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人面芋虫が大木を薙ぎ倒していったおかげで、新しい道が出来ていた。折れた木の破片に気を付けながら、俺達はそこを通って先に進んでいく。歩いて二分ほどで休憩所まで到着した。その頃にはだいぶ日が沈んでおり、虫の鳴き声がそこら中から聞こえてきて俺とリンは結構ドキドキした。ここには夜行性のモンスターが居るらしいからな。幸いなことに、休憩所までの道のりにはモンスターが出ないように設定されていたから夜行性のモンスターと戦わずに済んだが。
休憩所には椅子用の切り株が十数個や、寝泊まりできるテントが十数個などが設置されていた。プレイヤーが寝泊まりするために、今までの休憩所よりもかなり大きく作られている。だが、プレイヤーはどこにも見あたらない。エリアでも見かけることはなかった。虚空に聞いてみると、ここは《アンデッドカーニバル》以上に不人気なエリアなのでプレイヤーはあまり来ないそうだ。まあ、そうだろうな。というか、あの気味が悪い、腐敗した屍達が巣くうエリアよりも人気が無いという時点で何かを察するべきだ。
テントは沢山あったので皆、適当に選んで使用することにし、しばらく休憩した後休憩所の中央にパーティーは集合した。夕食の時間だ。
虚空の持っていたアイテム、薪と火炎石という火を起こすアイテムを使用して焚き火をする事にした。全員で火を囲んで座る。夕食は虚空達がどこかのエリアでモンスターを倒したときに手に入れたという、骨付き肉。これを焼いて食べることにした。飲み物は麦茶。
アニメや漫画でよく見る、両端から骨が付きだしている柔らかそうな巨大な肉。それがこんがりと焼けるまで火で炙り、しっかり焼けたことを確認して頂いた。
グイィと伸びる肉を噛み切り、口の中で咀嚼する。一度噛むたびに大量の肉汁が口の中に迸った。牛肉とも豚肉とも鶏肉とも違う、ワイルドな味。この世界の食べ物は現実の味覚データを利用しているから、現実にも同じ味の食べ物がある筈なんだけど、こんな肉は初めて食べた。リュウとリンも美味しそうに食べている。
口の中の油っぽさを麦茶を飲んで解消し、俺は斜め前で肉を上品に食べている虚空に話し掛けた。……俺の前のカケヒさんが口から肉汁をボタボタとこぼしながら、何とも言えない顔で食べていたのは見ていないことにしよう。
「虚空が所属している《不滅龍》っていったいどんなギルドなんだ? 一応、掲示板で調べたんだけど」
虚空はどこからか白いハンカチを取り出して口元を拭うと、口を開いた。
「どんな……かあ。そうだなぁ。《不滅龍》のギルドマスターは現在、もっとも強いプレイヤー候補でね、《嵐帝》や《流星》と並ぶ実力者なんだ」
「確か、《震源地》の玖龍さんだったか》
「そう。玖龍さんはすごい人でね、このゲームが開始されてたった数ヶ月で《不滅龍》を立ち上げたんだ。《照らす光》も同じぐらいの時期に作られたけどね。それからもの凄い勢いで実力を伸ばしていき、一回目のイベントで準優勝、二回目のイベントでは見事に優勝して居るんだ」
自分のギルドマスター、玖龍の事を嬉しそうに語る虚空の眼に、憧れ以外の“ナニカ”が混じっているような気がして、俺は背筋を震わせた。
「凄いのは玖龍さんだけじゃなくて、幹部の人達も相当凄いんだけどね。幹部は全員で七人。幹部にはそれぞれ、《龍牙》《龍爪》《龍翼》《龍眼》《龍腕》《龍脚》《龍尾》の称号が与えられる。今、《龍脚》が空いているから、僕はそこを狙っているんだ。あ、因みに幹部とサブマスターはまた別だよ」
「へえー」
結構ややこしいな。だけどしっかりしてそうだし、リュウとリンを任せても大丈夫そうだ。俺はすぐに抜ける予定だし、幹部とかどうでも良いちゃどうでもいい。
食事が終わると虚空は欲しい素材があるから、と夜の森の中に紛れていってしまった。何でも夜行性のモンスターからしか取れない素材なんだとか。かにやさん達は自分のテントに引っ込んでしまい、焚き火の前には俺とリュウ、リンが残った。
肉汁でテラテラと光っているリンの口元をリュウが拭いてやっていた。顔を真っ赤にしたリンが何事かを喚きながらリュウの胸をポカポカと殴り付ける。微笑ましい。頬が自然に緩む。栞が小さい頃、俺もあいつの顔に付いていたソースを拭いてやったらあんな風に顔を赤くしていたなあ。
――――栞は今、何をしているんだろうか。
正直、栞をどう思っているのか自分でもよく分からない。現実世界での事を謝りたいという気持ちと見捨てられたという負の感情が混ざり合って、何がしたいのか自分でもよく分からないんだ。だけど、会えば答えが見つかるような気がする。勘だけどな。
「お前達は仲が良いな」
思ったことがつい口から漏れてしまったようで、二人がじゃれ合うのをやめてこちらを見てきた。
「リュウってば、普段頼りない癖にこういう時だけお兄ちゃんぶるんですよ!」
リンが隣にいたリュウを軽く突き飛ばし俺の座っている隣に座る。リュウがその隣に座ろうとすると、リンが「べー」と舌を出した。リュウはその様子に苦笑してリンの隣に座るのを止め、代わりに俺の隣に腰掛けた。
「そうなのか? リュウってしっかりしてるように見えるぞ?」
「そんな事ないですよ。こいつ、現実世界に居たときに…………」
それから三十分程、リュウが現実でやらかした話をリンから聞いていた。
マジかよ……。風邪薬と間違えて下剤飲むってお前…………。
「でも、リュウは私の大切な、一人だけのお兄ちゃんだから」
リンが恥ずかしそうに顔を伏せながらそう言った時、俺の胸がチクリと痛んだ。昔、栞に同じような事を言われた覚えがある。あの頃の栞の顔が脳裏に浮かび、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。それを振り払うためにリンの台詞を聞いたリュウの顔を見てやろうと振り返ろうとした瞬間、リュウの叫び声と同時に背中を強く押された。バランスを崩して椅子から転げ落ちた俺は、見た。
それを見た。
見てしまった。
リュウの左胸から生えている刃を。
0になるリュウのHPを。
「鈴を……お願いします」
光の粒になって消えていくリュウの姿を。
リュウ君はゴーレムマウンテンで手に入れた防具の付属スキルによって即死回避の《生命力》を持っていましたが、防具を変えたため《生命力 》は失っています。
因みに、今の防具の方が防御力は高かったです。