらえるらしい。
 どこをどう気に入られたのかは分からないが、このチャンスを逃したくないと思う。


 ○月∑日

 初デートは散々だった。二度と思い出したく無い。


 ×月⊿日

 あれから三度ほど逢瀬を重ねたが、会えば会うほど自分のものにしたいという想いが募っていった。
 笑顔を絶やさないし、纏う空気はいつも穏やかだ。一緒にいて安らげる。
 何とか結婚まで漕ぎつけたいものだ。


 △月◇日

 彼女と出会ってから半年。
 給料三ヶ月分の指輪を渡し、何度も練習したプロポーズの言葉を告げる。
 涙を滲ませながら笑顔で了承する彼女を見て、絶対に幸せにしてやりたいと思った。
 舞い上がっていたのか、その日の帰りに電柱に頭をぶつけてしまった。
 穴があったら入りたいとはこういう気分の時に使うのだろう。
 彼女と一緒に居る時でなかったのがせめてもの救いだ。


 ☆月○日

 プロポーズから三ヶ月。ついに結婚式当日がやって来た。
 花嫁装束に身を包んだ彼女はとても綺麗で、思わず見惚れてしまう。
 本当に彼女を妻にすることが出来るのだと実感できて、ジンと胸が熱くなった。
 式の途中、緊張しすぎた父が壇上に上がろうとして足を踏み外し、医務室送りになってしまうという珍事が起きる。
 おかげで急遽母が拙い挨拶をする羽目になってしまったのだが、それを除けば良い式だった。


 ◎月▽日

 結婚を機にマイホームを購入した。
 これで自分も一国一城の主というわけだ。
 今後はより一層仕事に励もう。


 ☆月+日

 結婚から二年。ついに娘が生まれた。この感動を何と表現すれば良いのだろう。
 可愛い。愛しい。こんなに嬉しい事は他に無い。
 どれも間違ってはいないが、何か足りない。こんな時は自分の語彙の貧困さが恨めしい。
 疲れた様子を見せる妻に労いの言葉をかけてやりたかったが、自分の口から出たのは思ってもいない最低の台詞だった。
 頑張った妻を褒めてもやれずに何が夫だ。情けない。


 ◇月⊿日

 昇進して残業が一気に増えた。
 娘が一番可愛い盛りをむかえているというのに、近頃は寝顔しか見れていない。
 妻も一人で育児と家事をこなしているせいか、疲れた顔をしている。
 本気で体が二つ欲しい。


 ◎月∑日

 子供が生まれてからの年月はまさに光陰矢の如しといった風情だ。
 気が付けば、中学生になっていた娘は思春期に入ったらしく、事あるごとに私と衝突するようになった。
 本人のためを思って言っているというのに、今の娘には私の言葉は全て小言にしか聞こえないらしい。
 お父さんと結婚すると言っていた幼い頃が懐かしい。
 仕事仕事でろくに家にいないくせに口を出すなと言われてしまった。
 誰の為に働いていると…というお決まりの文句が浮かんだが、そういえば最近の娘について何も知らない事に思い至る。
 あの子には寂しい思いをさせてしまっていたのだろうか。
 今度から少し残業を減らして、家族の時間を取れるように努めてみよう。


 ▽月△日

 何というか、雛鳥が飛び立つのはあっという間だという言葉が身にしみた。
 娘が社会人になって一年と少し。会わせたい人がいると言って同僚の男を連れて来た。
 厳しい態度を取っても怯まず真っ直ぐ目を見てくるし、挨拶も丁寧で好感の持てる人間だ。
 娘の相手としては上出来だろう。
 それにしても、先日生まれたと思ったらもう結婚とは信じられない。
 娘の成長は特に早いとは聞いていたが、正直ここまでとは思わなかった。


 ▽月⊿日

 娘が男と暮らすからと家を出て行ってから一週間が経過した。
 寂しい。胸の中にポッカリと穴が空いたような気分だ。
 妻は私の心情を察してか、何も言わず少々の酒とツマミを用意してくれた。
 自分のような男には勿体ない、本当に良い妻だ。


 +月☆日

 娘夫婦がごく内輪だけの小さな結婚式を挙げた。
 純白のドレスに身を包んだ娘は本当に綺麗だった。
 どうか、世界中の誰よりも幸せになって欲しいと思う。
 涙を見られたくなくて早々に席を立ってしまったが、相手方の気に触っていないだろうか。


 +月◇日

 娘が結婚してから一年。初孫が生まれた。
 利発そうな男の子だ。
 この子はとにかく元気で良く食べ良く眠る、と助産婦が言っていた。
 きっと将来は大物になるに違いない。


 +月※日

 産後、体調の戻った娘がさっそく孫を連れて遊びに来た。
 赤子を抱く娘にいつかの妻の姿を重ね、今さらながらもう子供ではないのだと理解した。
 孫用に買っておいた服や玩具や三輪車を見て、娘は気が早すぎると笑った。
 全く、お前は子供の成長速度を知らないからそんな風に言えるんだ。


