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《ブラッディフォレスト》突破の後日談。
ドロップするアイテムは均等に分配、ドロップしたユニークアイテムはアイテムボックスに入っていた人の物にする、と攻略に乗り出す前に決めておいたので何の争いもなくスムーズに進んだ。レアなアイテムが手に入ったが、残念ながらユニークアイテムはボックスには入ってなかった。誰が手に入れたかを確認すると、嫌な事になんとカタナの物になっていた。手に入ったアイテムはよく分からないが、鍛冶屋に頼んで加工してもらうと武器になるらしい。はあ……。だがまあ皆で攻略したんだし、こうは言っても実はそこまで落ち込んではいない。皆で攻略できて楽しかったしな。
俺達は出現したワープゲートを使用して《ライフツリー》の街に戻り、《鈴音亭》で打ち上げ会をすることにした。リンには前もって頼んでおいたから店は俺達の貸切だ。全員で楽しく話し合いながら《鈴音亭》に向かう。全員でといいつつ、栞とは会話してないけど。森の中で栞と会話したような気がするがあまり覚えていない。あの森じゃあ緊張の連続だったしなぁ。カタナが突撃していった時は胃が痛くなったぜまったく。リーダーっていうのは大変だなあ、そう改めて思いました。ギルドマスターやってる連中は凄いなあ。栞や玖龍はよくあんな大勢をまとめられるなあと感心してしまった。
このメンツで歩いている事もあり、周囲からの視線が結構痛かったがなんとか《鈴音亭》まで到着した。ドアを開いて中に入ると「おめでとうございます!」とリンが出迎えてくれた。この一日、怖い大人の人達や怖い仲間に囲まれて荒んだ俺の心がその笑顔で癒されていくぜ。
店のテーブルには既に飲み物や食べ物が大量に並べられており、すぐに宴会が始められる状態だ。フライドチキンやフライドポテト、トマトなどが入った彩りの良いサラダやローストビーフ、グラタンなどの料理や、プリンやゼリー、プチケーキやアップルパイなどのデザートも用意されている。店を始めた時は大丈夫かと心配したが、こうして見るとリンは凄いなぁ。店に来るお客さんも日に日に増えてきているし、実際料理も美味いしな。
まあそんなこんなで打ち上げ会なのだが、これがまた色々とあった。初っ端、席を決める時にまず一悶着。大きなテーブルが二つ向かい合わせになっており、当然そこに座って料理を食べるのだが案の定ドルーア達がやりやがった。あいつら、『ラケット』のメンバーやカタナにも予め何か仕込んでいたらしくて、席決めが始まって、俺が適当な椅子に座ると俺の正面以外の席を速攻で取りやがった。俺の隣にはリンと七海が陣取っている。カタナが「僕はアカツキクンの隣が良かったなあ」とか七海に言っていたけどこいつ男色な方ではあるまいな? 俺はノンケだぞと釘を刺すと何を言っているのか分からないよと言いたげな顔で首を傾げられてむかついた。
それでそんな風に俺の向かい側にならざるを得なくなった栞は当然顔をピクピクと引きつらせていたが、座らない訳にもいかないのでドルーア達をギロリと睨みながら渋々席についた。おいお前らニヤニヤすんな。
ということで全員が席に付き、飲み物も全員に行きわたった所で俺が場を仕切らないといけないみたいな感じになったのでそれっぽい事を口にしてみる。
「えっと、今日は皆さんお疲れ様でした! 皆さんの協力のお陰で無事、《ブラッディフォレスト》を攻略する事が出来ました! 乾杯!」
乾杯、と全員が続き手にしたグラスで乾杯を始める。まず最初に俺の隣の席のリンと仲良くグラスを打ち付け合い、次に七海、カタナと続けていくが残りが栞だけになって、しかし俺は正面を向けず栞も俺の方を向けないようだった。だがなんか周囲の視線に腕を追いやられお互いに気まずい雰囲気のまま「か、かんぱい」と控えめにグラスを打ち付ける。だからお前らニヤニヤするな。
