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円形闘技場は《ゴーレムマウンテン》の街が解放された時に発見された建物だ。中には大量の観客席が並んであるだけで、特にこれと言った仕掛けはなかった。どうやらプレイヤーが自由に使うための施設の様だ。
闘技場の中に入り、選手用の通路を通って行くと一足先にアーサーが待っていた。まばらだがそこそこの人数の観客が、観客席から俺達を見下ろしている。目を凝らして観客をみてみると、玖龍にルーク、らーさんに剣犬、そしてカタナなど知り合いが結構揃っていた。一体どこから聞きつけたのか疑問に思ったが、カタナの「てへぺろ☆」と語尾に星が付きそうな勢いの笑みを見ると大体分かった。あの野郎……。
全くなんでこんな事になったのやら。
まあでも大太刀を試すいい機会ではあるけどな。戦人針の奴には全部防がれてしまったが……。俺はもっと強くならなければならない。そのための糧とさせて貰おう。《英雄》アーサー。
「じゃあ設定は予め決めた通りに」
「ああ」
決闘の設定は《イベント》の時と同じものに決めてある。HPが1になるまで戦い合う。シールドによって攻撃の痛みは無効化。お互いの実力を試すには持って来いのルールだと思う。決闘に関するタブが表示されたため、全て承諾する。そして決闘開始のカウントダウンが目の前に表示され、観客達は一斉に歓声を上げた。俺とアーサーの間にピリピリとした緊張感が走る。意識を目の前の男に集中させる。歓声はもう耳に入ってこない。
アーサーが右手に握るのは隠しエリアから手に入れたという『滅亡の聖剣』。発動したスキルの威力を高め、そして刃が相手のHPを減らした時、同じようにスタミナも奪っていくというスキルを持っているらしい。
そして左手に構えるのは表面に黒い文様が入った大きな金色の盾。何かのスキルを持っている訳ではないようだが、その耐久力はかなり高いと聞く。大太刀の攻撃が通し切れるかどうかが勝負だと言える。
お互いの視線が強くぶつかり合う。
カウントが0になった瞬間、先に動いたのは俺だった。と言うよりもアーサーは初めから俺の攻撃を迎え撃つつもりだったようだ。開始の位置から一歩も動いていない。
俺は大太刀を大きく振りかぶり、上段からアーサーに向けて思い切り叩き付ける。アーサーは盾を上に持ち上げ、その一撃を防いだ。『青行燈』の薄っすらと青い光を放つ刃を金色の盾が正面から受け止めた。激しく火花が散る。アーサーのHPに変化は無い。正面からの一撃は完全に防がれたのだ。
アーサーは盾が刃を受け止めるとほぼ同時に、盾の後ろに隠しておいた右手を突き出した。死角から真っ直ぐ伸びた分厚い白銀の刃が俺に向かってきた。俺は上半身を右に大きく捻りって回避し、右手だけで右斜めから大太刀で斬り付ける。大太刀の重さで右手が振り回されそうになるが鍛えてきた腕力で制御した。アーサーの右手は突き出される形になっているため、右斜めからの攻撃を防御する事は出来ない。
「っ」
アーサーは僅かに口元を歪めると《ステップ》で後ろに高速で下がった。大太刀は空振り、俺の体勢が崩れる。そこへ下がったアーサーが突進を仕掛けてきた。俺はすぐさま放していた左手で柄を握り、向かってくるアーサーに向けて半ば無理矢理下から大太刀を斬り上げた。アーサーは突進をやめ、大太刀が届かぬ所で動きを止めることで大太刀を回避した。俺は斬り上げた事で振り上がった事を利用して、一歩前に踏み出しながら《断空》を発動した。何度も利用して熟練値を上げることで発動から攻撃までの隙はかなり縮まっている。既に振り上げられている刃はスキルの光を纏い、目の前のアーサーに向かって激しく叩きつけられた。周囲の地面が《断空》の威力によってえぐられ、激しく砂埃を舞い上げる。アーサーはその威力を盾で受け止めきれず、後ろに吹っ飛んだ。しかしバランスを崩すこと無く、靴底で地面を滑りながら徐々に勢いを殺していき、数m下がった所で動きを止めた。確かアーサーは仰け反りや怯みなどと言った、攻撃を受けた時に発生する隙が生じ難くなるスキル《スーパーアーマー》を持っているんだったな。恐らく、今の攻撃を受けて恐ろしく綺麗な体勢で後ろに下がれたのはそのスキルのお陰だろう。
