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稀少武器。武器の熟練度が高いプレイヤーが稀に手に入れる事が出来る、通常では使用する事が出来ない武器だ。鍛冶屋でそのプレイヤーが長い間使っていた武器を強化、もしくはベースに新しい武器を生成する時に生み出される。それは本人しか使用することが出来ず、他人に譲渡する事は出来ない。何故なら、稀少武器を装備したと同時にプレイヤーは使用者である事を認める称号を取得するからだ。
レンシアさんに渡した『斬鬼・青』は稀少武器に変化していた。今まで俺が使用していた太刀とはその大きさが大分異る。刀身がかなり長い。大剣ほどの太さでは無いが、長さは同じか少し短いぐらいだ。そして手にとって見ると分かるが、重い。振る事は可能だし、自由に扱う事は出来ると思うが今まで通りとはいかなさそうだ。使いこなせるようになるにはある程度訓練が必要だと思う。
「ま、まさかこの私が稀少武器を作る事になろうとは……」
レンシアさんはさっきからピョンピョン飛び跳ねて興奮している。なんでも太刀を作ってみたら最初と大きさが違っていて、鑑定してみたら大太刀になっていらしい。それで慌てて俺にメッセージを送ってきたという訳だ。
カタナは何も言わず、顎に指を当てて大太刀の様子を観察している。ニコニコと笑っているが、自分が譲った素材で俺が稀少武器を手に入れたのをなんとも思っていないのだろうか。俺だったらちょっと後悔しちゃうな……。俺の人間性が小さいだけかもしれないが。
「取り敢えず、一度装備してみます」
レンシアさんに鍛冶をしてもらった代金を渡し、大太刀をアイテムボックスに入れる。アイテムボックスに入った大太刀を選択し、装備する。アイテムボックスに入っていた大太刀が消え、代わりに俺の背中に移動した。その瞬間、今までよりもずっしりとした重さが背中から伝わってきた。やはり重い。
そして背中に手を伸ばし、柄を掴んで鞘から引きぬく。
剣という物は背中に背負うといざという時に引き抜き難いらしい。だから腰に差しておくのが良いらしいんだが、このゲームの中では武器は全て背中から抜いて使う。刀身の長さから考えると鞘から抜く時に引っかかるんじゃないか、と思う時もあるがどういう理屈か武器はすんなりと抜ける。まあそこはゲームだからだろう。武器を抜く時にいちいち引っかかっていたのではストレスが溜まるからな。
抜いた大太刀をいつものように構える。やはりいつもと違う手触りに違和感を覚えるな。まあ何度も振ればこの違和感も消えると思うけど。剣道で言うとそうだな。中学生用の竹刀と高校生用の竹刀では重さが違う。中学から高校に上がる時に竹刀が重くなって変な感じがしたんだけど、振っていると気付いたら違和感は無くなっていた。まあそんな感じで大太刀の違和感も消えると思う。
握っている柄と鍔は濃い青色。刀身は薄っすらと青い輝きを放つ銀色だ。滑らかなその刃はなんでも斬れるのではないかという錯覚を覚える程の迫力を放っている。
大太刀『青行燈』。
装備した瞬間に【大太刀使い】という称号が手に入った。これがこの青行燈を使用する為の証らしい。効果は大太刀を使う時にステータスが上昇すること。そしてこの青行燈には装備する事で《青鬼火》というスキルが使えるようになる。効果は青行燈で斬った対象に一定の確立で火傷状態にして継続ダメージを与える事が出来る。
「えーっと……暁君?」
いつの間にか落ち着いたレンシアさんがじっと大太刀を見つめていた俺を不安そうに覗きこんでいた。
「えっと……大太刀が出来たんだけど……オーダーしたのは太刀だから駄目……とか?」
ああ。確かに太刀を頼んだのに大太刀が出来ているな。これは詐欺だ。金を返せ! なんて事は当然の如く言わない。
「いえ違いますよ。稀少武器が手に入るなんて思って無かったので。ありがとうございます」
「はは、そうかそうか。安心したよ」
それからレンシアさんと少し話をした後、店を出た。次に向かう場所は当然エリアだ。さっきからこの大太刀を試したくて仕方がない。カタナが着いてきてくれると言うので、何か事故が起こっても大丈夫だろう。
―――――――――――
