37
百足蝉芋虫ミミズ蚊
森。
何の変哲もない森。
緑色の葉が茂った木が何本も生えており、日光を遮っていて森の中は薄暗い。《ワイルドフォレスト》や《ブラッディフォレスト》と似たような風景だ。現実世界の森と変わらない。なのに、何故だろうか。この森に入った瞬間から気分が悪い。全身を何かが這っているように肌に鳥肌が立つ。
風で葉が揺れるザワザワと言う音すら気持ち悪い。
この森を体が受け付けない。生理的に。
「これは……」
リンが顔を青くして両手で体を抱きしめながら、森をキョロキョロと見回している。リンもこの森の雰囲気から何かを感じた様だ。
パーティーの様子を見てみると俺とリン以外は何も感じていないようだった。リュウはいつも通りの無表情、虚空は爽やかな笑みを、他の三人も普通の表情を浮かべていた。
……。
俺とリンは顔を見合わせて「うへえ」という顔をする。
何でみんな平気なんだよ……。なんかここおかしいよ。気持ち悪いよ。
「もう少し進むとモンスターが出てくるから注意してくれ」
虚空がこの森に初めて入る俺達三人を見てそういった。
ぬかるんだ地面を踏みしめ、周囲に注意を払いながら進む。《ブラッディフォレスト》はピリピリとした緊張している空気が漂っていたけど、ここはゾワゾワとした気持ち悪い空気が漂っている。《ブラッディフォレスト》では薄暗さは何とも思わなかったけど、ここの薄暗さは不気味だ。
地面につたう蔓を避け、ぬかるんでいる地面に気を付けながら先に進む。
「来たな」
スマートさんが前を見てつぶやく。前方からドサドサと何かを引きずる様な音が近付いて来た。全員は武器を構えて警戒する。
前からやって来たのは巨大な百足だった。頭上にはHPバーとそいつの名前が浮かんでいたる。
ディバイドセンティピード。
赤黒くて太く長いボディに橙色っぽい触覚、ピンク色をした節目の関節、何十本もの細長い足、尻に付いた二本の鋭い尾。
足をシャカシャカと動かし、体をうねらせながらこちらに近付いてくる様は最高に気持ち悪い。
リンも「ひぃい……」と顔を青ざめている。
「あいつは分裂する、注意しろ!」
ディバイドセンティピード(長いので次から百足)が口を開いて先頭に立っていたカケヒさんに飛びかかる。カケヒさんは臆した様子もなく、斧を振り下ろして百足を切り裂く。真っ二つにされた百足のHPが減って――――いや、二つに分裂した!?
百足をよく見てみると、真っ二つになった筈の百足は半分の大きさになって二匹に増えていた。HPは二匹とも最初の半分の長さになっている。
分裂した百足は体を起こし、虚空とカケヒさんに飛びかかる。二人とも表情を変えずに体を横に反らし、百足の噛みつき攻撃をかわす。隙だらけになった百足の胴体に向かって、虚空が槍で突き、カケヒさんが斧を振り下ろした。二人の攻撃がヒットする。
「うおおっ!?」
また百足が分裂した。二匹から四匹に分裂した百足の一匹が虚空やカキヒさんの間を四分の一になった体でスルリとすり抜け、俺に向かって飛びついてきた。百足の巨大な口が迫ってくる。
「うおおっ!」
反射的に太刀を百足の口に突き刺す。クチュッと嫌な感覚が太刀を通じて伝わってくる。全身に鳥肌が立った。百足は体ジタバタとうねらせてしばらく苦しんでいたが、数秒でHPが0になり粒になって消滅していった。どうやら分裂できるのは四匹までだったらしい。
他の百足もパーティーの人によって順調に倒されていく。虚空が胴体を貫き、かにやさんが双剣で顔を二回連続で斬りつけ、リュウが斧で頭を磨り潰す。百足達は足を異様なまでに動かして藻掻き苦しみ、粒になって消えていった。
