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――――The Red Crest
俺に負けず劣らず、栞はゲーム好きだった。同じゲームをプレイするといつも最初は俺の方が強いのに、気付くと追い抜かれている。格ゲーなんかをした時、最初の対戦で俺がコンボ決めて勝利すると、次の対戦ではそのコンボに対して対策を練ってきたり、逆に俺が使ったコンボで俺を倒したり。負けず嫌いなんだろうな、あいつは。
現実でもゲームでもあいつは負けず嫌いだった。部活動も勉強も誰にも負けないようにいつも頑張っていた。
それを見て俺は強い奴だと思ったんだ。
そんな栞が、こんなゲームの世界の中に入れられて弱いままでいる訳が無かった。《Blade Online》というこのゲームの中で栞は誰よりも強くなろうと、最強になろうと、今まで剣を振るって来たのだろう。
やっぱり強いな、お前は。
右から迫ってくる刃をかろうじて太刀で防ぐ。全身に重い衝撃が走り、HPが僅かに減る。栞は追撃の手を緩めずに右下からバスタードソードを振るう。身体を思い切り後ろに逸らしながら後ろに一歩跳び、どうにかそれを回避する。
後ろに下がった俺に、間髪入れずに栞は突っ込んでくる。俺の首を狙う突きを太刀の刃で弾き、俺も栞の首を狙って突きを出すが軽く躱される。
――――速い! そして重い! ブレオン内で最強のプレイヤー候補の一人の実力は伊達では無かった。強い。間違いなく、今まで戦ってきた誰よりも強い。まだ戦いを初めて数分しか経っていないが、それで十分に分かる。栞の実力が。《照らす光》をトップギルドと呼ばれるまでに大きくしたのも、間違いなく栞の力に依るものだろう。
間合いを詰め、栞目掛けて太刀を振るう。刃が栞の右肩に当たる直前、その姿がブレた。栞は身体を左にひねりながら俺の左側に小さく跳んだのだろう。それを高速で行った。俺の刃が栞のいた場所を空振る時には、既に栞のバスタードソードが俺の首目掛けて突き出されていた。体勢を崩した俺にそれを躱すことは出来ず、その刃が急所である俺の喉に突き刺さる。そしてすり抜けた。
「!」
寸前の所で《残響》を発動した俺は、栞の背中に一瞬で移動した。そして後ろから首を狙って横薙ぎに太刀を振るうが、まるで予めそれを予知していたかのように栞は後ろを向き、バスタードソードで俺の刃を撃ち落とす。そして今度こそ完全に体勢を崩した俺に向かって栞がスキルを発動させた。スキルの発動を示す光を纏ったバスタードソードの剣先が、俺の胸を貫く。
重い衝撃が俺の身体を突き抜け、一気にHPが四割程持っていかれる。強い衝撃を受け、後ろにのけぞった俺に栞は容赦なく追撃を加える。振りかぶったバスタードソードを俺に振り下ろす。何とか太刀でそれを防ぐが衝撃を殺しきれず、更に一割HPが削られる。流石にこれ以上攻撃を喰らうわけには行かず、《ステップ》で後ろに跳んで距離を取り、体勢を立て直す。
残りHPは大体半分。今ので一気に削られてしまった。対して栞のHPはまだ八割程度残っている。強いな。流石は俺の妹だ、なんて偉そうに言う権利は今の俺には無いけれど。
間合いを詰めてくる栞に対して、《間合い斬り》を発動して対応する。栞が間合いに踏み込んできた瞬間、システムのアシストによって高速で刃が栞を狙う。《間合い斬り》というスキルは太刀にしか無いスキルの様で、存在を知っているプレイヤーは俺以外にいないだろう。しかし栞は《間合い斬り》に対応してみせた。太刀が間合いに踏み込んだ栞を斬り裂く前に、一歩後ろに下がられた。栞のギリギリと所を刃が空振っていく。
だが俺も《間合い斬り》で栞にダメージを与えられるとは思っていない。止まっている栞に俺から接近し、首に突きを放つ。だが当然、栞は対応してきた。バスタードソードの剣先で俺の太刀の剣先を弾こうとしてきた。
――――ここだ!
