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戦人針が吹っ飛ばされた事で仮面の連中はざわめき、お互いに顔を見合わせて混乱している。その間に俺はステータスを全回復し、連中から一定の距離を取る。
《英雄》は俺の様子を確認すると、聖剣を天に突き付けて叫んだ。
「掛かれ!」
号令が掛かると同時に、木々の間から現れた多数のプレイヤー達が仮面の連中に襲いかかった。《英雄》が連れてきたのだろうか、そのプレイヤーの中には前の会議で見掛けた顔が何人もいた。困惑していた仮面の連中だが、それを見てすぐさま体勢を立て直し迎え撃つ。
いきなりの援軍に少し驚いていると、戦いの間をすり抜けてカタナがやってきた。
「やあアカツキ君。助けに来たよ」
ニッコリと浮かべられた笑みに今回ばかりは安心させられた。俺が送った『T』の意味が通じたらしかった。
「すまん、助かった」
「いやあ、たまたまアーサー君と話している最中にメッセージが届いたからね、彼らにもついて来て貰ったんだよ」
「アーサー?」
「ああ、《英雄》の名前だよ」
《英雄》、アーサーっていう名前だったのか。エクスカリバーを使っているし、まさにそのまんまだな。
助けに来てくれたアーサーの方を見ると、彼は聖剣を振り回し仮面の連中と激しくぶつかり合っていた。金色の髪が月の光を浴びて輝いている。敵の攻撃を盾で軽く受け止め、聖剣で激しい攻撃を繰り出している。他のプレイヤー達もアーサーの勢いに乗っかり、仮面の連中を追い詰めている。戦況は傾いた。
「俺達も行くか。《屍喰らい》を追い詰めるチャンスだ」
そう言ってカタナの方を向くと、彼はアーサー達とは違う方を見ていた。俺もそちらを見ると月の光を背に、戦人針が立っていた。アーサーに吹き飛ばされたがやはりあの程度ではやられないか。
「計画は失敗したが、失敗は成功の母だ。この失敗を活かすために今回は退くぞ」
戦人針の言葉を聞いた仮面達は刃を交えていたプレイヤーを押しのけ、素早い動きで戦人針の方に撤退を始めた。恐ろしく手際の良い撤退に俺達は手を出す暇もなかった。
「まあ、アカツキ君。君を仲間にするのは諦めるとしよう。私は違う仲間を見つけるとするよ」
「逃がすと思うのか」
アーサーが俺に笑顔で声を掛ける戦人針の方を睨みつける。手にしている聖剣が真紅に輝き、その光がアーサーを飲み込む。最初と同じように紅い光を纏ったアーサーが戦人針達に突っ込んでいく。紅い光を帯びたアーサーはまるで紅蓮の流星のようだった。
「逃げれないとでも思ったのかね」
しかし、それが到達するよりも早く戦人針達はワープロープの緑の光を帯びている。
「暫くの間、勧誘は控えておこう。さらばだプレイヤー諸君、また会おう」
戦人針達が完全に緑の光に包まれた所で、アーサーの光がそれを貫いた。しかしすでに実体は無くなっていたようで、緑色の光が砕けて周囲に飛び散っただけだった。
――――――――――――――――
エリアから帰ってきた俺達は、もう閉まったリンの店の中で話をさせて貰っていた。リンにあまり聞かせたい話ではないので、部屋の中に行くように行ってある。
俺が『T』、そのまんま『助けて』という意味のメッセージを送った時にカタナはエリアで偶然出会ったアーサーと話していた。アーサーがカタナと一度戦ってみたいと声を掛けたらしい。そこで俺のメッセージを見たカタナは後で『僕の代わりにイベント三位のアカツキ君が戦ってくれるから一緒に来て欲しい』とアーサーに言って着いてきて貰ったみたいだ。アーサーはどこのギルドにも属していないが、人助けをして回っているから知り合いが多いようで、周りにいたプレイヤーも一緒に来てくれたようだ。『アーサーと戦う』約束なんてよくも勝手にしてくれたとちょっとカタナを恨めしく思ったが、しかしまあカタナのお陰で命拾いしたのだから文句は言えない。まずはカタナと助けにきれくれた人たちに礼を言って、今日あった事を全て説明した。
「やっと《屍喰らい》の尻尾を掴んだな。リーダーは戦人針という男か。すぐに玖龍にメッセージで報告しなければならないな」
話し合いの結果、今日あった事を前みたいに会議を行なって他のプレイヤーに伝える事になった。戦人針の顔の似顔絵を描いて指名手配書も制作するらしい。アーサーがスラスラとあの男の似顔絵を描いてしまったので驚いた。かなり上手い。これほどのクオリティなら、もしかしたら戦人針を見つけられるかもしれない。見つからなくても、連中はかなり動きにくくなるだろう。玖龍にはアーサーがメッセージを送り、会議を開いてもらう約束を取り付けて貰った。明日は玖龍に会って会った事を説明する予定だ。
