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同居人のユーレイさん
作:奇壱



第四話  ユーレイさんと料理


「………」
「…………」
「…………ねぇ」
「…何も言わんでくれ…」


 大学もバイトもない、穏やかな休日の小さな事件だった。ことの発端は、レイの一言から。

「ねぇ、貴方って料理できるのぉ?」

「…できる…よ?」
「ほんとぉ? 私、貴方が料理してるところ見たことないわぁ」
 なんだか見下したような口調で話すレイに、龍之介の微かなプライドが動いた。
仮にも一人暮らしをして、飲食店でバイトをしている身だ。料理というものに対して、少なからずもプライドというものは生まれる。
たとえそれが、ほとんど料理をしたことがなかったとしても。
料理ができないことは確かだが、もしかしたら天性の才能的なものが眠っているかもしれないじゃないか、とレイに言い返すと、案の定、鼻で笑われた。
そのレイの行動が、龍之介の変な闘争心に火をつけた。
「だったら、なんか作ってやろうじゃないか!」
 そう言った瞬間、レイが一瞬とても心配そうな顔をした。どうやら幽霊の勘のようなもので、何かしらの危険を察知したらしい。
「む、ムリしなくてもいいのよ?」
 なんだか張り切りだしてしまった龍之介を止めようと、優しい声で諭してみるものの、彼の耳にはとどかず。返事もしないまま、龍之介は台所へと消えてしまった。
心配になって後ろをついていくと、龍之介は冷蔵庫の前で呆然とたたずんでいた。どうやら、いつもコンビに弁当ばかり食べていたので肝心の材料がそろっていないようだ。
「あら、材料がないならムリねぇ」
 少し安心したような声でレイが龍之介に言う。いつものめんどくさがりな龍之介ならここであきらめるばず、だった。
「大丈夫、あるもので作る」
 ただいま冷蔵庫の中にあるもの。萎びたキャベツ、マヨネーズ、辛子明太子、賞味期限が怪しいヨーグルト、納豆。これで料理を作るというのなら、かなりの腕と多種多様な調味料を必要とするはずだ。
しかし、ここにはそんな腕前を持つ人も、豊富な調味料もない。
あるのは、自分を料理人だかなんだか勘違いしているアホ男と、固まった砂糖と残り少ない味塩と弁当の付属品だった醤油のみ。
絶望的だ。
「…やめときましょうよ…。料理できないって言ったこと謝るから…」
「いや、大丈夫大丈夫。なんか今の僕なら成し遂げられそうな気がするんだ」
 そう言って輝く笑顔を向けながら親指を立てる龍之介を、もはやレイの力で止めることはできなかった。
金縛りにでもかけてやろうかと思ったが、そしたら後々怒られるだろう。レイはただ巨大な不安を一人抱えながら見守ることしかできなかった。
途中からはあまりの酷さに見守ることさえできなくなっていた。



 そして、一時間後、現在に至る。

「……これって……化学兵器かなにかかしら?」
「一応…炒め物…?」
「まぁ…マヨネーズも油分だしねぇ…。でもヨーグルト入れるのはちょっと…」
「色合い的に入れたほうが綺麗かなー…なんて…」
「なんか、茶色くなっちゃってるけどねぇ…」
 目の前のフライパンにこびりつき悪臭を放つ、不思議な物体を二人は見つめていた。
「どうするの、これ」
「……食べ……」
「死ぬわよ」
「…レイが言うと説得力あるよね…」
 レイにそう言われ、龍之介は肩を落とした。死のプロフェッショナルである幽霊から、食べたら死ぬ宣告を受けた物体を口に入れるなんて恐ろしいまねはできない。
せっかく作ったのに、とブツブツ言いながら異臭を放つその物体をゴミ袋の中に詰め込む。何かと化学反応を起こしたのか、ゴミ袋に入れた瞬間、ジュワッという嫌な音が聞こえてきた。
それを聞いた龍之介とレイは思わず顔をしかめた。