まあそんなんで全員がテーブルに乗っている美味しそうな料理に手を伸ばす。因みに俺のグラスに入っているのは当然の如くドクペだ。カタナもドクペで、乾杯する時に同志であることを再確認して親睦が深まった気がしないでもないが、カタナ君はちょっとあれなので友達はちゃんと選ぼうと思いました。まる。
それで俺も前の料理を装って自分の皿に料理を並べていく。フライドポテト数本とフライドチキン二本、サーモンのカルパッチョっぽいのをひとまず皿に取ってむしゃむしゃと食べる。それにしてもリュウとリンと三人で暮らしていた時は和食ばかり(俺が頼んだんだが)だったのに、こんな洋食も作れるんだなあ。料理スキルのレベルが上がって作れる料理の幅はかなり広がったと言っていたし、今後はもっと美味しい料理を期待できそうだ。サーモンと玉ねぎに掛かった何かしらのタレが丁度よくて美味しい。昔はめっちゃ食べる時に味とか言っていたけど、そんな事を考える暇もなく美味しい。しかしこういうパーティの場や店でバイキングに行った時なんかに思うのが、俺って料理をよそうのが下手だな。なんかこう適当にひょいひょい乗せる割によく見るとあんまり皿に乗っていないというか、料理同士が触れ合って味が移るのがあんまり好きじゃないんだよなあ。と自分の不器用さにちょっと落ち込んでいると、それを見兼ねたのかリンが横から俺の皿を取り、綺麗に料理を取ってくれた。
「お兄ちゃん、下手だから私がやってあげる」
と呆れたように笑うリンに「はっはっは悪いなぁ」とか言って頭撫でてキャッキャウフフしていると、周囲の視線が凄く痛かった。あれ……。「…………」とリンとは反対側の七海が凄い目で俺を睨んで来て怖い。ドルーアと林檎は苦笑して、アストロさんとかは「妹プレイ!?」とかなんか騒いでる。カタナは素知らぬ顔で料理を美味しそうにハイペースで口に放り込んでいる。ああ……そういえばカタナとドルーアは結構話してるからリンに俺がそう呼ばれている事を知っているけど、その他はあまり知らなかったんだっけか……。
「……お兄ちゃん?」
今まで意図的に視線に入れていないようにしていた栞がぽつりと低い声で声を漏らし、見たくないけどそーっと栞を見ると七海とは違った冷たい目で俺を睨んでいた。怖いです。
「へ、へぇ。あ、貴方はリンさんにそんな風に妹の真似をさせているんですか。か、変わるとか言ってましたけど、そそ、そんな変態に変わっているなんて」
気持ち悪いです、と栞が言うと隣の席のリンが抗議を始めた。
「お兄ちゃんがそう呼ばせてるんじゃなくて私が自分でそう言ってるんです! だから気持ち悪いとか言わないで下さい!」
「自分でって……。そ、それをそのままにしておく兄さんがおかしいです! リンさんは中学生でしょう!? 中学生のしかも女の子と同じ所に住んで、しかもお兄ちゃんなんて呼ばせたままにして! 十分に気持ち悪いです!」
「お兄ちゃんは気持ち悪くなんてないです! お兄ちゃん、アカツキお兄ちゃんは独りぼっちの私を助けてくれて、だから私がここにあるんです! お兄ちゃんに酷い事言うのは栞さんでも許しません」
「は、はん! 兄さんは現実にいた時からちょっとなんかこうシスコンっぽい所がありましたしね! シスコンでしかもロリコンですよ! 私の脇腹とか触ってきてましたし!」
「兄妹だからそれくらいしたっていいじゃないですか! それにお兄ちゃんはロリコンではありません」ごめんちょっとその気はあるかもしれない。
「よくありません! どうせ私にかまって貰えないからリンさんを妹の代わりにしてるんでしょう!? 気持ち悪い!」
「わ、わたしは栞さんの代わりじゃありません!」
「いいえきっと絶対そうです!」
「違う!」
「違わない!」
「違うもん!」