栞の刃が俺の刃に当たる直前に手首を捻り、がら空きの栞の腹を斜めに斬り付ける。
「っ!?」
流石の栞も対応しきれなかったようでその攻撃は完全に入った。驚愕の声を上げた栞のHPが二割程減少する。
突き胴。現実で剣道をしていた時に思いついた技だ。突きを打つ振りをして、胴を打つ。胴に上手く当てることが出来ず、試合ではあまり使うことが出来なかった技だが今は剣道の試合をしている訳ではない。
突き胴を決めた俺は、そのまま栞に突っ込む。ぶつかると同時に太刀の鍔をバスタードソードの鍔に引っ掛け、上に押し上げる。流石に体当たりしてくるとは思っていなかったようで、栞は面食らったようだった。そして後ろに押されて蹌踉めいた栞の左腹を下がりながら抉るように斬り付ける。体当たりの時に鍔を押し上げているから、左脇腹はがら空きだった。
剣道で言う所の引き胴だ。流石に踏み込まなかったし、あまり深く斬り付ける事は出来なかったが、それでも栞のHPを一割近く削る事が出来た。
栞は剣道をやったことは無いが、俺の剣道の試合を見たことはあるだろうから、今の動きが剣道に似たものだと言うことは分かっただろう。
栞は目を見開いて驚いた表情をしていたが、すぐに表情をいつもの冷静な表情に戻した。その表情からもう同じ手の攻撃は喰らわないといった感情が読み取れる。実際、もう今の突き胴や引き胴はもう決める事は出来ないだろう。もし同じ事をしたら対応されて逆に攻撃されてしまう筈だ。
だが、ダメージは十分に与えた。後は違うやり方で攻めれば良い。
「!」
栞のバスタードソードが光った。何かのスキルを発動したのだろう。スキルについて出来る限り掲示板を見て調べたが、如何せん時間が足りなさすぎた。栞が使っているスキルが何なのか、判断出来ない。
栞の姿が消えた――いや、俺の目の前まで一瞬で移動していた。通ってきた道に光の残滓を残しながら、俺の懐に潜り込み、刃を突き出す。
いくら速いとは言え、その動きさえ読めれば避けれる。俺は冷静に攻撃を躱す。が、そのスキルはただ直線に突っ込むだけのスキルではなかった。栞の動きは止まらず、俺の躱した先に再度刃を突き出してきた。
だがこの程度なら簡単に躱せる。《ブラッディフォレスト》のモンスターだって、フェイント攻撃を使ってくるのだ。躱せなければ、俺は今ここにいない。俺は太刀を下から斬り上げ、バスタードソードの刃に当て、軌道をずらす。そして左足を軸にして右足で栞に蹴りを叩きこむ。妹に蹴りを入れるなんて、と一瞬頭に浮かんだが手加減する訳にはいかない。この戦いは、全力で戦わなければならない。
栞は軽さ重視の様で、装備している防具は最低限の物だ。腹に足がめり込み、栞を吹っ飛ばす。しかしこの世界では素手での攻撃の威力は高くない。上手く決まっても殆どHPを減らすことは出来ないのだ。素手を使ったスキルもあるらしいが、俺はそんなスキルはもっていない。
――――これで終わらせる。
蹴りが入った栞はバランスを崩している。俺はそこに《クリアスタブ》を打ち込む。高速で突き出された刃が青い光を放ちながら、栞に向かっていく。
「ぐ、あっ!?」
栞に向かっていた《クリアスタブ》が弾かれ、俺の肩にバスタードソードが突き刺さっていた。その刃は光っている。
――――《クリアスタブ》が栞に当たる直前、バスタードソードが光った。そして《クリアスタブ》以上の速度で太刀の剣先を弾き、そのままバスタードソードが俺目掛けて突き出された。
《カウンター系》スキルか……!
カウンター系のスキルは相手が条件を満たした攻撃系スキルを使用した場合のみ、発動する事ができる。使いどきとタイミングが難しく、使いこなすことが出来るプレイヤーは少ないとされているが、栞が使いこなせない訳が無かった……!
急所に当たらなかっただけマシと言えるが、俺のHPは既にオレンジ色にまで減っている。バスタードソードの威力の攻撃が後一撃でも入れば、恐らく、負ける。
「……流石に強いな。ここまで追い詰められたのは初めてだよ」
「……兄さんとは、違いますから」
「……ああ。そうだな。お前は強い。俺なんかよりもずっと強い」
「…………」
お前は強いよ、栞。眩しいぐらいに強い。
対して俺は弱い。無力で駄目な兄貴だよ。
――――だけど、俺はこのままやられる訳にはいかない。この世界に入れられて一年間、何もして来なかった訳じゃないのだから。
「!?」
カタナのように、俺は太刀の刃を軽く腕に刺す。少しずつHPが減少していく。オレンジ色だったHPがとうとうレッドゾーンに突入する。
元から一撃でも喰らえばやばかったんだ。だったらオレンジも赤も変わらない。
背水の陣。
――――称号【赤き紋章】の発動条件が整いました。
――――称号【赤き紋章】を発動します。
「行くぜ、栞」
来週の土日に更新出来たらいいなあ…。
更新出来るかはわかりません。