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《Side Story》

ブログに乗せたサイドストーリーをちょっと直してまとめたものです。

 


 私には父親も母親も居ない。小さい頃に二人共交通事故で死んでしまった。今は祖母と祖父の家にお兄ちゃんと一緒に暮らしている。二人共とても良い人で私達の為にいろいろなことをしてくれた。いつか大人になったら二人に恩を返したいと思っている。



 お父さんとお母さんが死んでから、私は毎日息が詰まる様な思いだった。毎日が辛かった。でももう私には親は居ない。お兄ちゃんにも居ない。だから私はしっかりしないといけない。お兄ちゃんはあまり要領が良い人では無かったから。



 私がお兄ちゃんを守ってあげないといけない。ずっとそう思っていた。


『栞は俺が守る』


 だけど、お兄ちゃんは私を抱きしめながらそう言ってくれた。

 お父さんとお母さんが死んでからずっと私の心を蝕んでいた何かからお兄ちゃんがその言葉で解放してくれた。

 嬉しかった。

 とても嬉しかった。

 あれから時が経ち、もうすぐ私は中学一年生に、お兄ちゃんは高校一年生になる。あれからいろいろあって、辛かったり苦しかった事もあったけど、祖母と祖父に支えられながら、お兄ちゃんと二人で頑張ってきた。


 今でもお兄ちゃんのあの言葉は私の宝物だ。



 お兄ちゃん、大好き。



――――――――――――



 お兄ちゃんは高校生になって、私も中学生になった。



 この中学校はお兄ちゃんの母校で、どんな行事があるだとかどんな設備があるだとか前もって教えてもらっていたおかげで不安も少なく、早速新しい友だちも作ることが出来た。最初の中間テストでもそこそこいい点が取れて、お祖母ちゃんがお祝いに前から欲しかったゲームを買ってくれた。

 部活は前から興味のあったバレー部に入った。優しい先輩ばかりで、分からない事を親切に教えてくれたりした。学校では部活に一生懸命取り組んで、家に帰って勉強して、それからゲームをする。毎日がとても充実していた。



 だけどお兄ちゃんはそうじゃなかった。



 最初のテストでお兄ちゃんは数学Ⅰという高校で習う数学で悪い点を取ってしまったらしい。それに入った剣道部でも人間関係が上手く行かず、色々大変そうだった。

 数学の再テストが近いうちにあるらしく、お兄ちゃんは大好きなゲームをせずに毎日部屋で何時間も勉強をしていた。



 

「なんで来てくれなかったの!?」



 週末、私のバレーを試合を応援しに来てくれると約束していたのに、お兄ちゃんは来てくれなかった。私が初めて出る試合だから、お兄ちゃんに見て欲しかった。

 「ごめん……忘れてたんだ」と本当に申し訳無さそうに謝ってくるお兄ちゃんの顔を見てもイライラは一向に収まらず、その日から私はお兄ちゃんを無視するようになった。



 お兄ちゃんが話しかけてきても無視して、お兄ちゃんの悲しそうな顔を見て嫌な気分になった。最初はざまあみろって思っていたけど、段々私はなんて酷いことをしているんだろう、と自己嫌悪を感じるようになっていった。

 やめればいいのに、って思うかもしれないけど、私は素直になれなくて、お兄ちゃんを無視する事をやめるタイミングを見失ってしまった。


 お兄ちゃんの事から一週間程経った頃だった。

 私はバレー部の三年生の折田雄平おりだ ゆうへいという先輩に告白された。

 折田先輩は運動神経が良く、女子バレー部の隣で練習している男子バレー部の中でも特に上手だ。それに顔も整っていて女子からは人気が高い。

 練習が終わった後、折田先輩に話したいことがある、と呼び出され人気の少ない下駄箱の裏で「矢代がバレーを頑張ってる姿を見て好きになった。俺と付き合ってください」と言ってきたのだ。

 呼び出された時点で告白じゃないかと思っていたけど、本当にされるとは……。私、付き合うとか今はまだ考えられないな……。


「ごめんなさい……。今はまだ誰かと付き合うとか……そういう気分じゃなくて……。告白してくださってありがとうございます。嬉しかったです」


 私がそう言うと折田先輩は「分かった。急にごめんな」と笑みを浮かべた。それで私たちは別れ、いつも通りに下校した。


 翌日。授業が終わって部活に参加しようと体育館に来て、私は何かが違うという事に気付いた。私が体育館に入った瞬間、男子バレー部と女子バレー部、両方の視線が私に向けられたのだ。上手く言えないけど、その視線はあまり良い視線ではなかった。嫌な感じがする。