「それでは解散としよう。皆、付き合ってくれてありがとう」
今後の予定が決まった所で、アーサーが連れてきてくれたプレイヤーに礼を言って解散となった。俺も助けてくれたプレイヤー一人一人に礼を言う。本当に危ない所だった。もう駄目かと思った。
「暁君。今日は大変だったね」
他のプレイヤーが帰ったのを見届けると、最後まで残っていたアーサーが声を掛けてきた。相変わらず感情が伺えない無表情だ。
「ああ。だけど本当に助かったよ。ありがとう」
「いやいいさ。《屍喰らい》について決定的な情報を掴む事が出来たんだからな」
それに、とその時アーサーが始めて笑みを浮かべた。
「君と戦えるんだしね」
まるで獣の様な獰猛な笑みに、俺は口元が引きつるのを自覚した。
しばらく明日について再度確認を取ると、アーサーは帰っていった。同時にどっと疲れが襲ってくる。
「いやー《英雄》とアカツキ君の戦いが楽しみだね」
「まだいたのか……。なんでまた俺が戦う事になってるんだ。お前が戦えば良かっただろ。戦い好きなんだろ?」
「分かってないなあ、アカツキ君は。誰とでも戦いたい訳ではないんだよ。確かに《英雄》と戦ってみたいとは思うけどね。まあ、いずれ機会があるだろう。今回はアカツキ君に譲るよ。じゃあおやすみー」
「おやすみ……」
カタナの顔を見たせいでどっと襲ってきた疲れが二倍くらい増えた。俺は痛む頭を抑えながら自分の部屋に戻り、鎧を解除してベッドに跳び込む。今日はもうシャワーを浴びる気力も残っていない。モグラ狩りで疲れた所に《屍喰らい》が現れて危うく死にかけたのだから当然か。自分の身に迫るあの死の恐怖を思い出して心臓の鼓動が早まる。《ブラッディフォレスト》で感じたあの恐怖感とは似て異なる感覚だ。戦人針。あの男の空々しい笑みと狂気を感じるあの言葉。あの男はヤバイ。危険だ。狂っている。
しかし、あの男の言った言葉も気になる。この世界について何か知っているような口ぶりだった。《Blade Online》。運営。デスゲーム。…………。それに何故あいつらは俺が一人でモグラ狩りをしているタイミングに現れたんだ。偶然にしては出来過ぎている気がする。
「まさか、な」
嫌な予感が脳裏をよぎるが、俺はそれを意図的に無視した。
もう寝るか。明日は玖龍に今日あった事を説明して、会議の段取りを決めなければならない。少しでも疲れを癒しておかなければ。
《流星》をぶっ殺すとあいつは言った。そんな事は絶対にさせない。栞は殺させない。栞に手を出すなら、あいつらは俺が――――
「っ!」
その時、キィイと扉が開く音がして俺はベッドから飛び起きた。戦人針の事を考えていたせいか、神経が敏感になっていたのだろう。部屋に入ってきたリンが俺の様子を見てビクッと身体を震わせた。
「ご、ごめん。急に入って来ちゃって……」
「いや驚かせて悪かったな……。どうした?」
何か用があるみたいだったので、リンをベッドに座らせて話を聞くことにした。リンは俯きがちで表情がよく見えない。
「今日、何話してたの?」
「え、ああ。アーサー、いやほら、二つ名持ちの人と知り合ったからちょっと世間話してただけだよ。《英雄》って、リンも聞いた事あるだろ?」
「私ね、聞いてたんだ。お兄ちゃん達が話してるの」
「…………」
「お兄ちゃん、死にそうになったって」
「い、いやまあ、確かに危なかったけど……」
その時リンが顔を上げた。目は潤み、今にも涙が零れそうな表情に俺は言葉を失う。リンは俺の方へ身体を向けて抱きしめてきた。
「…………いやだよぉ……おにいちゃん……」
「…………」
「死なないでよぉ…………おにいちゃん……」
「リ、リン」
「もう……エリアに出ないで……お金は私が稼ぐからさぁ……。お兄ちゃんはもう、エリアに出ないで……。ずっと一緒にいてよ」
俺の胸に顔を埋め、肩を震わせるリン。
「ごめんな……。俺はもう引き篭もりは卒業したんだ。だからリンのお願いを聞いてやれない」
「いやだ! 今日みたいに何かあって、死んじゃうかもしれないんだよ!? 死んじゃったら、死んじゃったら……」
「……俺は絶対に死なないよ。リンを守るって約束したからさ。大丈夫だよ」
「…………」
リンの柔らかい髪を優しく撫でる。リンは何も言わずに、俺の胸に顔を埋めた。そんなリンが堪らなく愛しくて、俺は強く抱きしめた。
それから落ち着いたリンに今日は一緒に寝たいと言われたので、二人で眠った。
俺は死なない。絶対に。栞とリンを守る為に。もう二度と後悔しないために。