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地面に叩き付けられた痛みを堪えながら、何とか立ち上がる。それから高いところから落ちるとダメージを受けるのを思い出し、HPバーを確認したが変化はなかった。バグのお陰かどうかは知らないが、どうやら落下ダメージは無かったようだ。それなら落ちたときの痛みも無しにして欲しかったな。
それにしてもここはどこだ? 巨大な樹が生えていることから森の中というのは分かるが、《ワイルドフォレスト》にこんな場所はなかったはずだ。それに雰囲気が違う。上手く説明できないが、ここは嫌な空気が流れている。何かが潜んでいそうな、いるだけで不安になってくる。
現在地点を確認するためにステータス画面を開いてみる。頭の中で出てこいと念じるだけでステータス画面を出すことが出来る。視界に現れると言うよりは脳内に表示されると言った方が正しいのかも知れない。ステータス画面は自分以外の人間には見ることが出来ないし。
ステータス画面には自分の現在地点を確認できる機能が付いている。俺は自分の居る場所を確認して顔を顰めた。
現在地点、《ブラッディフォレスト》。
どこだよ。β版でプレイしたときにこんなダンジョンは発見されなかったぞ。と言うことは少なくとも《ワイルドフォレスト》よりはモンスターのレベルが高いと言うことだ。これはやばいかも知れん。下手したらモンスターから一発攻撃されるだけで即死、なんて事もありえる。
しばらく周りを見回してみたが樹のせいで遠くに何があるのか分からない。葉の隙間から僅かに漏れている太陽の光がいつなくなるとも分からんし、動くしかないか?
この世界はリアルだから朝昼晩と時間の流れがちゃんとあるし、季節や天候も変化する。今は昼過ぎだろうか。夜になれば視界は最悪だし、夜行性のモンスターもいるかもしれない。
しょうがない。探索するとするか。
――――――
バキバキバキと樹の枝が折れる音に続き、獣の低い唸り声が響く。それからシャカシャカと何かが地面を移動する音が聞こえ、地面が震える。
俺は苔生して緑色になった樹の後ろに隠れ、モンスター同士の戦いを見ていた。緊張のせいで荒くなった自分の息と心臓の音がうるさい。
しばらく森を探索していると巨大な熊のようなモノが寝ているのを発見してしまった。地面の上で大の字になっていびきをかいているそれは、間違いなくモンスターだ。それもレベルの高い。
モンスターはHPバーの上に名前が表示されるようになっている。ただし、モンスターのレベルが自分よりかなり上の場合、『???』と表示されるようになっている。この熊のHPバーの上にはハテナマークが浮いていた。つまり俺よりもレベルはかなり上だ。
今寝ていると言うことは夜行性のモンスターだろう。刺激を与えなければ起きることはない。触らぬ神にたたり無し、ここはスルーしていこう。
そう思っていると、いきなり紫色の液体が熊の腹部に付着した。何かが溶ける音がして熊のHPが僅かに減る。
熊が起きた。
おもむろに立ち上がって血走った目を見開き、大きな口を開いて咆哮する。そのあまりの迫力に俺は立っていることが出来なかった。その場で膝をついて耳をふさぐ。恐らくこの熊は威圧系のスキルを持っているのだろう。威圧系は自分よりレベルが低い者の身動きを鈍くする。
想像以上にやばいな……。もし見つかったら逃げることも出来ずに殺される。
咆哮が終わった熊は自分の眠りを妨げた者を睨み付ける。視線の先にいたのはこれまた大きなサソリだった。熊よりは小さいがサソリの常識から考えるとかなりでかい。全身が紅色の殻で覆われている。かなり堅そうだ。
サソリは三体おり、六本の足を使って熊を取り囲んだ。サソリもレベルが離れているようで名前が表示されない。どうやらこの森にいるモンスターは俺のレベルを遙かに上回って居るみたいだな……。おい運営早く助けろ。
睨み合う熊とサソリ達。先に動いたのはサソリだった。もの凄い勢いで一斉に熊に突進していき、その鋏で殴りつけた。熊のHPが一割ほど減る。熊は自分の正面にいるサソリに向かって爪を振り下ろした。鉄と鉄をぶつけたような鈍い音が響き渡る。やはりサソリの殻は堅かったようだ。それでも攻撃を受けたサソリのHPが30%ほど削られていた。恐るべし熊の攻撃力。
熊の攻撃は止まらない。他の二匹にも爪を叩き付ける。両腕をブンブンと振り回しながらサソリを殴りつける熊。結構シュールだ。サソリも負けていない。瘤のついた尻尾の先端を熊に突き刺す。熊のHPが減少すると同時に紫色に変色する。毒状態だ。やっぱ毒をもってやがったか……。
毒状態になるとHPが少しずつ削られていく。毒消しを飲めば消せるし、しばらく経てば毒状態からも解放されるのだが、強敵と戦っている時に毒状態になるのはまずい。
熊とサソリの戦闘が始まってから十分。三体のサソリはHPは半分ほど削られていたが、熊のHPを半分以下のオレンジ色まで減らしていた。熊の毒状態は治ったモノの、サソリの方が圧倒的に有利だ。
三方向から鋏で殴られたり肉を引きちぎられたりして、ついに熊のHPがレッドゾーンに突入する。樹の影からこっそり覗いている俺はサソリの勝利を確信した。
その時。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
咆哮の後、熊の全身が真っ赤に光り出す。目は真っ赤に輝き、牙は伸び、口が大きくなる。なんだこれは。こんな現象は見たことがないぞ……。
熊がサソリの一体を殴りつけた。頑丈な殻が粉々に砕け散り、サソリはHPバーを全て削られた。残りのサソリは尻尾で突き刺して熊を毒状態にしたが、その後殻を砕かれて死んでしまった。光になって消えていくサソリ達。熊は勝利の雄叫びを上げた。
今の俺があんな化け物に勝てる訳がない……。いくら体力が殆ど0でもあのサソリ達の殻を粉々にしたあいつに近づきたくない。毒状態も治ってしまったし、しばらくすればHPが少しずつ回復していくだろう。その前に早いところ逃げよう……。
立ち上がるため、今まで隠れていた樹に手をつく。すると湿った感触と樹が傾く感触が伝わってきた。
「あ」
どういう訳か、樹は腐って脆くなっていたらしい。そのまま倒れていく。その先には全身真っ赤な熊さんが。樹が熊に当たって砕ける。
やべえっ、気付かれる! 急いで逃走しようとした俺の耳に、熊のどこか哀しげな叫びが聞こえた。恐る恐る振り向いてみると、熊が光の粒となって天に昇っていく所だった。
え?
レベルアップ音が脳内に響いた。というよりはもの凄い連続して聞こえてきた。
ポーン、レベル2になりました。ポーン、レベル3になりました。ポーン、レベル4になりました。ポーン、レベル5になりました。ポーン、レベル6になりました。
β版の時は聞こえただけで飛び跳ねて喜んだ電子音が続く。
…………。
その後、音はレベルが26になった所で止まった。続いて脳内に文字が浮かび上がってくる。
スキル《ステップ》《ジャンプ》→《二段ジャンプ》に変化しました《隠密》《見切り》《察知》《受け流し》《フォーススラッシュ》《クリア・スタブ》《兜割り》《抜刀斬り》《侍の迫力》を会得しました。
称号【罠士】【下克上】【隠密者】【???】を獲得しました。
もう訳が分からん……。