14 エニグマとエレメント
俺が意識を取り戻し、摩耶姉さんと初めて会った頃。
俺はまだ身動きも出来ず、動く時はいつも事件後に組まれた医療チームのメンバー……主に村野さんだったけど……に、あらゆる世話を受けていた。新しくなった体にもなじめてない俺は、もう恥ずかしいやら情けないやら……、散々の日々を送っていた。
そんな中、俺はふとしたことから自分の異常に気が付いた。
それは俺が感情の赴くまま、主にその矛先を頻繁に病室に来る神坂女史に向けているときに起こっているようで、なんとも不可解な現象を解明しようと俺は灰色の脳細胞を総動員し解決にあたった。何しろ何もすることがない。暇なのである。
異常とは俺の周囲で時折起こる急激な温度の変化で、それは容易に物理現象を起こすほどのものだった。しかもごく局所的に発生しているようで、その変化の被害を受けるのは十中八九、ほぼ間違いなく神坂女史である。
この施設内は空調が常に効いていて人が過ごすのに快適な温度が保たれている。にもかかわらず時折やたら寒がったり、反対に暑がったりすることが多々あった。それだけでなく実際着衣が凍ったり、焦げ付いたりすることまであった。最初はふざけているのかと思ったが、考えてみれば神坂女史が自分自身に対してそんな危険で意味不明なことをするとは考えにくい。(俺に対しては散々イラッとすることやセクハラまがいなことをしてきやがるがな)
俺は今までのそんな現象が起こった際、主にどんな条件が存在していたか考えてみた。
答えはすぐに出た。
一致していたのはその時、その場ではいつも俺が神坂女史から何らかのからかいや冗談、恥ずかしいと感じる……いわゆるセクハラ言動、更には子ども扱い……などなど……、うう、なんかまたイラッとしてきた。――をされていたということだ。理由としてはちょっと弱いが、思い付いたのはそれくらいしかない。ま、そもそも動けないんだからそれくらいしか出ようもなかった。
――ほんとどうしょうもなかったよな、摩耶姉さん。
まとめると俺の感情が冷めたり、熱くなるといった、不安定な状態になった時にその現象は発露しているかのように見受けられた。
ストレス等を感じると知らず知らずのうちに周囲に干渉する……などという不可思議な、その……能力? 俺はそんなバカみたいな発想をした自分に苦笑いした。
出来の悪いSF小説でもあるまいし、そんな安直な――。
だが、自分が被ってしまった状況はそんな小説にも勝るとも劣らない不思議に満ちていた。なにしろ30は若返って、しかも女に性転換だ。もう何でもありって感じなのである。
物は試し。目の前の空気を冷やすイメージを固めて見た。神坂女史の痛い行動を冷めた目で見るイメージでもいいかとか考えてみたりもした……。
俺の目の前。空中の温度が急激に下がり、顔に当たる空気が冷たく感じられたかと思うと、それは俺の顔に向かって落ちて来た。冷えた空気は重くなる。しかもそこには部屋に少ないながらも存在した湿気という名の水分が存在していた。当然それも冷やされて……どうなったかと言えば。
「うわっ、つめてー!」
そう、見事に俺の顔、顔面に霜が降りる……などという摩訶不思議な現象と相成った訳だ。
まじかよ。大マジかよ?
「くちゅん」
ああ、寒い。
部屋の温度、かなり下がったかな? 結構部屋全体の温度が下がってしまったみたいで、一部だけ下げるなんて芸当は全然出来てないようだ。つうかほんとに俺のせい?
俺の声に慌てて飛んで来た村野さんは、異様に冷えた部屋の温度、それにびしょ濡れになった俺の顔を見ても特に訝しむ様子も見せず、タオルで顔を拭いてくれた。不思議なことに。
なんだ、この違和感。
もしかして村野さん、知ってた?