 △月□日

 夫婦二人になってからは、非常に単調な日々が続いている。
 毎日が同じ事の繰り返しで、時折どこかで迷子にでもなったかのような不安に苛まれてしまう。


 ◇月◎日

 苦節三十八年。ついに定年退職を迎えた。
 しかし、今まで趣味も持たず仕事一辺倒でやってきただけに、何をして過ごせば良いのか皆目見当もつかない。
 茶を飲みながら一言暇だと呟けば、妻はいつもどおりの微笑みを浮かべたまま「私はあなたがずっと家にいてくれて嬉しいですけどね」などと恥ずかしいことを言った。
 全く、彼女には敵わない。


 ◇月∑日

 妻に勧められて、公民館で行われている地域交流会とやらに顔を出してみた。
 が、その日の内に古株のじいさんと喧嘩して帰って来てしまった。
 後で妻が一人一人に頭を下げて回ったという話を聞いて、彼女の顔に泥を塗ってしまったのだと気が付いた。
 不甲斐ない夫ですまない。


 ○月▽日

 娘が三人の孫を連れて遊びに来た。
 最初に生まれた孫はもうすぐ中学生になるという。
 物を買い与えたり、小遣いをやったり、好きな場所に連れて行ってやったりしたのだが、甘やかすなと娘に怒られてしまった。
 しっかり母親をしているのだなと思うと、何だか感慨深い。
 いやはや、自分も年を取るはずだ。


 ×月△日

 七十五を過ぎたあたりから身体が動きにくくなってはいたが、八十を超えてついに半寝たきりになってしまった。
 自身も老いている妻に介護を任せなければならないのは心苦しい。
 このまま迷惑をかけ続けるよりは…と、ふとした拍子に自殺をよぎらせては打ち消すという思考を繰り返すようになった。
 いつから自分はこんな風に弱気な人間になってしまったのだろうか。


 ☆月※日

 先日、米寿を迎えた。
 もう手も足も満足に動いてはくれないが、意識だけはしっかりしている。
 おそらくこれが最後の日記になるだろう。
 死後にノートが発見されることを想定して、数年前にふみをしたためておいた。
 最後のページに挟んでいるので、もしこれを見つけた者がいたら妻に渡して欲しい。

~~~~~~~~~~

 その一文を読んだ私は、すぐに指定の場所を開きました。
 拍子にハラリと膝に落ちて来たそれは、夫のイメージと正反対の薄桃色の封筒。
 一体どんな顔でこれを買ったのかしら、と微笑ましく思いながら拾い上げて取り出した一枚の手紙。
 そこには、可愛らしい便箋にそぐわない達筆で、こう綴られておりました。


「妻へ。

 私は不器用で頭の固い男だった。君にとって、けして良き夫では無かったことと思う。
 共に生きた長い時の中、色々と不満もあっただろう。憤りもあっただろう。
 それでも、愛想を尽かさず私の妻であってくれた事に深く感謝している。
 散々苦労をかけておきながら、何一つ返せず先に逝ってしまうことが残念でならない。

 ~中略~

 最後に、どうしても口に出来なかった言葉をここに贈る。

 愛している。これまでも、そして、これからもずっと。
 君が私の傍で幸せになれたのかは分からないが、少なくとも私は君が傍にいてくれて幸せだった。
 ありがとう。

 こんな書面でしか伝える事のできない臆病者をどうか許してくれ。」


 気難しい夫の最初で最後の素直な告白。
 嬉しくて、嬉しくて。涙が溢れてしまったのも仕方のないことだったでしょう。

 本当に罪な人です。
 死してなお、私の心を強く掴んで放さないのですから。


 あのお見合いの日、確かに夫の私に対する態度はそっけないものでした。
 けれど、堂々とした男らしい立ち振る舞いにキッパリとした物言い、渋いお声に凛々しいお顔がとても素敵で、私は図々しくも一目惚れしてしまったのです。
 それからは、何とか気に入られようと必死でした。
 夫から妻になって欲しいと言われた時には、天にも昇る気持ちになったものです。

 結婚から二年経ち、ようやく身籠った子供を出産した日。
 仕事を休んで駆けつけてくれたあなたは、娘を見て「何だ女か。つまらん」とおっしゃって背を向けてしまいましたね。
 普通なら怒るなり傷つくなりするのでしょう。
 けれど、私はその声が、そして、後ろを向いたその肩が、小さくふるえていた事を知っています。
 恥ずかしがって素っ気ない態度をとってしまうあなたを、つい可愛く思ってしまったのは私だけの秘密です。


 いつだって、言葉では無いところであなたは愛情を示してくれていました。
 覚えています。そのひとつひとつを。
 覚えています。そのあたたかな軌跡を。


 だからどうぞ、私からも感謝の言葉を送らせて下さい。


 ありがとう。死してなお、私を愛してくれるあなたへ。
 ありがとう。あなたと共に生きる事が出来て本当に幸せでした。


 私の最愛の旦那様。
 願わくば、天のあなたにこの声が届きます様…。


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