第三話 お暇なユーレイさんその1
「はぁ…暇だわぁ」
龍之介が大学へ行って二時間ほどたったころ、幽霊ことレイがため息交じりで呟いた。龍之介に存在を知られていなかったときは、そんなに暇を感じることはなかったのだが、一度話し相手を見つけてしまうと暇というものをもてあましてしまう。
ものに触れようとしてもすり抜けてしまうので、番組を変えるともできないし道具をつかって暇をつぶすこともできない。ちなみに一話で龍之介のコートを枕にしていた、という描写があったがそれはあくまでそう見えただけで、実際はすり抜けている。
「暇だわぁ…」
もう一度呟く。昼寝でもしようかと思ったのだが、実際幽霊は眠らなくても生きていけるわけで。睡眠欲というものはほとんどないに等しい。一応夜は美容のため、と銘打って寝ているわけだが。
やることもなく、窓の外を眺める。直射日光が目にぶち当たり、思わず顔をしかめる。
「太陽は嫌いねぇ…」
それは幽霊だから、という理由からではなくただ単にまぶしいから、という理由であった。本当に幽霊としての自覚がない幽霊である。
やることもないまま、時間は刻々と過ぎていった。いつの間にか窓から差していた日差しは、朝日から夕日へと変わっていた。
「そろそろ帰ってくるかしら…」
ふと時計に目をやると時刻は五時半をさしていた。そろそろ龍之介が帰ってくる頃だ。しかし、時計の下にかかっているカレンダーを見て、レイの期待は脆くも崩れ去った。
「…今日、リュウあるばいとの日じゃなぁい…」
カレンダーに書かれている今日の日付には、青いペンで丸が書かれている。これがバイトの日だと、前に聞かされたことがあった。
期待を裏切られたような悲しさに、がくりと肩を落とすレイ。そして、悲しみの次に溢れてきた感情は、逆ギレともいえる理不尽な怒りだった。
「帰ってこない貴方が悪いのよぉ…」
そう呟いて、レイは壁をすり抜け外へと飛び出した。向かった先はもちろん龍之介のバイト先。場所なんて知らないが、一応龍之介にとり憑いている幽霊なので、勘的なもので大体居場所は察知できるらしい。
夕日に照らされ、眩しさに目をしかませながら、レイは龍之介のもとへと向かった。理不尽な怒りを心に秘めたまま。
「まーたあの客、喧嘩してるよ。今回で何人目?」
「確か四人目ですよ。よくもまぁ、あんなにちょこちょこ違った女を釣れるんだか…」
「女釣るのはいいけど、ここで喧嘩するのは止めてほしいよなぁ。なんかこの店の名物になりかけてるし。ちょっとリュウ、止めてこいよ」
「ムリですよ。僕生まれついての平和主義者ですから。それに実力行使なら佐崎先輩のほうが向いてるじゃないですか」
「なに? お前実力行使で客追い出すつもりだったの?」
「そうですけど?」
「…お前って真面目に見えて結構バイオレンスだよな」
バイト先の先輩と他愛もない世間話をしながら、喧嘩を続ける常連客を眺める龍之介。すでに家に幽霊がいる、という状況にも慣れ、バイトにも集中できるようになってきた。
「そういえばお前、家にいるユーレイ? どうなったんだよ」
「あー、今同居してますよ」
普通にさらりと答えると、佐崎先輩こと佐崎 夏彦はかわいそうなものを見るような目で、龍之介をみつめた。どうやら、幻覚でも見てるんじゃないかと勘違いしたらしい。
なんとなく雰囲気的に勘違いされてるのはわかっていたが、訂正するのが億劫だったのでそのまま勘違いさせておくことにした。
「見えてんの?」
「見えてます。すこぶる見えてます」
「男?」
「女です。結構可愛いですよ」
「マジでか」