そう思うともう俺の頭の中で色んな想いがぐるぐると回り出していた――。
*
俺は迂遠なことなど一切せず、単刀直入、神坂女史に問いただした。
「あら、もう気付いてしまったの? 案外早くばれてしまったわね」
俺の問いに悪びれもせず答えた神坂女史。
「なんだよ、その言い方。まるで初めから知ってたような口ぶりだな?」
凄んでそう言ったものの小さな女の子の、しかもようやく起き上がることが出来るようになったくらいの俺がそんなこと言っても何の迫力もない。
「ま、かわいい。さくらんぼのような唇をとんがらせて拗ねたお顔見せちゃって、もう。食べちゃいたいくらいだわ」
神坂女史のそんな言葉に、動くようになった手でとっさに口を塞ぐ。そしてそのまま睨み付けてやった。
「怖い怖い。真っ赤なお目目でそんなに睨み付けないでちょうだいな? 可愛いお顔が台無しよ。ふふっ、こうなったからにはちゃんと説明させてもらいますから、聞いてもらえますか? 雫石チーフ。今後の事故を防ぐためにもね」
――俺の体には人間には無い、見たことも聞いたこともない器官が存在しているらしい。
俺の体は変化が始まってからというもの、定期的にCTやMRIによる検査が為されていたようで、中身がぐちゃぐちゃだった頃から現在に至るまで変化の様子が記録として残ってるってことだ。なんだよそれ、き、気持ち悪い。
で、体内……臓器が形成されていく段階でその器官が発生し、形成されていったことは認識されていたんだけど、その役目が何か?っていうことがずっと不明だったらしい。ちなみにその器官、俺のお腹、はっきりいえば子宮の少し上あたりに存在しているらしい。っていうか、俺に子宮が存在してるっていうのが何気にショック大きい……。女になったってのをいやでも思い知らされる。
「でもそれだけじゃ、その謎器官が原因になってるかどうかなんて分からないじゃないのか?」
俺は当然の疑問を神坂女史に投げかけた。多少悩むかと思いきや、即解答が返って来た。
「その点は抜かりありませんよ? 雫石チーフ、あなたの意識がない頃、先ほどの様な現象が確認されることが多々ありまして。その現象にあなたが関わっているとしか考えられないことから、現象が発露している際の体内の様子を色々調べてみたのです。
血流や体温の変化、体組織の緊張の度合いなど、多岐にわたって調査したんですよ?」
マジか。つうか俺の体、知らない間にやりたい放題されてるよな。もう恥ずかしいの通り越して虚しくなっちまうぜ、ったく。
「ですから……、その器官がどういった作用によってあの現象をもたらすかまでは不明なままとはいえ、その器官によって為されているということまでは判明しています。ちなみにその器官は暫定でエニグマと呼んでいます。なかなかイケてると思いませんか? うふふっ。
そういう訳で雫石チーフ、エニグマの更なる解明のため……今後も当然、実験に協力していただけますよね?」
――そんな訳で俺は脅迫にも似た神坂女史の言葉にいやという選択肢があるはずもなく……、そして俺自身その現象というか力に興味が湧いたというのもあり、調査に協力していくことになった。意識がある中でその作用を確認出来ることの意義は大きく、俺の積極的な協力もあり、謎の器官との関連性はほぼ間違いないと断定出来るまでになった。
俺が操れることで分かりやすいのは温度だ。水を凍りつかせるまで冷やしたり、その逆に沸騰させたり。もちろん水が無くても変わりはない。空気自身を加熱させることも可能だからだ。更に言えばその対象は何も液体や気体に限定されないことも確認済だ。
要はありとあらゆる物体の温度を操作できる。いや、もっと噛み砕いていうなら物体の分子の動きを操れるといった方がいいだろう。世の中の物質はすべからく分子で構成されている。当然生物、無機物すべてに当てはまる、世界……いや宇宙の節理だ。
これ冷静になって考えれば考えるほどやばい力なんじゃないか?
分子を操ることで出来ることは何も温度に限られるってわけじゃない……。
こ、こええ。
俺やばい。
俺は調査が進んでいくうちに自分自身の力に恐怖を覚えた。超常なる力を得ることは男なら誰でも一度は考える所だとは思うが……、これちょっとやばすぎだろ。
正直びびった。つかちびった。(内緒だぞ)
神坂女史は何考えてるんだろう?
そんな俺の心の葛藤なんてどこ吹く風で、神坂女史は能力に名前まで付けてくれた。
『エレメンタルルール』そしてついでに『エレメンタルルーラー』だと。
元素、自然力を支配する。支配なんて大げさな……。それに実際に操ってるのは分子なんだから本来なら"モレキュル"って言った方が正しいだろ? って突っ込んだら、語感がいまいちだからエレメント、エレメンタルとしただと。で、ルーラーで支配者だ。ようは俺は元素の支配者ってことらしい。
む、無駄にこだわってる。呆れて物も言えない。
つうか中学生が罹るって言われてる病を発病してるんじゃないのか? 二つ名まで付けるなよ!
しかもしまいには、どんなことが出来るか考えて来ては俺にやって見せろとせがんで来る始末だ。
空中に伸びていく氷の階段。(空を歩ける? 途中で割れたらどうすんだよ!)
人体氷像。(誰がなるんだよ、それ! いやすぎだろ)
人間温泉製造機。(いや普通に温泉に入れよ)
爆弾代わりのファイアーボール。(どこのリナさんだよ!)
金属を変形させて動物や人化。(未来から来た軟体金属暗殺者かよ)
etc、etc……。
――うーん。
思い返してみてもやっぱろくなことないな……。
ま、俺のこと気味悪がらず……、それどころか引き取りさえしてくれたんだ。へたすりゃ実験動物扱いで一生過ごす羽目になってたかもしれことを思えば――、今は天国のような環境だよな。
研究対象ってこと自体に変わりないが……、俺の意思を尊重してくれてるし、一応の自由を与えてくれた。それも半端ないやつをな。
穿った見方すりゃこんな俺を取り込んでおきたいって神坂家の打算もあるのかも知れないが……、そんなことは俺にとっちゃ些細なことだ。
感謝こそすれ、恨んだり自分を憐れんだりする必要性は感じない。
なんてことをリムジンの中で鬱々と考えていた時、それは起こった。
『ズシンッ!』
「はわっ!」
唐突。
まさにそうとしか言えない、刹那の衝撃。
非日常が連れて来た衝撃が、俺を乗せたリムジンを襲った――。
作者は英語力皆無です。
なので話中の英語名は超適当です。
あしからずご了承ください。