と二人がヒートアップしてやばくなり始めたので、そろそろ止める事にした。ドルーアや七海達が止めろ的な視線を送ってきてるし、ちょっとリンが涙目になってきてるし。こういう時下手に口を出すと「「貴方は黙ってて!」」とか返されるとライトノベルで見たので違う方法で行くことにした。涙目で言い返すリンの頭にぽんと手を置いて、優しく撫でてやる。するとリンも栞も言葉の応酬を止め、俺の方を見てくる。よしひとまず成功。流石大昔からあるライトノベル。昔と今と時代の変化によって色々内容は変わってきたが、まあどちらもこういう似たようなやり取りがあったからな。
「ふたりともちょっと落ち着け。今は宴会をしてるんだし、そうやってふたりで言い争ったら周りの雰囲気も悪くなるだろ?」
そうふたりに優しく言うと、流石に肩の力を抜いてくれた。だけどお互いの視線はまだキリキリとカチあっているので、取り敢えず栞の言葉を訂正しておく。
「俺はリンをお前の代わりだと思った事は一度もないよ。俺の大事な妹はお前一人だけだ。家族なんだから。栞の代わりなんてどこにもいないよ」
そう言うと栞は何か口でゴニョゴニョ言いながらそっぽを向いてしまった。それからリンの頭を撫でながら
「お前にだって代わりはいないからな。お前は俺の大事な、あーえっと、うん。リンはお前だけだ」
と言っておく、途中でなんと表現していいか分からなくて曖昧な言い方になってしまったけど、リンにはなんとか伝わったらしくて「うん、ありがとう」と言ってくれた。そのまましばらく頭を撫でて気持ち良さそうに目を細めたリンの顔を堪能して、ようやく場が落ち着いてくれた。今日一日で精神がガリガリと削られていく。俺はアイスではないので齧るのはやめてほしい。
その後は平和が続いてみんなで雑談しながら美味しく料理を食べる事が出来ました。ふう。
「そういえば、僕達が《ブラッディフォレスト》クリアしちゃったけど《連合》の人たちはどうするのかな?」
「ボスを一番に倒すという隠しエリアの一番の旨味は失われましたが、他にもエリア限定のアイテムがあったりするでしょうし、恐らく明日からまた攻略に乗り出すと思いますよ」
カタナのだした疑問に七海が答えていた。カタナって何だかんだで色んな人と話せるよなあ。『ラケット』のメンバーともすっかり馴染んでたし。
そうしてなんやかんやで打ち上げ会も終わり、解散となった。メンバーの皆に別れの挨拶を済ますが、結局栞は俺の方を向いてくれなかった。暑かったのか顔がずっと真っ赤だったが大丈夫だろうか。少し心配なのでちょっとメッセージを送っておいた。
あと去り際にカタナが「そこそこ楽しかったよ。お礼にこれをあげよう」とか言ってユニークアイテムを渡してきやがった。こんなん受け取れないよ、と返すけど「君に渡したほうが楽しい気がするから」とかいって話を聞かないのでしょうがなく受け取った。しょうがなくと言っても内心結構嬉しかったけどさ。受け取れないと思った気持ちも本当だ。
「ふう……疲れた」
今日一日色々ありすぎてもうクタクタだ。《鈴音亭》の二階にはリンと俺が寝泊まり出来る部屋が二つあるので、自分の部屋に入ってベッドに飛び込む。ベッドにはいってしばらくうっつらうっつらとしていると、ドアがノックされた。「入っていい?」とリンの声が聞こえたので中に入れる。ベッドに寝たまま「どうした?」と聞くと、一緒に寝たいとか言われて眠気がちょっと吹っ飛んだ。まあたまに一緒に寝たいとかリンから言って来て寝るけどさ、最近はそうでもなかったのでちょっとびっくりしてしまった。
「いいよ」
「ん」
もぞもぞとベッドに潜り込んできて、俺の隣に近づいて来る。
「今日は騒いじゃってごめんなさい」
「ああ……気を付けろよ?」
隣で寝るリンの頭を撫でる。
「あと、嬉しかった」
顔を赤くしてそんな事言われたら俺じゃなくてもドキッとすると思う。
そんなこんなで、今日は終わりました。
『今日は騒いでしまってごめんなさい。
私も兄は一人です』
それから次の日夕方にルークやドルーアから同じ内容のメッセージがきた。
《ブラッディフォレスト》攻略に乗り出した《攻略連合》の主力部隊が《屍喰らい(グール)》によって全滅したらしい。