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「君達の使用できるスキルと持っている称号を教えてくれるかな」
クリーピィーワームとの戦闘が始まる場所の一歩手前にある休憩所で、虚空が俺達に向かってそう言ってきた。連携を組むためにパーティーにいる人の使える技は全て把握しておきたいんだそうだ。
リュウとリンはこの質問に素直に答えていたが、俺は幾つかのスキルと称号を隠しておいた。稀少スキルを持っていることを教えると後々面倒になりそうだし、【赤き紋章】は今のところ掲示板のどこにも乗っていなかったので言わないでおこう。それにスキル、称号はこの世界での生命線のような物だ。虚空達をまだ完全に信用した訳では無いので、《麻痺耐性》と《毒耐性》、《強靭な生命力》、《オーバーレイスラッシュ》も伏せておこう。
それらを隠した俺のスキル、称号を虚空に教えると不思議そうな顔をされた。
「ん? まだ《フォーススラッシュ》を持っているのか」
虚空が口にした疑問は俺もしばらく前から悩んでいた。《フォーススラッシュ》はある程度使用していけば《フィフススラッシュ》に変化する筈なのだ。《ブラッディフォレスト》の洞窟で嫌になるほど使用したし、脱出した後だって結構な数使用している。なのに未だ《フォーススラッシュ》のままだ。これはちょっとおかしい。もしかしたら、バグで森に落とされたせいで俺の設定に何か影響があったのかもしれない。
……虚空には適当に誤魔化しておいたが、これは結構深刻な話だ。影響が出ているのがスキルだけとも限らないし、戦闘中に何かあったら洒落にならない。虚空によって再確認させられたけど少し警戒しておいた方が良さそうだ。
「よし、そろそろ行こうか」
座るために設置されている切り株の椅子から立ち上がり、虚空が俺達にそう言った。
クリーピィーワーム――人面芋虫か。こいつを倒したら今日はもう休憩所で休む事が出来る。話からして相当醜悪な外見をして居るんだろうけど、ちゃっちゃと倒そう。
休憩所から前へ進むと空気が気持ち悪くなった。変な言い方だがそうとしか言いようがない。全身がゾワゾワと痒くなってきた。粘ついた空気が体に絡み付いてくるような感覚。
あー。早く帰りたい。
「ここだ」
着いた先は周囲が円形に大木に囲まれた場所だった。《ブラッディフォレスト》でグルヴァジオが出てきた場所に少し似ている。まあ、あそこは遺跡のような場所だったが。ボスが登場する場所は円形になっている事が多い。かすかにローマのコロッセオを連想させられる。俺達は命をカタに取られたプレイヤーという名の奴隷剣闘士。生き残るには戦うしかない。
そんな事を頭の片隅で考えながら、周囲を警戒する。まだクリーピィーワームは現れない。ボスが登場するときには何らかの派手な演出があるから、余程の事がない限り不意打ちを受ける事は無いだろうが……。
しばらくして、どこからか地響きが聞こえてきた。それが徐々にこちらに近付いてくる。
次の瞬間、木を薙ぎ倒して巨大な何かが這いずり出てきた。
薄茶色のブニブニとした円筒状の体、腹部についている無数の足、そして本来ある筈のない二本の巨大な腕と、大きな男の顔。薄茶色の肌にギョロリと剥き出ている黄ばんだ眼、そして唾液がダラダラとこぼれ落ちている巨大な口。髪の毛は生えておらず坊主頭だ。
クリーピィーワーム。虚空達の話に聞いていた通り、まさにこいつは巨大な人面芋虫だ。
クリィーピィーワーム(次から人面芋虫)はその眼で俺達を捉えると口を大きく開き、怪鳥のような甲高い声で鳴いた。風圧が俺達に襲いかかる。リュウとリンは風に飛ばされないように体を低くして堪えているが、流石と言うべきか、虚空達は平然と風を受けている。二人には悪いが、俺もこの程度の風圧は大して何も感じない。
人面芋虫が右手をを振り上げる。こいつの攻撃方法の一つ、巨大な腕での押しつぶし攻撃だ。俺達はバラバラに分かれてその攻撃を回避する。人面芋虫は巨大な眼球で右に移動したスマートさんとカケヒさんを睨み付けると、今度は左手で二人を攻撃した。彼らはそれを軽くかわす。
その間に俺達は人面芋虫の横に回り込み、がら空きの横っ腹にスキルを叩き込んだ。
虚空の《フィフススタブ》、かにやさんの双剣を動物の牙のように突き立てる《双牙》、リュウの《ヘヴィスイング》、リンの《トライスタブ》、そして俺の《フォーススラッシュ》が人面芋虫のブニブニした皮膚を豆腐か何かのように、鮮やかに切り裂く。
人面芋虫のHPバーが一気に三割程減少する。醜悪な顔を更に歪ませながら甲高い声で悲鳴を上げ、倒れ込んでゴロゴロとのたうち回る。その様子に自然と俺の眉が下がってしまう。なんて気持ち悪さだ。
一定のダメージを受けるとこうやって地面を転がり出すという話を事前に聞いていたので、既に俺達は後ろに下がっている。
十数秒後、人面芋虫は両手を使って起きあがると憤怒の形相で俺達を睨み付けてきた。そして両腕と腹部の足を利用してもの凄い勢いで突進を仕掛けてくる。結構早い。
「一気に行こう」
ダッシュで人面芋虫の横に回り込んだ虚空が《コメットインパクト》を発動した。槍を突き出し、青い光を帯びながら高速で人面芋虫の脇腹に激突する。本来ならば突進中の人面芋虫に突っ込んだ虚空がダメージを受けるのだが、流石高レベル。人面芋虫の巨体が《コメットインパクト》によって吹き飛ばされた。
驚愕の表情を浮かべながら宙を舞い、そして地面に落下する人面芋虫。背中から落ちたため元の態勢に戻ることが出来ず、腹部の足をグルグルと回して悶えている所に一斉攻撃を仕掛ける。
虚空は《ビーハイブ》を二回発動させ、かにやさんは《双牙・巨獣》という《双牙》の上位スキルで攻撃し、スマートさんは《フィフススラッシュ》、リュウが《ヘヴィスイング》、リンが《トライスタブ》を叩き込んだ。俺は顔の方に回り込んで《フォーススラッシュ》で攻撃しておく。
もの凄い勢いで減少していく人面芋虫のHP。それがレッドゾーンまで減った瞬間、人面芋虫は体を回転させて元の体勢に戻り、もの凄い勢いで巨木に突っ込んだ。来た時と同じように薙ぎ倒しながら、人面芋虫は逃走していった。
最後に成虫になった人面芋虫との戦いがもう一度あるが、取り敢えず今回のボス戦はこれで終わりだ。