「こんにちはー」


 練習はまだ始まっていなかったが、準備をしていた先輩達に挨拶をする。いつもなら笑みを浮かべて何か言ってくれるのに、その日先輩達は私に視線を合わせず、何も言ってくれなかった。

  なんでだろう、と疑問に思いながらも私も準備をするために同級生の友人の元に向かった。そして、そこでも私は無視をされた。


 友人は先輩達と同じように私を無視し、私を押しのけて準備を続けた。

 何で無視するんだろう。私が何かしたの? そう思ったが口には出せず、私は一人で準備をするしかなかった。


 その日から周りの人の態度が変わっていった。

  同じ部活の先輩や同級生に無視されるだけじゃなくて、同じクラスの友達にも無視されるようになった。元々話さなかった男子には何も変化が無かったけど、女子の態度は明らかに変わってしまった。


 なんでなの? 


 こんな事をされる原因が私には分からなかった。私は何も悪いことはしていない……筈だ。少なくとも誰かに恨まれるような酷い事はしていない、と思う。



 仲の良かった友人達に話しかけても「ごめん」と謝って、どこかに行ってしまう。


 それから私は徐々に孤立していった。

 でも、それだけでは終わらなかった。


 学校で私の上履きが隠されたり、机が倒されていたり、教科書に勝手に落書きをされていたり。それらは次第にエスカレートしていき、私の携帯に知らないアドレスから『ブス』とか『カス』という言葉が送られてきたり、私の写真を改造して作られた卑猥な立体映像が送られてきたこともあった。


 これが苛めという物なんだろうか?

 かなり前に作られた漫画やドラマといった創作によく出てくる苛め。

 小学生の頃に図書館で読んだことがある。読んでみた時、こんな酷い事をする人なんか居ないと思った。苛められる側が可哀想だし、苛める側だってそんな事自分の為にならない。


「まさか自分が苛められるとは思ってなかったな」


自分の部屋でネトゲをしながら、私は自嘲的に呟いた。

 毎日の楽しみだったネトゲも今はあまり楽しくない。何をしても学校での事を思い出してしまうからだ。


 あーあ。楽しい中学生活になると思ったんだけどな……。ちょっと泣きそう。


 あれからまだ、お兄ちゃんとも仲直りしていない。お兄ちゃんはいつも通りに話しかけてきてくれるけど、私はそれを無視している。ああ、学校で私がされてる事と同じ事をお兄ちゃんにしてるんだな、私。


 謝りたい。だけどお兄ちゃんの前に立つと何か喋れなくて。 


 私に無視された時のお兄ちゃんの顔を見ていると、なんだか胸がギュって締め付けられる様な感じがして嫌なのに。話したいのに。

 ごめんね、お兄ちゃん。

 こんな私だから苛められるんだよね……。

 いっつも私が困ったときには助けてくれて、私のために頑張ってくれて。

 なのに。


「ごめん……ね……お兄……ちゃん……辛いよ……助けてよ……」


 目から溢れる熱い液体が零れないように必死に堪えながら、そう呟く。勝手だと思う。自分から無視しておいて、こんなの。


「栞、いるか?」


 その時、コンコンと部屋のドアはノックされた。お兄ちゃんだ。

 今のが聞かれたんじゃないかと思うと心臓の鼓動が跳ね上がって、なんだかすごく恥ずかしい気持ちになった。


「……いるよ。何」


 泣いているのに気付かれないように低い声でお兄ちゃんに返事する。ああ、また素直になれない。本当はお兄ちゃんが話しかけてきてくれて嬉しいのに。二人でゲームしたり話をしたりしたいのに。


「……いや、なんていうか、最近どうだ?」


 お兄ちゃんがシドロモドロになりながらそう聞いてきた。


「別に」


 口から出たのはまたそんな言葉。


「そっか。ならいいんだ。ごめんな、急に。もうすぐご飯だから少ししたら来いよ」


 そう言って、お兄ちゃんは扉の前から去っていった。


 

―――――――――


 それから三日経った。私に対する嫌がらせはまだ続いている。何度か学校を休もうなんて考えたけれど、なんだか負けた気がして嫌だった。だから毎日しっかり学校に行って、嫌がらせも感情を表に出さないように、なんてことないようにしてやり過ごしていた。内心は辛くて泣きそうだったけど、こんなことをする人達に負けたくはなかった。


