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もののけ狩り  作者: 蝦夷 漫筆
旧鼠、人を噛む?:刈屋
31/42

焼き討ち、からくり

 刈屋城を襲った妖怪・旧鼠きゅうそたち。対する池鯉鮒ちりゅう衆は犠牲者を出しつつも激しく応戦。

 雲二郎が追った侵入者の狙いはどうやら刈屋藩の嫡子。執拗に幼子の命を狙う侵入者を、雲二郎は見事成敗した。


 「殺っちまったか…」

 にわかに行燈に火が灯された。橙色の光が部屋を隅々まで照らし出す。

 侵入者は首を失ってなおその切り口から真紅の血を流しクヒクと痙攣していた。


 「な、なんてこった…わが子は、わが後継ぎは無事か、無事なのかっ」

 慌てて入ってきたのは藩主・土井利以どいとしもち

 「利行としつらは無事か、怪我は無いかっ」

 気絶した幼子を抱きかかえ、脈を確認しながら揺り起こす。

 思い出したようにワッと泣き出した我が子を強く抱きしめながら藩主は振り返って雲二郎を見た。

 「お主は…池鯉鮒の者だな。生け捕りに、といったが…止むを得ぬ。この子を護るためとあらば」


 雲二郎はふと、切り落とした首と目が合った。

 「こ、こいつは、侵入者は、どう見てもネズミなんかじゃないな…」

 利以は立ち上がって雲二郎をキッと睨んだ。

 「こいつは旧鼠だ。間違いなく、ネズミの妖怪。それ以上はお前たちは知る必要はない」

 威圧的な口調に思わず目を伏せた雲二郎。

 (いや違うよ…どうみたって人間じゃないか)

 にわかに自分の手が震え出すのを感じた。

 「…僕は人を殺めてしまったというのかっ」

 全身から汗が噴き出す。

 「一体どうなってるんだ、今回の仕事は…」


 「死んだか…」

 ふと、聞き慣れた声。

 「こいつも自害しおった。舌を噛み切ってな」

 あちこちに雪を付着させたままの仙太郎が、網にぐるぐる巻きの侵入者を抱えて入ってきた。

 「兄さん…」

 「おお雲二郎。生け捕りは叶わなかったが、良くぞ嫡男を護ってくれた」

 網の中の亡骸を投げ捨てるように床に下ろし、覆面を剥いだ。

 「あっ…」

 雲二郎はしっかりと見た。口から大量の血を吐き絶命した侵入者の鉢金の家紋を。

 「に、兄さん。そいつ…」


 雲二郎の言葉がまるで聞こえていないかのように、大きな声で利以に報告する仙太郎。

 「堀から上がって侵入を試みた連中も皆死んだ。間違いない」

 利以は眉をピクリと動かしながら答えた。

 「計画と違うな…」

 仙太郎が詰め寄る。

 「だが、俺たちがいなきゃあの子は間違いなく死んでた…だから前金はそのまま貰っておく。残りは半分でいい、後で使いをよこすからその時…」

 「いいや」

 ニヤリと笑った利以。

 「全部払う。その代わり、お前たちが今日見たものは全て忘れろ」

 「…」

 仙太郎はしばしの沈黙の後、フッと軽く笑って口を開いた。

 「承知した。我らは何も見なかった。聞かなかった。ここに俺たちは、いなかった」

 利以はゆっくりと数度、頷いた。仙太郎は「帰るぞ」と雲二郎に目配せ。

 「ああ、そうだ。おチビさん、怖かったろ。強い男になれよ」

 仙太郎はしゃがみながら嫡子・利行の頭を優しく撫で、懐から手製の竹とんぼを取り出して手渡した。

 利以と配下の藩士たちが深く頭を下げる中、仙太郎と雲二郎は城を後にし、大手門で待つ善丸と合流した。


 「そうか。京介も、宗吉も、か…」

 うな垂れる雲二郎、そして善丸。

 子の刻を回り一層寒さが身に沁みる。

 

 「あ、兄さん。道が違うよ…」

 来た道と景色が違うことに気付いた雲二郎。雪が積もったせいで違って見えるだけではない。

 「屋敷に帰るならこっちだってば」

 「いや…」

 仙太郎は北へ向かって歩き続ける。

 「もう一箇所、寄るところがある」

 しばらく進むと小さな林のほとり、林から火の手が上がっているのが見えた。

 「あれは…」

 首を傾げつつも仙太郎についてゆく雲二郎と善丸。

 「焼き討ちだ。池鯉鮒衆うちの仲間たちだ」

 武装した池鯉鮒衆の忍者たちが燃え盛る火を取り囲んでいる様子がシルエットに浮かび上がっていた。

 「いかにも。こっちも今日の仕事だ。焼き討ちは我らの伝統的な狩りのやり方の一つ」

 小走りに駆け寄った仙太郎が叫ぶ。

 「ようし、そろそろいいだろう。突っ込めっ」

 燃え盛る林の中へ、刀を構えてなだれ込む忍の群れが見える。


 「相手は…狩りの相手は一体」

 尋ねる雲二郎に仙太郎が答えた。

 「旧鼠だ。旧鼠退治だよ」

 「えっ…」

 林の中では、火にいぶり出された大きなネズミの妖怪たちが右往左往。大挙して飛び込んだ池鯉鮒衆が次々と旧鼠を斬殺してゆくさまが見える。


挿絵(By みてみん)


 「あの大ネズミが旧鼠…」

 女子供とて容赦はしない皆殺し。甲高い悲鳴と怒号が幾重にも連なって耳に残る。

 軽く笑みを浮かべながら仙太郎が呟いた。

 「ここは奴らの巣だ。冬はは巣に籠る習性があるからな旧鼠は。寒さに弱い上に冬ごもりに備えて腹がふくれて動きの鈍い今が好機だ」

 反撃の余地もなく、寝込みを襲われた旧鼠たちは無抵抗に殺されてゆく。

 

 「に、兄さん…」

 雲二郎は声を震わせて尋ねた。

 「この大ネズミが旧鼠なら、さっき刈屋城に忍び込んだ賊は一体?」

 「ん…」

 物言わぬ仙太郎。

 雲二郎は苛立った様子で声を張り上げた。

 「どうなってるんだ。僕がさっき斬ったのはどうみても大ネズミなんかじゃない、あれは人間だった」

 「そう、見えたか…」

 「見えた、って…間違いないよ。兄さんだって見たじゃないか。藩主の嫡男を殺そうとしたヤツ、あの鉢金の家紋は重原藩のものに間違いない」

 「うむ…」

 「なあ兄さん。おかしいじゃないか。さっきのはどう見ても妖怪なんかじゃない、人間だ。生身の人間を俺は斬り殺した。なにか騙されてるんじゃないか、俺たち」

 「いや…」

 じっと林の炎を見つめる仙太郎。

 「予定通り、だ…生け捕りに出来なかったこと以外は」

 混乱する雲二郎が頭を抱える。

 「なんだよ一体。僕が斬ったのは人間、今皆殺しにされているのは旧鼠…」

 善丸も仙太郎の袖を掴んで尋ねる。

 「仙太郎さん、ちゃんと教えてくださいよ。今回大事な仲間を二人も失ったことだし」

 

 「そうだな。いいか、よく聞け。そして他言無用だ」


 つづく

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