「マジかよ」
アーサーのHPは今の攻撃を受けても殆ど減っていなかった。恐ろしく堅い。あの盾の耐久力も関係しているだろうが、本当にそれだけだろうか。動きを見るにそこまで素早い訳ではない。しかし、あいつは掲示板上でもかなりの実力者として挙げられている。と言うことはあいつの真髄は他にあるのだろう。俺の予想としては、あの男は耐久力を高く上げているのではないだろうか。俺が攻撃と敏捷性を主に上げているように、あいつも何かをメインにして上げているのだろう。
これは辛い戦いになるかもしれないな、と俺は喉を鳴らした。
それから十分以上の間、俺達は攻防を続けた。そこでアーサーの戦闘スタイルについて大体の事が見えてきた。この男は基本的に自分からは攻めない。相手の攻撃を待ってカウンター技で攻めてくるタイプだ。俺の攻撃を防いでから自分の攻撃を放つ。という事は、当然の様にカウンター系のスキルを持っていてもおかしくはない。注意する必要がありそうだ。
だがカウンターを仕掛けてくるのならば、カウンターを出せないように攻めるだけだ。お互いに斬り結び、一旦俺達は距離を取る。アーサーは自分からは攻めてこない。俺は再び地面を蹴り、アーサーに向かって跳躍する。俺の突進にアーサーは盾を前に突き出して防御の姿勢を取った。間合いに入る直前、地面を蹴って左に小さく跳び、そこからもう一度跳んでアーサーの左側から大太刀を叩きつけた。アーサーは盾のない左側からの攻撃にすぐさま反応するが、バランスが整うよりも早く大太刀が盾の左側を強く弾いた。その時始めてアーサーの姿勢が崩れる。そこへ更にもう一撃加えようとした時、俺は驚愕に目を見開いた。
次の一撃を振る直前にアーサーの身体が紅く輝いたかと思うとその動きが加速したのだ。大太刀の一撃を高速で躱すと、俺の懐に潜り込み聖剣を突き出した。自分の胸に刃が突き刺さるのを見ながら、掲示板で見た事を思い出した。アーサーは使用タイミングが極端に難しい片手剣カウンタースキルを使いこなしているんだった。名前は確か《因牙応報》。相手の攻撃の直前、ほんの一瞬だけ発動タイミングがあるというスキルだ。相手の攻撃を受ける直前に発動し、相手に攻撃を加えるスキルだがこのスキルを使うプレイヤーは多くない。タイミングが難しいのもあるが、小さなミスが死に直結する世界だ。リスキーなスキルを使いたがるプレイヤーはいないだろう。だが、この男は完璧に使いこなしている。
が、カウンタースキルを持っていることは最初から予想していたし、いつでも発動できるように準備はしておいた。俺の視界が切り替わり、一瞬でアーサーの背後へと移動した。俺の持つ稀少スキルの一つ、《残響》だ。
背後へ跳んだ俺は大太刀でアーサーを斬り付ける――――と同時に、アーサーが後ろへ振り返りながら突き出した刃に脇腹を突き刺された。お互いにHPを減少させながら、後ろへ下がって再び距離を取る。
《残響》に対応してきた。相手がスキルを発動することを待っていたのは俺だけでは無かったのだ。《残響》は《イベント》で披露しているし、対策を取られていても不思議じゃない。
《英雄》の二つ名は伊達ではないようだ。
アーサーの方も俺の実力を認識したようで、店で見せたあの獰猛な笑みを浮かべながらこう言った。
「あれを使ってもよさそうだな」