 そしてその日、私に友人だった一人がこっそり話し掛けてきて、こんなことを教えてくれた。


 靴を隠したり、変なメールを送っているのは折田雄平という先輩で、色々な所で私の悪い噂を流して、私を孤立させようとしている事。私がHなことをしている写真(私の写真と違う写真を組み合わせれ作られたものだと思う)などをいろんな人にばら撒いて、「矢代栞はビッチだ」ということをみんなに信じさせようとしている事。



 その子はそれを前から知っていて、自分が標的にされるのが嫌でそれを隠していたけど、我慢できなくなって私に教えてくれたみたいだ。



 それを聞いた私は怒った、というより混乱してしまった。

 何故、折田先輩が私にそんなことをするのだろう、と。

 そしてそれはすぐに思い当たった。

 折田先輩が私にこんなことをするのは、私があの人の告白を振ったからではないか、と。



 理由はともあれ、私は休み時間に三年生の教室まで行き、直接折田先輩と話をすることにした。


 三年生の教室に入ると、色々な人が嫌な視線を私に向けてくる。嫌悪だったり、嘲りだったり、哀れみだったり。その中で数人、私のことを見てニヤニヤと笑みを浮かべる人がいた。



 数名の男子と、折田先輩。

 私は折田先輩の所まで歩いて行き、話し掛けた。



「すいません、折田先輩」

「なにー、栞ちゃん」


 わざとらしい笑み。頭にきたけどグッと抑えこむ。


「私の靴を隠したりだとか、変な噂を広めるとか、やめてくれませんか?」

「えぇ、何のこと?」



 折田先輩の言葉に、取り巻きの先輩達が下品にゲラゲラと笑う。


「…………」


 我慢して、無言で折田先輩を睨んでいると彼は何か思いついたというように嫌な笑みを浮かべた。



「あ、栞ちゃんさぁ、俺の家知ってるよねえ? で、俺の家の近くに空き家があるんだわ。休み時間ももうすぐ終わるしぃ、今日そこに来てくれない? 」

「……何故空き家なんですか? それなら折田先輩の家でもいいじゃないですか」

「嫌なら話す必要無いよねぇ。俺はわざわざ栞ちゃんの為に時間を取ってあげようって言ってるのにさぁ」

「……分かりました」

「ははは、じゃあ後で空き家の位置メールしとくから」


 嫌な予感がしたけど、それでも私はそれを受けるしか無かった。




 放課後、家に帰ると玄関にお兄ちゃんがいた。お兄ちゃんは私の顔を見ると、肩を掴んでまた「学校で何か変わったことはないのか?」と聞いてきた。もしかしたら私の事について何か聞いたのかもしれない。


 助けて欲しかった。


 でも私は肩を掴んでいる手を振り払い「お兄ちゃんには関係無いでしょ?」とだけ言って靴を脱ぎ、鞄を置きに自分の部屋に向かう。

 お兄ちゃんは何も言ってこなくて、玄関のドアが閉まる音がしたから外に行ったのかもしれない。


 …………私の勝手。私の問題だから……。自分で解決しないといけないんだ。



 私は家から跳び出し、折田先輩の近くにある空き家に向かった。

 空き家ができたのは知っている。昔、よく犬を触らせて貰っていたお婆さんが住んでいた家だと思う。

 大きな塀に家が囲まれていて、外から庭の様子は見えない。

 嫌な予感を振り払い、私は空き家の中に入って、庭に行った。まだ折田先輩は来ていなかった。

 それからしばらくして、教室で話していた取り巻きの男の先輩数人を連れて、折田先輩がやってきた。


「おいおいマジでいるし」


 私がいることを確認した折田先輩達は、お互いに顔を見合わせて笑みを浮かべた。その笑みはどこかドロリと粘着質で生々しさを感じさせる嫌らしい物で、私は思わず唾を飲み込んだ。

 全身を舐め回すように見てくる先輩達に勇気を振り絞って近づいていく。


「折田、先輩。もうやめて下さい。私の変な写真をばらまいたりしてるの、先輩ですよね?」

「うん、そうだよ」


 教室の時とは違って折田先輩はあっさりとそれを認めた。その潔い返答に何か嫌な物を感じるが、それを振り払って口を動かす。


「何でそんな事をするんですか!? やめて下さい!」

「いいよ。ただし俺と付き合ってくれたらね」

「……付き合える訳無いじゃないですか!」

「ああ、じゃあいいよ、それならさ、俺達とヤラせてよ」

「え?」


 そこに来て、ようやく私は折田先輩が何故ここに呼んだのかを理解した。

 その瞬間、強烈な恐怖が私を襲う。全身から力が抜けていって、足がガタガタと震えて、息が荒くなっていく。怖くて泣きそうになるけど、近付いて来る先輩達の前で泣くのは嫌で堪える。

