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幸子
作:ミズキシホ


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ここまで書くと、俺はペンを置いた。

煙草に火を点ける。

深々と吸い込むと、
長くゆっくりと吐き出す。

――さて、これからどういう展開にしようか。
――簡単には死なせない。
――生きながら、もっともっと苦しんでもらうよ、幸子……。フフフフフ……

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ここまで打って、
わたしは、パソコンのキーボードから手を離した。

ゆっくり息を吸いながら、
首をのけぞらす。
首がバキバキと鳴る。
首が痛い、肩もかなりこっている。

――終わった……。

早く書き上げたい気持ちと、
この文に向き合うのが嫌な気持ちとが交錯した日々だった。
長かった。
辛かった。


これは、わたしの復讐の物語だ。


何年越しだろう。
5・6年は経つのだろうか。

必ず不幸にしてやると誓い、
毎日、呪詛の念を送り続けた日々。

自ら手を下すつもりはなかった。
作中のあの男のようには。

手を出したら負けである。

常に不幸に見舞われている。
いつも運命を嘆いている。
そして、それがさらに、自ら不幸を招くことになる。
そんな毎日にしてやろうと思った。

そして、実際、そうしてやったと自負している。

証拠はない。

根拠はある。
わたしの念がそれほど根深かった、という事実。

ああ、なんと素敵で、芸術的なのだろう。
わたしは、一切手を下してはいないのだ。

「幸せにはさせない」と、
念じ続けただけ。


あの当時、
「生涯赦さない」とわたしが心に誓った相手は二人いた。

そのうち一人には、
それはそれはあざやかに、恨みを晴らした。

恐怖に震え、蜘蛛の糸にしがみつく、カンダタを見ているかのようだった。
あともう少し、というところで糸をプツリだ。
奈落へ落ちるあいつ。
糸を切る絶妙なタイミングに我ながら惚れ惚れした。

その時、わたしは、何ヶ月ぶり、ひょっとしたら何年かぶりかに、
心の底から晴れ晴れとした気分になった。
なんと世界は明るいのだろう!
なんと世界は色に満ち溢れているのだろう!
空は青く、空気は軽かった。

一人目復讐完了。

いまだに、目の端に映るのもいやだし、(いまのところ一度もないが)
話題を耳にすることすら嫌悪する。
こうして考えただけで、不快だ。
でもそれは、
おぞましいゲジゲジや、カマドウマを目の当たりにした時と同じ感覚だ。

復讐は完遂している。
いまは、虫けらに感じる嫌悪感程度の気持ちしかない。

しかも、
糸を切る直前まで、
四六時中、呪詛の念を送り続けてやったから、
あいつが幸せになることもない。

これから先、やつの姿を目にすることも、耳にすることもないだろうけれど、
わたしには分かる。
あいつは幸せになれない。

それだけでわたしは幸せだ!

そして、二人目。
そいつの名は「幸子」。
会ったこともないし、見かけたこともない。

でも、誓って、わたしの逆恨みではない。

わたしの空想の産物でもない。
実在する人間だ。
でも、どうだろう、いま、実在してるのだろうか?
していないかもしれない!

先に仕掛けてきたのは幸子だ。
わたしは売られた喧嘩を買っただけ。

一人目と同じように、呪詛の念を送り続けてやった。
間違いなく、いま、現時点でも幸せではないはず。
そして、これから先も。

「幸子」という名。

幸せな子。

笑わせる。

幸せ? 幸せなのかい?

大笑いだ。

わたしは幸子という名の女を不幸にしてやった。

だが、いまひとつやりきった感がないのは、
幸子が不幸になっているのは間違いないが、
この目でその不幸ざまを見て楽しむことができないこと。

不幸にしてやったという確信はあるものの、
一人目にしてやったような決定打がない。

だから、
いつかきっと必ず、不幸の上塗りをしてやるとあの時誓った。

そして、いま。

あの物語を書いた。

物語の中で、わたしは、
幸子を恐怖のどん底に落とし、
暗闇を這いずり回らせ、
ありとあらゆる様々な手口で苦しめてやった。

どんどん弱っていく幸子。

頼れる者はいない。

幸子を助ける者などいないのだ!

いつかとどめを刺すつもりだったが、
こういうカタチにするとは考えていなかった。

当時、
わたしは幸子の苗字も知っていた筈である。
が、時の流れと共に忘れてしまったらしい。
「幸子」という名だけをしっかりと記憶に刻んで。
こんなことなら、苗字もしっかりと覚えておけばよかった。

いや、フルネームを覚えていたら、
いつかわたしが実際に手を下してしまうのを恐れ、
記憶がわたしに無断で消去してしまったのかもしれない。

あの物語を書きながら、
わたしはニヤニヤしていたに違いない。
楽しくて仕方なかった。
もっと、もっと!
幸子を苦しめる術は、次から次へと湧き上がる。
足りない、まだ足りない……!

反面、
当時の自分の傷に触れることにもなり、
わたしは消耗した。

あの物語は、
諸刃の剣であった。

わたしは、傷だらけになりながら、あの物語を書き上げた。
わたしが傷つくと、幸子も傷つく。
それでいい。

長い年月をかけたわたしの復讐。

幸子は覚えているだろうか、わたしのことを。
わたしの恨みがこれほど深い、ということを知っているだろうか。
実名を使い、作中で痛めつける。
自分の与り知らぬところで、自分と同じ名の主人公がなぶり者にされ、
晒されている。

幸子の目に入ればいいのに。

わたしの復讐。

書き終えたいま、湧き上がる感情は、
これで溜飲を下げたから復讐は終わり、でもなく、
こんな程度で復讐は終わらない、でもない。

どちらの感情でもない。

「満足」

いつか必ず不幸の上塗りをしてやる、と誓ったことを、
こういうカタチで実行したこと。
成し遂げたことに満足している。
達成感がある。
ニヤニヤしている。

「復讐したこと」にではなく、「成し遂げたことに」満足している。

この先、時間と共に忘れていくのかもしれない。
やっぱり忘れることはできないのかもしれない。

終わりではない、「区切り」。


作中、得意げに滔々と語るあの男はわたしだ。














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