ちょっとだけ佐崎が羨ましそうな顔をした。最近彼女と別れたばかりで、女性が恋しいのだろう。元々佐崎は子供っぽいところが多く、後輩である自分にさえ時々甘えてくる始末だ。面倒を見てくれる人がほしいのだろう。
「でも幽霊じゃなぁ」
「でも朝は起こしてくれますよ、金縛りで」
そう言うと、やっぱり佐崎は心配そうな目で龍之介を見る。でも、だからと言って嘘はつきたくないし、そのまま幽霊が見える変な子キャラで通していこうと龍之介は心に誓った。
ただ単に、いちいち説明したりするのが面倒なだけでもあるのだが。
「佐崎さーん! ちょっとこっちお願いしまーす」
「あ、はーい! んじゃ、ちょっとここ任せたよ」
そう言って佐崎は龍之介を残し、店の奥へと去っていった。なんだかんだで結構要領が良い佐崎は頼られていたりする。龍之介も佐崎を頼っている後輩の一人だ。
一人になりしゃべる相手もいなくなり、ボーっと突っ立っていると、いきなり背中に悪寒が走った。そして徐々に手足がしびれだす。それはまるで、金縛りのような…。
「…レイ…?」
小さな声で犯人であろう幽霊の名前を呼ぶと、一気に悪寒と金縛りが消え去った。そして背後の壁からレイの不満げな顔がひょっこり生えてきた。
いつものおっとりとした笑顔が浮かんでいないところを見て、なんかコイツ怒っている、と龍之介は察した。しかし、怒らせるようなことをした覚えがない。
「どしたの?」
小声で問うと、しばらくの沈黙の後、不機嫌そうな声でレイが答えた。
「貴方の帰りが遅くて暇で死にそうだったのよぅ」
「…もう死んでるじゃん…」
「精神的なことよぉ!」
レイが珍しく大声を上げた。少し驚いて肩を震わせると、近くにいたお客さんが不審な目で龍之介を見てきた。少し照れながら、軽く会釈をし前を向きなおした。
「仕方ないでしょ、バイトなんだから」
「ばいとって何よぅ! そのばいとの方が私より大切だって言うのぉ!?」
「君、どんなテレビ見てたの」
多分昼ドラで学んだであろう台詞を繰り返すレイに、龍之介は小さくため息をついた。
「ねぇねぇ、早く帰りましょうよぉ」
「まだバイト終わってないって」
そう言って冷たくあしらうと、レイが不満げに頬を膨らませた。大人の女性がする行動じゃないな、と龍之介は心の中でつっこんだ。
どうしてこうも自分の周りにはレイといい佐崎といい、子供っぽい人間? が集まってくるのやらと頭を抱えたかった。
「あ、いいこと思いついたわ。あのね、私が貴方に金縛りかけて貴方を倒れさせるの。それで貴方は家へ帰されて一件落着って寸法よ」
「どこが落着なのさ」
「あら? ダメ?」
「ダメ」
冷たく拒否すると、レイはあきらめることなく新たなる作戦を考え始めた。どうやら、どうにかして龍之介が帰ってきてほしいらしい。
そう考えると、なんだか悪い気もしないでもないが、やり方がやり方なだけにどうだろうかと思う。そして、レイが新たなる問題策を考え付く前に、龍之介はレイに耳打ちした。
「このままおとなしく帰ってくれたら、おはぎ買ってきてあげる」
「…本当?」
「うん、それも松屋の」
「それじゃあ帰るわぁ」
松屋のおはぎと聞いて、簡単にレイは帰って行った。しかしその出費はなかなか大きい。
「…幽霊のくせに舌こえやがって…」
高級和菓子店のおはぎしか口にしない、セレブ思考幽霊レイの背中に悪態をつきながら、先ほど見せた子供のような笑顔を思い出して、龍之介は小さく微笑んだ。
そんな龍之介を遠巻きに見ていた佐崎が、独り言を言い一人で思い出し笑いをする彼を本気で心配したのは言うまでもない。
「またおはぎ、買って帰らなきゃなぁ…」
どことなく幸せそうな口調で、龍之介はまた一言呟いた。
|