 後ろに逃げようとするけど、先輩に肩を掴まれて、私は地面に押し倒された。その拍子に後頭部を強くぶつけて、ガツンと一瞬視界が白くなって、次いで意識が麻痺するような重い痛みが頭を襲う。 

 倒れた私が逃げられないように、折田先輩が私の腕を掴む。はぁはぁと生暖かい息が私の顔にあたる。


「痛い……やめて……」



 頭と握られている腕の痛みにやめてと折田先輩にいうけれど、折田先輩はそんな私の様子により一層息を荒くした。


「おい大丈夫なのか?」


 先輩の仲間の内の一人が呼吸を荒くしながらも、折田先輩に聞いた。すると先輩は「大丈夫だよ」とポケットから携帯を取り出した。そしてピロン、という音が空き地に響く。恐らくはカメラ機能を起動させたのだろう。



「これからやる事をバラまかれたくなかったら、今日の事は誰にも言うなよ」


  折田先輩が濁りきった瞳で私を嘲笑いながら、耳元でそう呟いた。

 それを聞いた先輩達は同じように笑みを浮かべて、私の方に近付いて来る。

 折田先輩も他の先輩もみんな同じように目が濁っていて、息が荒くて、生々しくて嫌らしい笑みを浮かべていて、気持ち悪くて。


 先輩が私のスカートに手を伸ばしてきた。



 私は必死に抵抗しようとするけど、腕を掴まれていて、振りほどけなくて、どうする事も出来なくて。悲鳴を上げようとしたけど口に何か布を当てられて、悲鳴を上げることも出来なかった。



「せっかく俺が告白してやったのに振りやがって、このクソアマがよぉ」


 嫌だ、怖い。怖い怖い怖い。私に触らないで。嫌だやめて怖い嫌だ気持ち悪い触らないでやめて。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。先輩の手が私の肌に触れて全身に鳥肌が立って手が私の太もも撫でて気持ち悪い嫌だやめて触らないで気持ち悪い生暖かい息が私の身体に当たって涙が出てきて叫びたいのに叫べなくて




 嫌だ。やめて。怖い。



 誰か、誰か助けてよ。



 たすけておにいちゃん










「ごっぁ!?」



「ぎぃあっ」



「うぁ!? な、なんだてめぇ、ぐぁ」




 目を開けると私に手を伸ばしたていた先輩達が誰かに殴られていた。先輩達は私の上から離れて、その人から距離を取った。




「俺の妹に手ェ出してんじゃねえぞおおおおおおおおォォォッ!!!!」



 

 そこにいた人は。



 私のお兄ちゃんで。



 その時のお兄ちゃんは今まで見たことがないくらい怒っていて。



 だけど、凄く格好良くて。





「い、妹!? こいつ矢代の兄貴か?」



 うろたえる先輩達にお兄ちゃんが向かっていって、お兄ちゃんが折田先輩を殴り飛ばす所を見てから、私は気を失った。




――――――――――――――――――


 次に私が目を覚ましたのは自分の部屋にあるベッドの上だった。毛布の温かさや時計の針の音がとても落ち着いて、ふうと息を吐く。


 ベッドの隣に誰かいるのを感じで、横を見るとお兄ちゃんが椅子に座っていた。お兄ちゃんは眠り掛けみたいで、こっくりこっくりと頭を上下させている。しばらく見ていると頭が下に行きすぎてお兄ちゃんは椅子から転げ落ちそうになり「はっ!」と声を漏らして目を覚ました。その様子が面白くて少し笑うと、お兄ちゃんは恥ずかしそうに顔を赤くした後、咳払いして誤魔化した。

 それから私の頭に手を伸ばして優しく撫でてくれた。温かい気持ちになって凄く安心する。

 昔から何かあったらお兄ちゃんに頭を撫でて貰ってたなあ、と昔の事を思い出した。



 お兄ちゃんは私の頭を撫でたまま、ゆっくりとした優しい口調で喋り始めた。


「……大丈夫だったか? ごめんな、もっと早く助けに行ってやれなくて」

「ううん……。ありがとう。お兄ちゃん」

「今はじいちゃんもばあちゃんも家にいないよ。俺の話を聞いた途端にじいちゃんが『ぶっ殺す』とか言い出して大変だったよ……。ばあちゃんも『おじいさん。殺すよりも生きたまま苦しめないと』とか言っててな……。ま、大丈夫だと思うけどさ」


