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あれからいったいどれくらい経っただろうか。ちゃんと数えていないから正確なことは分からないが、少なくとも二ヶ月くらい経ったと思う。
ゲームの中なのに体臭が大変な事になってきている。数日に一度湧き水で体を洗っているけどそれにも限界がある。はぁ……風呂入りたい。そう思いながら俺は今日も朝から修行を始める。
あの日以降、まだ俺は洞窟の外を探索しに行ってない。モンスターに殺される恐れがあるし、出口がないと思っているからだ。
このゲームで新しい攻略エリアを出すには既に出ているエリアをクリアして次のエリアへ繋がる入り口を見つけなければならない。見つけるまで入り口は閉まっている状態だ。なので例え前のエリアからここに来るまでの入り口を見つけても外に出れる確率は低い。だからここで修行してプレイヤー達がここに来るのを待っていた方がいいのだ。……だが、そうは分かっていても最近外を探索したいという気持ちが押さえきれない。誰も助けに来ないんじゃないかという不安ともしかしたら出口があるかも知れないという希望が合わさって、外に出て行こうという気持ちが心の中に生まれていた。
その日の修行を終えた俺はついに外を探索しに行く決心をした。あれから大分熟練度やスキルレベルも上がったし、もしかしたらこの森でもある程度通用するかもしれない。太刀の熟練度が上がったことで称号【太刀初段】と【太刀二段】を手に入れたし、『血染め桜』も上手く扱えるようになってきている。回復用のアイテムもまだ手を付けてないし、HPを回復するフィレの実も食べずに幾つか残してある。
「よしっ」
湧き水で体を拭き、明日の朝探索に行くことにした俺は横になって目を瞑った。ゴツゴツした床の感覚にも大分慣れてきた。
今、他のプレイヤー達はどうしているのだろう。まさか全滅してないだろうな。俺だけ生き残っているとか……。まあそんなことはないだろう。パーティーを組んでいればよほどのことがない限り死ぬこともないだろう。
妹やガロンとその仲間はまだ生きているだろうか? あの日見捨てられたことは思い出すだけでも腹が立ってくる。ここから生きて帰れたら何か文句でも言ってやりたい。何て言ってやろうか、そんなことを考えている内に俺の意識は闇に落ちていった。
――――――
翌朝。
洞窟前の三種類の果実を持ってきて、フィレの実をアイテムボックスにしまう。朝食はビレレの実にすることにした。ビレレの実三つを胃に収め、いつものように麻痺状態になって倒れる。もう毒や麻痺の状態異常にも慣れてきた。でもシェルドスコーピオンの肉だけはまだ食べていない。何か怖いからな。
腹も膨れたしそろそろ洞窟の外を探索しに行こうか。この洞窟にはモンスターは入れないようになっているし、何かあったらすぐに帰ってくればいい。『血染め桜』で何回か素振りをし、俺は洞窟の外へと足を踏み出した。
薄暗い森の中、《隠密》を発動しながらゆっくりと移動する。風で揺れる葉と薄暗さが相まって森はかなり不気味だった。今のところモンスターに出会ってはいない。
ここのような自然系のエリアのモンスターには夜行性が居る場合がある。夜行性のモンスターは朝や昼には寝ていて起こされても動きは遅い。だが夜になると目を覚まし、凶暴化する。
プレイヤー達は大体朝に攻略を始めて日が暮れる前に帰っていくので夜行性のモンスターにはあまり遭遇しない。だが、街の中央にある依頼板に貼られる依頼の中には夜行性のモンスターを夜に倒せとかあるので戦う事になるプレイヤーも多少いるはずだ。俺はβ版の時依頼で見ただけなので夜行性のモンスターと夜に戦ったことはない。
取り敢えず何が言いたいかというと、夜になる前には洞窟に帰らなければいけないと言うことだ。
探索を初めて三十分ほど経った頃、ついにモンスターを発見した。そいつは地面に生えた草を美味しそうに食べている。
全身が黄色の毛に覆われており、頭には長い耳が二本生えている。そして額から鋭い角が伸びていた。角の生えた兎のようだ。名前は見ることが出来ない。レベルが高いのだろう。
この兎、どっかで見たことがある。ホーンラビットという弱いモンスターがいたはずだ。そいつによく似ている。だけどホーンラビットはもっと小さかったし、毛の色は白だった。もしかして亜種という奴かも知れない。
…………。でもこの兎に負ける気がしないんだよなぁ。何というか、ホーンラビットはハッキリ言って雑魚だったし、目の前のこいつもそんなに強そうに見えない。レベルは離れていても勝てる確率が無い訳じゃないし……。よし、いっちょ倒してみるか。
ホーンラビットはこちらから攻撃を仕掛けなければ襲ってこない大人しいモンスターだった。亜種っぽいこいつがそうとは限らないが、草を食べている様子からして大人しそうだ。
太刀を構え《隠密》を使用したまま、ゆっくりと後ろに近づいてみる。真後ろに立ってみたが襲ってくる様子はない。《察知》で周りにモンスターがいないか調べてみたが反応はない。よし、やってやるか。
「はっ!」
一度剣を納め、《抜刀斬り》で攻撃を仕掛ける。《抜刀斬り》は剣を抜きながら相手を斬り付けるスキルだ。他のスキルと違って連続して違うスキルを発動できるため、結構便利。
いきなり斬り付けられた兎は悲鳴を上げて体を仰け反らせた。俺はその隙を見逃さず、《フォーススラッシュ》を発動する。青い光が四連続で兎の体を通り、そこから血が噴き出す。
「っ」
兎がこちらを振り向き、角で突き刺そうと突進してきた。《見切り》で兎の突進がどこにくるか分かった俺は、《ステップ》で右に跳ぶ。スキルレベルが上がったおかげで《ステップ》する動きが速くなっている。
かわされた兎は前のめりになりながら突進を止める。ホーンラビットも攻撃を避けると隙が出来ていたから、やはりこいつも亜種か何かだろう。
背後から《フォーススラッシュ》で攻撃し、突進を《見切り》でかわす。兎のHPバーは二割ほど削れていた。結構堅いな。そう思っていると兎がこちらを向いたまま動きを止めた。突進してこないのか?