百足って生命力強いからな……。他のモンスターならすぐ粒になって消える所を数秒間耐えて苦しんでいる。気持ち悪い……。
「リン大丈夫か……」
リュウが顔を青くして口をパクパクと動かし、ブルブル震えているリンの頭を撫でてやる。よっぽど百足が気持ち悪かったんだな……。心中お察しします。
ここからが虫嫌いの俺とリンにとっての地獄だった。
HPがレッドゾーンになると自爆するダイナマイトシケイダーに俺が吹き飛ばされたり、巨大な芋虫を倒したときに飛び散った体液がリンに掛かって大騒ぎになったり、鋼鉄の体を持つメタルアースワームに俺が絡み付かれたりとまさに地獄だった。
それでも何とか斬り倒し、先に進んでいく。モンスター自体はほぼ一撃で倒せるから良いんだけど、ビジュアルが気持ち悪いのが何とも……。
「もうすぐクリーピィーワームの所に付く。頑張ってくれ二人とも」
かにやさんが疲れ果てた俺とリンに向かってそう言った。クリーピィーワーム。巨大な人面芋虫か……。もう帰りたいです……。
俺とリン以外のメンバーはリュウですら疲れた様子は見られず、余裕そうだった。何で虫を見てそんな平然としていられるんだよ。
「…………」
虚空が動きを止めて槍を構える。俺も虚空の隣で止まり身構えて警戒する。スキル《察知》に反応があった。前からモンスターが五体、こちらに近付いてきている。
耳障りな羽音とともに現れたのは巨大な蚊。名前はそのまんまジャイアントモスキートだ。血を吸うためにある口はもはや剣と言っても良いぐらい大きく、あんなので血を吸われたら一溜まりもない。
ジャイアントモスキートの動きは恐ろしく機敏で空中をジグザグと飛び回りながら、こちらに向かって飛んでくる。速い、速いがホーンラビット亜種のダッシュ攻撃に比べればあまりにも遅すぎる。最近は速い相手と戦ってなかったからな。ちょっと勘を取り戻そうか。
虚空達の前に出て、自分からジャイアントモスキートに近付いていく。蚊達は俺を標的に定め、一斉に鋭い口を突き出して襲いかかってくる。
二匹が同時に左右から突き出してくる口を体を軽く捻ってかわし、すれ違いざまに一匹の胴体を斬り付ける。一撃でHPは0になって消滅する。まずは一匹。
次いで上から俺の頭に口を刺そうと一匹が飛びかかって来た。俺は後ろに一歩下がってそれを回避し、地面に突き刺さったその口を掴み、引き抜いて後ろから襲い掛かってきた一匹に叩き付ける。二匹とも吹っ飛んで地面に落下した。そこに太刀を突き刺して二匹とも串刺しにして倒す。残り二匹。
仲間をやられて警戒したのか、ジャイアントモスキートは襲い掛かってくるのを止め、二匹で俺を囲むかのように空中で飛び回る。視界を飛び回る黒い影。一匹がまず俺の正面から突っ込んできた。囮だな。《見切り改》のおかげでどこから攻撃が来るのかは分かってる。本命は斜め後ろからタイミングをずらして突っ込んできている。
「よっと」
俺は軽くジャンプし、二匹の頭上に飛び上がる。標的が居なくなったことで二匹のジャイアントモスキートはお互いを自分の口で串刺しにしてしまう。そこを落下してきた俺が斜めに斬り裂く。残り零匹。
まあこんな所だな。
後ろを振り返ってみると、パーティーメンバーが呆然とした表情で俺を見ていた。なんだ?
「暁君、試合した時に思ったけど、素早さが異様に高いようだね……」
虚空が引きつった顔でそう言った。
まあな。洞窟での修行、そして出会うモンスターの攻撃を避けて避けて避けまくっていれば自然にこれぐらい出来るようになるだろ。
まあ虚空のスキルを使った突きは避けきれなかったけど。《見切り改》でも全部を見切る事は出来なかったしな。
「さあ、早く人面芋虫倒して休憩しようぜ」