「やっぱ僕に料理はムリだね」
 開き直ったように龍之介が言った。目の前には昼食代わりのカップラーメンが置かれている。
「こんな壊滅的な腕前だったなんて、思いもしなかったわぁ」
「うん、僕も」
 そう言いながら、龍之介はカップラーメンをすすった。
料理はできないが、カップラーメンの作り方に関してはプロ級で、目分量で丁度いいお湯の量を測り、時計がなくとも三分きっちり計れるという無駄極まりない特技を持っている。
その様子を見てこの前龍之介が、自分はカップラーメンの神だと痛々しく豪語していた悲しい光景をレイは思い出していた。
「…私が料理作れたらいいのにねぇ。そしたら、貴方に美味しいもの食べさせてあげられるじゃない?」
「料理作れるの?」
「あら、私だって女の子よぉ? 得意料理の一つや二つくらいあるわぁ」
 得意気に胸を張るレイに、龍之介は小さく苦笑した。
「見せてあげたいわぁ、私の料理している姿…」
 目を細め、夢をみるような表情で龍之介を見つめる。
幽霊といえど、それなりの美人に見つめられ、龍之介はほんのり頬を赤く染めた。その様子を見て、次はレイが笑った。

「そうだ、私が貴方にお料理を教えてあげるわぁ」
 思い立ったように、レイが言い出した。
レイのいきなり何かを思いつくのはもう癖のようなものなので、龍之介は驚くことなく、横目でちらりと意気揚々と目を輝かせているレイを見た。
「私がね、貴方の後ろで野菜の切り方とか、味付けの仕方とか、細かく指導してあげるの。私の指導どおりに料理を作れば、必然的に私の料理を貴方が食べることになるじゃない?
 それに、貴方の料理の腕もあがって一石二鳥じゃなぁい! 素敵だわぁ」
 嬉しそうに笑いながら説明するレイを、少し心配そうな目で見つめる龍之介。
彼が心配するのにはひとつの理由があった。

「…それって、朝早く起きなきゃダメ?」

 低血圧で朝の苦手な龍之介に、早起きは拷問のようなもの。それはレイも知っているわけだが…。

「うん、それは仕方ないわぁ」

 龍之介が嫌がる理由を知っていながらも、爽やかな笑顔で言い返すレイに、龍之介は彼女にサドっ気の一片を垣間見た気がした。
はぁ、とレイにばれないような大きさのため息をついた。
「あ、そうだわ」
 また、よからぬことを思いついたのではないかと、龍之介は軽く身構える。これ以上睡眠時間を削られるような案ならば、素早く却下しなくてはいけない。
己の血圧と健康のためにも。

 しかし、レイの発した言葉は、龍之介の予想していたものとはまったく違うものだった。


「貴方が私の指導なしでお料理できるようになったら、私にお供えしてね」


 それは、今まで一緒にいて初めて聞いたレイの願いだった。少し恥ずかしそうに微笑んで、龍之介を眺めてくる。
これまでにレイは自分からお供えをしてほしいと言ったことは一度もなかった。好物のおはぎだって、最初は進んで龍之介が供えた物で、レイが欲したわけではない。
あまりにレイに物欲がないため、幽霊になったら物欲がなくなるんじゃないかとさえ思ったほどだ。

「…多分、まずいと思うけど…」
「それじゃあ、また特訓すればいいのよぉ。それに気持ちがこもっていれば、私はそれだけで十分よ」
「…じゃあ、頑張ってレイの指導受けないとね」
「私のお料理教室はスパルタよぉ? ついてこれるぅ?」

 意地悪く笑うレイに、当たり前だと強気な返事を返す。レイはその返事に満足したようで、気合を入れるかのように背伸びをした。
「それじゃ、今からはじめましょ?」
「えっ、今から!?」
「だって、貴方明日から学校とかばいとでしょう? やるなら今日からのほうがいいじゃない」
 やる気満々のレイに、龍之介はまた小さくため息をついた。
さすがに少し怒ってやるか、と口を開こうとしたときだった。


「はぁ、早く貴方の手料理、味わってみたいわぁ…」

 
 うっとりとした口調で、嬉しそうに言うレイを見て、一気に龍之介の怒りは冷めた。なんて単純な男だと、自分に心の中で悪態をつく。


「それじゃ、なんか適当に材料買ってくるよ」
「ええ、お願いね」
 そういい残して、龍之介はそそくさと家を出た。いい年をして赤く染まった顔をレイに見られたくなかったのだ。
しかし、レイもそこまで鈍感ではないようで。
「可愛いわねぇ、リュウは…」
 窓から走っていく龍之介を眺めながら、彼の赤い顔を思い出して幸せそうに微笑んだ。
だが、その微笑みもすぐに耐えた。レイはその笑みを消し去った原因のほう眺めながらポツリと呟いた。


「…それにしても、くさいわぁ…」

 さっきから、せっかくの甘い雰囲気を台無しにし続けている、龍之介の練成した謎の固体を忌々しそうににらみつけた。
相変わらずそのゴミ袋からは、ジュワジュワという化学反応音が聞こえていたという。












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