地面を揺らしながら全身が蔓や苔によって緑色になっている巨大な石像が俺の方に向かってきている。グリーンゴーレムが何体も集まって出来たという、ジャイアントグリーンゴーレムだ。よく見ればグリーンゴーレムが蔓によって結び付いているのが分かる。《ライフツリー》の奥の方にポップするモンスターだ。巨大な身体から繰り出される攻撃は重く、動きは図体から想像するほど遅くはない。そして何よりもその耐久力の高さがやっかいだ。初めて戦った時、結構苦戦したのを覚えている。
巨体が迫り来るのを見ながら、俺は息を吐いて呼吸を整える。大太刀を構えて《間合い斬り》のスキルを発動し、ジャイアントグリーンゴーレムが間合いに入ってくるのを待つ。間合いを示す俺の囲む青色の円が前よりも広くなっている。スキルの熟練度を上げて行くことで間合いは少しずつ広くなっていくが、この広がりは武器を大太刀に変えた事が原因なのだろう。
「ッ」
そして蔦が絡まった足が円の中に踏み込んだ瞬間、スキルのアシストによって身体が急速に動く。青行燈の刃が緑色の巨人の腹部に走り、次いで振り上げられた右手を切断する。腹部に横一文字の線が入り、右腕がグルグルと宙を舞う。やはり攻撃力が格段に上がっている。ここまで簡単に切断することはカタナにも出来ないはずだ。腕が地面に落ちるよりも早く、俺はジャイアントグリーンゴーレムの懐に潜り込み、斬り付ける。が、間合いが近すぎて思ったように刃が当たらなかった。武器が変わった事によって重くなっているから、敏捷性も僅かだが落ちている。腕が地面に落下して重い音を立てると、ジャイアントグリーンゴーレムは「オォォォォオオオォォォ」と唸り声を上げ、残った左手を振り下ろす。真上から落ちて来る緑の岩の塊に舌打ちし、《ステップ》で距離を取る。ジャイアントグリーンゴーレムの攻撃はここで途切れない。《ステップ》で下がったプレイヤーに対して、どこから取り出したのか苔むした大きな岩を投げつける。岩によって視界が封じられる。プレイヤーがそれに対処している間にジャイアントグリーンゴーレムは接近し、重い攻撃を叩きこむ。この攻撃パターンは掲示板で知っているし、前に戦った時にも見ている。落下して砕け散った岩の破片にもダメージ判定があるので注意しなければならない。
《残響》を使えば軽く回避出来るが、あのスキルは消費するスタミナも大きいし、何より大太刀の威力を試したいのだからそれでは意味が無い。
よし。前回までは岩を回避していたが今回はそうしない。真正面から挑む。
「はあああぁぁぁッッ!!」
飛んでくる岩に自ら向かっていく。そして大太刀を右斜めから振る。刃がぶつかった場所から岩は滑り落ちていく。前の太刀ならばスキル無しでこの岩を斬るのはきつかっただろう。出来ない事も無かったが抵抗も大きかったはずだ。あまり無茶をすると太刀が折れる可能性もある。しかし、大太刀は岩を軽く斬り裂いてしまった。
そして岩が消えたことで向かってきていたジャイアントグリーンゴーレムの姿が現れた。距離はあと僅かだ。さっきのように近すぎると上手くいかない。ちょうどいい間合いは恐らくあと少し近付いたぐらいの地点だ。俺は地面を強く蹴って跳ぶと同時に、大太刀を大きく振りかぶる。刀身が青く輝く。残った左手を伸ばし、俺を握り潰そうとするジャイアントグリーンゴーレムに向かって一閃。《断空》が伸ばされた左手ごと、その巨体を一刀両断した。目の前の空間に凄まじい衝撃が走り、周囲の地面が砂煙を上げる。
縦に両断されたジャイアントグリーンゴーレムが左右に分かれて地面に倒れ、光の粒となって消えていった。
経験値が入り、ポーンという以前二十回以上連続で聞いたレベルアップ音が響く。レベル67になった。
「ん?」
――――スキル《フォーススラッシュ》→《フィフススラッシュに変化しました。
――――スキル《フィフススラッシュ》→《六閃》に変化しました。
――――スキル《六閃》→《七天伐刀》に変化しました。
スキル強化の連続。
なんだこりゃ。
「お疲れ様。どうしたの?」
「いやなんか……」
起こったことをそのまま説明すると「ああ武器が変わったからバグが修正されたんじゃない?」と返された。そうなんだろうか。まあ……よく分からないが取り敢えず得るものはあった。
大太刀を使いこなすにはまだ時間が掛かりそうだなあ。