次の瞬間、兎の体が黄色く光ったと思うともの凄い勢いでこちらに突っ込んできていた。《見切り》で赤い攻撃予測線を確認できたときにはもう《ステップ》で回避出来る距離ではなかった。
「ぐっ!」
咄嗟に《受け流し》を発動し、兎の角を剣で一瞬だけ受け止め衝撃が来る前に刃を横にして威力を殺す。突進を完璧にかわすことが出来た。横に移動し樹に向かって突っ込んでいく兎を見る。角が樹に突き刺さって身動きが取れなくなっている。攻撃するチャンスだ。
兎に駆け寄ろうとして両腕の痛みに気付いた。HPを確認すると四割ほど減っていた。馬鹿な……。突進は完璧に受け流したはずだ。スキルを上手く使いこなせないと上手く受け流せない場合もあるが、今回は完璧だった。それなのにここまでダメージを負うなんて。直撃していたら即死してたんじゃないか?
恐怖に足がすくんだ。死の恐怖。
だけどいつまでも突っ立っているわけにはいかない。攻撃自体はちゃんと通っているしあの突進にさえ気を付ければ何とかなる筈だ。
アイテムボックスからフィレの実を食べてHPを回復する。ほぼ全部回復した。まだ兎は樹に突き刺さってジタバタしている。まだ攻撃できる。
急いで駆け寄り《フォーススラッシュ》で斬り付ける。まだ兎はジタバタしている。スキルの反動が収まったので、再び《フォーススラッシュ》を発動する。兎のHPは四割ほど減っていた。よし、いける!
《見切り》によって兎が振り向いて角で刺そうとする動きが予測できた。
洞窟の中での練習中、《二段ジャンプ》のスキルを使っていると、『スキルが強化できそうですですが、強化しますか?』という文字が浮かび上がってきた。Yesを選択すると《二段ジャンプ》が消え、新しく《四段ジャンプ》が使えるようになっていた。
俺は《四段ジャンプ》で兎の突きをかわし、がら空きになった頭に向かって落下の衝撃を上乗せした《兜割り》を叩き込む。《兜割り》は防御力が高い相手に向かって使う打撃技だ。上手く決まれば相手を混乱状態にする事が出来る。
兎は悲鳴を上げフラフラと蹌踉けた。どうやら上手く決まったみたいだ。混乱状態にする事が出来た。《フォーススラッシュ》を何度も使い、順調にHPを減らしていく。残り二割ぐらいになった頃、混乱状態が解けた。突きを喰らわないように後ろに下がる。
黄色い光が見えた気がした。
「がはっ……」
一瞬何が起こったか分からなかった。自分の腹部を見ると角が刺さっている。マジかよ……。予備動作無しとか避けれる訳がないだろ……。刺された部分が熱い。HPはどうなったんだ……。HPバーはとっくにレッドゾーンに突入しており、もうほんの少ししか残っていなかった。もう一撃喰らえば終わりだ。
急いで回復薬を使わなければいけない……。だが体が動かなかった。アイテムボックスを使うことが出来ない……。嘘だろ……麻痺かよ……。
この兎は相手を麻痺の状態にする力を持っていたようだ。やっぱ侮ってたみたいだな……。
兎が突進してくるのが見えた。
――――――
HPが0になった瞬間、いきなり体が光り出した。頭に『魂の欠片を使用しますか』という文字が浮かんでくる。すっかり忘れてた……。復活系のアイテム十個も持ってたじゃん。Yesを選択し、HPが赤のギリギリまで回復する。
目の前にいる兎。もう回復している暇はない。一か八か、《兜割り》で頭の横を殴ってやった。混乱状態にはならなかったが、蹌踉けて動きを止める兎。慌てて《ステップ》で距離を取ってフィレの実をかじる。体力が半分くらい回復した。もう一つ食べて全快する。
兎が体勢を立て直した。奴の体が黄色く光っていく。今度は予備動作があったみたいだ。まだ九回復活できるとはいえあまり無駄にしたくない。《四段ジャンプ》を使って跳ぶ。空中で透明な地面を蹴っていく。兎はさっきまで俺が居たところを通って突き進み、また樹に突き刺さった。ジタバタする兎。
もう奴のHPは二割以下。
地面に降りた俺は《フォーススラッシュ》を連発し、何とか兎を倒しきった。
ポーンとどこか間の抜けた電子音が連続し、レベルが一気に4上がった。スキルと称号は出なかったみたいだ。
今日はもう洞窟に帰ろう。