 お兄ちゃんは私を笑わそうとしてくれたのか、おどけた口調でそういった。


「とにかく今日はもう休みな。処理とかは俺達で何とかするからさ」

「ん……。ありがと。お兄ちゃん……お風呂入りたい」

「……あ、ああ。そうだな。大丈夫。お風呂は、入れてあるからすぐ入れるよ」


 お兄ちゃんは私が折田先輩達に襲われたのを凄く気にしてくれてるんだって言うことが凄く分かって、何だか泣きそうになった。

 私はベッドから立ち上がる。

 お兄ちゃんが「歩けるか?」って心配してくれたけど、頷いて部屋から出る。

 それから洗面所で服を脱いで、お風呂の中に入る。


「……っ」


 一人になった途端にさっきの事を思い出して、身体が、ガタガタ震えて怖い、怖い、


「栞、風呂入ったか? 何かあったら呼んでくれ」


 お兄ちゃんが洗面所の中に入ってきて、お風呂にいる私に向かってそう言った。私は震えを堪えながら口を開く。



「お、おにい、ちゃん。ごめん……せ、洗面所の所にいて……」

「っ……。分かった」



 それからお兄ちゃんの足音が近付いてきて、お風呂と洗面所のドアの前で「ここにいるからな」と言ってくれた。お兄ちゃんが近くに居てくれると思うと、震えが止まって、私は身体を持ち上げてお湯で身体を洗った後、ゆっくりと湯船の中に入った。

 お湯の温かさが身体に染みていくような感覚。身体がほんわりと温かくなってくる。

 それから湯船から上がって身体を洗う。


「ひ」


 お、おり、折田先輩達に、わ、私の身体をベタベタと触られその途端自分の身体が凄く汚い物に思えて来て身体が身体私の身体私のか


「栞……? どうした?」

「っ」


 お兄ちゃんの言葉で我に返って、荒い呼吸と胸の鼓動を何とか落ち着かせる。


「なあ……栞」

「何……お兄ちゃん?」

「この前……ごめんな、試合見に行けなくてさ……」


ごめんな、と繰り返すお兄ちゃん・

 なんで謝るの?私が悪くてずっと怒ってたのに、なんで、謝るの。私からちゃんと謝らないといけないのに。


「約束破ってごめんな」

「……あんなに無視とかしたのに、お兄ちゃん、なんで謝るの? 怒ってないの?」

「……約束破られた栞の気持ち考えたら、無視されるのと同じくらい悲しかったんじゃないかなって思ってさ……」

「っ……私こそごめんなさい……。無視してごめんなさい……。ごめんなさい……」


 涙が零れてきて、それからずっと泣いてて訳の分からないことを言っていたと思う。

 お風呂から上がった後、お兄ちゃんに寝るまで一緒にいてもらった。

 頭を撫でられるのも好きだけど、脇腹を優しく摘まれるのも実は好き。いつもお兄ちゃんがしてくるとやめてって言ってるけど、本当は嫌じゃない。


 嫌な夢も見なくて、久しぶりに気持ちよく眠ることが出来た。



 折田先輩達は転校する事になったみたいだ。あの日から私は彼らに会っていない。

 あの日から家族以外の男性が怖かったり、クラスメイトが信用できなくなったりしたけど、それも私は乗り越えた。


 中学三年生になるころには心から信頼出来る友人も出来たし、一緒にゲームをする男友達も出来た。友達が苛められた時は絶対に見捨てずに、一緒に戦った。苛められる痛みを知ったから、他の人が苛められる痛みを理解できたんだと思う。



 私は、あの頃の私よりも強くなることが出来たと思う。


――――――――――――――――――

 


 部屋に閉じこもってしまった兄さんを見て、あの時、私を助けてくれたお兄ちゃんはいなくなってしまったんだと、私は理解した。今の兄さんは酷く駄目な人間だ。



 だけど。



 確かにあの時のお兄ちゃんは存在していて、今でも私はあのお兄ちゃんが大好きだ。


 































この世界の携帯はVRフォンという最新の技術を取り入れた機種になってます。

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― 新着の感想 ―
??? 栞の行動、理解が出来ないな。
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