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同居人のユーレイさん
作:奇壱



第二話  ユーレイさんの名前


 大学からの帰り道。今日は友人との約束やバイトもないので、まっすぐ自宅へと向かっていた。その足取りはどことなく軽く、少し早足だった。
龍之介の頭の中は講座を受けているときも友人と話しているときも、あの幽霊のことでいっぱいだった。出会ったのが深夜だったり、朝だったりでまともな話をしていない。故に、彼女の名前もいつからあそこにいたのかも何も大切なことは聞けていない。
元々龍之介は、人間関係というものに人より少し神経質なところがある。ある程度相手を知らないと、安心できない性分なのである。
 まぁ…今回の相手は人間ではなく、幽霊なのだが。元人間だったことにはかわりない。


 途中コンビニに寄ったりしていたため、自宅についたのは午後六時を少し回ったときだった。軽く深呼吸をして、ドアノブに手をかける。
がちゃり、と音を立ててドアが開いた。ただいま、と言うべきかどうか悩んだが、もし幽霊がいなかったりした場合のちのちがなんだか恥ずかしいので、出かけていた『ただいま』を、無理やりのどに押し込めた。
 短い廊下を歩いて、朝幽霊がテレビを見ていた居間のドアを開ける。ぐるりと部屋の中を見回したが、幽霊の姿は見当たらない。

「…成仏でもしたかなぁ…?」

 そう呟いて龍之介はテレビの前に腰を下ろした。そして、ふと隣の壁に目をやった。
 そこには幽霊の上半身が生えていた。

「うわっ!! 何してるのアンタ!?」

 思わず大声を上げて後ずさると、幽霊は気まずそうな笑顔で龍之介に言った。

「…剥製〜…」

 一瞬何を言っているのか理解できなかったが、その幽霊の全体を眺めたあと言葉の意味をつなげてみると、たしかに剥製っぽかった。笑ったほうがいいのだろうが、人間ではありえない一発芸をいきなり披露されてなかなか反応できない。
そんな龍之介の様子を見て、幽霊の白い顔はどんどん赤く染まっていく。

「…もう、笑ってよぉ」
「いや……いきなりだったもんで……」
「いきなりだから面白いんじゃないのぉ。貴方が出かけたあと、一時間かけてこの一発ギャグ考えたのに」
「大層暇なんだな…」

 龍之介がそう言うと、幽霊は相変わらずの赤い顔で「幽霊だもの」と答えた。その通りだ、と龍之介はしみじみ思った。


 しばらくどこか寒々しい沈黙が続いた。しかし次第に寒々しい雰囲気も薄れ、ふぅと小さく一息ついた龍之介が、幽霊に質問を開始した。

「あのさ、キミの名前は?」

 自然を装って聞いたつもりだったのだが、幽霊は少し驚いたような顔で龍之介を眺めた。変な言い方したかな、と龍之介が一人気まずくなっていると、その気まずさを打ち破るかのように幽霊の嬉しそうな笑い声が耳をこそばした。

「ふふふっ…貴方って本当に変わった人間ねぇ、幽霊に名前を尋ねるなんて」
「そりゃぁ、まあ…これから一緒に暮らしてかなきゃいけないかもしれないし…」
「出てけ、とか言わないんだ?」
「別にいられても迷惑なわけじゃないし…。それにあんたのほうが、僕より先にここ住んでたんだろ?」
「まぁ、そうなるわね…」

 そう言って幽霊は目を伏せた。どうやら、なぜここにいるのかということは、触れないでほしいことらしい。
それを雰囲気的に悟った龍之介は話題をすり替えた。

「そんで、名前は?」
「……忘れちゃった、そんなもの……」
「死ぬと名前って忘れるものなのか?」
「さぁ、どうかしら? ……ずっと昔は、覚えてたような気がするわぁ」
「死んで長いの?」
「かれこれ五十年は経つんじゃないかしら? …おばさんなんて言ったら呪うわよぉ」

 今まさに「おばさんだねぇ」と言おうとしていた龍之介は、素早く出かけていた言葉を飲み込んだ。

「そうだ!」

 いきなり幽霊が明るい口調で大声を上げた。何か良いことでも思いついた子供のように笑いながら、龍之介を見つめてくる。
話の意図がつかめず、首をかしげる龍之介の目を見つめながら幽霊は続ける。


「貴方、私に名前をつけてみない?」
「……へ?」


 思わず情けない声が口から漏れた。

「これから、もしかしたら長い付き合いになるかもしれないじゃない? そのときお互い呼び名が無いと困ると思うのぉ。
 だから、貴方が私の名前をきめてちょうだい」
「いや、でもそんな犬猫みたいに…」
「名前を思い出せないんだもの、仕方ないわぁ。さあ、早く」

 そう言う幽霊の口調はなんだかとても楽しそうで、決して断ることはできない雰囲気を作り出していた。

「そんじゃぁ……えーと……」

 幽霊の嬉しそうにキラキラ輝く瞳に負けて、龍之介は仕方なく幽霊の名前を考え始める。相手は幽霊とはいえ元人間、下手な名前をつけては失礼に当たる。
考え込む龍之介のそんな気持ちを知ってか知らずか、幽霊は龍之介の周りをせわしなくフヨフヨ漂いながら「まだぁ?」と繰り返し聞いてくる。それだけ楽しみらしい。

「どんなのでもいいのよぉ? 私は名前を貰えるってことが嬉しいんだからぁ」

 幽霊のその一言が、なぜだかとても悲しく聞こえた。この幽霊が長い年月、名前を自分で忘れてしまうほど独りでいたということが、どことなくその台詞から感じ取れた。
ますます下手な名前をつけられなくなったな、と龍之介は頭を抱えた。


「……霊だから、レイとか? …ありきたりか」
「いいと思うわよぉ? レイって。覚えやすいじゃない。これなら私も忘れないわぁ」

 独り言で言ったつもりだった名前に、思いのほか幽霊が食いついてきた。それも結構気に入っているようだ。

「そんな単純な名前でいいの?」
「単純だなんて全国のレイさんに失礼よぉ」
「じゃあ、本当にレイって名前でいいんだね?」
「ええ、気に入ったわぁ」

 幸せそうな声で幽霊ことレイは言った。死んだ人間のする顔とは思えないほど、幸せそうな笑顔を浮かべている。そんなレイにつられて、龍之介も小さく苦笑した。

「これからよろしくねぇ、えーっと……」
「ああ、僕の名前は柊龍之介」
「…長いわねぇ。リュウでいいわね」
「お好きにどーぞ」

 龍之介がわざと呆れたような口調で言う。しかし、そんなことレイは気にしないようで相変わらず嬉しそうに笑っている。


「それじゃ、リュウ。これからよろしくねぇ」


 顔を覗き込むようにして笑顔を向けてくるレイに、苦笑交じりの声で「ああ」とだけ返事を返した。それだけでもレイは満足したようで、ふわふわと漂いながら自分の名前を何度も繰り返していた。
精神年齢が低いのか、少し頭が悪いのかわからないが、妙に幼い行動をするレイに龍之介の母性本能的なものがうずいた。



 こうして、本格的に幽霊のレイと、龍之介の穏やかで不思議な生活が始まりを告げたのだ。













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